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第四十二話 外でのお着換え

 国境線を越えると、そこは真冬の寒さであった。

 半そでのわたしとアリスは思わず抱きしめ合う。人の体温って暖かいんだな。

 リンは隣に座るエシュリーを抱いて、即席のホッカイロにしているようだ。


「みなさん、ここはまだ暖かい地方ですよ?」


 ニャンコは寒さ慣れしているのか、平気な様だ。テルトはそのニャンコの胸に埋まっている。うん、あそこなら暖かそうだ。

 今スピーダーは時速百キロで走行中。なので周りを吹き抜ける風は時速百キロということで……体感温度マイナス何度になるんだ?


「モ、モナカ……手がかじかんできた。どうしよう……」


「ちょっ、あぶないな!」


 運転手のリンから、危険な報告がなされた。

 さて、選択肢は二つだ。

 一つ、速度を落として体感温度を上げる。その場合、街までの到着時間が遅くなるのでこの地獄が長期化する。

 二つ、全力全開で次の街へ逃げ込む。当然スピードが速くなる分、体感温度はさらに下がる。

 うーん、寒くはなるけど、早く温かくなりたいような……


「リン、一度止まって。防寒対策をしましょう」


 あ、そういう選択肢もあるのか。


「アリス、分かった」


 スピーダーを街道脇に停めてもらう。

 それだけで風が止み、ちょっとはマシになった。


「ニャンコ、トランクから荷物出してー」


「はい」


 持っている服を何枚か重ね着する。

 問題は、持っているのが半そでしかないということで。スカートも丈が短いけど、足の方はソックス重ね履きで対応する。

 テルトは黒のアームウォーマーを付けていた。ニャンコも自前の長そでの神官服を持っているようだ。あ、ニャンコは当たり前か、寒い地方から来ているんだから。


「モ、モナカ……なんか、ない?」


 震えながらエシュリーが言ってきた。


「いつも、わたしの着ているのは神の衣だ、これ以上の服は無い! って言うから、何も買って無いよ~」


「さーむーいー」


 めっちゃ震えて寒そうだったので、わたしのをいくつか貸してあげる。

 ぶかぶかだろうけど、半そでだし大丈夫だろう。


「うーん……くんくん、モナカの匂いがする」


「嗅ぐな!」


 というか洗っているんだから洗剤の匂いしかしないはず。しないよね!?


「わたしにも何か上に着るものを貸してよ」


 テルトの衣装は重ね着には向いていないようだ。


「うーん、インナーは多いけどアウターあんま買って無いんだよねー」


 バッグの中を漁り、ジャケットぽいのが見つかったので、テルトに放り投げる。


「ありがと」


「それでもまだ寒かったら、これで防寒して」


 何着かTシャツを渡す。

 それを丸めてぬいぐるみのように抱えている。後でしわ伸ばししないとな。

 そんなことをしている間に、リンの姿が消えていた。

 なんだ?


「あ、リンさんずるーい!」


 アリスの声に、前の座席を覗き込むと、一匹のハムスターがいた。


「ああっ! その着ぐるみ暖かいでしょ! ずるーい!」


「これ、一着しか無いから。それに、わたしの発明品だしね!」


 見た目はハムスターなので、どんな顔をしているか分からないけど、ドヤ顔されてそう。

 さて、問題はわたしとアリスの袖だけど。


「やっぱり、外で着替えるのってドキドキしますね」


「うん、遮蔽物無いからね」


 いつもみんなスピーダーの中でしゃがんで着替えているのだ。特に下着の交換なんて、筋を痛めるんじゃないかという極端な体勢になる。

 リンは割とそこらへんサバサバしていて、平気で立ったまま脱いだりするけど――今度トランクに積める折り畳み式更衣室を作ってもらおう。


「モナカ、これどうかな?」


 アリスは上着を腕に巻いていた。


「それいいね」


 真似して片方の腕に上着を撒いて……うん? もう片方はどうするんだ?


「あのね、片方ずつの手で一着ずつ上着を持って……こう、こうやってグルグル回転させて巻くの」


 アリスが一度ほどいて実演して見せてくれた。

 わたしもやってみる。


「こうかな……うわちっ! そでが当たった!」


「あははははっ!」


 アリスがグルグル巻きの腕でわたしを指して笑い出した。ほんと、良く笑う子である。


「あははははっ、モナカ、マヌケだー!」


「エシュリーはいい子にしてなさい!」


 でっかいこぶしになった腕で、エシュリーの頭を押さえつける。


「なんでわたしだけー!」


「お姫様はマヌケって言ってない!」


「ひいきだー! ひいきだー!」


「あははははっ!」


 アリスにまたも笑われてしまった。


「エシュリーさんとモナカさん、ホントに仲いいですよねー」


「そのままお笑いの芸人になれそうだな」


「ニャンコとテルトまで何を言うかー」


「そうだぞ、わたしが芸人になるとしたら、最高のスターがふさわしいのだ!」


 エシュリーがスター……園児のやる劇を想像してしまった。わたしが勇者の役だーって。


「こら、モナカなに笑っておる!」


「いや、ちょっと、変なこと想像しちゃって」


 なんか気恥ずかしくて、でっかいこぶしで顔を覆う。


 準備万端、再度スピーダーは発進した。

 寒さの印象が強烈で、最初は風景なんて気にもできなかったけど、改めて見ると――

 一面に草花が茂っている。

 木々が密集して生えている林や森も遠くの大地に見受けられる。

 それらに霜が覆いかぶさり、白と緑と茶色と黄土色、そこにポツポツと赤とか青のお花のアクセントが加わっている。

 遥か彼方には木々に埋もれた山々が、その木は紅葉しているのか、黄色が多くてあとは濃い赤だ。

 自然の色には黒が入るというが、人工的な透明度や鮮やかさが無い分、どっしりと重く実体感が感じられる色彩に、事細かに塗りつくされている。

 空は雲が多いけど青空で、お日様もしっかり照っている。

 霜が降りていることと、寒いこと、それと音が無いことから、なんか暗い印象を抱いてしまう。これが北国特有のイメージなのだろうか?

 寒いって、生命力とは対義語なのかな?


 街へ着く前に、検問所が見えてきた。

 石造りの要塞で、屋上には巨大な弓矢が設置されている。


「とりあえず中に入りたいよね」


「うん。暖房効いてれば、さらに言うことないけど」


「ホットココアとか飲みたい」


 エシュリーは結局寒さに耐えきれず、透明なリンの膝枕に寝転んでいた。


「あ、モナカ」


「なに? アリス」


「服はどうにかした方がいいよね?」


 うーん、確かにカオスなというか謎のセンスの集団になっている。


「うーん、脱ぐと寒いし、このままでいいよ。リンは脱いでね、ハムスターが運転手とか、ビックリされちゃうから」


「うーん、ちょっとだけねー」


 リンが上だけ脱いだ。

 リンが脱いでいるのを改めてみると、元々可愛いからか、なんかなまめかしい。


「なに見てるの?」


「いやいやなんでも」


 アリスに指摘され、特に悪いことじゃあないんだろうけど、とっさに誤魔化してしまった。はたして正解の返答だったのかどうか?

 ファルプス・ゲイルに入ったときと同じように、衛兵がやってきて荷物の確認と簡単な質疑を終えると、念願の建屋内に。

 中は暖炉で温められており、煤というか木の焼ける匂いと音が印象的であった。

 ニャンコが北の国出身のためか、審査は簡単に終わる。

 この建物内には服屋は無かったけど、食堂はあったので、食事休憩を取らせてもらった。すぐに外には出たくなかったし、ちょっとゆっくりしていても次の街には夕方までに着きそうだったからだ。

 ちなみに建屋に入る前に、手に巻いた巨大グローブや、テルトに持たせてた服はバッグにしまい込んでスピーダーに放り込んである。


 食堂は、普段は兵士用の配給食だけらしいが、お金を払えば旅人にも料理を提供してくれるようだった。

 一人銀貨一枚程度で、まあ良心的な値段である。

 紫芋みたいな野菜を香草と一緒に煮たもの。豆とひき肉の煮込み料理。発酵した野菜少々、ザワークラウトっぽい。あとはパンと焼き菓子だった。

 飲み物は温かいお茶。

 温かいご飯を食べると、ホッと一息つける。味付けはまーまーな感じだったけど、量があり十分にお腹にたまった。

 リンがポーチから粉を取り出し、食堂のおばちゃんからもらっていたお湯に溶かしこんでみんなにふるまった。ホットココアだ。


「あー、ココア~」


 エシュリーが念願のココアを口に出来たようで、大変ご満悦な様子だ。

 さらにチョコ菓子もリンに出してもらい、まったりと長めの昼食を満喫した。

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