第四十一話 麗しの寒空
「ぎゃあああああっ!」
最後の一人が、わたしのパンチで吹っ飛んでいった。
「モナカさん、リンさん、ありがとうございます」
ニャンコが深々と頭を下げる。
「こいつら、口だけだったねー」
「上級巨人とかいなかったね」
目の前で重なり合って山になっている巨人たちをリンは一瞥する。
周囲に野次馬が集まってきている。目立ち過ぎたようだ。
「なんの騒ぎだ、これは!」
野次馬の中を割って、ひときわ体格のいい巨人が現れた。
「わああぁぁ、た、たいちょおおぉぉぉ……」
山になっている巨人の一人が、力なく驚きの声を上げている。
「うん? ジャクス! モーリン! 他の奴らも! なんだこれは!」
隊長と呼ばれた巨人が、倒れている巨人たちへと向かう。
その隊長と言われた巨人に向かってわたしは理由を話す。
「そいつらが襲ってきたのよ」
「なんだと!?」
隊長さんの怒鳴り声に、倒れた連中が引きつり笑顔を浮かべていた。
「あ……いや、それは……はは……」
「ち、違うんです! そ、そいつがシャルハルバナルの出身者だって聞いて……」
「俺たちは、ジャクスやモーリンに呼ばれただけで、何も知らねえです」
「おい! お前!」
「やかましい! 貴様ら宿舎に帰っていろ! 後で特別メニューを与えてやる!」
「は、はいいいぃぃぃ」
ボロボロの巨人たちは、なんとか起き上がり、そのままお互い肩を貸し合って歩き去っていった。
その後姿を見送った隊長さんが、こちらへと振り向く。
「貴様らがシャルハルバナルの出身者か?」
「いえ! 出身者はわたしだけで、この人たちはみんなわたしの仲間です!」
ニャンコが隊長の前に歩み出る。
「人間が、なんでこんなところにいる?」
隊長が値踏みするようにニャンコをにらみつける。
「シャルハルバナルへの旅の途中です! ここへは宿と食事のために来ただけです!」
「……そうか、付いてこい」
何を思ったのか、わたしたちに同行を促してきた。
うーん、怖い顔だけど、悪い巨人ではなさそうだな。どうしよう。
なんて思っていたら、ニャンコがそのまま付いて行ってしまう。
「ああもう、みんな行こう」
みんなの返事を待たず、わたしも付いて行く。
アリスがわたしの隣に、小走りで並んで来た。
「一見優しそうですが、愚直な軍人タイプっぽいですので、受けている命令によっては危険になると思います」
「わかった、そんときにはまた、さっきみたいに何とかするわ」
「頼りにしてます」
おもいっきり強く肩を叩かれた。ちょっと前のめりになる。
うーん、これも信頼関係の証なのかなー?
着いたところは寄宿舎のような建物。
「入れ」
言われるままに入っていくわたしたち。
「うっ」
入った瞬間、濃い体臭というか男臭いというか、それがこもりまくっていた。
思わず手で口と鼻を抑える。
「わたしたち、年頃の女の子なんですけどねー」
アリスもしかめっ面で、手で口と鼻を抑えていた。
なるたけここの空気を吸いたくないけど、息苦しくなるので、ちょっとだけ指の隙間を開けて空気を取り込むけど、不快この上ない。
長時間いると吐くかもしれない。
いや正直言っちゃうと、巨人族の街って歩いていると、顔の位置にちょうど巨人たちの腰が来るので、なんか呼吸が不快に思えていたのだ。
それにこの匂いがプラスされているので、生理的にたまらない。
いくつかある部屋の一つに隊長さんは入って行った。
そこにあるテーブルの席を指し示されたので、みんな思い思いに座る。
隊長さんは棚からお酒のビンらしきものとグラスを取り出していた。
「飲むか?」
「あ、お酒あんまり飲めないので遠慮しときます」
薄汚れたグラスを見て、ちょっと引いてしまう。
他のみんなも遠慮していた。
「そうか、オレは飲ませてもらおう」
グラスが濃い紫で満たされると、汚れも目立たなくなる。
それを一息でカラにしていた。
「えっと、ここは?」
「街の中に設けられた、兵隊向けの寄宿舎のうちの一つだ」
やっぱそんなところかー。どうりで男臭いわけだ。
「お掃除はしていますか?」
リンもやっぱり女の子か。そこらへんも気になるよね。匂いが匂いだけに。
「うん? どういうことだ? まあ、薄汚くはあるが兵士たちに当番制でやらせている」
「はあ、どうも……」
リンの生返事に、隊長さんもちょっと首をかしげている。
あー確かに、歩いててホコリが舞ったりとかはしてなかったな。最低限はしているのだろう。ただ、ここに住みたくはないけど。
「えっと、わたしたちにどんな御用でしょうか?」
ニャンコの質問に、二杯目の酒をあおった隊長さんが、言葉を探すかのようにしばし黙った後、口を開いた。
「お前たち、とっとと街を出ていけ」
「なんだと! 貴様に指図される言われはわむごもが――」
いつものごとく、エシュリーの口にふたをする。
「どのような理由ででしょうか?」
アリスが代わりにきつめの口調で指摘する。
それにはまったく怖気づくことも無く、三杯目をあおっている。
「さっきのは、オレの部下どもの不始末だが、北の国の連中にいい感情を抱いていない奴は多い。……オレとかな」
自嘲気味に笑みを浮かべた。
嫌いというわりには親切そうだ。
「オレたちは軍人だ。私情を挟まず、上からの命令でのみ戦う。戦って勝ったり負けたり、どっちの時でも痛い目は見る。だがな、北の国のなんとかいう神様――」
「ナンバー〇〇一ですわ」
ニャンコが、そこだけは譲れないとばかり訂正する。
ほんと、変な名前の神様だ。
「ああ、その神様に毎度毎度、変な魔法をかけられて、戦う前に帰らされちまうんだ」
言って、四杯目を一気にあおる隊長さん。大丈夫かな?
「体の傷はいい。だが、毎回不戦勝にされて、心がズタズタにされちまってな。それで兵隊どもはみーんな攻撃的になっちまうんだ。特に――」
隊長さんは空になったビンをニャンコに突き付けた。
思わず体を引くニャンコ。
「おまえさんみたく、北の国出身者がいればいい標的だ。この街にいる間は因縁を付けられまくるだろう」
「ご忠告感謝します……えっと、隊長……さん?」
「ライドだ」
「はい、ライドさん。あなたもわたしに悪い感情を抱いているのですか?」
ライドはしばし沈黙する。
「ああ、ぶっ殺したいね。ただ、お前をぶっ殺すような命令は出されていない」
「ありがとうございます」
ライド隊長の忠告を受けて、今夜はこの街に泊まらず、野宿することにした。
スピーダーは街を抜け、街の北側に造られている軍事基地を横切り、そのまま北上する。街の作りはファルプス・ゲイルの最北の街と同じだな。
「今日はベッドで寝れると思ったんだけどねー」
「しょうがないよテルト。まあ、アウトドア体験もいいもんだし」
「はい、みんなでご飯作ったり、寄り添って寝るのは楽しいです!」
アリスはほんとうに楽しそうだ。
寄り添って寝るのはいいけど、夜中にわたしの上に乗り上げてくるのは勘弁してもらいたいが。
「今回はわたしのために、みなさん申し訳ございません」
「ふむ、今度巨人の王に会ったとき、不遇な対応をされたと言って慰謝料をふんだくろうではないか」
エシュリーの言葉は、ニャンコをなぐさめてるだけなのか、それとも本気なのか?
「いっそこのまま走って、国境越えちゃう?」
リンが運転しながら提案してくる。
「うーん、それでもいいかな?」
「あ、やめた方がいいかと。それだと時間的にシャルハルバナルで野宿になっちゃいますよ?」
「どして? 北の国に入っちゃった方がスッキリしない?」
「それは、行ってみると分かるんですが……」
ニャンコの説明はいまいちハッキリしないな。
「もう行っちゃおう!」
「おーっ!」
リンが速度を上げる。
フロントガラスがあるとはいえ、オープンカーである。
速度を上げればそれだけ強い風を感じられる。それが涼しくてとっても気持ちがいい。湿度が低いから、気持ちよく抜けていく感じだ。
「もうすぐ国境線だよ!」
リンの言葉に前方をよく見ると、見えた! 毎度の巨大な赤紫色の壁。
わたしは三度目、アリスは二度目である。
まだまだ驚きの鮮度は落ちていない。エシュリーあたりは子供っぽいというかもしれないけど、興奮するのは仕方ないじゃあないか。
国境を越えるとどういう変化があるのか、ニャンコに聞いてみようとも思ったけどやめた。楽しみにとっておこう。
「あ、あの……」
そのニャンコが口を開いた。わたしの思いが通じたか?
「どうしたの?」
「このまま、国境線を抜けるんですか?」
「リン、全力で抜けちゃうよね?」
「うん! 全力全開、もーすぐそこまで迫っているよ!」
さすがスピーダー。もう国境線が目の前まで迫っていた。
「……えっと、準備が必要なのですが……」
「準備って?」
「抜けるよ!」
わたしとリンの言葉がハモった。
抜けた先は――一面白く、霜が降りていた。
「シャルハルバナルは凄く寒いので、半そででは厳しいかと……」
「ニャンコ! 早く言ってーっ!」
「さむいいいいいぃぃぃっ! しねるうううう!」
「ぎゃあああああ」
いきなり超低温になり、そこを高速で移動しているのだ。オープンカーで。
スピーダーの中は阿鼻叫喚の渦と化した。




