第三十五話 悪徳領主
ツイートに揺られながら、コッソリと外の様子を伺う。
これが、巨人の国の街なのか。
街は高さ二十メートルはあろうかという壁に覆われている。
街の門は高さ八メートル程か。
門の前には衛兵がいて、簡単な質疑を取り交わして街の中へ。
ツイートは変装のため、フードをかぶり、口元も布で隠している。
「ふむ、人通りは少ないな」
「人……じゃない、巨人の声がまるでしないね。この街の目抜き通りなのに」
「うむ、あまりいい雰囲気では無いな。オレがいたころは、もっと活気があった」
「ねえ、モナカ、あれ見てよ」
「ちょっと、エシュリー。あんまり動くとバレちゃうよ」
わたしたち二人は、ツイートが背負っているリュックの中に隠れている。人間で言うと、五十センチくらいの人形を入れてる感じになるのかな?
今は、リュックの上の方を少し持ち上げて、外の様子を伺っている状態だ。
バレないように注意しつつ、エシュリーの向いている方に移動する。
「なに、あれ?」
初めて見た街の住人。
巨人族は筋肉隆々なイメージがあるんだけど、一目で分かるほど、痩せこけて道に座り込んでいた。
なんか、街の中の匂いもすえているように感じられてしまう。
「なんだこれは、オレがいない間に、何があった?」
ツイートの言葉の端々に、怒りのようなものが感じられた。
「おい、ツイートよ。どこか酒場か何かに入って、情報を収集しろ」
「分かった」
エシュリーの提案に、ツイートは静かに答えた。
ツイートがどこかのお店に入っていく。
「いらっしゃい」
あまり元気の無い亭主の声。
「めし屋だ。他には客はいない」
ツイートの、わたしたちに向けたささやき声。
「水と、何か軽い食べ物を頼む」
亭主からの返答は、わたしからは聞こえなかった。
ツイートが座ったのが感じられ――
「ぐぎやあぁぁぁぁ……」
「ツ、ツイート、ちょあ……背もたれ、に、寄りかかる、な……」
「お、おお、すまぬ、つい」
身長五メートルの男の体重と、それで壊れない頑丈なイスの間に挟まれるのは、結構な難儀であった。
なんとかプレス状態から解放され、ホッと一息。
しばらくして足音が聞こえ、何かが置かれる音。
亭主が来たのかな?
「ありがとう、ちょっといいかな?」
「はい?」
「えらくこの街、寂れているようだが、何かあったのか?」
「外の者か? なら、あんまり詮索しない方がいい。ロクなことにならん」
「この街の領主は?」
一瞬の沈黙。
「クンバーという男だ。ガンドリアの公爵様の息子らしい……」
「ありがとう」
ううん、さっぱり分からん。
「エシュリー、クンバーとかガンドリアって?」
「固有名詞までは知らん」
そっかー。
「ガンドリアはここから近い大都市だ。そこの公爵の次男か三男がクンバーなのだろう。ガンドリアの公爵は、身内びいきする、あまり好ましくない男と聞いていた」
「ロクなのが領主になってないってことなのかな?」
「恐らく、だが、誰も今の統治を批判していないように思える。街に漂う悲壮感から、みな消極的というか……」
「つまりは、領主を調べるべきなのだな」
「それが出来ればいいが、今のオレが領主の館に入れてもらえるかは分からぬぞ」
ツイートからは見えないだろうけど、エシュリーがわたしを見てニヤリと笑った。
「今こそ秘密兵器の出番だな」
「アレ……使うの?」
「今使わずにいつ使うんだ?」
うーん、まあ仕方ない。ここまで付き合ったんだし、とことんやるか。
領主の館というのは、どこでも大きいものだ。
しかも巨人仕様なので、人間サイズの者に比べ当社比三倍以上、まさに巨大迷宮だ。
「エシュリー、安心していいんだよね?」
「大丈夫だ、リンの技術を信じろ」
これで信じるのか。
わたしから見た感じ、エシュリーをおんぶして、その上からハムスターの着ぐるみパジャマを着ている、大変目立つ人間、なんだけどなー。
ツイートと別れ、屋敷の門番は素通りで侵入することが出来ている。
素通り出来ているから効果はあるんだろうけど、ドキドキものであった。
屋敷について、ツイートはある程度構造を知っていたが、口頭で内部構造丸暗記は無茶である。かろうじて覚えたのが、領主の執務室と個室、それと徴税した品物を集める貯蔵庫の位置。
まずは一階にある貯蔵庫だ。
巨人族の建築物に、カギは無いという。大き過ぎる故、作製が困難なのと、魔法使いが多いので物理のカギは簡単に突破されて無意味だかららしい。
取っ手を回せば部屋に入れるけども、いかんせん取っ手の高さが二メートルの位置だ。
身長百五十センチ代の今のわたしには、かなりの重労働である。くそ、とどけ。
「開いた」
部屋の中に侵入。
中には多量の食料と金貨銀貨が納められていた。
ただ、巨人のサイズ感の違いもあり、見えているのが多いのか普通なのか、いまいち理解できない。
「エシュリー、ゆっくり見て回るから、ここの目録暗記できない?」
「そんなに覚えきれない」
そっかー。紙と鉛筆持ってくればよかったな。
なんか抜けてるなー。
「モナカ、金貨の量だが」
「うん?」
「わたしたちの総資産の三倍以上、金貨五十万枚はありそうだな」
そういえば、最近十五万枚の大金をみたことあったな。比較して考えると、確かに五十万枚前後ありそうだ。
「この街の規模ではちと多過ぎる気がするな」
「そうなのか」
「そうだ。食料は分からんが、金貨だけで見れば暴利だな」
「やっぱり、悪い領主様って感じなのかな? 次行ってみよう」
執務室と個室は二階だ。
階段を見つけ、足を乗せるときしんだ音が響いた。
「えっと……このスーツって、防音効果もあるっけ?」
「聞いて無かったな」
丸聞こえの可能性が!?
緊張しながらゆっくりと階段を上がる。
途中、上から駆け足で降りてくる足音が!
滑るように移動し、相手を避けつつ音も静かに……
気付かれず、そのまま通り過ぎていった。
「ふぅー、緊張するな」
「よし、ゴーだモナカ」
「へいへい」
二階へと上がり、まずは昼間には居なさそうな領主の個室へ。
また取っ手と格闘し、そのまま入る。
うーん、おっさんの部屋とか長居したくないな。とっとと家探し終えちゃおう。
手紙が数枚。
実の父に当てた文面と、目録の紙。
「この街の税の一部を、地元の街に流しているようだな」
「その代わりに後ろ盾してもらってるみたいね」
なんかもう、ここまでで大体街の状況がつかめて来たけど、最後の執務室も見ておくか?
「執務室って、さすがに領主がいるよね?」
「無駄にリスクを負って、失敗しても困る。このまま帰ろう」
「賛成」
またも緊張しながら階段を降り、表へと出る。
裏路地で待っているツイートの元で、スーツを脱いでカバンの中へ移動。
「どうだった?」
「見た限り、住民に重税を課して、その一部を地元の街に流してるみたい。それと、住民が反旗をひるがえさないように、公爵家が圧力をかけているみたい」
「クソ! 最悪じゃあないか! オレがのんびり寝ていたために、街が酷いことに……」
ツイート、自分にも非があるから、やるせないんだろうな。
「まあ、過ぎたものはしょうがない。アリスも言っていただろう。問題はこれからどうするかだ」
「エシュリー、たまにはいいこと言うね」
「わたしはいいことしか言わないわ」
「何か策はあるか? 公爵の圧力がある以上、街の者の協力は得られそうにないぞ?」
「簡単だ、わたしたちが今の領主をぶっ飛ばす。それから公爵の報復軍もぶっ飛ばす。それで解決だ」
策なのかそれ?
「領主はともかく、公爵の軍を潰すなど無理だ。上級の巨人含め千は越えるぞ」
「千くらいなのか、それならいけそうかもね」
「千もの巨人を、こっちはたったの七人だぞ?」
「一万の軍勢を相手にしたこともあるから、安心して」
あの大戦争に比べたら余裕だろう。
上級がいると言っても、将軍レベルはいないだろうし、あとはザコ狩りだ。
「にわかには信じがたい。一度街を出てから、実力を見せてもらえないか?」
「分かった」
「あ! おかえりなさい、モナカ!」
アリスがいの一番に飛びついてきた。
「ただいまー! そだ、リンに聞きたいことが」
「えーっ!? モナカ、リンに浮気なの?」
「浮気ってなんだー! っと、リン、あなたからもらったスーツって、音は遮断できるの?」
「え?」
「え?」
「……考えて無かった」
「おーい!?」
あ、危なかったー。
「うむ、だがしかし、役に立ったぞ」
「確かに、注意してればすっごい役立つねこれ」
「それはどうも、自信作なんだよ!」
「遮音効果も急務で足して」
「ははー、仰せのままに」
「それで、どうだったの?」
みんなに、街の状況を伝えた。
「それで、悪い奴ら、ぜーんぶぶっ飛ばすのね!」
アリス、楽しそうだな。
「ああ、モナカには話したが、その前にオレにみなの実力を見せて欲しい」
「実力、ですか?」
ニャンコが怪訝そうに聞く。
「その単純な案が実現性あるのか知りたい」
「いいよー」
テルトがあっさりとうなづく。
「この中で実際に戦うのは、わたしとモナカ、それとテルトの三人ですね」
「わたしも~」
「アリスはだ~め」
ほんと、ヤンチャな姫様だ。
「たったの三人なのか? まあいい、実力を見せてもらおう」
ツイートが三回ふっ飛ばされた。
「た、たしかに……すごい、実力、だ……」
ニャンコに癒されながらぶっ倒されたツイートから、適切な判定が下された。
「では……」
「ああ、明日、決行しよう」
巨人族との再びの戦いだ!




