第三十四話 ハムスターに変身!
「ツイートさんが寝ていたのは、疫病か何かが原因?」
「いや、自主的だ。病気などではない」
アリスの巨人ツイートに対する聞き込みは、なおも続いていた。
「眠らなければならないことがあった? 眠ることによって何があるんですか?」
「人もそうだと思う。睡眠は心の癒しとなる」
「ツイートさんは、心に傷を負ってしまった。それも深い傷を」
「……」
ツイートは黙り、視線は下を向く。
「友人を傷つけてしまったとか」
「なんで分かる!」
ツイートは物凄い勢いでアリスへと襲い掛かった。
「アリス!」
助けに入ろうとしたが、手で制された。
ツイートの巨大な腕がアリスに延ばされる動きが、極端に遅くなる。
ああ、最初に出会ったときに見せてもらった、念力の防護壁か。
「詳しくは知りません。ですが、あなたのように心優しい人物は、自分ではなく他人のことで苦しむものと思ったのです」
アリスが手をかざすと、ツイートの巨体が後ろにのけぞった。
念力で押し返したのか。
ツイートはそのまま尻もちをつき、そのまま動かなくなった。
「ご友人は、どうされたのですか?」
「もういない、オレの手で殺してしまった」
「ニャンコさん、温かい飲み物を人数分用意して頂けますか? テルトさん、お手伝いをお願いします」
「は、はい、わかりました」
「いくよーニャンコ」
そのやり取りで、幾分、場の空気が和らいだ。
「済んでしまったものはしょうがないです。ツイートさん、昔話のような感じでいいので、話して下さいますか?」
ツイートはしばしの沈黙ののち、無言でうなずいた。
完全にアリスが主導権を握っているな。
「当時、グルアガッホの街の次期領主の選定があり、オレと友人の陣営が分かれて争っていた」
「うん? 領主って世襲制じゃないんだ」
「当時の領主に子供が出来なかったんだ。それで遠い親戚筋を集めて選定となったのだ」
養子とかも取ってなかったようだな。
「細かい流れは省くが、決闘で決着をつけることとなった。方法はファーストブラッド。先に血を流した方が負けというもの。しかし、誤って、オレは友人を死なせてしまった」
ニャンコとテルトが戻ってきて、みなに紅茶を渡して回っている。
ツイートには、バケツになみなみと紅茶が入れられていた。
ツイートは受け取り、それをひと口すすった。
「当時のオレは事実を受け止め切れず、街を抜け出した。自暴自棄になってたが、暴れまわり力尽き、そしてそのまま眠りについた。そして起きたのが今日というわけだ」
「寝て、起きて、心の傷は癒えましたか?」
アリスが優しく微笑みかけた。
「癒えてはいないと思う。まだ心に残っている。……だが、受け止められるようにはなった」
ツイートは残りの紅茶を一気に飲み干した。
「長い年月の渇きが癒えた様だ。寝るだけではなく、誰かに話すことも必要だったんだ……ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして」
紅茶に口をつけ、軽やかに笑った。
アリスまじ凄い子だ。さすがはお姫様。
「ふふふふっ、ツイートよ、礼には及ばんぞ」
「なぜエシュリーが出てくる」
「しゃべるタイミングが、つかめなかったんだよ」
「あははははっ、エシュリーちゃんも、大人しく最後まで聞いてて偉かったですよ?」
「だからちゃんとか付けるなー!」
なんか、雰囲気台無しである。
怒ってらっしゃらないかと、ツイートを見ると、彼も何故か笑っていた。
「さっきの言葉に二つ追加だ。心の癒しには他に、温かい飲み物と、それと笑いも必要なんだな」
そう言って、アリスと一緒に笑い出した。
なんか、笑い方も清々しくて、めっちゃいい人だなツイート。
「それで、これからどうするんですか?」
リンが素朴な疑問を口にした。
「そうだな、まずはグルアガッホの街の様子を見てみたい。次期領主になるはずだったオレが逃げ出して、今街がどうなっているか、自分が言うのもなんだが気になる」
「次期領主ってどんな人がなってるんでしょうね?」
「分からん。オレがいたときは他に候補はいなかった。あの後、他の候補者を募ったのか、そうでなくば近隣の街の公爵家などから代行者が来ると思う」
「モナカよ、ツイートと一緒にグルアガッホの街に行こうではないか!」
「なんでよ!?」
エシュリー、いきなりすぎる発言だぞ?
「一人では帰り辛いかもしれんし、何かあったとき、モナカは戦力になるし、わたしの言葉は知的な助言となる。付いて行って損は無かろう」
誰の言葉が、知的な助言だって?
「あの、巨人の街に行くのは危険じゃないでしょうか?」
「ニャンコさんの言う通り、オレ以外が人間にどう接するのか、安全の保障は出来ないぞ?」
「大丈夫! モナカがいれば安心だ」
「わたし頼みかい!」
「エシュリーより、わたしの方が役立たない?」
「こらテルト! それは暴言というのだぞ! 言葉の暴力! 国によったら暴行罪で訴えられて実刑判決執行猶予無しだぞ!」
「えーっ」
「テルト、エシュリーは活躍の場が欲しいのよ。だから、今回は譲ってあげて」
「しょうがないなー譲るか」
「譲るとはなんだー! 元々わたしが行くと言ってるじゃあないかー!」
エシュリーはホント、テルトにおもちゃにされるな―。
話が一段落するのを見計らってか、アリスが元気に手をあげた。
「はいはいはーい! わたしもモナカと行きたいです!」
「ええええっ!? いくらなんでもアリスには行かせられないよ!」
当然、リンが止めに入った。
「大丈夫よ、だってモナカが付いてるんだから。ねー、モナカ?」
期待に満ちた笑顔を向け、両手をしっかりと握られてしまった。
「い、いやあー、さすがにお姫様が行っていいところじゃないでしょー」
「ダメなの?」
アリス、顔近いよー。
「うん、お留守番してて」
「はぁー、しょうがない……」
諦めてくれたようだ。
「で、も――」
人差し指をわたしの鼻に当ててくる。
「心配させないように、早く帰ってきてね」
「うん、なるべく早く帰るよ」
「わかった、約束だよ」
「うん、待っててね」
やっと両手が解放された。
なんかどっと疲れたー。
「あ、潜入するならこれ持って行きなよ」
リンが何かを思い出したのか、ポーチからデカいものを取り出してきた。
「なにそれ?」
渡されたそれを見てみる。
茶色の毛で覆われた……着ぐるみ?
「わたしの新作の魔道具、名付けてラビットチェンジャー! ささ、試しに着てみてよ」
何なのか良く分からないけど、言われたままに着てみることに。
これ、服の上からでもいいよね。
着てみたけど、これは……ハムスターの着ぐるみパジャマ?
「リン……これって……」
わたしを見たリンは驚きの表情を浮かべた。
「おおおおおっ! 成功だ!」
「あはははははっ! マジだ! ハムスターに見えるー!」
「わああっ、可愛いですねー」
「ねねっ! モナカ、右向いて、右! にゃははははははっホントに右向いた!」
なんか……爆笑されているんだが……
ツイートさんも後ろ向いて体振るわせてるし。
「ええいっ!」
ガマンならないので全力で脱いだ。
「あははははははっ! ハムスターがモナカになったー! 脱いでも可愛い!」
「にゃははははははっ!」
「モナカよ、いいものをもらったな」
エシュリーが親指立てて笑顔で言ってきた。
エシュリーのその表情、本気なのかバカにしてるのか分かり辛い。
「うん、成功だねモナカ」
リンが酷くまじめに言ってくる。
けど、周りの反応が……
「笑われてるんですけどー」
「いやいや、モナカ本人には分からなかっただろうけど、わたしたちには本物のハムスターに見えてたんだって」
「ホントに?」
「えっ……は、はい……完ぺき……でし、た……」
笑いこらえて震えながら言うなニャンコ。
「ははははっ、お、おもしろ……あ、す、凄く可愛かったから」
「アリス笑い過ぎだー!」
「大丈夫だってー、ねぇ、ツイートさんもそう思うでしょ?」
アリスが急にツイートに話を振った。
「あ、ああ、確かによくでき――」
「……ハムスター」
アリスがツイートにそっとささやいたとたん、ツイートが後ろを向いて震え出した。
「がああああああっ! なんじゃこりゃああああ!」
思いっきり、ラビットチェンジャーを投げ捨てた。
「ああああっ! 乱暴にしないでー!」
「リン、マジで問題ないわけ!?」
「ホントーだってー!」
「モナカよ、それがあれば潜入は全く問題ないぞ」
エシュリーの言葉って、うーん、なんでこんなに信ぴょう性が無いのか……
「ああ、もーいいわよ、持ってくから」
いまいち半信半疑だけど……
使えるのかどうか疑わしい魔道具を持って、三人で巨人の街に潜入だ!




