第三十二話 北の国へ向かおう
「わたしも連れて行ってくれませんか?」
「今度こそダメです」
「今度こそとはなんですか?」
午後の昼下がり。
みんなで北国へ行くための準備を進めているとき、今度はグレイスがやってきたのだ。
今日は取り巻きはおらず、グレイスだけである。
「もう先約があって、枠が埋まってしまったのです」
「枠が埋まったということは、その――」
「そういうことよ、グレイス」
一緒になって荷造りをしているアリスが、グレイスに勝ち誇ったような態度をとる。
そう、もうそろそろ北の国へ向けての準備をしようかというときに、一緒に準備したいと言って、昨日からアリスが屋敷に転がり込んできていたのだ。
リンはスピーダーの荷台を自分のポーチと同じ仕様にしようと、ガレージで作業中。
ニャンコは使用人と共に買い出しに出ている。
つまり、エシュリーとテルトとアリスという、あんま世間知らなさそうなメンバーに、適切な荷造りをさせるため、わたしは目下奮闘中なのである。
「エシュリー、毛布は畳んだ後丸めた方がコンパクトになるよ。テルト、生鮮食品類はニャンコに防腐の魔法をかけてもらうから準備は後回しで。アリスはそのスケスケのネグリジェ、どこで着る気なの?」
「えっと、夜はモナカと一緒に寝たいなって」
「いかがわしいのは却下です」
「えーっ」
えーっと言いながら、そのまま自分の荷物として入れてしまっている。まあもういいや。
「というわけで、ここにグレイスを入れると、わたしが制御しきれないので無理です」
「先約ってアリス姫なんですか……」
グレイスは驚いているようだけど、わたしもちょっと驚いてるよ。
一国のお姫様がアウトドア旅行に近い旅をしていいもんなのかなーって。
「モナカ、浴槽とかテントとか大型のって、どこにあるのだ?」
「大型のは一式、使用人に言って物置にまとめているよ」
エシュリーがいつになく働いているので関心。
「けど、グレイスはなんで急に一緒に行きたくなったの?」
「えっと、その……あなたとの旅行、一緒に行ってみたいなって……」
「却下ですー! 却下! 却下!」
アリスが物凄い勢いでグレイスを否定しまくった。
「えーと、アリス姫も、もしかして……」
「詮索はいいから! 早く帰りなさい!」
えらい突き離すな。
グレイスは少々面食らったような顔をしていたが、何を悟ったのか、諦めた表情となった。
「今日はこれで退散します。アリス姫……アリス! 帰ってきたらまた一緒に遊ぼうね!」
「え!? う、うん! グレイス、また帰ってきてからね!」
なんだったのだろうか、今のは。
「アリス、いいの? グレイスの扱いあんな適当で」
「いいのいいの、さあ、支度しないと」
ふむ、当人たちが納得しているならいいか。
「ときにモナカ」
「どうしたのエシュリー。分からないことがあったの?」
「なんでモナカは寝っ転がって指示するだけで、荷物まとめ手伝わないんだ?」
「あー、うん、このソファーがねー、ちょうどいい大きさで、わたしの体にフィットしててね……なんというか、やる気ゲージがあっという間に尽きちゃうのよ」
「サボりか」
「サボりだー」
「うるさいわー、エシュリー! テルト!」
「あははははっ、モナカは今のままでいいのよ」
アリスは優しいなー。
「アリスよ、モナカを甘やかしてはならん。今にソファーに根を張って動けなくなるぞ」
「なんという奇病の持ち主」
「いや、比喩を真に受けないでよアリス……」
すべての準備が整い、グレイスやアリスの姉のシャーロット含め、大勢に見送られながら、わたしたちは旅立った。
目指すはニャンコの故郷、北の国!
「そいえばニャンコ」
「はい?」
「北の国って正式名称は何?」
「今その質問ですか!?」
いやたしかに、出発してから聞くのも変だったかもだけど、まあ聞きそびれていたので。
「シャルハルバナルです」
「え?」
「ですから、シャルハルバナルです」
「えーっと、めっちゃ覚えにくいから、北の国って呼んでいい?」
「分かり難いんですかねー」
「シャルハルバナル、信仰の国とも北の国とも呼ばれています。文明レベルはファルプス・ゲイルよりも劣りますが、神聖魔法という独自の魔法文化があります。また、人型の神が住んでいる唯一の国。氷雪地帯のある唯一の国で、巨大な流氷は一見の価値ありと言われています」
「アリス詳しいのね」
「お城の教育係に、全国家についての情報を叩きこまれたので」
「いやすごいすごい、わたしなんか地理の授業の内容なんて一割も憶えてないし」
世界の地理なんて首都名すら怪しいわ。
まずは先日も来た国境の街リナールへ。
この先に街は無いので、ちょっと早いけどここで一泊、翌朝再出発の予定だ。
「おお、救国の英雄ではないですか、遠路はるばる、ようこそいらっしゃいました」
「まあ、英雄様。こちらをどうぞ。いえいえ、お代はいりませんよ」
「お母さん、英雄様がいるよー」
街の中ではすごい有名人になっていた。
もらった果実をかじりながら歩いているだけで、あいさつされたり頭を下げられたり。超大物になった気分だ。
「先日の戦争での映像や、わたしを救ってくださったことがテレビニュースで放送されていて、モナカさんたちは国中で有名人なんですよ」
何やら嬉しいのか、アリスが笑顔である。
「ふむ、わたしもこの国で有名人になったわけだな」
「エシュリーよりもモナカの方が大々的に取り上げられてるけどね」
「なんという! わたしの偉大さももっと広めるべきだ! モナカ! さっそくテレビ局へ抗議に行くぞ!」
「そういう面倒くさいイベントは起こさないでよ」
「けど、この空気はこそばゆいですね」
「ニャンコの言う通り、ちょっと照れちゃうね」
そうは言うけどリンもにやけ顔でまんざらでもなさそうだ。
ご飯もホテルも、特別対応してもらって、いつもより豪華な食事に、スウィートでの宿泊と、なかなかいい思いが出来た。
翌日、前線基地まで行き、そこで国王からもらったフリーパスを使用――するまでもなく、顔パスで税関を通してもらえた。
国境線までの道はすでに整備されており、先の戦いの爪痕は残っていない。
「わたし、国境線通過するのは初めてなんです!」
アリスはお姫様だもんね、あんまり遠くへとか行けないのだろう。
「おお、面白いよー! なんなら国境線付近で止まって、堪能してみる?」
「モナカじゃあるまいし、そこまではしゃがないんじゃない?」
「こらテルト、エシュリーみたいなこというな」
「わたしみたいとは、どーいうことだ」
国境線は無事通行。
結局わたしも体験して見たかったので、スピーダーを止め、行ったり来たりを繰り返してしまった。
国境線を超えた先、巨人の国は荒涼とした大地が広がっていた。
草木も少なく、岩だらけだ。
空もすこしどんよりしている。
「少し肌寒い気がしますね」
「そう? なんか羽織るもの出してあげようか?」
「モナカはやさしいねえ」
「テルトはちゃかすな」
スピーダーは街道をそれて、荒野を走り続ける。
街道を通ると巨人に見つかる恐れがあるからだ。
結局その日は何もなく、キャンプを張って一晩過ごした。
アリスはキャンプが初めてなようで、すごいはしゃいでいた。
ダッチオーブンで人数分のパンを焼き、肉をあぶる。ニャンコがスープを作って完成。
前にファルプス・ゲイルまでの道のりでやったのを思い出すな。
巨人の国は通過するのに三日はかかるそうだ。このまま何ごとも無ければいいけれど。




