第三十一話 空前絶後の大報酬
「アリス姫の護衛や救出、神器の奪取、それと巨人族との戦争での功績、おぬしたちの此度の活躍、考えられぬほどの偉業である。まずは報酬を受け取って欲しい」
大勢の重鎮が見守る中、わたしたちは国王と正式な謁見の場で向き合い、感謝の言葉と報酬を受けることとなった。
護衛料が一人金貨百八十枚、誘拐事件の解決はなんと一万枚、戦争での功績も同じく一万枚という破格の報酬である。
手渡しできるような分量では無いため、家臣たちが、わたしたちの横に置かれたテーブルに積み上げていく。
「さらに、この王国内で使用可能な通行許可証も人数分配布しよう。これで、王族しか入れない場所であっても通行可能となる」
続けて、通行所となるメダルを授与される。
「また、王都の郊外にある屋敷を与える。使用人もこちらで雇っておいたので、自由に使って頂ければありがたい」
おお、やっと定住の地が出来た! 今まで人の家に居候か、ホテル住まいだったからなー。
今からどんなお屋敷なのか、楽しみである。
「国王陛下よりの贈り物の数々、ありがたく頂かせてもらいます」
エシュリーもさすがに公式の場であるためか、礼儀正しくあいさつしてくれた。
なんか、ちゃんとできるなーと嬉しく思う。成長した我が子を見るかのような気分だ。
式典のようなものも終わり、今日はお城の晩さん会に呼ばれた。
その時間までは、屋敷が見たいだろうからと解放された。やった、堅苦しいのから解放される!
屋敷へ行くために、報酬の金貨満載の馬車を用意されたが、行く前にグレイスの家に立ち寄る。
そちらの一家からも個別にお礼をしたいというのだ。
グレイスの家に着くと、使用人から何から、みんな総出で出迎えてもらった。
ここまで歓迎されると、自分が物凄い大物になった気になってしまう。
「今回の件、娘の救出のみならず、我が家への救済取り計らい、感謝の言葉も無い」
「モナカさん、本当にありがとうございます。あなたはわたしの大恩人です」
グレイスの父親が泣きながら頭を下げてきて、グレイスもわたしの前で膝をつき、わたしの手の甲にキスをした。
わたしは高貴な騎士かなんかか!?
「今回の礼として、少ないがこれを受け取って欲しい」
グレイスの父親から渡された袋の総量は、国からもらったものの半分ほど。おそらく金貨五万枚ほどではなかろうか。
「モ、モ、モナカ、ここでもこんなにもらっちゃって、いいの!?」
リンが混乱しだした。
「くれるというなら、もらわないと……ああ、よだれが……」
わたしだって興奮と混乱のるつぼなのだ。
やばすぎる!?
「それと、今後何かあれば何でもおっしゃってください。出来る限りお助けいたします」
国王一家と比べれば凄くは無いが、公爵家とのコネも別にあるというのは心強い。
「はい、なんかあったらお願いします!」
締めて報酬は、一人金貨三万百八十枚、五人で十五万九百枚――日本円換算で十五億九百万円だ! やばい! いまある資産、金貨約一万枚も含めれば、一生遊んで暮らせる!
わたしの頭の中がパラダイス状態のまま、当の屋敷に着いた。
巨大な庭の中央に屋敷がある造りであった。
屋敷は三階建てで、左右に百メートルほどの広がり。奥行きもありそうだ。
馬車を入れる馬舎と、スピーダーなどの車両を入れるガレージも完備されている。ガレージが超広くて、十台くらい車が置けるのでは、と言う感じ。さらに、クレーン等整備工場さながらの設備が充実している。
出迎えてくれた従者に言って、荷物というか金貨袋大量を屋敷に移動してもらう。
わたしたちも屋敷の中へ。
「おかえりなさいませ、ご主人様!」
ずらりと並んだメイドたちのコーラス。ちょっとビックリ!
使用人がいると聞いていたが、メイドだけで二十人いるのか。
入った玄関は巨大なホールになっており、奥へと続く通路に、上へと延びる大きな階段も見られる。
あ、エスカレーターまであるわ。
「うむ、出迎えご苦労」
一番ちっこいのに、一番偉そうな態度をとるエシュリー。よいしょされるのが好きなんだよねー。
「お荷物はどこにお持ちしますか?」
数人の従者たちが、台車を引いてきた。
「とりあえず、わたしの部屋に」
「でしたら、お部屋をまず決めて頂きましょうか。客室が三十部屋ありますが、それ以外に家人用の部屋が十部屋程ありますので」
メイドの言葉に面食らう。
どんな人が住むのを想定して建てたのだろう?
「えっと、お部屋を案内してもらってもよろしいでしょうか?」
「はい、どうぞこちらへ」
ニャンコが案内を促し、みなでお部屋周りとなった。
住居用以外にも、サロンや会議室、図書室や応接間、書斎などなど、大量の部屋がある。全部を使いこなす自信がないなー。
結局、みんなのいる場所は近い方がいいだろうと、ひとかたまりの区画の五部屋を指定し、その一つに金貨を運んでもらった。
「モナカ様、お茶の用意が出来ておりますので、都合の良いタイミングで、近くのメイドにお声がけ下さい」
メイドがうやうやしく立ち去る。
わたしたちの部屋のすぐ近くに、メイドやバトラーの待機カウンターがある。なんでも二十四時間体制で受け付けているという。
まさに女王様気分だ。
午後のお茶は、英国風のアフタヌーンティに似ていた。
お茶の葉は何種類か用意されていたけど、異世界の銘柄なんか分からないので適当にお願いした。
テーブルには、スコーンとそれに付けるバターやジャム、他に各種プチケーキと口直し用のサンドイッチが置かれていた。
「モナカたちに付いてきて良かったー。物凄い贅沢だよ!」
タルトにベリーソースとキャラメルクリームが添えられたプチケーキをほおばりつつ、リンがむせび泣いている。
最初は金貨百枚が払えなくて来てたのに、いつの間にか金貨三万枚持ちのプチセレブだもんねー。
「しばらくはゆっくりしましょうよ。最近、あれこれ忙しかったし」
ナッツの風味の強い生地に、クリームが乗っているケーキをほおばりつつ、みなにそう伝える。
エシュリーとテルトはスコーンに夢中でかじりついていた。
ここのスコーン、生地が香ばしく、めちゃくちゃうまいのだ。
「あのお金、保管方法を考えないといけませんね」
「うーん、そうだね。リン、なんか作れない?」
「金庫みたいなの作ろうか? 工房とかある?」
「はい、一階に作業部屋が設けてあります」
リンの質問に、メイドがうやうやしく返答した。
なんでもある屋敷である。
「あ、お祈りするお部屋とかありますか? ナンバー〇〇一用の」
「あいにく、ナンバー〇〇一用と言うのはございません」
さすがにメイドさんが困ってらっしゃる。
王宮での晩さん会は、立食パーティー形式であった。
普通はテーブルディナーのようだけど、みんながわたしたちにあいさつしたいだろうからと、この形式となった様だ。
香草で彩られたカルパッチョに、根菜のムースに酸味の効いたジュレの乗った前菜、ベリーソースの添えられたローストビーフなどいろいろな料理が並べられていた。
デザートのケーキ類も多数ある。
食事はセーブしてデザートに本腰を入れようと企んでいると、アリスが寄ってきた。
「ごきげんよう、モナカ」
「ごきげんよう、アリス」
アリスは凄く上品に、片手にグラスとお皿を持ち、お皿にはオードブルらしき魚の燻製とオリーブのような実のサラダが少量乗っているのみ。
わたしのように、肉と魚の上に野菜のパテとパスタを山盛りにしてはいない。
ちと恥ずかしい。
「今日は例のドレスでは無いんですね」
「そのネタいつまで引っ張るんだ」
アリスの言っているのはゴスロリの服だろう。ちなみに今日はみんな、使用人に用意してもらったドレスを着ている。
わたしはライトベージュの簡素な飾りのドレスである。
アリスはやや広がりのあるスカートの光沢のある上品なホワイトカラーできめている。胸に光る小さめのペンダントも嫌味が無く素敵だ。
「そのドレスも素敵ですよ」
「ありがとう。アリスは相変わらず、ザ・お姫様って感じで、絵になるよね」
「ありがとうございます。みなさんは?」
「みんな料理の争奪中よ」
わたしのお皿の惨状も見せてやる。
何やらアリスがそれを見て笑みをこぼした。
「急いで取らなくても、すぐには無くなりませんよ。落とす危険もありますし、少量ずつ取るのがよろしいかと」
「いやー、貧乏性だしー、それにわたし、バランス感覚超いいから落とさないので」
「それはうらやましいです」
またしても顔が笑っている。
おかしかったかなー?
「テラスに出ません?」
「いいよ、ちょっと待ってね」
山盛りの料理を持って行くわけにもいかないので、一気にかっこんだ。
「あははははっ、モナカおもしろいわ! わたしも食べちゃわないと」
アリスも少量の料理を食べ、お皿を置いてグラスだけ持ってわたしを招いた。
わたしもグラスだけ持って行く。
テラスに出ると、夜の涼やかな風が体の火照りを冷やしてくれた。
「うーん、風が気持ちいい」
「この時期、この時間帯の外の風は、非常に気持ちがいいものなんです」
アリスの金色のつややかな髪と、純白のドレスが風に流れる様は、ほんとうに芸術品のようにキレイであり、思わず見とれてしまう。
「モナカが来てくれて本当に良かった。毎日がすごく楽しくなったんですもの」
「まあ、騒がしいのがうちには多いですからねー。主にエシュリーとか」
「エシュリーは見ていて元気になりますよね」
そういう見方もあるんだ。
「モナカさんって、お付き合いしている方っているんですか?」
なんか、異世界に来る前にさんざん言われていたことを思い出してしまった。
まあ、あの頃はどうはぐらかそうかと、神経使いまくっていたんだっけ。
けど、今、この異世界に来てからは気後れする必要が無くなった。
「いない。意中の人もいない。悠々自適にその日暮らしをしているだけ」
アリスの方を向かず、どこか遠くへ、焦点はあっていないがなんとなく目を向けて話す。
「けど、まとまったお金が出来た。今の仲間たちとだらだら暮らすのもいいかなと思ってる」
それでいいのかなーと思うが、それでいいだろう。せっかく不老不死になれたんだ。リアルネバーランドを実行したっていいはずだ。
「わたしもお付き合いしている人はいません。ただ、憧れている人がいます」
アリスの方に視線を向けていないので、表情は見れないが、なんか視線を感じる。
「その人はたくさんの素敵な方たちに囲まれていて、けど、わたしはその輪の中にいないんです」
うーん、視線を向けるべきかな?
なんか、恥ずかしくて向けられない。うぬぼれかもしれないけど。
「さて、わたしはどうすればいいんでしょうか?」
いたずらっぽい口調で言ってきたから、思わずアリスの方を向いてしまった。
なんか、目が潤んでいるように見えるけど。
どうにも言葉を返せないでいると、アリスがわたしの腕をつかんだ。一瞬ドキリとする。
「さて、もうそろそろ戻りましょう。モナカやわたしを探してうろつきまわっている人がいるかもしれないし」
なんか、振り回されている感じもするが、嫌な感覚では無かった。
さて、大金稼いで当初の目標の、将来が安心できる額を稼いでしまうと、人間だらけてしまうもんである。いや、わたしは人間では無いかもしれないけど、だらけるのだ。幻魔だって神様だってだらけているのだ。
そんなソファーで本を顔に乗せて寝ている私の元へ、アリスが訪ねてきた。
「モナカ! わたしも冒険に連れて行って!」
「ダメ」
「即答しないでよー」
本を外して首だけアリスに向けて言い放った言葉は、お気に召さなかったようだ。
「アリスよ、われらの旅は苦難の連続。並みの人間では耐えられぬぞ」
「エシュリー、今は苦難どころか、北の国への観光以外に予定ないじゃん」
「ええい、我が世界制覇までの道のりはひどく険しいのだ!」
「世界制覇するの? 今のままでいいじゃん」
「良くないわー」
「エシュリーのくせに世界制覇とは生意気なー」
「こ、こらテルト、や、やめろー」
じゃれているお子様たちは放っておこう。
「北の国への観光ですか! 楽しそうですね」
「お姫様が簡単に国を出たらまずいでしょう」
「国はお姉さまが継ぎますし、わたしは第二王女である程度の自由はありますから」
そーなのかなー?
お国事情に詳しいリンに目を向ける。
「いや、第二王女って十分重要人物だと思いますよ。気軽には遊びに行けないでしょう。しかも巨人族の国を通るのだから」
「もういいわ、お父様に許可をもらってくる!」
そう言って出て行ってしまった。
慌ただしい子である。
お父様判定の結果――
「よろしくお願いしますね、モナカさん」
「許可通っちゃったよ……」
いいのだろうか、王様……
「モナカさんたちがいれば、巨人の一万人や十万人、あっさり倒してくれるから平気だって」
「十万人とかキツイわー」
「ときにアリスさん、何か宗教はされてまして?」
「えーと、特にないよ」
「ならば! 我が偉大なるナンバー〇〇一に会わせて、是非とも信者になって頂きましょう!」
「ニャンコ、一国のお姫様を勧誘するなー!」
いろいろ大丈夫なんだろうか?
寝っ転がりながら焼き菓子をほおばり、何とはなく心配になるのだった。




