第二十一話 塔
廃墟の中に隠れ潜む魔物は、予想以上に多くいた。
狩り切れず、国境線の外で一晩明かすことに。
リンが持参してくれた浴槽に、テルトが水を注いで小さい火種を入れた。簡易風呂である。
それで汗を流し、スッキリと一晩過ごした翌日。
古の穴せん滅戦二日目である。
犬タイプやクモタイプなどを狩りつつ回っていると、巨大な死骸を見つけた。
体長十メートルほどの鳥型の魔物だ。蝙蝠の羽に長い首が三つも付いているやつだが、完全に焼け焦げて死んでいる。
「遮蔽物が無いと、大型でもこうなっちゃうんだね」
「油断はするなよモナカ、死んでれば問題ないけど、瀕死状態だったら再生能力で復活しちゃってるはずなんだから」
「そこの見定めは、リンとテルトに任せるわ」
午後の休憩を挟み、さらに回って残りは中央付近だけとなったとき、あるものに気が付いた。
「中央に、巨大な建物があるんだね」
比較対象が無いから、大きさが感覚的に分かり難いけど、百、二百メートルではきかなそうだ。
見える限りでは、周りの廃墟と違って、壊れている様子がない。
「大きい建物ですね」
「あれの中にも魔物がいるのかな?」
「リン、テルト、アレの中って敵反応ある?」
「まだ索敵範囲外」
「わたしもー」
「まあ、近付いてみて、居たらそんときに考えましょう」
そう言って先に進むも、やたら目立つせいで、意識がそちらへと向いてしまう。
なんか気になる感じだわ。
しばらく行くと、テルトが制止をかけてきた。
「なんか動いている奴がいる」
「あれ……」
リンが指し示す方を見たら、いた!
ゆっくりと歩いているやつ。
胴体から四本の長い脚が生えており、それで大地を歩いている。
ただ、デカい……足の長さが十メートルはあるんじゃなかろうか。
「他に敵の反応は?」
「あれだけだね」
「遠距離から足を狙いましょう」
「そうしよっか」
リンはステッキを用意し、わたしとテルトは呪文を唱えた。
「【魔力球】!」
「インパルス砲!」
「ファイヤー!」
三者三様の攻撃を放ち、片足に着弾。大きな爆発と周囲を飲み込む閃光、爆風が吹き荒れる。
土煙が収まった先には、すべての足が吹き飛んで、本体が大地に倒れ伏している姿があった。
「なんか一回で済んじゃったね」
「威力がデカすぎたんだよ」
「結果的に良かったじゃん」
「者ども、とどめを刺すのだー」
「エシュリーが仕切るなー!」
とりあえず突っ込んどいて、とどめを刺しに向かう。
本体は動いていたんだけど、攻撃手段が無かったようで、あっさりととどめを刺すことが出来た。
「デカいわりに、歯ごたえ無かったな」
「楽なことはいいことよ、さあ、先を急ぎましょう」
以降は特に魔物はおらず、中央の巨大な建物まで来てしまった。
目の前まで来ると分かる。
東京タワーと同じくらい三百メートルくらいの高さがある塔だ。直径は百メートルほど。白と紺色のまだら模様になっており、正面入り口に、高さ十メートルほどの巨大な扉がしつらえてある。
そしてその建物の中に何かいるらしい。
問題は……
「この扉、全然開かないねー」
押したり引いたりはもちろんのこと、殴っても蹴っても、魔力弾をぶつけても傷一つ付かないのだ。
「魔法による封印だな」
「エシュリー、これ知ってるの?」
「直接は知らない。神々の大戦当時、殺しきれなかった魔物とかを封印している神もいたんだ」
エシュリーが無造作に扉を叩く。
「神の力か、それに匹敵する攻撃でも加えない限り、開くことは無いだろう」
「うーん、これって依頼不成立?」
「いやいや、確かにすべての魔物のせん滅は頼まれたが、その依頼の元々の意味は、この周辺の安全を確保してやることだ。この中の魔物がいくら強くても出ることが無いんだから、安全は確保されたとみるべきだ」
「そーいうものか」
「そーいうものだ」
どちらにしろ、やれることはもうない。
ちょっと消化不良な感じもするけど、エシュリーの言う通り安全確保は達成できたとみるべきだろう。
「と言うわけで、見事せん滅完了しました!」
「まさかたったの二日で完了させるとは思わなかったよ」
商工会ビル、会長のパトリシアさんは心底驚いているようだった。
塔のことも話したが、絶対開かないなら問題ないと言ってくれた。
余談だが、帰って来た早々またも握手を求められたので、エシュリーに握手させて難を逃れている。
「我々の手にかかれば、あんな廃墟、あっというまにせん滅しつくせますよ!」
言って大声で笑うエシュリー。今日も絶好調である。
「それで、依頼料の方を――」
「一度、こちらの調査員に確認に行かせたい。本当に残っていないかどうかのね」
パトリシアさんは、こちらの全員に視線を向けた。
「その際の調査隊の護衛もみなさんにお願いしたい」
「ええー、また行くのー」
「わかりました! やりましょう! 護衛料は別途お願いしますよ。一人金貨ニ百枚くらいで」
わたしのウンザリ越えをかき消すように、エシュリーが身を乗り出して依頼を受けだした。
「金貨ニ百枚とはまたデカい金額だな」
「我々、そんじょそこらの駆け出しの傭兵などとは違いますから。本来なら四百枚でもおかしくないところ、たったのニ百枚と負けているんですよ?」
何も危険が無いはずの場所での護衛に一人ニ百枚とか、いいのだろうか?
「まあ、分かった。それで手配しよう」
「やった!」
通っちゃった。
「出発は明日、朝の九時。商工会の方まで来てくれ」
「分かりましたー」
エシュリーが丁寧にお辞儀する中、わたしたちはただただア然とするばかりであった。
翌日、調査員五名の乗った車と共に再度古の穴へ。
取りこぼしがあったらどうしようかと、ちょっと不安だったけど、特に何ごとも無く現場調査は無事終了。
商工会に戻ったとき、依頼料が支払われた。
一人金貨千二百枚の、合計六千枚である。
「おおおおおっ、こ、こんな大金が……」
リンは初めて見る金貨の山にヨダレを垂らして抱き付いていた。
わたしもテンションは高い。
初期投資で車を買ったりしたけど、それを遥かに超える収入があったのである。
スピーダーを作って早く来て、交渉出来たのが良かったんだなー。
その日の夜は、奮発して高そうなお店で飲み食いしまくった。
まだ、老後に不安が残る預金高だけど、たまにはいいだろう。
「一仕事終えたあとって、ご飯おいしいよねえ」
グラスに注がれた、甘みの強いミックスジュースを一気に飲み干し、貝のコキーユに手を伸ばす。
「モナカって、たまに年寄りみたいなこというよね」
「テルトだって、食べ方とか渋すぎるでしょ」
テルトは、オリーブの実を生ハムで包んで、ひと口で食べていた。
「おいしければいいんだよ」
「確かに、どれもおいしいです」
ニャンコはそう言って、トマトとチーズを一緒に口に運んでいた。
「それで、これからどうするんですか?」
リンはタンシチューのタンを切り分けつつ、わたしやエシュリーに聞いてきた。
「せっかちねー、さっき仕事が終わったばかりなんだから、明日とかにゆっくり考えればいいのよ」
コキーユが熱そうだったので、息を吹きかけつつ、フォークに突き刺さったそれを空中で放置。
「みんなで北の国へ行きませんか? ちょうど乗り物も出来たことだし」
ニャンコの故郷にも、行ってもいいかも。コキーユを口へと入れながら考える。うん、ほどよく冷めてておいしい。
「北の国へ行くとなると、中央山脈は越えられないから……東ルートか西ルートになりますね」
リンがそう指摘する。
「東ルートって、東の国の領土を通るの?」
「そうです」
「バーゼルなんかに行けるかー!」
エシュリーは怒鳴りながら、八つ当たりのようにコンフューしたチキンを食い散らかす。チキンさんに罪はないのに。
「西ルートだと、巨人の国を通過しますね」
「巨人って、危険なの?」
「すべての種族と敵対的な関係の恐ろしい国です。東ルートとは比べ物にならないくらい国境警備が厳しいんです」
ニャンコには、ちょっと怖いルートに思える様だ。
「うーん、けど、バーゼルの領土通るのは危険だし……バーゼルと巨人って、どっちが危険なの?」
「世界の十カ国を軍事力別にランキングすると、バーゼルは四位、巨人は七位だ」
エシュリーがチキンが刺さったフォークを振りながら得意げに言う。
「なーんだ、巨人弱いじゃん」
「巨人の国、行ったこと無いから楽しみだ」
テルトは巨人なんかなんとも思っていない様な軽い口ぶりで、レバーパテをクラッカーに塗って楽しんでいた。
「巨人の国へ行くなら、その途中にわたしの国の首都があるんです。寄ってみませんか?」
「首都ってどんなものかな? 興味あるー」
「では一週間ほど休暇を取ったら、首都へ向けて出発だ!」
「おーっ!」
エシュリーの声に合わせ、みんなでグラスを掲げた。




