第二十話 クジラモドキ
「シュート!」
今日何度目かの大爆音が周囲に広がる。
これだけやると、視界も開けてくる。けど、まだまだ先は長そうだ。
「ねえエシュリー、これあと何発やればいい?」
「えーと、ちょっと待ってー……計算だと、あと六百二十一回ほど」
「多いわ!」
直径五キロの円の面積を、甘く見ていた。
「ちょっと作戦を変えるか。テルト」
「ほいよ」
「古の穴全域を効果範囲にして、範囲攻撃魔法撃っちゃって」
「全域!?」
幻魔のことをあまり知らないリンが驚いている。
「幻魔って、魔力無限大だから、いくらでも効果範囲広げられるんだって」
「とはいえ、大人たちが使う破壊呪文に比べると威力が全然弱いから、今までのように完全にまっさらには出来ないけどね」
テルトがおどけて応える。
「何発か撃ってもらって、あとで取りこぼしをチェックだな」
一旦、国境線の外に避難。
テルトが魔法をぶっ放した。
「【炎の嵐】!」
国境線からチラチラと炎がはみ出して見えてるけど、中の情景も音も何も伝わってこないので、いまいち凄さがわからない。
「【炎の嵐】! 【炎の嵐】! 【炎の嵐】! 【炎の嵐】!――」
「もうそろそろいいかな?」
エシュリーの声に、みんなで国境線の中に再び入った。
「うわー……」
中の世界全体が、道も、ガレキも、廃墟も、真っ黒に焦がされていた。
熱気も凄い。
「遺跡の中とか、地中とかにいて、難を逃れた魔物がいるかもしれない。みんなで回ろう」
確かに、熱量は凄そうだけど、建物は原形が残ってる。言う通り、難を逃れている奴もいるかもしれない。
「わたしは近くの敵を感知できる超能力を、発動させておくよ」
「わたしも、敵感知の魔法かけておくわ」
わたしとニャンコはそういった魔法は使えないため、そのまま付いて行くことに。
エシュリーが先頭になって移動する。
エシュリーに索敵能力は無いけど、頑丈だから、何か危険があっても一番安心できる布陣だ。本人はそんなこと考えて無いだろうけど。
外側から順に内側へとぐるぐる回るルートをたどっていく。
最初の一周は特に何も無かった。
切りのいいところで、一時お昼休憩。
敷物を敷き、テルトの出した水で手を洗ってからごはんだ。
今日はお弁当を持ってきた。リンのポーチに入れてもらっていたのだ。いくらでも入るので便利。
サンドイッチ各種と、カットしたフルーツいろいろだ。
サンドイッチはハムとか玉子を挟んだ定番のもの。フルーツは珍しい異界の物を用意してみた。
オレンジ色の果肉の奴は、色的においしい果物! って感じで、特に抵抗なく食べられる。シャキシャキの歯ごたえの物や、果汁たっぷりでプルプルとしたものまである。柑橘系は果物屋で見つからなかった。
表面は赤いけど、果肉が白く細かい種が入っているものは、梨みたいな触感で、味はパイナップルよりかな。
ブドウをでっかくしたような果実は、独特なハーブ臭がして、わたしは苦手だったが、ニャンコやリンはおいしそうに食べていた。
食事が一通り終わり、テルトに出してもらった水で手を洗ってから、探索を再開した。
「前方右の建物に魔物がいる」
リンの警告に緊張が走る。初めてのビンゴだ。
建物に入っていくと、奥の部屋に扉があった。それが炎を防いでいたのだろう。
そして、中からカサカサと音がする。
キモすぎる!
「モナカ開けて」
「なんでわたしがー!」
まあ、誰かが開けなければならないんだから、仕方ない。
手をかけたが、開かない。扉がねじれているんだろうか?
仕方が無いから、蹴り抜いた。
と、中からすごい勢いで、ソレが出てきた。
「いやあああああっ!」
猛ダッシュで逃げてしまった。
「ちょっとモナカ!」
エシュリーに声をかけられるが知ったことでは無い。
ソレは体長一メートルほど。人の首にクモの足が生えており、人の口からクモの頭が覗いていた。
こんな生き物作った神さま〇んでしまえ!
「【光弾】」
テルトが魔法をぶつけるが、砕けた足と顔がみるみる再生している。気持ち悪いのなんの。
「ええい、しつこい!」
リンがエネルギーキャノンを連射し、やっと動きが止まった。
「もー、モナカが殴りまくれば倒せてたのに」
テルトが無茶を言ってくる。
「あんなの触れるか!」
さらに探索を続けると、同じように閉じた場所に魔物が残っていた。
さっきの気持ち悪いのもいたし、最初に会った犬モドキの大口もいた。さらに、異様に長い首を持った首長竜みたいなやつなんかも。
総じて言えるのは、キモイ。しかもしぶとい。
「うう、吐きそうになる。早く終わりたい」
「もう半分以上は回ってるから、もう少し頑張ろう」
エシュリーは何もしないので気楽に言ってくれる。
ふいに、ニャンコが肩に手を置いてきた。なんだ?
「【平静】」
「ちょっと、気分良くなったかも、ありがとうニャンコ」
「いえいえ、みんなでがんばりましょうね」
「ちょっと待って! いる! こっちに近付いている!」
リンの言葉に、全員臨戦態勢に入る。
「十メートル!――あと五メートル!」
「えっ! 姿見えないけど!」
「地面が、揺れてます」
「え? このパターンって……」
「三メートル――来た!」
地面の揺れが大きくなる。
ニャンコとリンを抱えて飛ぶ。
吹き上がる土砂。
さっきまでわたしたちのいた地面を割いて、何かが飛び出してきた!
「でかい!」
地面から十メートル以上突き出しているそれは、垂直にジャンプしたクジラのような姿だった。地中に埋まっている部分も含めると、本当のクジラ並みの大きさかな?
エシュリーは、テルトに掴まれて、一緒に浮いていた。
わたしたちが地面に着地すると同時、そいつも地面から完全に抜け出して、自身の四肢で立ち上がっていた。
体長二十メートルくらいかな? クジラとオオサンショウウオを足して割ったような変な形状をしている。
「こんな大きな生き物、はじめてみました」
ニャンコは唖然としているけど、わたしも初めてだ。
リンが隣でエネルギーキャノンを撃ってるけど、それには無反応だ。
「皮膚が分厚いのかな? それともこんな攻撃じゃあ虫に刺された程度なのかな?」
リンは狙撃を諦めて、ステッキを取り出していた。
わたしも剣を抜いて切りつけてみる。
貫いたんだけど、これ、ダメージになるのか?
突然、クジラモドキが身震いした。近くにいたわたしは盛大にふっ飛ばされる。
「モナカ!」
「ああ、大丈夫」
クジラモドキを見ると、リンが魔法少女モードで魔力弾を撃ちまくっている。弾丸が体を貫いているのか、そこから血しぶきを上げ、巨大な口を開けて大きな咆哮を放っていた。
わたしも神聖魔法でインパルス砲を生み出し、腹に一発! 命中し爆発、そこから体液が大量に流れ出ていた。
「よし!」
「ああああっ! モナカさん!」
ニャンコの悲鳴。
クジラモドキが怒ったのか、巨大な口を開けて、こちらに迫ってくる!
「ええい! 撤退!」
ニャンコを抱いて横に飛ぶ! けれど飛んだ方向にクジラモドキが軌道修正してきた! 間に合わない!
「モナカ!」
リンの声が聞こえたなと思った時には、クジラモドキに食われていた。
中は生臭く、真っ暗だ。
「ニャンコ、平気?」
「はい、ここは、魔物の中でしょうか?」
「うーん、食べられちゃったみたいねっ、うわぁ!」
物凄く揺れた。
まだみんなが外で戦っているのだろう。
クジラの中っていうと、ピノキオとか思い出すけど、真っ暗闇なので中が同じかどうかはよくわかんない。
ともかく、生臭くてしょうがないので早く出たいんだけど。
「どうしましょうか?」
「うーん、お約束というか、定番だと……」
壁を触ってみると、ぶよぶよで柔らかい。皮膚のような硬度ではないようだ。
やっぱこれかー。
「お腹の中から攻撃して痛い痛いよ作戦!」
内部で爆破系は使えないので、壁に手を当てる。
「【神聖武器】!」
長大な剣が、肉を引き裂きながら生まれる。
とたんに、揺れが激しくなった。
「ニャンコ! 掴まってて!」
「はいいいいっ」
続いて武器を変える。
インパルス砲台にして、出来た穴に突っ込む! 肉壁が包んでいるから、たぶん大丈夫だろう。
「ファイヤー!」
思いのほか簡単に肉が吹き飛んだ! わたしとニャンコは反対側の壁までふっ飛ばされるが、肉壁のクッションでなんとかダメージ無し。
「あああっ、ニャンコごめーん! 大丈夫?」
「し、死ぬかと思いました……」
ニャンコが魔法を唱える。
「【聖なる盾】」
不可視の盾が二人を守る。
また吹き飛ばされるのが嫌だったのだろう。
「えーと、もう一発いくよ?」
「はい、覚悟はできています」
よーし!
「ファイヤー!」
穴の方向に向けて、再度の発射!
肉が避け、明かりが見えた! 貫通した!
「動かなくなりましたね」
「あ、そういえば」
こんな衝撃なのに、クジラモドキは動かなかった。
外に出てみると、クジラモドキの体のあっちこっちが穴だらけになったり、焦げていたりして、ぐったりと倒れていた。
「あ、モナカたちだ! おーい!」
リンが手を振ってくる。テルトやエシュリーも寄ってきた。
「仕留めたよー」
テルトののんきな声。
「外の空気はいいものですね」
ニャンコが深呼吸している。
生臭いのがなくなって、ほんと良かったわ。
「大仕事をしたし、一旦どこかで休憩しましょうか?」
「そうだねー、おやつの時間だし」
エシュリーがそんなことをいう。こやつは疲れているのだろうか?
「この先には、こういう面倒なのがいないといいねー」
延々と連なるガレキ群を見ながら、ちょい憂鬱になってしまった。




