第十九話 古の穴
完成した車をスピーダーと命名。
動力は魔力で、周囲から精霊力を吸い上げるため補給不要で走り続けるとのこと。排ガスも無いとか、非常にエコである。
ホテルを解約し、みんなで乗り込みいざ出発!
シートベルトの設置を忘れていた。
「ちょおおっ! リン! 速くない!?」
オープンカーで超高速って、すごく怖い。例えるなら、安全バー無しのジェットコースター。
飛ばされないか心配で、隣のニャンコをしっかり押さえてあげている。
テルトとエシュリーは、なんとかなるだろう。
「まだ、最高速度の半分くらいしか出てませんよー」
「これで半分なの!」
前席のリンの方を見る。スピードメーターは確かに針は半分くらいのところを指している。
最高速度の値が五百とかになってるのが問題だ。
今の速度二百五十キロって、新幹線と同じなんじゃあ? オープンカーで出していい速度では無い気がする。
タイヤでは無く、浮いて飛んでいるため、地面からの振動は無い。ある意味では快適……と言えるのかな?
「これから最高速度で行きますよー! みんな掴まってー!」
「えっ! ちょっと待っ――」
とんでもない後ろへのGを感じつつ、わたしたちの上げた悲鳴は、暴風によってかき消された。
ダイアの街までは、馬車だと八日程かかると言われていた。
今は出発当日のお昼前である。
もう着いてしまった。
「あー面白かったー」
「リンって、絶叫系好きなタイプだったのか」
「あんな速度で移動したの初めて! わたしも楽しかったよ」
テルトも喜んでる。
ちなみに残りの二人は座席で倒れている。
「モ、モナカ……、商工会、行く、よ……」
今にも死にそうな声で、エシュリーが言ってきた。大丈夫だろうか?
スピーダーは最寄りの駐車場へと停め、一路商工会へ。
商工会の建物は高層ビルで、前後に揺れる波のような、変わったデザインをしていた。
要件を伝え、ウラジミールさんの紹介状を見せたら、すぐに会わせてくれるとのこと。会長さんが待っているという応接間へ通される。
「キミたちが、ウラジミールから派遣されてきた人たちか」
会長のパトリシアさんは、濃い目の茶色のウェーブのかかったロング。青い瞳で整った顔立ち。スーツのような服装の、いかにもなキャリアウーマン風の女性であった。
「はい、わたしはモナカといいます。茶色の毛の可愛い子がリン、会長さんと同じファルプス・ゲイルの出身者。あと、聖職者がニャンコ、ゴスロリがテルト、一番子供っぽいのがエシュリー」
「なんだその一番子供っぽいとは」
とりあえず抗議の声は無視。
「わたしはこの街の商工会の会長パトリシアだ」
パトリシアさんに座る様進められ、みなソファーに腰かけた。対面するようにパトリシアさんも座る。
すると、じっと見つめられてしまう。
このパターン、やばいかな?
「え、えっとー、なんでしょうか……」
パトリシアさんが、ちょっと顔を近付けてきた。
「みんな可愛いけど、あなた、特別可愛いわよねえ」
「あ、ありがとうございます」
手を差し出される。
「はい握手ー」
「えっ、あ、はい」
思わず手を握ってしまう。
「うーん、手もすべすべー柔らかいー」
「あの、パトリシアさん、ほっぺたスリスリしたり匂い嗅いだりしないでください」
「ああ、ごめんね、すっごく可愛かったからつい」
「ついじゃないです、手も離して下さい」
なんとまだつながれている。
「おっと、ごめんねー」
名残惜しそうに、手をゆっくりと離された。
「【平静】」
念のため魔法もかけとこう。
「っと、えーと、なんだっけ、どこまで話したかな?」
「自己紹介しかしてません」
大丈夫かな?
いや、わたしってそんな気を狂わすほど可愛いとは思わないんだけど。鏡とか見る限り。
それとも、自分じゃ気付かないのかな?
「えーと、本題の話をしよう」
パトリシアさんは正気に戻った様だ。
「ウラジミールから話を聞いてはいるようだが、わたしからも改めて――」
パトリシアさんの説明は、ウラジミールさんの話と同じものであった。討伐隊を組んで、古の穴の魔物殲滅が依頼らしい。
「今のところ、何名集まっていますか?」
エシュリーが問いかける。
「今はまだキミたちだけだ。今も募集をかけており、五十人くらい揃った段階で討伐に向かってもらう。その際は改めて連絡を入れよう」
「それなんだが、募集は打ち切って、わたしたちだけに任せてもらえないか?」
「え!? エシュリー何言ってんの!?」
パトリシアさんも怪訝そうな顔をしている。
「キミたちはとてつもなく強いと聞いてはいるが、敵はおそらく十や二十ではない、それに大型の魔物もいるのだぞ?」
「こちらには、一発で半径数百メートルほどの範囲を吹き飛ばす術がある」
あれか、わたしの攻撃とテルトの攻撃の融合した奴。
「それで端からじゅうたん爆撃を行って、残った残党を刈る予定です。それだと、他に人がいると巻き込む可能性もありますし、なにより、大勢を雇わなくてすむなら、金銭的にもお得だと思いますがね」
「うーん、そうだな……出来るかどうかが、わたしの持ってる情報だけでは判断付かないが……」
「ならば、わたしたちが先行で行かせてもらいます。失敗なら当初の予定通りでいけばいい。成功の場合のみ後報酬で頂ければいいので」
「まあ、それなら問題は無いが」
エシュリーが不敵な笑いを浮かべた。
「それで、後報酬ですが、全部吹き飛ばすので魔物ごとの賞金は無しということで、その分多めに見て頂き、一人あたり金貨千枚でお願いしたい」
「えええっ! エシュリー、これ元々一人金貨五枚の仕事なのに!?」
二百倍とか吹っ掛け過ぎでは無いか?
「元々、五十人の人員で十日前後で考えていたのでは? それに魔物だって百以上はいると踏んでいたはず。ならば十分適正価格だと思うが」
「確かに、我が商工会もそれくらいの日数や数は想定していた……わかった、出来た場合の成功報酬のみと言うことで、その金額でいいだろう」
「やった!」
「要求通っちゃてるよ……」
「モ、モナカたちって、いつもこんな法外な値段で仕事してるの?」
リンがわたしを見る目が変になってるが、気にしないでおこう。いや、十分変なのは分かるけど……
討伐自体は明日やろうということで、今日はホテルを取ってゆっくりすることにした。
古の穴とやらは、スピーダーで二十分ほどで着いた。全速力はやめてもらった。時速六十キロで安全運転だ。
国境線と同じで、巨大な赤紫の壁で覆われている。
直径五キロの歪な円である。
「さて、行くぞ、お前ら!」
「エシュリーはなんもしないでしょうが!」
今回のメインはわたしとテルトである。
壁を抜ける。そこに広がる世界は、映画とかに出てくる魔界のようなありさまだった。
世界全体が日暮れの薄明りのような明るさで照らされている。空も黒い。
大地は植物がまるでなく、乾いた大地に無数の砕かれた廃墟が乱立していた。
黒と灰色と静寂が、この世界のすべてであった。
「なんか、異様に怖い世界ね」
「な、なんか今にもオバケが出てきそうですね」
ニャンコはめっちゃ怖がってた。聖職者がオバケ怖がってどうするのだろう。
そう思ったとたん、ガレキを乗り越えて、何かが走ってきた!
大きさは小さな熊くらい、体毛は無く、四足で走ってくるその頭は、巨大な口を開けていた。
「キモッ!」
一気に走りこんで剣を一閃!
魔物を上下に切り裂いた。
体液をまき散らしながら、その魔物は大地へと倒れた。
だが、倒れた魔物はなおも足をバタつかせていた。
「これで死んでないの!?」
リンが驚きの声を上げる。
「神々の大戦当時の生き物は、強靭な生命力と再生能力を持っていて、異常にしぶといんだ」
そのままでも害は無いんだろうけど、気持ち悪いので、さらに何度か突いてみる。
それでやっと動かなくなった。
「こんなのが沢山いるんだ」
「さらに、睡眠もしないし疲労も無い。暗視能力もあるから活動時間は二十四時間休みなしだ」
面倒過ぎる魔物だな。
たしかにこんなのがたまに出てくるとか、怖くて近くでは野営とか出来ない。
「さて、他にもいろんな種類の魔物がいるけど、いちいち相手にしてられないよね。モナカ、テルト、やっちゃってよ」
「はいはい」
「オーケー」
わたしとテルトは呪文を唱え、インパルス砲の砲弾と、魔力球をぶつける。
巨大な閃光が周囲を包み込み、目の前の遺跡が全部吹き飛んだ。
「さて、ここは終了。どんどん行くよー!」
「人使いが荒いなー」
エシュリーに先導され、わたしたちは殲滅戦を開始した。