第十五話 魔法少女が現れた
みんなで近くのベンチに座ってホットドッグを食べることに。
屋台で会った子も、誘ってしまった。
ナンパではない。現地の人とのふれあいだ。
「ごめんねー、会ったばかりで誘っちゃって。この国に来たのが初めてで、いろいろ聞きたかったから」
「いいですよ。最近、一人でご飯が多かったから。たまには、こういうのもいいかも」
言いながら、ホットドッグにかぶりついている。
わたしもひと口。
パンはふっくらで、ソーセージは太めかな。ハーブの風味が独特だ。ソースは辛みのあるチリソース的なものでうまい。
「お一人住まいなんでしょうか? えっと、お名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「リン。魔法技師をやってるの。この国の出身ではあるけど、地元の人間じゃなくて、今は武者修行中よ」
わたしたちも全員自己紹介をする。ここには旅で来ていると濁しておいた。
エシュリーの神宣言は冗談と思われたかスルーされたが、テルトの幻魔というのには反応される。
「幻魔って初めて見たわ。頭の上の輪っかも本物なんだね」
「わたしの国の連中、あんまり表に出ないからね」
「世の中じゃあ、幻魔と星界人は遭遇イコール死って言われてて、怖がられてるから」
「バケモノじゃないんだから、そんなに怖がらなくてもいいのに」
エシュリーはそれを見て、ぐぬぬっって顔してる。
自分の方が遥かに凄いぞって言いたいのだろうか?
「わたしの方が遥かにすごいぞ! 証明してやろう!」
テルトに向けて指をつきつける。
なんか対抗心に燃えた様だけど、エシュリーに出来る芸って何かあったか?
「なにするの?」
当のテルトは涼しい顔で答えた。
「さあ来い!」
「本気でやっちゃって、大丈夫?」
リンの問いかけに、わたしは静かに首を縦に振った。
人気のない路地裏。
エシュリーが仁王立ちで立ち、わたしたちはそれに対峙した状態だ。
今のエシュリーの長所は、豊富な知識と頑丈さだけ。
延々と知識を披露するのも、すごさとはちょっと違うようにも思えるので、頑丈さで思い知らせようとしているみたい。
小さい子を殴りつけるというのは、絵面的にアレなので、こんな路地裏に来たわけだ。
リンは、ベルトポーチに手を突っ込んで、そこからステッキを取り出した。
「えええっ! なんでその小さいポーチに、そんな長いの入ってるわけ?」
手品かな?
「わたし、魔法技師って言ったじゃん。魔道具っていう特殊な道具を作る専門家。このポーチは収納袋って言って、中が異次元と繋がっているの」
「そのステッキも?」
先端に宝石が付いていて、羽の装飾があり、言っては何だけど、おもちゃの変身ステッキみたいだ。
「そうだけど、まずは軽く」
言って、そのままエシュリーに殴りかかる。
ステッキの直撃を顔面に受けても、平然としているエシュリー。
見た目が十一歳女の子の顔面に向けて、いきなり棒で殴りつけるリンも、いろんな意味ですごいが……
「ふふふふっ、どうだ」
「確かに殴った感触が、普通じゃ無いよね。本気出すか」
リンがステッキを構えた。
「メイガス! ヘブンゲート開放!」
ステッキに付いている宝石が輝き、そこから飛び出てきたリボンに、リンの体が包まれていく。
輝きが収まったとき、それがいた。
ピンクのフリルドレス、白い羽と、ロッド状に大きくなった元ステッキ。
あれだ、変身魔法美少女とか、そういうやつだ。
「リン……あなた、その年で、それ?」
「うっさい! わたしだってちょっと恥ずかしいんだから!」
ならなんで、その格好になるようにしてるんだ?
「ええい! 魔力弾いっくよー! ほいや!」
ハート形の赤い魔力弾が、エシュリーへ向かって飛んでいく。
「にゃああああっ!」
華麗にふっ飛ぶエシュリー。
「わ、わたしを吹き飛ばすとは、なかなかでは無いか」
「えええっ! あれを受けて傷一つ無いの!?」
「エシュリーは、戦車砲やレーザー砲でも無傷だから」
「もういちど! ふぁいや!」
「にゃあああ!」
「あはははははっ! エシュリーって、やっぱりすごーい! 【光弾】!」
「ぎゃあああっ! なんでテルトが加わる!?」
何度吹き飛ばされても、立ち上がってくる。すごい子である。
検証なのか、おもしろがっているのか、リンとテルトがどんどか撃ちまくっている。
「モナカさん、あれ、いいんでしょうか?」
「怪我人が出るわけでもないし、いいんでない?」
「なんでなんで? ふぁいや!」
「ぎゃあああっ、なんでとか言って、遊んでるだろー!」
何度目か分からない、エシュリーの悲鳴が響き渡った。
「うーん、ショックだなー。これでも修行して、強くなった気でいたのに」
残念そうな表情のリンは、服装はすでに戻っている。
場所は先ほどのベンチで、今度はみんな手にクレープを持っていたりする。
「わはははっ、わたしのすごさが分かったか! だが、今後はあまり人をポンポン飛ばすんじゃないぞ」
「エシュリーはやっぱり面白いわー」
テルトはチーズケーキ入りの生クリームクレープに、おいしそうにかぶり付く。
「モナカさんも強いですよね」
「こっちに振るな、わたしは吹き飛ばされたくないぞ」
チョコクレープをほおばるニャンコに、抗議する。
わたしもクレープをひと口。カスタードと生クリーム、それにチョコソースをかけたシンプルチョイス。けど、これがクリーミーなくちどけで、甘さの飢えを満たしてくれるのだ。
「わたしはこれから、東の国へ行くつもりだったんだけど、もう戦闘とか行われていないんだよね?」
「はい、もう勝敗はついてしまっていて、全領土がバーゼルのものになってしまってるかと」
「うーん、それだと修行にならないか。遅すぎたかな」
「リンは、戦いがしたかったの?」
「倒したい奴がいて、強くなりたいのよ」
可愛い女の子なのに、少年漫画みたいな目標をもってるんだな。
「あああっ! バナナとるなー」
「いいじゃん、一つくらい」
テルトがエシュリーからバナナを強奪したようだ。
「エシュリーは大人しくしてなさい」
「なんでわたしだけー」
なんか泣いとる。
本当に神様だろうか?
「わたしたちはお金を稼いで、生活基盤を築きたいと思っているの」
「モナカたちは、お金に困っているの?」
「今の所持金は金貨七千枚くらい。けど一生安泰じゃないから、もっと欲しいのよ」
「なんか、年寄りっぽい考え方だねー」
うるさいわ。
「この街でも、いくらでもお仕事はあると思うけど……」
「できれば短期間に楽に大金を稼いで、あとは隠居したい」
普通の仕事は嫌である。
なんで異世界に来てまで社畜をしなければならないのか。
そんなことを考えていたら、なにやら周囲が騒がしい。
そちらを振り返る。
「って! あぶなっ!」
とっさにニャンコとリンを抱えて飛ぶ!
飛んで来た屋台に、ベンチが粉砕された。
「ちょっと! なんでわたしは助けない!」
「モナカ薄情だな」
噴煙の中からあがってくる抗議の声。
そう言われても、わたしも腕が二本しかないし、取捨選択で一番大丈夫そうなのを置いておくしかなかったのだ。
「な、なんなんですか、これは!?」
ニャンコも驚いてるが、わたしも驚いている。
まだ着いて初日である。こんなことされる覚えがない。
「あー、これはもしや……」
右腕に抱えていたリンから、聞き捨てならない言葉が聞こえた。
「リンが何かやらかしたの?」
「いや、わたしが悪いわけでは無く――」
「リン! とうとう見つけたわよ!」
飛んで来た方角から、リンがご指名されている。
当人を見てみると、心底嫌そうな引きつり笑いを浮かべていた。
「やあ、キルシュか。元気だねぇ……」
現れた女性に対し、リンが手を振って応えた。