第十四話 ブルジョワな一日
「ここって、異世界なのよね」
言って、チョコのかかったアイスと生クリームをまとめてすくい、口にふくむ。
アイスの甘さと生クリームの甘さ、それにチョコの苦みが加わり、とろけそうになる。
「モナカがいた世界を基準とするなら、異世界だな」
エシュリーは、色とりどりのフルーツの乗った器の中央に鎮座する、大き目のプリンを一すくいし、口へと運んでいた。
そういえば旧アース国でもデザートで出たな、プリン。バニラビーンズが入ってないせいで、物足りなさを感じたっけ。
「大きな建物がたくさんあって、不思議な気分です」
ニャンコはエッグタルトにフォークを入れながら、周りを見回していた。
ニャンコの国やアース国ではタルトは高級品の部類らしく、ここでは安価だからと勢いよく頼んでいたのだ。
「そんなに珍しいの? 前に戦ったバーゼルの首都なんか、これより遥かに凄いというのに」
全体のどす黒い、黒ゴマパフェなるものを、おいしそうにほおばっているテルト。
黒ゴマアイスとかはチョコっぽい感じがしてわたしも好きだけど、その黒さはゴマ率かなーり高いんでないか?
ここはファルプス・ゲイル国の東の玄関口の街、カザックス。
そこのカフェテラスである。
馬車は街の入口の馬屋に預けた。
馬屋なんてあるんだと驚いてしまう。
ここは、なんというか、その――
「高層ビルが立ち並んでいて、東京とかを連想しちゃうわね」
そうなのだ。
道はアスファルトだし、コンクリートのビルが立ち並んで、しかもカフェにはテレビまであるのだ。
ただし、通貨は金貨銀貨が普通に使えたりする。
通行人の服装も近代的であり、思わず自分の服が変に見えないかと見直したりもした。
まあ、自分の服装は、問題なさそうだと把握できてよかった。
ちなみに他の三人は、エシュリーは神の衣とか言う青いワンピースで、ニャンコは司祭服、テルトは黒いゴスロリ服なので、逆にどんな背景設定でも浮いてしまうんだから、気にするだけ無駄である。
まあ、可愛い女の子四人でいるのだ、服装をどうこうしたところで注目は避けられない。今のところ、男性に声を掛けられるまでに及んでいないのがちょっと安心と言うか何というか。
お代の銀貨六枚銅貨三枚を払い、店を後にする。
「さて、これからどうするのだ?」
「とりあえず泊るところを探して、そこで作戦会議にしましょう」
「わたしには建物の構造が違い過ぎて、どれが宿か分かりません。みなさんで決めて下さい~」
ニャンコ、ちょっとパニックになっていなかろうか?
「あっ! あれにする?」
テルトの指さす先には、やたらでかいガラス張りの建物が建っていた。
ちょっと高級そうだけど、たまにはいいかな?
「ま、どこがいいのかとか、分からないからね。そこにしましょう」
「四名様がお泊りになれるお部屋でしたら、スーペリアルームかデラックススィートが空いております」
広くて吹き抜けのフロントで、受付の女性が丁寧に説明してくれている。
建物内は、アロマを焚いているのか、すごくいい匂いがする。
なんというか、場違いな感じがしてきた。
「そうだな、デラックススウィートで」
「ちょ!? スーペリアでいいです!」
「かしこまりました、スーペリアルーム四名様で承ります」
エシュリーが暴走するのをなんとか止められた。
ニャンコに書類を書いてもらい、人数分の仮身分証を見せて、チェックイン完了。
チェックアウトは一応一週間後とした。
「料金は前金で、金貨三十五枚となります」
「高っ! ちなみにスウィートだとおいくら?」
「金貨百五枚となります」
全財産が金貨七千枚だから、余裕で払えちゃう自分が恐ろしい。
まあ、庶民なのでスーペリアで十分だな。
「広い……」
普段ビジネスホテルしか利用していないので、リゾートホテルの感覚が理解できていなかった。
片側の壁際がテーブルになっていて、反対側がベッドという作りなのは同じだが、その間が二メートルくらい空いている。
部屋の奥には別にテーブルがあり、そこに椅子が四脚置かれている。
ベッドはダブルベッドみたく大きい。柔らかいし、シーツの手触りもいい。
オシャレな陶器で出来た洗面台が二つ、それにバスタブとは別にシャワー室もある。
そして、冷蔵庫とレンジとテレビがあることが、すごく嬉しかった。
いつでもレンジでチンで温かいものが食べれるし、お風呂上りに冷たいジュースを飲んでテレビを見ることが出来る。
これが、すごい贅沢なことなんだと、思い知らされる日が来ようとは!
「わーい!」
エシュリーがベッドにダイブした。
テルトは、ダイブこそしなかったものの、布団に寝転がってる。
ニャンコはすべてが珍しいようで落ち着きなく、いろいろなものを見て回っている。
「あ、そだエシュリー」
「うむ?」
「この国ってネットとか携帯はあるの?」
「うーん、たしかそこまでは無かったと思う。ついでにテレビゲームも無い」
「うーん、そーかー」
テーブルに置かれているチェス盤を見る。
当面の娯楽はローテクなゲームになるのかな。
みんな荷物を置いて、トイレに行ったり(なんと水洗だ)、一息入れた後に、テーブルを囲んで作戦会議を始めた。
「さて、これからどうしましょうか」
「わたしは、モナカさんに偉大なるナンバー〇〇一の教えを説き、最終的には我が国に来ていただき、会っていただきたいと思っています」
「会えるの? 神様に?」
「はい。あとイルミナルも見て頂きたいかと」
もう一人の神様と言うやつか。
首都中心から半径十キロ圏内でしか力を及ぼせないとか、正直実生活に何の得にもならないのだが。
「まあ、生活基盤がしっかりしたら、観光がてら行ってもいいかもね」
「寒いわよ」
「え?」
エシュリーのふいの言葉に何の意味かと問い返す。
「ニャンコの故郷の北の国って、永久凍土に覆われている寒い地方なんだよ」
「いえいえ、永久凍土は国土の半分だけですって」
ニャンコは反論するが、うーむ、シベリアとかアラスカみたいな感じか。
「まあ、たまには寒い地方も楽しそうだし行ってみたいわね」
「ええ! ぜひとも!」
「わたしも行ってみたいな」
冷蔵庫に備えられてあったオレンジジュースを飲みつつ、テルトが軽く言う。
「うん、役立つし、一緒に行こう」
わたしの番だと言いたげに、エシュリーが手を上げた。
「わたしはいつかバーゼルを倒す! そして信者を一気に取り返し、最終的には世界を統べる最高神となるのだ!」
「はいはい」
「なんだその適当な返しは!」
「いやーもーなんだ、エシュリーは今のままでいいよ」
「おおう、今のわたしも頼りになるだろう!」
「いや、その性格で力持たれるとウザすぎるから」
「なんだそれは!」
まあ現実的な話、現在の状況から国盗りまでやるって、かなり面倒でしたくないのだ。
面白おかしく暮らせればいい。
忙しくするのは前世だけで十分だ。
「まあ、あれこれ目的はあるけど、まず第一は生活基盤をしっかりさせることね。なんとか収入を得ないと」
「心配性ねモナカは」
「エシュリーが楽観視過ぎなの!」
あれこれと話し合ったが、結局いい案が出てこなかった。
なので、まずは晩ご飯を食べに行こうとなり、ホテルを出た。
もう日が落ちているが、街頭や建物の明かりのせいで暗くない。ほんとに、日本の街に戻ってきたように思えちゃう。
「あ、出店がある」
ケバープ肉焼きとか良く分からないものから、肉団子シチューなる美味しそうなのまで、いろんな食べ物のお店が大通りに出ていた。
こういったものの食べ歩きで、ごはんにするのもいいな。
「モナカさん、屋台料理というのもいいですよね」
「ニャンコもそう思う? そうしちゃおうか」
まず一番目の前にあるソーセージサンドなる屋台を見てみる。
パン生地でソーセージを挟んでるみたいで、つまりはホットドッグか。
その屋台には先客がいて、ちょうどホットドッグを手渡されているところだった。
その子がちょっと可愛かったのでつい見てしまう。
わたしよりも小柄な少女だ。
長い栗色の髪、ホットドッグにかぶりつく顔は心底幸せそうで、愛嬌がある。
白のブラウスに赤いケープ、同色のスカートからすらりと伸びるキレイな足に黒の二―ソックスを履いている。靴は羽飾りのついた可愛いやつだ。
その子が視線に気づいたか、わたしを見る。
「どうかしましたか?」
わたしの様子がおかしかったのか、ニャンコが顔を覗き込んできた。
「いえいえ、なんでも! ただちょっと、可愛い子がいるなと思って」
「え? 可愛い?」
あ、女の子に聞こえちゃったかな。
ちょっと顔を赤らめている。
「あなた、女の子なのに女の子をナンパしようとしているんですか?」
女の子が困惑気に聞いてくる。なんかまずいかも。
「いやいやいや、そういうわけでは」
「モナカ、どうしたの?」
テルトも興味津々で聞いてくる。
「街に来て初日なのに、もう女の子口説こうとしているんだよ」
「エシュリーは黙ってなさい!」
「モナカさん、要求不満なんですか?」
「ニャンコ! 距離を置かないで!」
当の女の子は、その様子を見て顔を引きつらせている。
どう収拾付けるんだコレ!?