第十二話 はじめてのキャンプ
馬車に揺られて街道を西へ西へと突き進む。
後方には、いままで暮らしていた街が小さく見えるている。いずれは視界から消えるのだろう。
なんだかんだで、この世界に来て初めて暮らした街だ。いろいろと感慨深いものがある。
次の街でも、メイドがなんでもしてくれて、おいしいご飯を食べるだけの生活が出来るのかな?
御者台で、一人物思いにふけるのだった。
あの後、街から馬車で出ようとなったとき、問題が発生した。
ニャンコはこの国まで、乗合馬車に乗せてもらって来たとかで、馬車の御者どころか乗馬の経験も無い。テルトの国は空間転移での移動が当たり前とかで、そもそも乗り物が存在しないとか。エシュリーにいたっては、人間の姿で歩くの自体、わたしと会ってからが初めてという論外であった。
わたしは前世でAT車の免許は取得してたけど、馬車の操作の役に立つはずも無し。
つまりは、だれも御者が出来なかったのである。
どうしようかと皆で悩んでいると、ふいにエシュリーに「馬を魅了して見ろ」とか言われ、馬車に繋がれている二頭の馬にやってみたら、わたしの言うことを聞くようになった。
生物全部に効果あるのか、魅了、恐るべし。
ふと、猛獣使いになってもいいかなと思ってしまった――
と言う訳で、今わたしが御者をしているわけだ。
御者と言っても、最初に「街道沿いにまっすぐ歩け」と言っただけで、特に何もしていない。
障害物など、異常があった場合に指示が出来るようにと、待機している状態だ。
よくマンガなんかだと、御者台はただの板張りとかになってるけれども、この馬車のはクッションになっていて、おしりが楽である。
しかも、タイヤが木とか鉄板補強品とかでなく、ちゃんとゴムタイヤになっているのだ。激しい振動に悩まされることも無い。
木のタイヤも経験してみたかったなと言ったら、ニャンコに絶対おススメしないと強く言われた。
こっちに来るまでの乗合馬車で苦労したのかな?
荷台部分は幌で覆われており、中には座席が向かい合うように備え付けられている。みんな疲れているのか、会話は無く、眠たそうにしている。エシュリーなんか、ニャンコに膝枕してもらって完全に横になっていた。
わたしは疲れをまったく感じない体質になっちゃってて、こうしてみると、疲れきって寝るというのもいいものなんだなと、しみじみ思えてくる。
ここから西の隣町というと、隣国の領土になるという。
そこまでは馬車でも五日かかるとか。
国境線までは四日かかるみたい。
国境線なんて地図上のもので何も無いだろうと言ったら、みんなは口をそろえて、一見の価値ありだと言う。
特にニャンコが、すっごくキレイで荘厳だと推してきた。
今のところ何のことか分からないので、少しは期待してみよう。
よほどのアクシデントがあっても、この面子ならなんとかなるだろうし、馬車の中には食材や道具もたっぷりある。
街での暮らしもよかったけれど、外での五日間の生活というのも、キャンプみたいでワクワクする。
キャンプなんて、子供の時に家族で行ったきりだ。
ちょっとした休日のレジャーと言う感じで楽しんでいこう。
だいぶ日も落ちてきた。
馬も疲れただろうし、今日はここで一泊するか。
「馬さーん、ちょっと横に避けてー。ここで今日は休むよー」
人語をどこまで理解してるか分からないが、ちゃんと街道から少し外れた所まで来て止まってくれた。
御者から降りて伸びをする。
見渡す限りのだだっぴろい荒野。遠くに見たことも無い山々の影が見える。
うーん、大自然!
馬たちに歩み寄り、両方ともなでてやった。
「お疲れさまー」
まだ、誰も馬車から降りてこないので、声をかける。
「おーい、みんな起きてー。ここで一晩過ごすよー」
「はーい、お疲れ様でした」
「おはよおおお」
ニャンコとテルトの声が返ってきた。
あれ?
馬車の中を見てみる。
未だにエシュリーは寝ていた。
「おおおいいい! 起きろおおおっ!」
「にゃあああああっ!」
耳に直接怒鳴ったら、やっと起きた。
「え、なに……なに?」
眠気眼であたりを見回している。
まだ寝ぼけているようだ。
「今日はここで一晩過ごすから、支度手伝いなさい」
「ふぁああいい」
まだ眠いのか、もたついた動きである。
まったく、お母さんにでもなった気分である。
ニャンコは馬に水やエサを与えている。偉い子である。
いきなり背後で爆発音が聞こえた。なんだ!?
振り向くと、テルトの前に大穴が開いていた。
「かまど用の穴を開けておいたよー」
ちなみに直径十メートルの穴は、かまど用にはならない。
あまりアウトドアは詳しくないようだ。
「その穴だと使えないから。そこら辺の石でコの字――って言っても伝わらないか。四角形の辺が一つ無い形を作ってー」
「はーい」
「【石の従者】」
周囲の石が集まり、三体の人型が出来上がった。
三体が集まって、スクラムを組み、そこで動かなくなる。
「これでいい?」
「これ、火を付けても熱がったりしない?」
非常に気になる石釜だ。
馬の世話を終えたニャンコが鍋を火にかけ、スープを作ってくれる。
テルトにもう一個かまどを作ってもらい、わたしはそちらで串に刺した肉を焼く。
塩とコショウだけのシンプルな味付けの物だが、火にかけると次第に香ばしい香りが辺りに充満し、食欲をそそる。
ついでに、肉の横で網に乗せたパンも焼く。乾パンでなく普通のパンだ。
生鮮食品なども積んでいて、ニャンコの神聖魔法で腐敗を止めている。
ちなみに火加減はテルトに言って調整してもらっている。
二人ともすごい便利で助かるわ。
ちなみにエシュリーはお腹空いたとわめいているのみ。
この世界に来てから初の野外での食事だ。
ニャンコの作った野菜スープは、塩のみの味付けだが、野菜のうま味が十分出ており、あっさり風味ですごくおいしい。
肉は串のまま全員に手渡す。
ちょっと火が通り過ぎたかもだけど、十分美味しい。
ニャンコもおいしそうに食べているが、ふと思った。
「聖職者がお肉食べていいの?」
「はい?」
心底不思議そうな顔をするニャンコ。
「よく聞くから。僧侶とか、戒律でお肉食べちゃダメとか。お酒ダメとか」
そう言ってやっても、やっぱり不思議そうな表情のまま。
「そんな宗派があるんですか?」
「わたしも聞いたこと無いよ」
「うむ、禁止する意味が分からん。こんなにうまいのに」
ニャンコだけでなく、テルトも、当の神様であるエシュリーも知らないみたいだ。
「この世界の宗教って、禁止事項とか無いの?」
「神は国王より偉いとされていて、敬い、その指示に国民が従うのだ。その見返りとして、その神の魂が宿る神器を、その国民が扱う。それが神と民との関係だ」
うーん、釈然としないけど、うちの世界の神様とは違うような。
その国の支配者の中で、一番偉い奴イコール神様なのかな。
「禁則事項はありますよ。肉を食べちゃダメとか、意味が無いものはありませんが。人を殺めてはならない、盗んではいけない、騙してはいけないなど。その神の言葉を、人が法という形に詳細にまとめているのです」
神の言葉が憲法で、国王や貴族がそれを基に法律を作っているのかな?
「なんとなーく、分かったわ、ありがとう」
教えてくれたエシュリーとニャンコにお礼を言う。
異世界に来ているんだなと改めて痛感した。
ごはんはおいしかったけど、なんとも言えない気分になった。