第百七話 モナカの世界
バルコニーから見渡せる風景はいまだ馴染みの無いものであった。
空は薄水色で小ぶりな雲が転々としている。
体を優しくなでる風は冷たいまではいかずとも涼やかで、ずっとその場にいたいと感じさせるほどに心地いい。
遥か彼方に見える山々の山頂には雪の白さが見え、それが風の温度を奪っていったのかなと思う。
視線を周囲に向けると、眼下に巨大な街並み。
あちらこちらの道にある人影が、あちらこちらに行き交う姿が、活気があるんだなという印象を与えてくれる。
「モナカ様、こんなところにおられましたか」
ちょっと大人の、強い力を感じられる女性の声が、背中越しにかけられる。
振り返ると、新調したての軍服が良く似合っている高身長の女性がたたずんでいた。
声だけでは気付かなかったが、頬が高揚し多少息が早くなっていたので、走り回っていたんだなと分かる。
その、茶色いセミロングのキレイな人が再度口を開く。
「エシュリー様が探しておられましたよ」
「あー、もしかしてもう時間?」
このお城に来てまだ間もない。
あれこれ見学している間に、そんだけ時間が経ってしまったのか。
「いえ、お約束の時間前ですが、もう到着されたようなので、早く来て欲しいとのことです」
「そっかー、せわしないなー。分かった、すぐ行くって言っておいて」
今日はここでみんなでお疲れ様会を開く予定なのだ。
公式のパーティなんかはあったけど、お偉いさんの相手ばかりして全然楽しめなかったので、仕切り直しということだ。
それがあったのが二週間前。
焦って会いたいというほどの時は流れて無いけど、まあ、求められるのは悪い気はしない。
「では、エシュリー様にお伝えしておきます。モナカも――いえ、モナカ様もお急ぎ下さいますようお願いします」
思わず昔の呼び方を口に出し、訂正してお辞儀をするその態度がおかしく、ちょっと吹いてしまった。
「もーいいよ。前の呼び方でさ。アーリアさん」
アーリアさんは笑われたことが恥ずかしかったか、頬をいっそう赤くした。ちょっと可愛い。
「い、いえいえ! 今のあなた様を呼び捨てなど飛んでもございません! それでは失礼!」
脱兎のごとくとはこういうことを言うのだろうか? めっちゃ全速力で走り去ってしまう。
「わたしは、あんま気にしないというか堅苦しいの苦手なんだけどなー」
アーリアさんの去った後を視線で追いながら、そう愚痴をこぼす。
あの戦いでリア・ファイルにとどめを刺したのはわたし。
図らずも、五神の力を手に入れ現人神の扱いを受けることとなったのだ。
だが、根っからの庶民であるわたしに、神様っぽく振る舞うとかどだい無理な話しであり――
「こらモナカ! どこほっつき歩いていたんだ!」
部屋に入るなり、開口一番怒鳴られてしまう。
怒鳴るために呼んだのかこいつは。
「まだ予定の時間前だったんだから、遅れて無いでしょ?」
エシュリーのサラサラヘアな頭を軽く叩く。
スキンシップのつもりだったが、その手を掴まれ、そのまま口に持って行かれ――
「ぎゃあああっ! はなせえええええっ!」
ガブリとやられてしまった。
「ふおおっ! ふほひふぁふぁんふぇいふぃろ!」
「何言ってるか分からんわ!」
全力で腕を振りまくったら、エシュリーがすっぽ抜けた。
「あ……」
そのまま壁に激突かと思われたが、すんでのところでキャッチされていた。
「おー! ナイスキャッチだぞリン!」
「ナイスキャッチって……あいさつもなしで二人だけでイチャイチャしてないでよ」
拍手するわたしにあきれ顔のリン。
いや、イチャイチャしていたつもりは無かったんだが……
今日のリンの衣装は、冒険者風でも無ければ、ましてやドレスでもない。完全な日常向けのラフな格好である。他のみんなも同じような恰好。
わたしも普段着っぽいのにしている。
「では改めて。お久しぶり、みんな」
来てくれたみんなに手を振りあいさつする。
「こんにちわ、モナカ。変わってなくて安心したわ」
アリスは普段着なんだろうけど、元がいいからなのか服もいいのか、かなり上品な仕上がりになっていてそのままでもお嬢様で通じそう。
戦いの後、事後処理とかで本国に戻っていたのだ。
リンも師匠に会いに行くとかで行ってしまっていた。
この城――元アース国現エシュリーン王城には、わたしとエシュリーだけが残ったわけだ。
「今回はお疲れさまでした。今回は何も手助け出来ず申し訳ありませんでした」
ニャンコが頭を下げるので、ちょっと慌ててしまう。
「ちょっ、いいっていいって。謝るとこじゃあないから。二週間ぶりだねニャンコ。それとテルトも」
ニャンコと手を繋いでいる可愛いゴスロリの女の子。
テルトのその衣装は久々だ。
精神体とかいうのになっちゃって、もう可愛い服を着た姿見れないのかと残念だったけど、実体化の能力を手にしたとかでそれをやってくれている。
いやもう、ずーっとゴスのロリでいてほしいわ。
「わたしは謝っとくね。ニャンコには襲いかかっちゃったし、迷惑かけたから」
「おおっ! テルトがしおらしく謝ってる姿とか珍しい!」
「人が真剣に謝ってるのに!」
「まーまー、モナカさんなりの愛情表現よ」
わたしとテルトの間にニャンコが割って入ってくれる。
「ホントに?」
「……たぶん?」
「なにそれー」
ニャンコが間に入り、話しはまーるく収まった感じだ。
話しが一段落したタイミングで、アリスが手をたたく。
なんだ?
みんなで注目。
「さて! 久々に六人が集まったことだし、これから魔獣狩りでもする?」
「お、いいね!」
「よくないわ! しないわ!」
アリスの無茶な提案をリンが肯定しだしたので、一応突っ込んどく。
アリスが言うだけなら笑い話でやり過ごせるが、リンが加わるとその提案がガチになりそうなのでヤバいのだ。
「今のモナカとエシュリーなら無双できるだろ?」
「わたしはゆっくりしたいのよ! 神様がのんびりして悪い?」
テルトも何を言うのか。
「そ、そうだ! 神様なのにのんびりし過ぎだ! 祭事とかぜーんぶわたしに振るんじゃあない!」
リンの腕の中で意識が復活したエシュリーが掴みかかってくる。
だが! 四神の力を持つエシュリーと、五神の力を持つわたしではわたしの方が強いのだー!
「てーい!」
またもふっ飛ばされるエシュリー。
「おおーっと」
リンがまたもナイスキャッチ。
なかなかうまいな。
「ふふふふっ、さすがは我が第一信者。今の一瞬の攻防で山が消し飛ぶようなエネルギーの応酬があったのだが、完全に相殺されてしまった様だな」
「まあ! 山が消し飛んでしまっては山登りが出来なくなりますね」
「エシュリーデタラメ言ってるだけだから! ニャンコも変な返しをしない!」
はーっ、はーっ。
全員ボケで、わたししか突っ込みがいないとかキツイわ。
「そいえばなんでエシュリーは真面目に仕事してるのに、モナカだけサボってるの?」
そこを掘り返すのかリンさんや。
「だってー、わたしこの国の祭事の仕方知らないモーン」
「教えてやるから少しは手伝ってー」
エシュリーの要求口調が泣きごとに変わってきている。
「政治は他の方たちに任せてるんだよね?」
アリスが確認するように聞いてくる。
「そそ、政治はわたしもエシュリーもサッパリなので。信頼できそうなロウニンって人とかあとは適当な人に振ってる」
初めてこの世界で世話になった男爵様だ。
いきなり公爵にして宰相の職を投げちゃった。ちょおビックリしてたけど。
「祭事くらいやってもいいと思うよ。モナカ神様!」
うーむ、アリスに可愛く言われてしまうと……
「うーん……ちょっとは憶えてみるかな?」
「うおぃ!? わたしのときとえらい態度が違うじゃあないか!」
「お、またやるかエシュリー」
ボクシングのように身構えて臨戦態勢だ。
「ふえええええ、ニャンコー。モナカがいじめるよー」
泣きながらニャンコに抱き付くエシュリー。
いや泣いて無いか。あれはウソ泣きだな。
「よしよし、ほらダメですよモナカさん。エシュリーさんをいじめては」
「そーだそーだー」
「こやつはー」
わたしらのやり取りを見て、他の三人は笑ってるばかり。
うーん……
「まあ、最近がんばってるからね。クレープくらいおごってあげるよ」
「おおっ! やったー!」
さっきまでの泣きべそ演技はどこへやら、嬉しそうにその場で何度も飛び上がる。
「じゃあ決まりだ! 今日はぜーんぶモナカのおごりだー!」
「おー!」
「ちょっ!? いやまあいいけど」
テルトがとんでもないことを言い、みなが一斉に賛同してしまった。
「今日はどっちみち、みんなでパーティーする予定だったし。うん、クレープ屋さんとかケーキ屋さんとか回りまくるぞー!」
またもみんなの歓声が響く。
あれこれあったが、もうこの世界には戦争は無い。
友達もたくさん出来たし、生意気だけど頼りになる相棒もいる。
この世界の最高神になっちゃったのは想定外過ぎたけど、そのおかげで世界中どこでも歓迎されるしお城暮らしも満喫できる。
毎日が楽しく、幸せだ!
これにてこの小説は終了となります。
第一話より見てくれた方、ありがとうございました。
後半は投稿頻度も鈍ってしまいましたが、なんとか完結させることが出来ました。
ブックマークしてくれた片、評価してくれた方、感想を送ってくれたから、見てくれた方みなさんに感謝いたします。