第百五話 エシュリーの剣
大地も空も無い不思議な空間。
呼吸も出来るし寒くも暑くもなく、現実味が薄いもんだから、まるで夢の世界のよう。
目の前の巨大浮遊要塞リア・ファイルは、さっきからガチャガチャと体中のギミックを動かしてはいるが、何をしようとしているかはサッパリ分からない。
「ねえ、エシュリー。もうやっちゃう?」
ガチャガチャとうるさい、リア・ファイルを指差す。
このままお互いじっと見つめ合っていてもしょうがない。
「うむ――おい! リア・ファイルよ!」
エシュリーの良く通る声が、この狭い夢幻世界に響き渡る。
「前の戦いでは貴様の信者どもに負けはしたが、お前自身と戦って負けたわけでは無い! 今こそ決着を付ける時ぞ!」
……挑発のようにも聞こえる負け惜しみだな。
「――何を言うか。すでに勝負は付いている。大人しく我が糧となるがよい」
やや無機質な、中性的声が脳内に直接流れ込んでくる。
念話みたいなものかな。
リア・ファイルがやる気になったのか、要塞の左右が大きく開かれ、巨大な翼の様になる。
その姿を見て思わず、
「……なんか……クリオネみたいだね……」
「なにそれ?」
思わず口をついて出た言葉に、アリスがつっ込んでくる。
「イヤなんでも無い忘れて」
剣を構える。
翼の内側が強く輝きを放ち、そこからポロポロと黒い球体が生み出されていく。
「あの球体全部が【極大爆破】だ! 気を付けろ!」
エシュリーがすかさず防御の魔法を唱えだす。
わたしも慌てて後に続く。
「【魔法障壁】!」
二人の声が重なり、わたしたちを包み込む二重の障壁が生み出される。
「来た!」
リンが叫ぶ。
無数の【極大爆破】が消失――障壁内に出現! 空間転移か!?
「ちょっ!? みんな耐えて!」
これはどうしようもない。
障壁内部で【極大爆破】が複数爆発。
視界は白い光で埋まり、無数の大音響。
剣でガードしてみるが全方位からの攻撃には意味は無く、四方から衝撃を受けてしまう。
久々にひっどい激痛に見舞われた。
「だ、大丈夫?」
自分の体のあっちこっちが傷だらけだが、命に別条が無いのは感覚で分かる。
ならばまずは仲間の心配だ。
「……な、なんとか……アリスとリンは保護したぞ……」
荒い息のエシュリー。
すんでのところで、二人を背後にかくまってくれたようだ。あの短時間によくぞ。
二人は無傷では無かったけど、致命傷には程遠そうだ。
「偉いぞ、エシュリー」
そのエシュリー自身はあちこちケガをして血を流している。
あの頑丈なエシュリーがケガするとはとんでもない威力だ。
「【回復】」
全員のケガを直し、改めてリア・ファイルに向きなおる。
すでに【極大爆破】の第二段を生み終わっていた。
「そう何度も食らってたまるか! 【魔法球】!」
無数の魔力弾を撃ちまくり、生まれてた【極大爆破】の核を叩き落してやる!
わたしの魔法弾膜の間をぬうように、アリスとリンがリア・ファイルへと飛んで行く。
「吹き飛べ!」
リンが杖をかざすとリアファイルの表面に大爆発が起きた。
表面の装甲が水しぶきのように跳ね上がり、内部の機構も少しえぐれたのが見えた。
「【極大爆破】!」
アリスはお返しとばかり、同じ術を叩きこむ。
こちらも表面の液体装甲をはね上げるが、内部までは届いてい無さそうだ。
「ああもー!」
アリスが悔しがってるな。
そのアリスを追い抜くようにエシュリーが前に躍り出た。
「【極大爆破】!」
修復しかかっている装甲めがけて放たれた術は、リア・ファイルの構造を大きくえぐり取っていた。
「あれって、二人の成果よね」
アリスが何やらエシュリーに詰め寄ってる。
何かを感じたか、エシュリーが少し後ずさっている。
「う、うむ。連係プレイのたまものだな」
「ならよし!」
何をやってるのやら。
「わたしもいっくよー!」
上空へと飛び上がり剣を振り上げ、急降下と同時に剣を振り下ろす!
「ゴッドスレイヤーの威力を思い知るのだー!」
打ち下ろした剣先がリヤ・ファイルの装甲に埋もれる。
「あれ?」
昔、バーゼルの戦闘機相手に切ったみたいに、濃い泥水に突っ込んだみたいな感触が腕に感じられた。どうもダメージになっていなさそう。
ビックリしたのもつかの間。背中に悪寒が走り、その場から飛んで逃げる。
先ほど自分がいた場所に、無数のレーザーが撃ち込まれているのが見えた。
「なにあれ?」
レーザー砲車みたいのがリア・ファイルの体表を何台も走り回っている。
「防御システムじゃあないかな?」
リンが寄ってきて、わたしをもっと遠くに避難させようとしてか、襟首をつかまれ引っ張って行かれてしまった。
「ぐえっ。襟持つと首閉まるよー」
「あわわ、ごめんね」
言って二人で前方――リア・ファイルの方を向き、
「ファイヤー!」
「【魔法弾】!」
飛んで来たミサイルを撃墜する。
撃墜したら一気に飛ぶ。その場にいたらレーザーの餌食だ。
「やっぱり」
今までいた中空を、無数のレーザーが刺し貫いていた。
そんなやり取りをしている間も、アリスとエシュリーの連携プレイ(?)が繰り広げられ、少しずつリア・ファイルの表面が剥がれ落ちていっていた。
「時間はかかりそうだけど、このままいけば勝てるかな?」
「どーだろ?」
わたしの楽観視にリンが疑問を投げてきた。
その時だ、リア・ファイルの中央上部より、巨大な砲座が伸び出てきた。
「インパルス砲台?」
強力だけど、転移極大爆破に比べれば全然大したものではない。
その先端の光球が光り輝く。
「【聖なる盾】」
物理防御用の障壁をはり、リンと一緒に身構える。
リア・ファイルの正面斜め四十度の位置にいたわたしたちに、光球がとんでもない速度で飛んで来た!
「速い!?」
言い終わる前に着弾!
遅れて耳をつんざくような轟音と爆風。
そして――障壁をあっさりとすり抜けた光球がわたしたちを飲み込む。
「え?」
防ぎきれないじゃあなく、手ごたえが無かった。
疑問が頭の中を埋め尽くし、そのまま激痛と共に遥か後方へと吹き飛ばされていく体。
リンは、大丈夫だろうか?
視界に入ったのは、魔法少女の衣服がボロボロになり、わたしと一緒に吹き飛ばされている茶色い髪の女の子だった。
それを見た瞬間、ヤバイと思った。
「【全回復】!」
意識が瞬時にハッキリとし、大急ぎで回復魔法を放つ。
それと同時に背中に柔らかい感触が感じられた。
「大丈夫!? モナカ!」
アリスの可愛い顔が覗き込んでくる。
どうやら、アリスが飛んでたわたしの体を受け止めてくれたらしい。
リンの方はエシュリーが抱き止めていた。
「うん、大丈夫だよ。ありがと」
自力で浮き上がり、周囲の状況を確認。
またもリア・ファイルの砲座に光が収束している!
「あれヤバいよ!」
「うむ、物理的なエネルギーではないが魔法的でもないな」
わたしの声のトーンと違い、やたらと落ち着いたエシュリーの声。
「ちょっと! あれ魔法で防げなかったのよ!」
「うむ、あれを防ぐ魔法は無いな」
「だったら!」
「魔法以外なら方法があるぞ?」
振り向いたエシュリーの顔が、いたずらを思い付いた子供のように見えたのは錯覚では無いのだろう。
「え?」
何を言っているのか理解しきれないまま、リア・ファイルの光弾がわたしたちを包み込もうとしていた。
それがあっさりと収束し消えていく。
光はエシュリーの手の中に吸い込まれて、消えて無くなった。
「え?」
状況がサッパリと掴めず、バカみたいに同じ言葉が口をついてしまう。
「モナカ!」
「え? あ、はい!」
エシュリーの呼びかけに思わず大声で答えてしまう。
「わたしは四柱の神――イルミナル、フリューネクス、ヤハルタ、ダグダの力を吸収している」
それは分かり切ったことだが、はて?
「今こそその力をお前に託すぞ!」
こちらからの返事を待たず、エシュリーが一方的にしゃべり――
「ええええええ!?」
エシュリーの姿が唐突に剣になってしまった。
それは宙に浮いているわけでは無く、そのまま自由落下していってしまう。
「あ……あわわわわわっ!?」
焦ってそれを追い、柄を掴む。
掴んだ瞬間、意識が流れ込んできた。
「これぞ最終秘儀! 現役神の神器化だ!」
声だけでも偉そうだ。
「なんで剣になったの!?」
刀身が一メートルほどのやや大きめの剣である。
飾りっけは無く、非常に簡素に見える。
「アリスの持つ、神剣イーシェインと同じだ。これでモナカは神々と同等の力、いやそれ以上を得たのだ」
「なぜいきなりこんな?」
唐突な超展開過ぎる。
「わたしは四神の力を吸収したが、人が使わなければ――神器の形でなければ百パーセントのパワーは引き出せないのだ」
「そこらへんは、もうちょい早めに解説して欲しかったな……」
こっちは展開に付いて行けず大混乱だ。
「そう、メロンソーダの炭酸抜きを生み出せないこの体……。つまり! モナカが道具として力を振るえば炭酸抜きも思いのままなのだ!」
「いやそれ、すごくどーでもいい制約……」
ダグダの魔窯の力……相変わらず便利だけどしょーもないのな……
「さあ! 全ての力の最適解がイメージ出来るはず! それでリア・ファイルをぶっ潰せ!」
言われるままに流れ込むイメージを感じ取る。
様々な強力な力が感じられた。
「これは……」
「うむ、さあ行くのだ」
「うん、いってやるわ」
全力全開、今度こそ最後だ。