第百四話 夢幻世界へ
「――うーん、もうダメかなこれ……」
スピーダーから飛び降りてきたリンがそうボヤく。
「故障?」
「負荷が大き過ぎて主砲の回路が焼き切れちゃった。飛んだりミサイル撃ったりは出来るけど、その状態でアレに向かうのは無謀過ぎるからね」
リンの言うアレ。
前方のはるか先。壁のように並ぶ巨大な浮遊要塞たち。
一機はさっきのエシュリー砲で風穴が開いているが、他五隻は健在なまま。
そして、その背後に見える空飛ぶ巨大要塞――リア・ファイルは、静かにその場で浮かんでいた。
「なら、飛んで行って叩き潰すしか無いよね」
アリスが神剣を抜き、剣先をリア・ファイルへと向ける。
その隣で、リンが変身を終えていた。
「見た限り、あれで全部なようだし、最後の戦いといこうじゃあないか」
エシュリーも身構えているし、これはもう覚悟を決めるか。
アリスにならい、わたしも剣を抜く。
「よっし、じゃあ行きましょうか!」
「おー!」
みなそれぞれの方法で宙に舞い上がり、敵へ向けて全力で空を駆け抜ける。
高速で流れていく空気。体感温度はみるみる落ちていくが、気分の高まりからか寒さとは感じず、むしろ気持ちがいい程だ。
これが空のお散歩だったなら、気持ちいいなで終わるところだけど、今はそうじゃあない。
倒すべき敵が目の前にいて、わたしたちはみな、倒す力を持って向かっていっているのだ。
「先手必勝! 【極大爆破】」
エシュリーがまだ一キロ以上距離がある状態で術を解き放つ。
前方の六隻の正面にそれぞれ一つづつ魔力球が生み出され、それが光り輝き膨れ上がる。
射程距離と数を拡大して放ったのか!?
真正面の風穴が開いていた奴はそれがとどめになったか、ゆっくりと降下し巨大な土しぶきをあげながら大地へと落ちていく。
他のやつらも外装が大きくはがれており、受けたダメージがデカいことを物語っていた。
「わたしも! ファイヤー!」
リンが放った巨大な魔力球が別の一隻に着弾。
大爆発が起きるが、こちらはまだ沈まず。
「よーしわたしも!」
「アリス待って! 向こうの攻撃が来る!」
アリスに防御を促す。
前方のやつらが数条の雷を前方で収束させ、巨大な光球を生み出していた。
直径数十メートルのその光球が解き放たれ――速い!?
「【聖なる盾】!」
とても避けられたもんじゃない!
慌てて盾を展開し、アリスと一緒にこもる。
三方向から放たれた光球が着弾し、周囲の景色が白で覆いつくされる程の大爆発が起きる。音は意外と無かったが、大音量過ぎて可聴域を超えてたりしただけなのかも?
わたしらは地上二百メートル以上の地点に飛んでるというのに、地上まで大きくえぐれてしまうほどの大爆発だ。
ただまあ、エシュリーの力を借りたバリアーは強力で、わたしもアリスもなんとかダメージを受けずに済んだみたい。
「ありがと、モナカ」
あまりの大爆発に驚いたか、驚愕の表情が張り付いたままのアリス。
わたしはそれに軽く返事をし、
「リンとエシュリーも大丈夫?」
「わたしは大丈夫だが、リンが……」
「え!?」
エシュリーの返答に一瞬イヤな予感がよぎり、リンの方を恐る恐る見てみる。
リンは……衣装に破れは見えないが、体中から血を流していた。
「大丈夫!?」
全力でリンの元へ向かいながら呪文を唱える。
「【全回復】!」
傷を全快させてやる。
「サンキュー」
「大丈夫?」
元気そうなリンの様子だけど、全身血まみれなのが痛々しい。
「再生能力もあるから大丈夫には大丈夫だけど、ちょっと本気出す」
リンが何やら両手で印を結ぶ。
「【防壁】」
リンの体を半透明な膜が覆う。
「それは?」
「超能力で防壁をはったんだ。これでダメージをある程度抑えられる」
「そんなのあるなら、早く使ってよ」
目の前で大けがされると、見てるこっちの心臓にも悪いし。
「リン、それ大丈夫? 大変でしょ?」
飛んで来たアリスが、そんなことを言う。
「なーに、短期決戦で行けばいい」
「相変わらずの戦闘民族脳ねー」
「大変なの?」
疑問に思い、アリスに聞き返す。
「念力で相手の攻撃を押さえるんだけど、その念力の腕を出しっぱなしにしている力よ。つまり、ずーっと意識集中」
「うああ、大変そう……」
「お前らー! のんきにしゃべっている場合かー!」
エシュリーが怒鳴り込んできた。
そうだった! 敵前で戦闘中なんだよわたしら!
「また主砲が来る!」
リンの警告。
一か所に集まったわたしらめがけ、今度は五発まとめて飛んでくる!
「【聖なる盾】!」
わたしとエシュリーの声がハモり、図らずも二重結界が生まれる。
またもや大爆発が巻き起こるが、なんとか防ぎきれている。
「これ、一か所に固まってみんなで一隻ずつ攻撃した方が良くない?」
アリスの提案に、相づちを打つ。
「そだね! そうしようか」
「うむ、わたしが防御担当しよう」
「なら右端から!」
率先して飛び出すリン。
「ちょっ! もー、みんなリンの後に続けー!」
リンの後ろを追いかける。
「先制のファイヤー!」
「わたしも負けてらんないな、【極大爆破】!」
「モナカに続いて、【極大爆破】!」
怒涛の三連撃に耐えきれなかったか、火を噴き落ちていく。
「残り四隻!」
「攻撃来るぞ!」
エシュリーが盾をはり、みんなでそこに避難。
三度目の大爆発。もうなんか慣れてきたな。
「今度はわたしが一番乗り狙うー!」
アリスがすぐに次の目標へと向かう。
「わたしも負けないぞー!」
「ちょっ、二人とも!? エシュリー、行くよー!」
「ほいさー!」
残り四隻の掃討が始まった。
「ちょっと変化を付けて、【雷竜】!」
わたしの放った雷の竜に全身を侵食され、最後の一隻が大地へと落ちていった。
「やったー!」
アリスが笑顔で抱き付いてきた。
「ちょっ、アリス!? まだ終わってないから!」
この状態で攻撃されたらたまらない。慌ててアリスを引きはがす。
「もー、モナカったら」
「もーじゃないでしょー」
思わずため息が出てしまう。
「あいつ、結局攻撃してこなかったね」
リンがリア・ファイルの方を睨みつけながらそうこぼす。
わたしらが壁役の六隻を落とす間、なーんにも仕掛けて来なかったのだ。
ただただ不気味に静かに、その場に浮遊しているのみ。
「何考えてるんだろ?」
「あやつは昔から何を考えてるのか分からん奴だったからなー」
「エシュリーは分かり易いのにね」
「なにをー! わたしだって複雑な思考だったりするんだぞー!」
「そなの!?」
これは驚き。
「疲れたー、眠いー、お腹すいたー、遊んでー、構ってー。だけかと思った」
「五つもの思考が働いているではないか」
「それが複雑なのか」
複雑とは言わないと思うが……
「リア・ファイルが動き出した!」
アリスの警告。
リア・ファイルは縦長の逆三角錐といったフォルムで、生物というより金属でできた建造物に見える。
高さは一キロメートルほどはあろうか?
幅は三百メートルほど。
全身ゴテゴテとしており、どこに砲座があってもおかしくない。
そいつの胴体が左右に開き、中の青緑の光が漏れ出している。
「何をする気だろう?」
「あれは……魔法だ!」
エシュリーが叫ぶと同時、リア・ファイルのものであろう無機質な声が脳内に直接響く。
「――【次元転移】」
わたしたちとリア・ファイルがいる空間をカーテンを閉じるように魔力障壁が囲っていく。
赤紫のそのカーテンは見覚えがある。
「国境線だ!」
リンが叫ぶ。
そう、国境線にある魔力の壁と同じ色だ。
「あやつ、この地を別の世界へと飛ばす気だ」
エシュリーが妙に落ち着いている。
「それって特に問題無いの?」
「どこに飛ばされようが、わたしがいれば問題無い」
会話の間も世界の変化は続き、青い空が遥か上へと砕けて昇って行き、大地が砕けて遥か下へと落ちていく。
空気とか無くなったらどうしようとか、そんな考えが頭をよぎる。
大地と空から色が消え、暗闇と虹色が混ざり合ったような不思議な空間が流れ込んでくる。
オーロラの世界というのがあったなら、こーいうものをいうのだろうか?
「モナカ……」
不安そうなアリスの手を握る。
反対の手でリンの手もつなぎ、そのままエシュリーの背中に抱き付く。
「エシュリー、これが最後でしょ?」
「うむ、こやつをどーにかすれば敵となる存在はいなくなる」
オーロラで満たされたような世界。
けど視界は驚くほどクリヤーだ。
「さあみんな、覚悟を決めて。これが最後の戦いよ」
相手が何を考えいるのか、そもそも善悪の基準すら曖昧で、倒す意味も曖昧だ。
けど、エシュリーがこいつを倒せば終わりって言ってくれたんだ。
生涯一番の相棒の言うことに従おう。
みなの手を離し、剣へと持ち替える。
曖昧で気持ち悪い存在。そんなもの、ぶっ壊してしまおう!