第百三話 幻想の土
科学技術特化国家という割に、大地は緑生い茂る森に覆われていた。
たまに都市があったりして、そこの近くを通る度に戦闘機とかが襲ってくる――全部瞬殺してるけど。
「エシュリー、その首都っていうのはまだ先にあるの?」
目の前に現れた十数機の戦闘機がスピーダーの主砲で一掃されている様を見ながら、隣の女神様に問う。
エシュリーは眉間にシワを寄せ、小首を傾げる。
「……うーん、前に来た時はこんなに遠くなかったはずなんだけど……」
「来たことあるんだ」
「うむ、あるぞ。アース対バーゼルの最終決戦日にな。そこでわたしは負けたのだ!」
負けてるのに威張らないで欲しい。
「首都が移転したってこと?」
リンが視線は前方のレーダーから離さず、声だけをエシュリーに向けた。
「魔法なのか科学なのか分からんが、空間を引き伸ばしてるみたい」
「なら、まだしばらくかかりそう?」
「もしくはずーっとたどり着かないかも……」
「うおい!?」
ずーっととかやってられるか!
「何か手はないの?」
アリスも困った表情でエシュリーに聞く。
三人から質問攻めの状態になっとるな。
「ええい!? 空間を操作してる術者なり装置を叩けばいいのだ! どこにあるかは知らんがな!」
あ、かんしゃく起こした。
「どーどー、落ち着くのだエシュリーちゃん」
とりあえず抱きしめて頭をなでてやる。
「うーっ……」
まだブーたれてるけど、ちょっとは落ち着いたかな?
「空間操作の源かー」
リンがレーダー表示とにらめっこ。何かないかと探し始めたみたい。
「わたしも近くにいないか感知してみる」
アリスも超能力を発動させ、力の出処を探り出した。
「さて、わたしらもなんかする?」
「探知系はあんまりバリエーションが無いのだ」
悪びれもせずそう返してくる女神様。
神様って全知全能なイメージあるけど、うちの子は不足してる能力多いな~。
まーここは二人にがんばってもらおう。
エシュリーにメロンソーダを出してもらい、飲みながらしばしの待機。
「モナカ、なんでチビチビ飲んでるんだ?」
「炭酸苦手で一気に飲めないのよ」
「ならなんでソーダを注文したのだ?」
「苦手でもたまーに飲みたくなるの。味は好きなんだから」
そう言ってやったら、エシュリーがいきなりわたしのコップを握ってきた。
「何をする気?」
ちょっぴり嫌な予感がする。
「確か炭酸って振ると抜けるよね」
言ってもう片手でコップの口をふさぎ、振ろうとしだす。って、ちょ!?
「ちょあ! やめい! って、ぎゃあああっ!」
わたしの静止を振り切り、エシュリーが勢いよく振りまくる。
手でフタをしているとはいえ、エシュリーの小さい手では密閉には程遠い。
指の隙間などから漏れ出て、泡が吹き上がる!
「なに……ぅわああああっ!?」
「……え? ひゃ、あああああ!」
リンとアリスが異変に気付きコチラを向いた時には、車内は吹き上がるメロンゾーダに制圧完了されていた。
「うああ……、こんな所までびしゃびしゃだー」
リンが嘆きながらコンソールのフタの中まで拭き掃除をしている。
わたしやアリスも布で車内のメロンソーダを殲滅にかかる。
スピーダーを一旦、森の中に不時着させ、前面を開き大掃除となったわけだ。
「モナカー、ハッチのところ手が届かないー。肩車してー」
「エシュリーは、魔法で飛べるでしょ!」
言われたエシュリーは、ブツクサ言いながらも飛んで仕事を始めている。
「これ、水系の魔法で水没させてから乾かした方が早いかな」
「やめて! 内部回路が水の精霊力の過多でおかしくなる!」
エシュリーの横着に、リンが慌てて止めに入る。
「余計なことはせず、拭き掃除をしなさい」
「はーい」
エシュリーは黙って作業を始めた。
一緒に作業していたアリスが、なにやらコチラを向いて笑いをこらえているのが、妙に気になってしまう。なんだ?
アリスがわたしの視線に気付いたか、
「あ、ごめんなさい。いつもながら仲いいなって」
「エシュリーが手間のかかる子だってだけよ」
まるで子持ちのお母さん気分だ。
子供出来たことないけど。
「それが、仲がいいってことよ」
「そんなもんかなー?」
「そんなもんよ」
「アリスには、たまにそんなこと言われてる感じがするなー。焼きもちとか?」
からかい半分でそう投げかける。
「さてさてどーでしょ?」
なんとも判別の付きにくい笑みで返されてしまう。
うーん、どーなんだろー?
この戦いが終わったら、なにかすべきだろうか? 考えとくか。
「――あれ?」
何やらエシュリーが地面に降り立ち、しゃがみこんでいた。
気になって、わたしもそばに降り立つ。
ふと、先程アリスに仲がいいと言われたことを思い出す。ちょっと優しく声掛けしてやろうか。
背中から優しく抱きつき、耳元で囁くように、
「どしたのかなー? エシュリーちゃあああん」
「なっ、なんだそれ!?」
背中を震え上がらせ、エシュリーが飛びすさる。
なんだその態度は!?
「もー、人がせーっかく優しく声かけてあげたってのに」
エシュリーは声をかけてあげた耳を手で押さえつつ、顔を真っ赤にしてた。
「ちょっ、ちょっとこそばゆい!」
「うーん、エシュリーはまだまだお子様だねー」
いつの間にか、わたしの隣に来ていたアリスのガッカリ声。
お子様って、うちらより数千歳は年上だけどね。
「エシュリー、モナカに今のまたやられたい?」
「何を言い出すんだ」
アリスに抗議するも、なぜかエシュリーは腕組みして小首をかしげ、
「うーん……またやられてもいいかなって……」
「やられたいのか……」
エシュリーの目の前まで寄り、両手を構える。
「えっ、なに? 何をするのだ?」
戦々恐々なエシュリーだが、容赦せぬ!
おもむろに両耳をくすぐり倒す!
「こちょこちょこちょこちょー」
「にゃはははははっ、にゃ、やめ、やめれえええ」
逃げる頭を追って、けど指の動きは止めず。
「きゃーいやー!」
「にゃははははっ、ほーれほーれ」
泣いてるのか喜んでるのか嫌がってるのか良く分からん表情のエシュリーを追い詰めていく。
「なにしてるの……」
「ほれほれー……あっ……」
背後からかかるリンの声にふと我に返る。
確かに何してるんだろ、わたしら……
「モナカとエシュリーは親睦を深めていたのですー」
笑顔で手の平をこちらに返し、そんな紹介をするアリス。
親睦が深まったのか?
「そうそう、モナカこれを見てくれ」
くすぐり攻撃が止んで正気に戻ったか、エシュリーがなにやら見せてきた。
小さな手の平の上にあるのは……土団子だった。
「ここの土ってキラキラしててキレイだから、お団子にしてみたの!」
「お子様か!」
行動が見た目年齢まんまだなー数千歳の神様……
しかし、よく見てみるとホントキラキラしている。……キラキラというか、発光している?
「ちょっとそれ貸して?」
「いいよ。いい出来でしょ」
いや、土団子の出来を気にしたわけでは無いけど……
「リン、アリス、これどう見える?」
「完璧な球体だね」
「いや、土団子の出来ではなく土自体なんだけど、人工物っぽくない?」
「うーん……確かに、光ってて怪しいわね」
「ちょっと待って」
リンがポーチからタブレットみたいな装置を取り出す。
前にキャロルさんがテルトを診断したのに使ってたやつか。
そのカメラ部分を土団子に向け、リンが解析結果を確認する。
「……うーん、これ見た目は土だけど成分は金属だね。ナノマシンに近い。それと魔力も感じられてわたしたちの魔道具に近いかな?」
「それって、この島全土が魔道ナノマシンで覆われてるってこと?」
両手を広げ、大きいぞってアピールしてみる。
「そういうことかな。島全土が空間を歪める魔法を発生させているのかもしれないね」
めちゃくちゃ規模デカいなー。
「えっと、それってどこを攻撃すればいいの?」
アリスが困ったようにリンに問いかける。
確かに、攻撃ポイントが定まらない。
「そんなの、首都までの全部の土をふっ飛ばしちゃえばいいんだ」
「そんなしれっと言うけど、方法あるの?」
「うーん……こっから首都まで片っ端から土を掘る?」
「モグラさんじゃあないんだから」
いや、モグラは地面を掘るけどえぐったりしないか。
「スピーダーの主砲でも、効果範囲が違い過ぎるからなー」
リンのその言葉に、あるアイデアがひらめく。
ちょーっと無茶な案だけど……
「リン、スピーダーの主砲の動力ってシシュポスの欠片なんだよね」
「そうだよ。それを四つ同時に消耗させて撃つの」
「――それってエシュリーを動力にしたら強くなる?」
「ちょっ! わたしは電池か!?」
うむ、この際神様電池になってもらおう。
「うーん……威力は単純に数十倍になるし、効果範囲を前方一直線に絞れば数十キロまで伸ばせるかも……」
出来そうで安心。
「ま、待て……それは安全なのか?」
「うーん、たぶん……」
「たぶんって!?」
「神様って頑丈なんでしょ?」
しれっと、返してやる。
「神様の酷使反対!」
準備はあっさりと完了。
スピーダーの艦首を、エシュリーの記憶を頼りに首都のあるらしい方向に向ける。
スピーダーから外へと伸び出る四本の太いコード――主砲のエネルギーコード――を両手に持ったエシュリーがなんかシュールだ。
「準備出来たよー」
座席で操作を行っているリンから、外にいるわたしたちに声がかかる。
「わたしは心の準備がまだだぞー」
エシュリーはまだ覚悟が決まってないらしい。
「こっちもオッケーだってー!」
アリスが笑顔でリンに伝える。
「おい!?」
エシュリーは抗議の声を上げるが、
「エシュリーはコード持ってるだけなんだから問題無いって」
肩に手を置き、そう言ってやった。
「さっきの優しくするっていうのはどーなったんだー!」
「時に優しく、時に厳しく」
「厳しくするのはまた今度にして欲しいものだ……」
声のトーンが落ちてきた。観念したらしい。
「よーし、いっくよー!」
リンの声と共に、スピーダーの主砲が白銀色に輝き、それが段々と強くなっていく。
発射モーションは初めて肉眼で見るけど、めっちゃ大迫力で、見てるこっちも吹き飛ばされそう。
「ふぁいやー!」
目の前で星が誕生したのかと思えるほど巨大な、直径が数百メートルあろうかという光球が誕生し、それが高速で放たれる。
爆発は無く、どちらかというと周囲を蒸発させて突き進んでいく。
突き進みながらさらに広範囲に放電のようにエネルギーをまき散らす。
それが地面や木々を蹂躙し、接触点から生まれた無数の輝きが周囲へと伝搬する。
「着弾した!」
リンの叫び声。
周囲の風景が書き換わっていく。
光球のエネルギーで力を失った魔道ナノマシンが、疑似的な自然を維持できず、木々が真っ黒に溶け、大地も黒い泥沼と化していく。
空もオーロラのように様々な色で輝き、歪み――
「ひど!?」
その光景を見たアリスが、思わず口元を覆っていた。
わたしも気分が悪くなる。
「これではほとんど死の大地では無いか」
エシュリーが苦虫を噛み潰したかのような渋面を作る。
自然豊かとか大ウソだ。
見渡す限りコールタールの様な黒い泥に覆われた世界――ここに、人間は住んでいるのだろうか?
「みんな、早く中に入って! あれをとっとと潰すよ!」
リンにうながされ、急いでスピーダーに乗り込む。
「あ、そういえばエシュリー無事だったね」
「今更か!?」
せっかく心配してあげたのに、えらい言われようだ。
「あの目の前にいるのが、着弾した奴らなの?」
アリスがリンに問いかける。
前方数キロ先に浮遊する巨大な金属の壁。
高さは一キロは越えていそうだ。左右の広がりはも同様。
ずんぐりむっくりなそれが、六隻ほど横並びに浮かんでいる。
先ほどの光球が内一つに着弾していたようで、ど真ん中に風穴が開いている。
「うん、それとたぶんその後ろにいるのが……」
風穴から覗く先に、無数の砲座を備えた巨大な要塞が見えた。
「そうだ! あれが昔わたしを貫いたんだ。やつめ、その砲座と融合したらしい」
エシュリーが恐怖半分怒り半分に言葉を向けた相手こそ、このバーゼルの主神、リア・ファイルである。