第百二話 バーゼル本島
ふと、目が覚める。
薄暗い室内。微かに聞こえる寝息。
室内は真っ暗で、だけど部屋の中にいる他の三人の気配は感じられた。
自宅の屋敷にあるベッドほどのクッション性は無いけれども、今寝転んでいるこのベッドも寝心地が悪いわけでもない。
なんで夜中に起き出したかは良く分からない。
ベッドを降り、窓へと近付く。
閉じられたカーテンの隙間から外の風景を見てみるが、やっぱり今は真夜中みたい。
外には満天の星空があり、空を漂う雲が右から左へと流れていっていた。
視界のはるか下には、穏やかな夜の海面が見られる。
旗艦である飛行船に乗せてもらい、目的地、バーゼル本島へと向かっているところだ。
自分は疲労感を感じにくい体質なので、夜中に目が覚めたとしても辛くは無いが、他のみんなはぐっすりと眠っている。
明日には本島襲撃を行うのだ、今のうちに十分に休んでおいてもらわないとならないだろう。
しかし――
「エシュリーは寝る必要があるのかな?」
神様って、疲労するような印象は無い。
まあ、ご飯を食べる印象もあまりないのだが……
エシュリーの場合、あれこれ食うわ好き嫌いするわ夜も爆睡してるし、なんか中途半端に人間臭い感じなんだよな。
暗闇になれてきた目を向けると、そこにはヨダレを垂らしてぐっすりなエシュリーの姿が。掛布団をくしゃくしゃにして抱きしめ、寝返りをうっている。
「なんというか……幸せそうな顔だなー」
そばにより、ほっぺたをつついてみる。
おもちのように柔らかく、かつ弾力のあるスベスベした肌を指に感じる。
何度かやったことあるが、気持ちのいい感触だ。
気持ちがいいので辞め時がつかめず、何度もつついてしまう。
「……う? ふみゅ……」
エシュリーの小さな口から声が漏れ、うっすらと目が開く。
起こしちゃったみたい。
「ああ、ごめんごめん。まだ寝てていいよ」
「うにゅ? う……」
思考が眠っていたのか、よく分からない返事らしきものをよこし、そのまま寝てしまう。
「あっさり寝ちゃったなー」
怒ったりあばれたりと、掛け合いがあるものとばかり思っていたので少々拍子抜けだ。
最終決戦前夜と行っても、あまり緊張感は無い。
今まで負けたことは無いし、仲間が重傷を負うことも無かった。
なので、今回もどうにかなっちゃうだろうという気持ちしか湧かないのだ。
ただ、みんながいることで、いろいろと助かっているという感謝の気持ちだけはある。
再度寝たエシュリーを含め、リンもアリスも気持ちよさそうに寝ている。
その顔を順に見ていく中で、変な気持ちが芽生えてきた。
「感謝の気持ちとして……」
アリスのそばに移動し、そのほっぺたに軽くキスしてみた。
エシュリーと同じくらい柔らかく、それでいてエシュリー以上に張りと弾力が感じられた。不思議な、お花の様ないい匂いが鼻腔をくすぐる。
次いで、リンにも同じようにキスした。
エシュリーやアリスに比べ柔らかさは少ないが、もっちりとした感触が心地いい。多少汗のにおいも混じっているが、落ち着く清涼感がほのかに感じられる匂い。
最後にエシュリーの元へ戻ってきて、キスしてあげた。
「……順番には意味は無いんだよ?」
わたしは誰に言い訳してるんだろう?
口に出したことで、最後にしちゃって悪いかな? 一番長い付き合いなのに。なんて気持ちが湧きだしてきて……
左側に寝返りをうっているので、右が開いている。
そちらにお邪魔して、一緒に寝てあげる。
エシュリーの匂いはなんというか、神様的な高貴なものではなく、ミルク的というか完全に幼女様な匂いであった。
それをぬいぐるみのように抱きしめて、一緒に夢の世界へと旅立つ。
「モナカー、朝だぞー」
両のほっぺたをつままれている感触に目を開けると、部屋は明るかった。
どうやらあのまま寝てしまったようだ。
「あ、起きた。おはよー」
「おはほー」
ほっぺたがつままれたままなので、変な声になりながら、アリスにあいさつを返す。
このままでは会話できないので、ほっぺをつまんでいる手を引きはがす。
「うやややっ!?」
すると、つまんでいた本人がバランスを崩し、わたしの上に倒れ込んだ。
例のミルク系の匂いがやさしい気持ちにさせてくれる。
「おはよーエシュリー」
「うむ。ところでなんでわたしのベッドで寝ているんだ?」
「うん? ちょっとねー……ぬいぐるみを抱いて寝てみたくて」
昨晩の心情は隠し、適当にでっちあげる。
「わたしはぬいぐるみじゃあ無いって、なんども言ってるじゃあ無いか」
「わたしなら、ぬいぐるみにしていいよ?」
あきれ顔のエシュリーの代わりにと、アリスが笑顔で両手を広げ、ウェルカムの態勢を取った。
「おー、アリスぬいぐるみだー」
横で聞いていたリンが、そんなアリスに抱き付く。
「うひゃっ! もー、リンも甘えん坊さんか!」
アリスがそのリンを優しく抱きしめる。
それを見ながら、ふとエシュリーに視線を向け、
「わたしらもやる?」
「一晩中してただろうに」
また、あきれ顔をされてしまった。
朝食はチーズとベーコンがたっぷり詰まったオムレツに、あつあつ出来立てのマフィン。
マフィンには生クリームが添えられているが、エシュリーに頼んでコケモモのジャムを出してもらう。
クリームと合わせて食べると甘酸っぱくて超うまい!
来たるべき決戦の活力になる美味しさだ。
館内放送で到着を告げるアナウンスが響く。
窓の外、前方には緑豊かな大きな島が見えていた。意外な感じだ。
科学力最強な国なのでてっきり蒸気機関の国みたく、全面が金属で覆われている景色を創造していたが、案外と普通な景観である。
「いくわよ!」
「おー!」
みんなでこぶしを振り上げ、全速力で発着場へと向かう。
リンがポーチからスピーダーを取り出すと、周りから驚きの声が上がる。まあ、驚くだろうな。
「みなさま、お気を付けて」
この船に一緒に乗船していたヘレナさんから声をかけられ、それに親指を立てて返す。
スピーダーに乗り込むと同時、飛行船のハッチが開く。
「さて、今日中に全部終わらせるぞ」
「いっくよー」
スピーダーが急発進し、最高速度のままバーゼルの本島へと迫る。
向こうも気付いていたのだろう。海岸線沿いに六機の空中戦艦とそれを取り巻く数十機の戦闘機。
地上にもレーザー砲台やインパルス砲台が陣取っていた。
「毎度毎度同じ顔ぶれで飽きちゃうね!」
スピーダーの主砲から魔力弾が撃ち出され、前方一帯が大爆発で覆われる。
「わたしも加勢しておこう――【極大爆破】!」
「あ、わたしもやっとく! ――【極大爆破】!」
車内から外に向かって展開させた、エシュリーとわたしの魔法がスピーダーの破壊に上乗せされる。
「一気に壊滅させちゃったわね」
アリスが驚きと興奮がないまぜになった声を上げる。
「いいんでない? こんなスタートの所で足踏みしてもいられないだろうし」
「モナカ! まだまだいるみたいだよ!」
リンが叫ぶ。
バーゼル本島の玄関口である巨大な港。
そこかしこの建造物より、後から後から戦車や戦闘機が湧きだしてくる。
「雑魚は後続の軍隊に任せて、わたしらはそのままバーゼル首都まで行っちゃいましょう! そこの神様倒せば終わりなんだから!」
「了解!」
周囲に展開されつつある兵力をガン無視し、わたしたちは一路、バーゼル首都までスピーダーを飛ばした。