第一話 ある日の公園で
「あーもー、世界とかふっ飛んじゃわないかな」
自宅に帰る道すがら、前後にだーれもいないと確認した上で、独り言を吐いてみた。
いや、実際は世界滅亡とか望んではいない。
思い募るものがあっただけだ。
さらに何か吐いてやろうかなと思って、口を開くが――
「はぁ……」
出てきたのは、なんとも力のないため息だった。
今は飲み会の帰り。
付き合いで行った会社のやつなんだけど、男性陣がうざいだけで、つまらなかった。
わたし、栗入モナカは二十五歳のOLである。
現在、気ままな一人暮らし満喫中だ。
飲み会はうざくてやだなーと思ったのだけど、その思いをぶちまける相手もいない。
今歩いているのは、街灯もまばらな上り坂。
人通りも車の通りも少なく、女の子がこの時間帯にうろついちゃいけないよーと言われるような道である。わたしは女の子かな?
ふと、道沿いにある公園に人影を見かける。
背丈から、小学生くらいの子供ではないかと思う。暗くてよく見えないけど。
「ぶっそうだな」
さっき思った通りで、ここは今の時間、女の子がいちゃあいけないのだ。暗くて性別良くわかんないけど、まあ、男の子でもいちゃあダメだろう。
心配なので、公園へと入っていく。
子供は、危険とか思わないのかな?
ふと、自分の子供時代を振り返った。
……なんも思わないか。せいぜい「お母さんに怒られる」としか考えない。
子供のころは気楽である。
仕事も無いし、結婚前提のお付き合いも考えなくていい。
友達だって沢山だ。遊び友達がいなくなったのは、いつからだったろうか?
近付いて行って分かったが、相手は女の子であった。
色白で、ちょっと生意気そうな目をしているが、愛嬌があるように感じられた。髪はウィッグ? まさか地毛なのかな? プラチナのツインテールである。
今まで見たことが無いほど、可愛い女の子だ。
女の子の小さな体を包んでいるのは、修道服のようにも見える、奇怪なデザインのワンピースだな。
女の子は、じっとこちらを見て動かない。
周囲は静まり返っている。
そんな中、沈黙する女の子は、ちょっと不気味に感じた。
幽霊とかじゃあ、無いよねぇ……
信じてない方だけど、怖いかどうかはまた別の話しだ。
「あ、あの……こんばんわ……」
恐る恐る声をかけてみる。
すると、女の子が無言で手招きしてきた! こわっ!
「えっと、夜遅いし……危ないよー」
手招きされるままに、女の子に近付いていく。
「えっと、初めまして、わたしはモナカお姉さん。あなたのお名前は?」
「初めましてお姉さん、わたしは異界の女神エシュリー様だ」
「え? っと、本当のお名前は? お家は近くなのかな?」
わたしの言葉に、自称エシュリーちゃんが目を吊り上げて怒り出した。
「嘘ではないぞ! 我が名はエシュリー! とっても凄い女神なのだ!」
うーん、アニメかなんかのキャラでいたっけか? エシュリーとかいうの。
エシュリーちゃんがわたしに指を突き付けてきた。
「まあいい、おめでとう! おまえは全人類七十四億人の中から、選ばれたのだ!」
「あ、ええと、ありがとう」
何なのだろう、新しい遊びかな?
「モナカと言ったな、おまえは我が世界へ転生するための切符を、手に入れることが出来たのだ! 改めて、おめでとう!」
大仰な振り付けで、おめでとうと言う女の子。
「えっと、切符って、何かもらえるのかなー?」
「はい、切符はこれです」
女の子は無言で、わたしの胸の下あたりに手のひらを当ててきた。
具体的に言うと、心臓あたり。
「うん?」
瞬間、わたしの体に風穴があいた。
「え?」
「では、あちらの世界で」
女の子は、満面の笑みを浮かべていた。
それが、この世界でわたしが見た、最後の光景であった。
享年二十五歳。わたしの人生はあまりにも意味不明に、理不尽に、幕を閉じた。
「あれ?」
目が覚めた。
目に入る景色は、空の青色。雲はまばらに漂っている。
――そう、昼間の空の色だ。
肌に感じる温度も、暖かい。
まだ頭がボーっとしている。わたしは寝転がっているようだ。
「わたし……死んでないの?」
最後に記憶している感覚、あれは間違いなく死の感覚だった。死んだ経験は無いけど、確かに致命傷な感じだと思えた。
じゃあ、今のわたしって何? と思うのだが……
なんか、体のあっちこっちに違和感を感じている。
大きさが足りない感じと言うか、軽くなったというか……
手のひらを目の前にかざしてみる。
「あれ?」
見慣れない手だ。
いつも見ていた自分の手よりも小さくて、とってもキレイな肌である。
「わたしの……手?」
「おはよう、やっと起きたな」
可愛らしい声と共に、小さく愛らしい顔が、わたしを覗き込んできた。
それは公園で出会った、あのプラチナ髪の美幼女だ。
後頭部に柔らかいものを感じてるけど、幼女に膝枕してもらっているのか。
現状がまったく掴めていないが、幼女のフトモモって気持ちいいわ。
「えっと、おはよう……なのかな?」
務めて冷静に言ってみる。
「朝じゃあないけど、おはよう。今は、ちょうどお昼を回ったところだ」
「そんなに寝てたの?」
「うーんと、日本の夜が、ちょうどこっちの昼間なんだ」
時差的な? ここは外国かどこか?
日本が夜九時で、ここが昼過ぎと言うことは……
「アラブ!?」
「違うよ、地球ではない」
さっぱり状況が分からない。
幼女のフトモモが名残惜しいけど、起き上がってみる。
周囲の状況を確認。
うーん、建物は……ヨーロッパ風?
テレビや旅行雑誌で見た知識と比較して、そんな感じに思えた。自信は無いけど。
さっきから違和感のある、自分の体も確認する。
なんというか、全体的に縮んでいた。
子供になった様だ。
服は、スカートと半そでの衣服。黒のニーハイに皮のブーツを履いていた。
サイズピッタリだけど、誰がこの服を着せてくれたのかな? 着せてくれたということは、誰が裸を見たんだろう?
「わたし、どうなっているの?」
幼女は立ち上がり、服に付いた砂を払い落とした。
「改めまして、わたしは女神エシュリーだ」
「なんか、公園でも言ってたよね」
ぼんやりとあの時のことを思い出していたら、遠くで何やら音がした。
地面も揺れているな、なんだろう?
「ここは、君たちがいた世界とは別の、いうなれば異世界だ」
「異世界ねー」
うーん、とりあえず、両腕を広げ、エシュリーにわたしの体を見せる。
「なんか、体が縮んでるんですけど」
「縮んだんじゃあない。魂だけしかこっちの世界に連れて来れなかったから、新しい体を与えたんだ」
「魂だけってことは、前の世界のわたしって……」
「死んだ」
「ええええええっ! なんでよおおおお!?」
あまりのことに、思わずエシュリーの襟首をつかみ上げ、思いっきり振り回す。
「ちょっ、まっ……しょうがなかったんだよー」
頭がおもしろいように前後に揺れているエシュリーが、弁明してきた。
「なにがよ!」
「体まで持ってくる力がもうなかったんだ」
「なんでこうなって、なんでわたしがー!?」
いったい私が何をした!?
「ま、まあけど、若返れたんだし、良しとしてよ。キレイな十五歳の女の子だよー」
うーん、若返ったというのかなー、これ。
「それに、ほら、顔も可愛いし、美少女になれてよかったねーって……」
エシュリーがどこからか手鏡を取り出してきた。
黒髪おかっぱの美少女がそこに映りこんでいる。確かに美少女だ。
すると、エシュリーがわたしの腕を引っ張った。
「ちょっと移動しようか」
「なんで?」
何かが風を切る音が、だんだんと大きくなってくる。何か来る?
そう思い、音の行き付く先を目で追うと、さっきまでいた場所が、大爆発を引き起こした。
読んでくれてありがとうございます。