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封魔一族物語一

 

 空はすがすがしく晴れやかだった。

 こんな日はなにかいいことがあるかもしれない。


「さあ今日だよ~カルマくん」


 高い木の上から、男――番人様がそういった。

 番人様は俺の師だ。さらに言えば、この封魔一族の里にとって、英雄であり象徴で、子供のたちや戦士にとっての憧れ。おまけに最高権力者という無茶苦茶な存在。

 そんなすごい人が、俺の師をしてくれている。


「ドキドキするかい?」

「大丈夫だ。メンタルは強い方だし」


 なんて適当なことを言う。実際、メンタル面は番人様がほめたりはしてくれるけど。

 ははは、と俺は笑う。番人様も笑った。


「でも友達出来るの~?」

「……う」

「最近俺以外と喋ったっけ~?」

「……うむ。頭の中の友達を除けば喋ってない」


 番人様はいつも飄々としていて、間延びしたしゃべり方をする。ふざけているようにも聞こえるかもしれないが、実際は俺のことを心配してくれているのだ。

 そう、覚悟しなくては友達は作れない。あまり、俺は周りからよくは思われていないだから。


 ――俺の中に、業魔が潜んでいる。


 暴走したのは一度だけだ。でも、この力は大きすぎる。

 子供のころでさえあそこまで強かった。今、十六という年齢で暴走したら……番人様ぐらいしか、止めれる奴はいないだろう。


「そんな調子で大丈夫かい?」

「大丈夫だ。問題ない」


 実際、自信は皆無と言ってもいいだろう。

 俺は今日から、学園に通う。俺は業魔として、他の者から隔離されて暮らしてきた。コミュ力はあまり高くないかもしれない。

 学校は寮制で、行ったらしばらく番人様とは会えなくなる。十六になる年が訪れた封魔一族の子供はそこにいくきまりなのだ。


 学校では封魔一族としての矜持とか、戦い方を学んだりする。

 俺たちは種族としてプライドが高い。エルフより素早く、ドワーフより耳が良い。

 人族は一番俺たちと見た目がよく似た種族だが、俺たちのほうがはるかに強い。種族として敵わないのはドラゴンぐらいだ。


「不安かい?」と番人様は言う。


 実際、その通りだった。


 うまくやっていけるだろうか? いや、うまくやるってきめたんだ。


 そう言い聞かせるも、やっぱり少し不安で。


「大丈夫だよ~カルマ」


 優しげな声。


「おまえが瀕死の鳥を見つけた時、そしてその鳥が無事に羽ばたいていった時、そういう時の反応はすごくまともだった。おまえは誰かのことを思いやることができる」


 力強く、肩に手を置かれる。


「おまえは優しい奴だ」


 そんな言葉を聞いて、その温かみから、親愛の情を感じて、俺のことをよく考えてくれているということが、伝わってきて。


「なあ番人様」と俺は言う。


「なんだい?」

「その……辛くなったら、時々抜け出して、ここに来ていいかな」


「たまにならいいよ」と番人様は笑う。


 俺は少しだけほっとした。


 ここは龍と封魔が盟約を交わした場所。その象徴となる封神龍樹が生えている。

 特別な場所だ。俺と番人様しかいられない、特別な場所。

 ……でも、昔ここで誰かに会ったことがある気がする。たしか女の子だ。でも異性の友達なんて俺にはいない。番人様に言っても、夢見がちな青少年とか言われて笑われただけだった。


 俺は晴れやかな空を見上げる。

 それを見ると何かを思い出せそうな気がするけど……なんだっただろうか。



 ◇



 黒曜大理石で作られた建物の中を歩いた。

 ここは生徒がいる、学園の中。

 魔を封じる封魔一族の特性をいかして作った、特殊な建物。別に砦として使うあてもないのに、里の中でも有数の防御力を誇っている建物だ。


 ごくり、と唾を飲み込む。

 緊張していた。俺は他人からどう思われているのだろう?

 ……思っている以上に悪くなければいいが。


 教室の扉を開ける。何人かの生徒たちが既にいた。声をかけたりしたかったがすでに友達どうしでくっついていて、喋りかけられない状態だ。

 仕方ない、と思い、俺は少し離れた場所に座る。

 先生が来るまでの時間をきょろきょろしながら過ごした。


 やがて生徒の数は増えていく。誰もがすでに知り合いである友人を見つけて、近くに座っていた。隣でも喋りあう声が聞こえてくる。期待に満ちた声だ。羨ましいな、と思った。


 俺は結局ずっとひとりだった。


 そして気付く。もともと知り合いがいない状況のやつなんて俺ぐらいなんだと。


 残念ながらぼっちな俺に話しかけてくれる優しい奴はいなかった。

 いや、いるにはいたのだ。封魔一族は基本的に仲間思いだ。おそらく、どの種族よりも結束力は高い。


 だが、俺が誰だかわかるとやめてしまう。

 里から嫌われている忌み子。そんなやつに積極的に近づいてきてくれる奴なんているわけない。

 そういった状況を感じていた。人を拒否する視線。


 ――過去のことを思い出す。


 化け物を見る、目。

 そういうことを思うと、他人から拒絶されるのが怖くて、俺は誰かに話しかけることができなかった。


「どいてくれないか?」と声がする。一瞬話しかけられて嬉しかったが、その顔を見て傷ついた。

 そいつはできれば、俺に話しかけたくなかったのだと感じた。


「ああ、どうぞ」

「……」


 無言で通り過ぎていく。そいつが無口だとか、そういうことではなかった。そいつは友人と会うなり、楽しそうにしゃべり始めた。そんなものだった。


「注目!」と大きな声がする。何の前触れもなく、先生が教壇に立っていた。

 周囲がどよめく。

 先生は封魔一族の術を使ったのだ。他者から認識されないようにする能力。


「すげえ」なんて声が聞こえる。たしかに教師をやるだけあってレベルが高い。俺の師が得意とする分野だ。


「お前たち!」と教師は叫ぶ。


 熱血タイプだ。


「ここでは封魔一族の誇りと歴史、戦い方を学ぶ! 夢があるやつはいるかー! ないなら作れ! なりたいものに、なるんだあ!」


 熱血教師だと思った。


 よくわからなかったがみんなは「おー!」と答えた。封魔一族は大概ノリがいい。

 きっと、多くの者は、特に男は、将来の夢は、番人になることだろう。この里の英雄で、憧れ。


 ――そして、俺が目指すものでもある。


 番人とは、封魔一族にとっての力の象徴だ。番人になりたいならただただ強ければそれでいい。

 そのために番人様が師となってくれている。だからといってなりやすいとか、そういうことはなく、むしろ、忌み子として嫌われている俺にとって、苦難の道だろう。一番強い者が番人になるのが普通だが……忌み子なんかが番人なんて認めない! という意見が出る可能性は高い。


「諸君。私は君たちに言っておくことがある」


 真面目な声音。騒然としていた場が静まる。


「これは誇張や願いではなく、事実だ。我々、封魔一族は強い。エルフよりも素早く、ドワーフより耳が良い。人族の魔法はろくに効かず、ドラゴンだって連携で勝てる。そしてなにより! 我々は仲間を思いやる! 『敵対者には報復を。一族には祝福の杯を』。我々は! 誰よりも一族の仲間を思いやらなければならない!」


 すーっと教師が息を吸う。


「この学園生活で学ぶのは知識と力! だが私は、諸君らに絆を作ってもらいたい! 君たち自身で! 作るのだ!」


 誰かが手を叩いた。拍手。

 それがまばらに続いていく。

 いい言葉だと思った。俺たちの種族は強い。だがそれより大事なことがある。仲間を思いやるということ。俺は少し、教師の言葉が気に入った。


「解散!」


 そう言って教師は退散していった。


「あれ……?」と誰かが言う。

「これで終わりなの? あの人が担任だと思ってたんだけど」


 それに応える声がある。


「あの人は校長だよ」

「……」


 たぶん、皆の頭にははてなが浮かんでいたと思う。

 校長……?

 なぜ校長……?


「あれ他の三クラスにもやるの……? 喉が枯れそう」

「たしかに」


 勢いのある人物だな、と俺は思った。



 ◇



 結局、友達を作れなかった。仕方ないので頭の中で友達を作ってみることにした。

 いつもそこにいるという感じを出したかったので『空』、を題材にした名前だ。彼女はソラちゃんという。


『どうしたのカルマくん』

「ああ、ソラちゃん……俺、友達作りに失敗しちゃったよ……」

『元気出してよカルマくん!』


 虚しくなったので止めた。


 そんなわけで俺はこれから住む寮に向かっている。

 誰かが近づいてくる予感がした。封魔一族の五感は非常に鋭い。よって探知能力が高く、認識阻害の能力を使わなければ、ある程度生物の動向がわかる。

 つまりは、そいつは隠れて近づいてきたわけではなく、普通に近づいてきただけということだ。

 当たり前のことなんだけど。


「おい、お前」


 俺は振り返る。

 知らない顔だ。服装から敵には同じ学年の少年。

 友達になるのか! と期待する。


「俺は星の名門、ベイル・スターレイだ。話したいことがある。ついてきてくれ」


 星の名門は特権階級者だ。人族で貴族という似たような権力者もいるらしい。

 他にも名門は二つある。

 鋼の名門、法の名門、とあり、、議員や番人様率いる部隊を除けば、普通の封魔と違う、唯一の生まれながら特権階級者だ。彼らは生まれがらにして、他の者より能力が高い。


「話? なんの話?」

「ここじゃないところで話したいんだついてきてくれ」


 返事も待たず、ベイルはそう言った。

 俺はウキウキしがらついていく。


 黒曜大理石の学舎を歩く。やがて開けた場所についた。時計の塔が三時の鐘を鳴らす。

 封魔が特殊な技術で石を鍛え、ドワーフがそれを元に組み立てた校舎。それがこの学園だ。

 ここは、他種族との交流で作ることのできた、そういう場所。閉塞的だった封魔一族は、最近他種族との交流をよくするようになっている。


 ベイルが足を止める。誰もそこにはいなかった。わざとそうしたのだろう。ちょっと探知能力を使えば誰でもできる。

 それで。


 ――僅かに反応があった。


 たったひとり、ベイルと俺を除いて、もうひとりいる。

 時計塔――その高い場所から、俺を見ている。


 俺は気付かないフリをした。俺の実際の能力は誰かに知られてはならない。

 ――俺は封印を施されている。

 本来、忌み子が学園に通うなど例外中の例外。暴走の危険がある者を、生徒の中に放り込むわけにはいかない。それをなんとかしてくれたのが、番人様だった。

 でも……俺の実際の能力が漏れ出てしまったなら、例えば身体能力の高さが、生徒に感づかれてしまうようだったなら、封印が不完全と見なされてしまう。俺が学園でふるまっていいのは技術だけで、能力的な強さは、平均的でなくてはならない。


 ベイルが戸惑った素振りをした。

 もう俺は、友達がどうとか、お花畑な頭のままではいられない。


 予想がつく。ベイルは俺の能力を測りたかったのだ。


 ベイルは自分を星の名門だと言った。だからわかる。

 見ているのは十中八九ヘクトールという男だろう。近い年齢で番人候補として最有力候補。俺がもっとも警戒しなければならない相手。


 ベイルは余計なことをいうべきではなかった。星の名門を口にすることで、権力で確実に俺をここに来させたかったのだろうが、俺はそんなことをしなくても来ていただろう。


 ――ヘクトールが波長を変えている。


 俺がどこで気配に気づくのか、そのラインを図ろうとしているのだ。封魔一族として、俺がどれだけ能力があるのか、知るために。

 厄介だな、と思った。彼らは俺の封印に関しては何も知らないに違いない。でも、彼らの行動でもし俺の能力がばれてしまったら……まずいことになる。


 番人になるためには最も強いことを証明しなくてはならない。しかし、学園に通うためには俺が弱いということを証明しなくてはならない。……頭の痛い問題だ。学園から卒業した瞬間、俺は力をコントールできると認められ、そこから番人を目指さなくてはならないのだ。


 とれあえず、ヘクトールのことはなにも気付かないフリをする。


「なあ、忌み子。お前、名前は?」


 忌み子。堂々とそういわれて少し傷つく。だが俺は平静を装って答えた。


「カルマ」


 ベイルがたじろいでいる。

 俺がヘクトールに反応しなかったのが予想外なのだ。


 ――業魔を抱えるものは忌み子と呼ばれ、その能力は非常に高いとされる。


 だから気付かないのは予想外だったんだと思う。

 彼は特に俺に対して話すことがないようだった。

 おそらく、俺がどこかでヘクトールに気づいて、そこでなにか話して終わる予定だったのだろう。


「お前はなんで学園に来たんだ?」


 しぼりだした適当な話題。


「年齢的にそういう決まりだからな。俺は今年で十六だ」

「……えーと、お前は何になりたい?」


 ヘクトールのことは番人様からいろいろ聞いていた。おそらく最大のライバルになるであろうとか、能力が非常に高いとか。

 星の名門は、認識阻害の能力を苦手とする傾向があるはずだか……ヘクトールのレベルは非常に高い。

 稀代の天才。ヘクトールがそう呼ばれていることを、俺は知っている。


「番人だよ」と俺はベイルに言う。能力は隠しても、番人になることは表明するべきだ。本気で、番人になりたいのなら、しっかりと言ったほうがいい。


 ベイルの雰囲気が変わった。俺が「番人だよ」と答えた瞬間からだ。

 彼は馬鹿にしたような目つきをした。

 そして見下したようにこう言う。


「お前が? 忌み子なのに? なれるわけないだろう。みんなが認めたり、尊敬できないやつは番人になれない」

「そんなこと……」

「お前、バカみたいな夢を持ってるんだな」


 お前がなるのを許さない。そんな意思を感じる。


「――それぐらいにしておけ」


 声。その持ち主が誰だか、知っている。


「……兄さん」


 ベイルが驚いたような声をあげた。

 俺はその人物の方を向く。

 先ほどまで時計塔にいた人物――ヘクトールがそこにいた。

 俺は彼が近づいてくるのにずっと気付かないフリをしていた。きっと、なにもばれていない。


「弟がすまなかったな」と頭を下げる。以外と謙虚な奴だ。絶対に謝ることはしないタイプだと思っていたのに。


「ああ」と俺は言う。


 ヘクトールは手を差し出した。俺は戸惑いながら握手をする。


「俺の名はヘクトールだ。星の名門、ヘクトール・スターレイ。よろしくな」


 知っている。

 だが俺はただ頷いて「よろしく」と返事を返すだけだ。


「ベイル、やりすぎだ。名門のひとりとして礼節をわきまえろ」

「……ごめんなさい」

「俺からも謝る。すまなかったな、カルマ」


 ――俺の名前。

 あの距離で聞こえていたのだろうか? いや、最初から知っていた可能性もあるけれど。


「いや、気にしてないよ」

「そうか、ありがたい」


 帰るぞ、とヘクトールはベイルに言った。ベイルは黙って頷く。


「番人は誰にだってなれる可能性がある。諦めるには早いさ」


 そんなことをヘクトールは言った。


 まるで自分がなることを確信しているような口調だった。

 ベイルがそれに尊敬の意識を向けたのに、気付く。


 ――弟が兄に心酔している姿。


 いったい、ヘクトールはどれほどの能力があるのだろう?

 ひとり取り残される。兄弟の後姿を、眺める。

 ……寮に向かわなくちゃな、と思った。



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