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9


 その時だった。

 異変を感じ取ったのは、俺だけではないだろう。


「……待ってください、そういえば、リヴァイバルスライムはなんで僕たちに向かってきたんですか」


 レイは運命論を唱え、苦難に合うのは当然だと言った。

 けれど、やはりそれは現実的ではない。『苦難』『宿命』という部分には、共感するところがあった。けれどやはり、安易な結果は疑ってかかるべきだったのだ、俺たちは。


「そうだ。僕らは失敗した。僕たちにはゲームが仕掛けられ、苦難が起こることは必然なのかもしれない。でも、偶然はあり得ない。低知能のモンスターが|たまたま(、、、、)僕らを襲うようなこと、あり得るはずがない」


 焦るように、俺たちを襲撃してきたモンスターがいた。それはきっと、リヴァイバルスライムから逃げているから、別種のくせに共闘してまで、俺達に襲い掛かってきたのだと思っていた。でもそれは結局、『俺達の方向にモンスターが逃げた』という偶然があるのだ。必然ではない。これはゲームだ、とレイは言う。


 ならば――。


「リヴァイバルスライムは、|仕掛けられたんです(、、、、、、、、、)」


 ゲームでは敵がいる。敵は俺たちを消耗させようと、モンスターという駒を使ってきた。

 レイはそう考えていたし、俺だってそう思った。


 ――影たちが現れる。


 七体。俺たちを囲むように、人型のそれは出現した。

 それは賢者の塔建つ最果ての地に住まう化け物。情報はあまりない。場合によっては、Sランクに届く個体もいるという、影を纏い攻撃してくる人型の集団。


 ――終末に属する集団、影の者達。


「……ワレ、ワレラハ」


 一匹の影の者達が俺たちに指を向ける。影で覆われてよく見えないが、長く伸びた髭と、魔法使い然とした帽子がかろうじて見えることができた。虚ろ漂う眼房は、世に絶望しきった人間とよく似ていて、見ているだけで追い詰められたような錯覚を押し付けてきた。

 俺はその目の意味を知っている気がした。よく、よーく知っている。それがどれほど惨くて苦しいのか、俺は――俺はたぶん、理解することができる。


 彼が持っているのは――。


「ワレラハ、『殺す』ヲ、シナケレバナラナイ……」


 アシャスが一直線に飛び出す。

 この集団のポスと思われる、魔術師然とした影を殺すべしと、すぐさま彼は判断したようだった。


 その前に二つの影が現れる。


 巨大な盾と槍を持った騎士。蛮族めいた斧を両手で抱えた戦士。


 アシャスの手貫が、騎士を貫かんと迫る。


 必殺の一撃。闘気による攻撃はすべてに対して勝利することができる。盾は必ず貫かれ、矛盾の対決では必ず矛が勝つことを、闘気が証明する。


 ――しかし、騎士はわずかに盾をずらすことによって、アシャスの攻撃を弾いた。


 受けずに、流したのだ。それは化け物が使える技術ではない、はずで。


 人間が、高度な知的生命体が使う、武の技術。


「……なに」


 斧を持った戦士の影がアシャスに向かって力いっぱい斧を振り下ろす。

 彼は咄嗟にガンドレッドエッジで受け止めたが、あまりの衝撃に彼の体は宙を浮く。


 しかし、それはアシャスの思惑通りだったようだ。


 衝撃に対してあまりにも遠い距離をアシャスは舞い、結果として距離を取ることに成功する。インパクトの瞬間、衝撃を利用しつつも、彼は後ろに飛んだのだろう。


 だが影の者達の攻撃はその程度で終わらない。


 影の者達のボス、魔術師然とした影が両手から雷を放つ。バチバチという音が放たれ、アシャスを消し炭にしようと光の洪水が迫る。


 魔法による雷撃は自然に起こる本物の雷と同じ速度には至らない。魔法はエネルギーの塊であり、属性は自然界の模倣に過ぎないからだ。


 けれど、雷の属性だけあって、その速度はどの魔法よりも速い。炎、風、氷、岩、雷の五属性において、戦闘で最も強いと言われてるのが雷魔法であり、それだけに対策が多いのが、雷魔法の特徴だ。


 アシャスは両腕をクロスして、それを防いだ。ソウルウェポンには闘気の朱いオーラがかかっている。


 雷魔法はエネルギーでガードする、ということが可能だ。純粋なエネルギーではない、氷や岩ではこうやって防ぐのは難しいだろう。そして闘気はかち合えば絶対の存在優先度がゆえに、必ず勝利するという性質がある。それでアシャスは雷魔法を防いだが――。


「……ちっ、しくじった」


 闘気は消耗が激しいという性質も持っている。アシャスがどれだけの能力を持とうが、闘気の乱用は危険だ。


 古代から伝わる闘気所持者の確実な撃滅方法は、遠距離からなぶることである。そして、闘気は攻撃に使うよりも守るときの方が消耗が大きい。


 このままだとアシャスは――。


「レイ!」

「もうやってます!」


 俺の背後、蒼い魔眼の魔術師が魔法を完成させていた。

 彼の周囲には五つの魔法陣が浮かんでいる。


「一つ目の魔法、ゲイルウインド」


 放たれる風の刃は、斧を持った戦士に向かっていった。盾を持った騎士がそれを防ぐ。


「二つ目の魔法、ヴァルギルド」


 迅雷が巻き起こり、雷速のごとく一撃が騎士を狙撃した。

 騎士の影は木っ端微塵になり、吹き荒れる黒い粒子が残滓のように地に舞い落ちる。


 斧を持った戦士の影が、レイに向かってくる。


「三つ目の魔法、ブラストブレイズ」


 魔法陣から現れる巨炎が、敵を焼き滅ぼした。


 ……強い。


 レイが得意なのは魔法の連結であり、真価を発揮するのは魔術戦と聞いた。

 彼が展開した魔法陣の数を見るに、どうやら彼は五つの魔法を同時に操れるようだ。

 最高峰の魔術師でも四つが限界なのだが……。レイと俺の間に、魔力面において大きな差はない。しかし、魔法技術において、レイは俺を圧倒するだろう。これこそがレイの強みであり、魔力という数値だけでは測れない、技術による戦いおいての強さ。


 こうも簡単にレイが二匹の影の者達を撃破したものだから、当然敵はレイを危険視したようだ。


 三匹の影の者達が、レイを殺そうと距離を詰めてくる。

 エレナが盾を掲げて吠える。


「アイザード! レイを守るぞ! そっちは任せた!」

「任された!」


 向かってくる三匹の影の者達は全員同じ姿をしていた。

 全員が短剣を持ち、小柄な体躯から暗殺者を思わせられる。


「連氷牙!」


 俺は得意とする氷の魔法を発動させる。

 三本の尖った氷柱が、暗殺者の影一人一人に向けて放たれる。

 しかし、それはどれもあたらなかった。奴らは全員、当たるわけがないだろうと言いたげに、滑るように横に動いてかわしてみせた。


 ……一匹ぐらい、当たってくれてもいいのに。


 暗殺者の影が、レイに向かって短剣を投げつける。


「うおりゃー!」


 女に似合わない雄たけびを上げながらエレナが、それを防ぐ。

 彼女はレイから離れらない。俺が、何とかするしかない。


「こいよ。俺、強そうな剣持ってるだろ? あの魔術師よりも危険かも……しれないかもしれない」


 途中で若干の謙虚っぶりを発揮してしまうのは、俺は悪い癖だ、たぶん。


 三匹の影の者達が同時に短剣を投げつけてくる。


 先ほどとは違い、その短剣には影が付与されており、リーチが長い。


「氷結壁」


 なかば遠距離からの攻撃を予想していた俺は、素早く魔法を発動させた。

 氷の巨壁が俺の足元から現れる。

 三本の短剣は氷の壁に突き刺さり、その勢いを止める。


 暗殺者の影達は、俺の氷の壁を見て一気に接近してきた。

 氷の巨壁はあまりに大きく、それ故に俺からの視界は遮られる。その隙を狙って、首を断ってやろうと思ったのだろう。


 俺はそんな三匹の影の行動を鼻で笑う。


「無駄だ」


 炎、風、氷、岩、雷。俺は魔法属性すべてを扱える。そういう奴はこういうこともできる。


 右手を氷の壁へ。

 魔力を込め、粉砕。

 俺はこの魔力に炎の属性を込めた。よって、爆裂する氷の壁は、水蒸気と氷の破片をまき散らし、逆に影達の視界を阻害する。


 勢いよく飛んでくる氷の破片に、思わず顔を手でかばう暗殺者の影達。

 隙だらけのそいつらに、俺は剣を一閃、二閃。


 二つの影は塵になり、残りの暗殺者の影は一匹となる。


「終わりだ」

「――っ!」


 刺し違えてでも殺してやろうと思ったのだろうか。

 短剣を手でしっかりと固定した構えで、暗殺者の影は特攻気味の突撃を仕掛けてくる。俺は目を細め、剣技を発動すべく剣を鞘にしまう。


 ――抜刀剣・蕾桜。


 桜色の剣身が抜き放たれると同時、暗殺者の影が宙を舞う。

 俺の頭上を飛び越えようとするも――。


「甘いっ」


 その急激な的の移動に、果たして俺は対応する。

 本来斬りつける目標地点を無理やりずらし、影の暗殺者の足を斬りつけることに成功した。


 対決による交錯は終わり、背後でどさり、と影の暗殺者が地に落ちる。


 ……危なかった。完全にかわされていたら、俺は剣技がゆえの反動を狙われ、カウンターを食らっていただろう。剣技は安易に放つべき技ではない。強い力を持っているからといって簡単に振るっては死を早めることになる。


 動けない影の暗殺者にトドメを刺して、俺は辺りを見渡す。

 ぽん、と肩に手を置かれる。感心したようなエレナが、俺に笑いかけた。


「本当に強いのね。魔法と剣をうまく扱いこなすなんて。こいつらB相当の実力はある敵だろうに、それを三匹、一瞬で倒すなんて」


 俺は思わず苦笑いをする。


「それぐらいには鍛えて来たんだ。俺はちゃんと、このパーティの戦力になる予定だよ」


 そうだ、俺はそこそこに強い。なのに使うべきところで俺は力を使えなかった。

 それがどうしても、悔いが残る。


 ――『あなたが前衛、英雄の父と協力し、白の継承者である少女のサポートを受ければ、勝てなかったわけではないのでは?』


 俺は……。



 アシャスとレイの戦いも決着が着くようだった。

 現れた影の者達は七体。三匹の暗殺者に、斧、騎士、魔術師、そして最後に、巨大な剣を持った王様のような影だ。


 王のような影は、今アシャスの爪によって殺された。

 レイの方は、魔術師を圧倒しており、今にも決着が着きそうだ。


「魔術戦を僕に仕掛けるとは、不遜もいいところです」


 めんどくさげにつぶやきながら、レイは岩の礫を放つ。

 影の魔術師は膝をつき、闇が籠った眼とでレイをぼんやりと見つめる。

 最後の抵抗とばかりに、希うように、レイに右手を差し向ける。その手中で雷が巻き起こる。それは七本の剣の形へ。雷の剣同士が帯電し、輪を作って回り始める。


「メギスト・ショット」


 間髪入れず、レイが魔法を打ち込んだ。


 三重の魔法陣がレイの前に展開され、そこから質量の小さい蒼の魔弾が発射される。目にも止まらぬ速さで飛ぶ蒼の魔弾は、影の魔術師の額を貫通した。


 しばらくあとで、遠くで森の木が倒れる音が聞こえた。


 ……あんなところまで、弾が届くのか。


 レイが影の魔術師が消えゆく姿を眺めている。


 なにも成せなかった。ただただ死んでいった。確かに理想を持っていた。意志を持った絶望を抱えている。そんな風に見える。希い、願うように宙に手を伸ばす影の魔術師。


 影は塵へ。絶命した表情が、黒ずんで虚無へと消えていく。


「……雷卿ジルガント?」


 疑問形で呟いたレイの言葉に、答える者はいなかった。


 ◇


「終わったな」とアシャスが言う。


 突発的な戦闘だったが、乗り越えることができた。

 このパーティはかなり戦闘力が高い。これならレイの言っていた試練っていうのも楽勝なんじゃないか?


 危ないところがなかったとは言わないが、俺たちにはまだ余力がある。賢者の塔に辿り着くのは、そう難しいことではないかもしれない。


 アイザード、とレイに呼ばれる。


 俺がレイの傍にくると、レイは黒い球を渡してきた。


「それは魔丸です。消費した魔力の自然回復が高まります。あなたの魔力量なら五分でファイアボール一発分打てるぐらいには回復するでしょう」

「おお、すごいな! レイが作った薬なのか? 世の中にでてる魔力回復薬って、あってもなくても同じぐらいのものしか俺は知らなかったんだけど」

「ええ、僕が作ったものです。ただ、想像はできると思いますが劇物なので注意してください。二つまではなんとかなりますが、三つも飲むと死ぬかもしれませんから」

「……応用すれば毒殺に使えそうだな」


 この魔丸とやら、結構小さいのに、すごい効果だ。


「そんなことよりも、誰か影の者達について疑問に思った人はいないんですか?」


 レイがパーティ全体に呼び掛ける。それに誰も答えない。

 大なり小なり、みんな戦いに必死だった。

 はあ、とレイが見下すようにため息をつく。


「……少しは思ったでしょう。やつらは人間の動きをしていました。あれはモンスターの動きじゃない」

「あ、それは俺も思った。アシャスの一撃が防がれてたよな」

「あれは少し驚いたな。闘気の一撃を受け流すのにはそれなりの技術がいる。少なくとも、俺が戦ったやつは並の騎士とは呼べないぐらいには強かった」


 思い返してみれば、影の者達の動きはどこか人間的だった。目で連携をとっているところなんかも見えたし、お互いを庇って、武という技術に精通していて、なんだか妙にモンスターらしくなかった。


 武術とは人間をはじめとした、高度な知的生命体のもの。明らかに能力が劣る人間が、冒険者たちが、怪物に勝てるのは、人間が積み重ねてきた技術があるからこそだ。


 じゃあ、影の者達とはいったい――。


「僕が戦った魔術師。あいつには見覚えがあります。Sランク相当の実力を持つ、『雷卿』ジルガント。実戦が得意で強力な魔力を持つ魔術師は少ないので、わりかし好ましく思える相手です。影の者達とは、誰かしらのコピー、ということでしょうか? あれが本物とは思えません。ジルカントはもっと強かった」


 本当に、珍しい。

 レイが誰かに対して好ましく言及するところを、俺は見たことがない。人間すべてが嫌いなのだと思っていた。そうやって俺が思ってしまうほどに、彼は実の姉にすら皮肉的で、嫌味を放ち、相手の心を抉るのを楽しむ、厭世に生きる魔術師。


 そういえば、とアシャスが口を開く。


「ああ、雷卿ジルカント、三年前に死んだらしいぞ」

「――はい?」

「三年前の龍の大襲撃、覚えてるか? 龍の攻撃を受け止めるために作られた都市、『犠牲の都市サラヌメオ』。そこで殿になって死んだらしい。自己犠牲を尊び、英雄みたいに死んだと、都市ではもてはやされていたぞ」

「……それは、それは。なるほど、死んだんですね。魔術師のくせに、誰かのために戦って死んだんですね。へえ。……珍しいこともあるものです」


 動揺しているように見えた。

 レイが珍しく好感を抱いていた相手。この世界に、そんな相手はどれぐらい存在しているんだろうか? でも少なくとも、一人は減った。そのことを、レイは今知った。


 忌々しそうに、レイは吐き捨てるように言う。


「それは、馬鹿なことです。『魔術師は魔力だけを愛せ、そうでなければ魔力は答えてくれない』。……その教えを忘れたから、死んでしまったんでしょうね。死んで当然です。そんな奴に、魔法を扱いこなせるわけがない」


 エレナが「レイ……」と心配げに彼の傍に寄った。

 レイは手を軽く振ってエレナを追い払う。いつものように厭味ったらしく、彼は笑う。

 俺はそんな彼の姿を見て、なにも言わないことを決めた。


「じゃあ、いったい影の者達ってなんなんだろうな」


 俺がそういうと、パーティのみんなの視線が集まる。予想外に目立ってしまい、俺は少し焦る。


「いや、少なくとも本物ではないとしてさ。死体からなんらかの術を使って、能力をコピーしたのかな。でも所詮コピーだから能力が下がる。そんな感じか?」

「ええ。ジルカントの階級はS。しかし、僕が戦ったのはAランク相当といったところでした。コピー元の能力から、ワンランク下がった実力を影の者達は持つのかもしれませんね」

「でも、すごい技術だよな。能力のコピーだなんて、生かせれば魔法がすごく発達しそうだ」

「……混沌の罪禍。伝説上の能力を持つ、とは言われていましたが、死者のコピーを生み出すんですね。軍勢を作れるだけ、そんなものを扱えるとは……どうやってコントロールしているんだか」


 俺は話している最中、底知れぬ違和感を感じていた。その正体をうまく口にすることはできない。でもともかく、気持ち悪い。


 俺は影の者達の気配を……感じ取ることができた。それは、なぜ?

 死を感じ取る俺の能力。なんでそんなものが、影の者達に反応したんだ?


「コピーがあんなに自立した行動をとって、武術なんて使ってくるのか?」


 アシャスが疑問だとでも言うべく呟く。


「それが混沌の罪禍の能力なのでしょう。伝説の生物たるゆえん。そう思えば、納得です」


 ――俺は影の魔術師のことを思い出していた。


 その目は虚無が広がり、絶望一色。苦しんで苦しんで苦しんで、それで強制的そういう目になった。させられた。なにも成せなかった。ただただ死んでいった。確かに理想を持っていた。


 ――意志を持った絶望


 人形なんかじゃ、ない。コピーなんかじゃ、ない。

 似て非なるものになってしまった。そんなものになろうとしたわけではなかった。

 希い、願うように宙に手を伸ばし、死んでいった影の魔術師。

 俺は影の魔術師の気持ちがわかる気がした。俺はその苦しみを知っているような気がした。


 そこはとても寒くて寂しくて。


 ――永遠に続く地獄と、完全な消滅。前者を望むなんて、どのぐらいいるんだろう?


 そう、影の者たちが体験したことは。


「……そっか、死んだんだ」

「アイザード? なにを言っているんです?」


 なんでなんだろう。ひどく胸が痛む。それは同族への同情だろうか?


「……影の者達は、一度死んだ奴らなんだ。そいつらが影として、また世に生まれたんだ」

「まさか。死者の蘇生など、ありえません。それは世の摂理。覆ることのない常識。そうでしょう?」


 俺は首を振る。


 あれは蘇りなんかじゃない。もっと冒涜的で、もっと酷いことだ。俺には、よくわかってる。


「俺の死の予感、話したよな」

「ええ」

「影の者達が近づいてきたとき、それが発動した。それは、なぜ?」


 あれは死にかけるものが発する電波、運命の糸、そういったものを感じ取ることが、俺の能力なのだと俺は解釈している。


 不確定的な痛み。苦しい苦しいと喘ぐ声。


 ――怨嗟の声が鳴り響く、殺せ殺せと泣き叫ぶ。


 俺はそいつらの声を聞く。声を聞いているだけで、共感してしまって吐き気が込み上げる。


「影の者達は死にかけている状態をずっと続けているんだ。だから俺は、あいつらが近づいてくるのがわかった。たぶん、そういうことなんだ」

「それはいったい……」


 やるせない気持ちと、怒りで、胸がいっぱいになる。

 影の者達は奴隷だ。ずっと死の恐怖に怯えながら、使役され続けた。


 ……俺は死の恐怖を知っている。


 逃げようがない恐怖を、ずっと押し付けられる恐怖。狂ってしまうのは必須。そして、狂ってしまうことが救い。でも、きっと、影の者達は狂いそうなほどの恐怖の中にいたくせに、狂うことを許されなかったはずだ。影の者達を作ったやつが、そう仕向けたはずだ。


 ――混沌の罪禍。


 誰がそんな名前を付けたんだろうか?


 そいつは罪の塊だ。どれだけ人を苦しめたんだ? 殺してくれって、何度言わせた?

 レイに俺の推測を伝える。それでも依然として冷静なレイ。


「許せねえよ」と俺は呟く。


 俺はその痛みを知っているから、苦しみを知っているから、だからこそ許せない。

 あの恐怖を人工的に起こす奴がいるなんて、許しがたい。絶対に許しちゃいけない。


「……待ってください。死者の復活が本当にありえるんですか?」


 レイが蒼い目をギラギラと輝かせている。思考の渦の中に、彼はある。


「始まりは混沌の罪禍? ……どうだろう。そもそもあのモンスターが現れたのは千年前。千年前――千年前だ」


 千年前、とレイは復唱する。


「その時、誰が死んだ? 疑似的でも復活が起こりえるなら、今までの人間で最も強い奴が狙われるのが必然だ。千年前。ちょうど、最も強い人間がいた時代――」


 蒼い目が細められる。その目に浮かんだのは――恐怖。


俺はある伝説を思い出していた。


『英雄は、罪を背負いて蘇る。もう一度人類を救うために』


俺はそれを馬鹿馬鹿しいと相手にしなかった。でも、なんでこんな記述がわざわざ残っていたんだろう? 英雄を神聖視する動きは、世の中の動きとして別段おかしくはない。でも復活した英雄は、どうして罪を背負って(、、、、、、)蘇らなければならないんだ?


「いかにも運命的だ。確かに、確かに。僕らは物語の真っただ中にいる。それならば、時代において最高の人間が壁となって立ち塞がっても、不思議はない」


 いったい、レイはなにに気づいたというのだろう?


 ――世界が終わる錯覚を覚える。


 |なにか(、、、)が俺たちに近づいてくる。


 ◇



 ――その姿はさして異形というわけでもなかった。


 影の者達とよく似ている。いや、姿形だけならばほとんど同じと言ってもいい。


 しかし、纏うプレッシャーがまったくと言っていいほどに違った。そいつは、今までの影の者達がなんだったんだっていいたくなるぐらいに、圧倒的すぎるぐらいに重い存在感を放っていた。


 黒の甲冑に黒の兜。黒の剣、黒の盾。


 深い闇色が、その全身を覆っている。別に特別恐ろしげな姿ではない、はずだった。

 でもそれは、人類すべてが憧れた姿で。


「嘘だろ?」


 俺がよく知っていて、この世界に生きるものなら、一度は絶対に聞いたことがある存在で。


「だって、『悪』なわけないじゃないか」


 清廉潔白で完璧。

 最も強い人間。龍を降せし唯一人。世界を救った古代の英雄。

 英雄とは? と問われた時、誰もが口をそろえて彼の名を呼ぶ。


「――英雄騎士ソル」


 絵本の中にいる英雄騎士。子供の憧れ。物語の騎士。

 俺が剣を握るようになった理由。魔法を使いたいと思った理由。


 ――決断は、常に己の手のひらに。

 ――秘めたる思いは、常に己の内にある。

 ――誰かを救うことが、自分を救うことである。


 あんなに綺麗な言葉を残した人間が。

 それが、そんなやつが。


 ――混沌の罪禍だっていうのか?


 認められなかった。


 だって、俺の推測が正しければ、混沌の罪禍は悪魔みたいなやつだ。死者を弄ぶような行為。絶対に、人間が、英雄がやってはならない、そういう行為なのに。


「アシャス、おまえなら勝てるだろ……?」


 縋るように俺は言う。こんな偽物を殺してやると、彼が言ってくれると信じる。

 超越的な戦士。格上を殺す、一対一にて最強を名乗る朱の継承者。


「勝て、ない」

「……え?」

「見切られている。俺が辿り着いた境地に、こいつはいる。いや、もっと上かもしれない。俺は武に人生全てを掲げて来たっていうのに――なのにまだ、こんな格上がいるのか」


 彼の口から洩れているのは、絶望だ。

 ソルの姿形をした黒騎士が、ゆっくりと俺たちに剣を向ける。

 それだけで、勝敗は火を見るより明らかになった。


 俺たちは誰も戦う気概がない。圧倒的な差に、畏怖し、慄き、縮こまっている。

 諦めて、死ぬのを待っているだけの、木偶の坊になっている。


 ――背後で蒼の魔力が燃え上がる。



 ◇


 レイにとって、世界は常に敵だった。


 ――だからこそ勝利する。


 不公平は世の常で、絶望とは友人だった。


 ――この程度で折れるなら、とっくの昔に死んでいる。


 どんな恐怖がこようが、どんな痛みがこようが、彼は恐れることがない。


 ただただ敵を、自らを害するものすべてを憎む。

 だからこそ、彼は抗う。


「フェルノインフィニティ」


 ◇


 レイがからの容器を捨てたのを見た。それは魔丸。三つ飲めば死ぬと言われる、魔力回復薬。あの容器には、ちょうど三つの魔丸が入っていたはずだ。


 なんで三つ飲むと死んでしまうんだろう、と思ってた。でも今理解した。

 たぶん、魔力が暴走するのだ。内から溢れて、噴火するみたいに爆発する。


 人体など軽く吹き飛ぶ。それでもそれを制していられるのは――彼が魔法に特化した者、蒼の継承者だからか。


 黒騎士の周囲に蒼の幕が落ちる。それは黒騎士をすっぽりと包み込んだ。

 対する黒騎士は、纏う黒のオーラでそれを防いでいるようだった。レイの命がけの一撃も、黒のオーラを侵食するに至らない。


「時間稼ぎには……なりますよ……」


 どさり、とレイが倒れる。


「レイ!」


 涙目で、エレナがレイの元へ駆け寄った。「ごめん、ごめん」と彼女は泣く。「また守れなかった。なにもできなかった」と。


「逃げるぞ!」


 アシャスが叫ぶ。エレナは歯を食いしばって、レイを背負って走り始めた。

 あと少しで、俺たちは最果ての地に出る。だがまず、この森で黒騎士を撒かなくてはならない。アシャスを先頭に、俺たちは走りだす。



 しばらく走っていると、背後で爆発が起きた。たぶんそれは。


「レイの置き土産か」


 感心したように、アシャスがそう言った。

 俺たちは黒騎士を撒けた、のだと思う。

今や俺たちは最果ての地の目前まで来ていた。レイは顔面蒼白の表情のまま目を覚まさない。


 ……奇跡だ。あんなのに遭遇して、生き残ることができるなんて。レイのおかげだ。レイがいなければ、間違いなく俺たちは殺されていた。


「こんなの、もうだめ」とエレナが言う。


彼女は震えている。


「だめ、だめよ。これ以上はレイが死んじゃう。力を得るためにしてきた旅なのに、死んじゃったらなんにもならない。こんなのは認められない」


 アシャスがどうでもよさそうにエレナを見つめる。


「残念ながらレイはそんなことを望まないだろう。ここで下がることは奴にとっての敗北であり、今までの積み重ねの否定であり、絶望だ」

「そんなの関係ないわ。私とレイは降りる。勝てない戦いをするだなんて!」

「――おまえ、そんなことしたら、レイに殺されるぞ?」


 エレナの身が震える。


 トラウマを思い出すかのように、彼女の目からつーっと涙が零れる。

 エレナはそれ以上なにも言わなかった。たぶん、彼女はレイに逆らえなかった。


 ……士気は最悪を辿る一方だな、と他人事のように思う。


 賢者の塔、そこがゴールだ。それに俺たちは人生を賭けてきた。


 そこではなにもかもが手に入るからって、すべてを知れるからって。

 俺は二人の夢を聞いたことがある。


 アシャスは最高の戦士になりたいようだった。しかし、限界を感じているから、どんな手段を用いても新たな力を手に入れたい。

 レイは最高の魔術師になりたいようだった。魔導の神秘。無限の可能性。人間が魔力を持った理由。すべての理由を知りたい、解き明かしたい。世界を暴いてやりたい。魔法こそが、それを可能にする手段の一つ。


 対して、エレナは欲しいものがなかった。「贖罪なのよ」とエレナは言っていた。レイに尽くすことが、彼の願いを叶えることが、自分がするべきこと。


 ――私は、赦されたいから。



 皆、思うところあって賢者の塔に向かっている。俺だってそうだ。


 継承者は創世のクリスタルに連なる者達らしい。シーナは継承者だった。だから狙われた、殺された。ならば俺はそれに関することすべてを知りたい。この俺たちが賢者の塔に辿り着くまでゲームが創世のクリスタルの仕業だとしたら、やつを壊す手段が知りたい。


 ははは、俺が意外と、一番大それたことを考えているのかもしれない。


 俺にはエレナのように、このゲーム降りようという考えはなかった。死んでしまうなら、それもまた運命だと思った。自分の命なんて、どうでもよかった。生に渇望を得られない。


「着いたな」とアシャスが言った。


 目の前に広がるのは、砂漠の世界。賢者の塔建つ『最果ての地』。建物なんてあるように見えない。砂嵐が吹き荒れる。――緑色の砂嵐だ。その砂嵐からは魔法的な意図を感じた。たぶん、この砂嵐は決してやまないものだ。永遠に、ずっと起こり続ける、賢者の塔を隠すベール。


 レイがゆっくりを目を開く。そしてある方向を指さした。


 そのまま彼は気絶。だがおかげで、俺たちの進路は定まった。


「行くか」とアシャスが言う。


 俺たちはどうなってしまうんだろうか、と思う。


 だが進むしかないのだ。


 背後に影を感じながら、俺たちは進む。

 影の者達がすぐ近くまで迫っていることを、俺たちは感じ取っていた。


 ◇


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