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8


 突然、込み上げるような不快感が、脳天まで突き抜けた。

 それは予感。しかし、今までのものとはかけ離れている。

 誰かの悲鳴が、呪詛が、恨みが、響き渡って世界を汚染している。

 苦しい苦しい、助けて助けて、と。

 怨嗟の声が鳴り響く、殺せ殺せと泣き叫ぶ。

 ――大勢の死の予感。

 死のイメージが、俺の体を苛む。


 ◇


「どうした?」とアシャスが聞いてくる。


 冷汗がでた。吐きそうだ。

 どこかで誰かが泣いている。痛い痛いと泣き叫ぶ。

 おなかを抑えてうずくまっている。傷はけっして塞がらない。

 それは、予感。撫でる感覚は未来の物で、俺の物ではない。


 誰かが感じるであろう苦痛、傷跡、恐怖。


「……予定を早めて、今日出発しよう。いますぐに」

「なぜ?」

「ここにいちゃいけない」

「根拠はなんだ?」

「……誰かが死ぬ予感がする」


 誰かが殺される、そういう予感。しかし、これはいつもと違う。決定的なほどにずれがある。


 それはまるで……ずれた痛みだ。確定して負う痛みではない?

 とにかく、そうとしか表現できない。幻痛のような予感が点滅している。気絶するほどきついイメージはやってこない。

 アシャスは考え込む素振りを見せた。


「レイに聞こう。こういうものに対して考えるのは、あいつに任せるのが一番だ」


 俺とアシャスは部屋へと戻る。

 内心、その途中ですら俺は焦っていた。早くここから逃げ出さなければならない。死の予感がゆっくりと、しかし確実に近づいてくるのを感じる。時間がないのだ。


 急がなくては、急がなくては。


 部屋ではげっそりとした様子のレイが座っていた。ローブに付着している血の跡が濃くなっている。


 少し離れたところで、エレナが心配そうにレイを見つめていた。おそらく、エレナは助けようとして拒絶されたのだ。少し傷ついている様子から、そんな雰囲気を感じ取る。


「レイ。アイザードが死の予感を感じ取った。ここから逃げ出すべきだと言ってる。どうする?」

「……」

「はっきり言おう。俺は与太話を信じない。だから反対だ。未来を予測するなんてありえないからな。こいつが過剰な妄想を抱く思春期と考えた方が現実的だ」


 かなりずけずけと本音を言うんだな、と思う。

 まあそんなものだろう。


 死者の蘇生。未来の予知。次元の超越。


 一般的には、こんなものは絶対にあり得ないことだ。アシャスから見れば、俺が死んで蘇ったという話も信じられないに違いない。


 とてもまともな感覚だ。俺がアシャスでもきっと同じことを思う――。


「では、出発しましょうか」

「……本気か?」

「アイザードの特別性は僕が保証しますよ。まあ全部を信じるのはさすがに難しいですが、彼がいうのなら信じて動きましょう」

「お前らしくない判断だな」

「お互い様ですよ。それほどアイザードに対して否定的な判断をしておいて、僕の考えを聞いた。絶対の否定をする場合、僕の意見なんて聞かないでしょう? あなたらしくもない。なにか心境の変化でもありましたか?」


 レイはまだ、かすかに咳をしていた。見てられない、とまでの状況ではないが、体を動かすのはひどく億劫そうだ。そんな状態でも、レイは俺のことを信じると言った。今から移動するのは、体を動かすのは、今のレイにとって苦痛で仕方がないはずなのに。


「なあ、レイ」

「どうしましたか?」

「ありがとう、信じてくれて」

「状況判断で動いただけですよ。それに、あなたの予感があたった方が面白そうじゃないですか。僕の予想が正しければ、ここにせめてくるのは混沌の罪過と影の者達きっとたくさんの人が死にますよ」


 レイは憔悴していた。しかし、そのギラギラと輝く蒼の魔眼はまったくといっていいほどに輝きを失っていなかった。いや、むしろ体がまともに動かない分、目だけに意思が総動員されているかのように、よりいっそう恐ろしい輝きを放っていた。


 ……恨みと、残酷さと、執念。


 俺はレイの言ったことにあまり耳を貸さなかった。

混沌の罪過と影の者達の動きは確かに妙だ。けど、この広い世界でわざわざ俺たちを狙うわけがないだろう。それはいささか自意識過剰だ。


「――急ごう」


 仲間たちは素早く身支度を整え、宿の外に出る。

 至って平穏な外の光景があった。誰かが死ぬとは思えない。

 複雑な心境になる。俺のことを信じたレイのこともあって、俺の予感は妄想じゃないと証明したい。しかし、そのために赤の他人が死んでもいいかというと……微妙なところだ。


 俺にとって俺の命は赤の他人の命よりも大事だ。しかし、だからといって俺に関係ない人間がいくら死んでも心が痛まないというわけではない。


「いくぞ」


 アシャスが宣言する。


 大通りを抜けて、街の門を通過する。馬はない。これからいく場所はアシャスのツテがある場所で、そこにいくには『気狂いの森』という場所を通過しなければならない。

 そこでは魔獣が出る。モンスターが出る。馬は足手まといで、連れていくことはできない。


 ◇


 それから何時間か歩き、『気狂いの森』が見えるところまでやってきた。

 レイが街の方向を振り返る。そしてじっと見つめた。


「ほうほう」


 レイのものとは思えないほど朗らかな声は、どこか邪悪と言ってもいいほどで。

 俺は恐る恐る聞く。


「……その魔眼で、なにを見てるんだ?」

「魔力です。ずいぶんと強大な魔力。ふむ、これがなにか僕は知っていますよ」


 爛々と光る眼がこちらに向く。できすぎな気がした。これはレイのいたずら。からかっているだけで、レイの予想があたるわけがない。


 そうでないと――。


「人間の魔力ではありません」


 レイは囁くようにしてそう言った。そして高らかに宣言する。


「街にいるのは影の者達の群れ。さあ、今街で何人が死んでいるんでしょうね?」


 ここからは、街の様子はかすかにしか見えない。

 中でなにが起きているかなど予想がつかない。

 だから少し、現実感がなかった。


 嘘なんだろう? という目を向けるも、レイはくつくつと笑うだけだ。


「始まったんですよ。試練が。僕たちを殺すために! ようやく運命が回ってきたんです。これはデスレースだ」


 ……運命論。


 なにがおかしいのか、堪えきれないとばかりにレイは肩を震わせている。


「僕はこの試練に勝ちます。そして手に入れます。ここを進めば、今とは劇的になにかがかわる」


 恍惚に囁く彼の姿は、なにかに憑りつかれているかのようだった。

 おぞましいほどの執着心。追い詰められた狂気。

 でも、彼の言うことは間違っていないんだろう、と思う。できすぎな結果は、運命の流れというものを感じさせるのに十分なものだった。


 ――これはきっと、試練だ。


 破滅の剣の予言を思い出す。


 宿命、対決、復讐。


 お前は我を振るうだろう。


 ――そんなことをいっていたことを。


 運命めいた出来事の順番。


 だが確かにそれが正しいというのなら、きっと攻略法があって、勝者になることができる。


 たぶん、そうなれるはずだ。


 ◇


 生まれつき人とはどこか違っていた。

 体は虚弱。眼は異様。

 誰からも同族として認められなかった、魔力に溺れた人生。

 それがレイモンド・ウォーカーの人生だった。


 ――なんでこうもみんな、僕を恐れるのだろう?


 子供、だった。

 理由に気付けなかった、頭が悪かった。

 いつも頭に木霊する言葉がある。


「来るなよ、目玉お化け」


 ――始まりから最後まで聞こえる、忌み言葉。


 たぶん五歳ぐらいの頃から、ずっとそうだった。自分と同じ子供は必ず自分を恐れ、遠ざけた。


 ……他者とは圧倒的に違う、恐ろしいほどの魔眼を生まれつき持っていたレイという少年。


 いつの時代もそうであるように、異端者は排斥されるのが常だった。予定調和的といってもいい。


 レイはいじめられた。あるときは同い年の子供に、年上の子供に、大人にだって。親には愛されなかった。目玉が空恐ろしい子供を愛する聖人なんていなかった。

 味方なんていなかった。いつだって世界のすべては敵で、それは宿命だった。

 そんなある日に――。


「僕、は」


 石を投げられ、言葉でなじられ、泥で汚れたレイは、一人小屋に閉じこもっていた。

 里に味方はいない。動物ですら自分を恐れる。

 常に隠れなければならなかった。自分の存在そのものが疎まれていて、姿を見せることは敵意に身を晒すのと同義。ならば、といつも里の外れの小屋に閉じこもっていた。


 ――ああ、でもきっと今日は奴らが来る。


 レイの唯一の逃げ場所、里の外れの小屋。けれど今日は、事情が違った。

 里の子供のガキ大将がレイを付け狙っていたのだ。


 理由は至極単純、子供の輪から外れた「敵」を「子供の集団」が攻撃する。不気味な目玉お化けをいじめて攻撃して晒上げて、集団の結束を強くする。そしてガキ大将は、リーダーとしての確固たる地位を手に入れる。


 ――とんだ茶番だ。


 そんなことしなくても、どうせリーダーとしては揺らぐことのないはずなのに。

 つまるところ、今行われているのは狩りに近い。自分より弱いものを追い込んで追い詰めて、愉悦を得るための娯楽行為だ。自分は道具にされている。


 それがとても悔しかった。


 けれど抵抗の手段など持たなくて。


「どこに行きやがった! あの化け物!」


 遠くで大声が聞こえる。レイはその声にびくっ、と身を震わす。

 レイは生まれつき体が弱かった。けれども、子供の残酷なゲームは止まりどころがない。

 文明も大して発達せず、生まれつき魔色を持つ人間が多いこの時代に、子供による子供殺しはそう珍しいことではなかった。


 固く禁じられた魔法の使用を、子供はあっさりと破る。


 レイが今まで生きてこられたのは奇跡といってもよかった。体が弱いくせに、屈服を知らなかったから、執拗に攻撃された。ボロボロの癖に、いつもその恐ろしい目で攻撃者を睨めつけるから、まだ余裕があるのだと勘違いされた。


 レイはいつだって限界で、最後の抵抗で相手を睨んでいただけだというのに。


「――レイ、レイ!」


 自分を呼ぶ声がある。それは珍しく敵意のない、声。

 それはレイの姉だった。名前はエレナ、エレナ・ウォーカー。


 虚弱な体を持つ弟とは違い、身体で恵まれ、魔力も高く将来有望な姉。

 けれど気が弱く、彼女はレイを守れたことが一度もない。


「はやく! やつらが来ちゃうわ」


 エレナは勇気を振り絞って、レイを助けに来ていた。エレナにとって陰気な弟は好ましい人物とは言えなかったが、それでも血のつながった家族。話したこともほとんどないほど関係は希薄でも、助ける義務がある。


 そう思っていた。


「姉さん――姉さんはなにをやってるの?」

「え?」

「姉さんは――姉さんは頭が悪いよね。いつだって無責任だ。ならせめて、いつもみたいに僕がなぶられてるところを遠くから見てればよかったのに――」


 絶望したレイの声は、エレナに異変を感じ取らせるのには十分なものだった。


 振り返れば、小屋の入り口にガキ大将が立っている。にやにやした顔が、獲物を見つけた喜びの表情が嫌でも目に入る。


「見つけたぞ、化け物」

「なあ、待ってくれ! 私の弟には……手を出さないでくれ!」

「なんで? そいつの目を見ろよ。人間じゃない。こんな恐ろしい奴は、世の中に存在しちゃいけないんだよ!」


 興奮したようにまくしたてるガキ大将に、説得は通じるように見えなかった。だからレイは自分から前に出た。それをエレナは引き留める。そしてガキ大将とレイの間に、立ち塞がった。


「逃げよっ、レイ。私が、私がなんとかするから……」


 不可能だった。ガキ大将がせせら笑う。


「なあ女。邪魔しないでくれないか? 俺だって一応、女を殴りつけたくなんてないさ。どいてくれよ。そうすれば君にはなにもしなからさ」


 エレナの手は震えていた。

 ガキ大将に逆らうべきか、どうか。ガキ大将は残忍だった。レイが受けた火傷痕も、このガキ大将によって受けた傷だ。容赦は期待できない。


「はやくしろよ。帰れよ、女なんだから」

「……」

「じゃあ、お前も殴られたいんだな」


 レイはその光景を黙ってみていた。期待もせず、淡々とした目で。

 その光景がどう動くかはだいたい予想がついていた。

 エレナがゆっくりと身を引く。もう阻まない、と意思を表示する。


 世の中のたいていが馬鹿馬鹿しいもので作られていると、レイは常々思っていた。


 結果は必然で、特に腹は立たなかった。

 せめて自分の足で、とレイは歩き、通り過ぎる姉に向かって一言呟く。


「偽善者」


 エレナの身が震える。


 ◇


 ――助けて、助けてよ。


 助けはこない。


 ――痛い、痛いよ。


 嘆きに意味はない。

 もはや世界のすべては信用ならない。


 自分だけが頼りだった。自分しか残っていなかった。

 自分だけが世界だった。自分こそがすべてだった。


 殴打の中で、泣き声をかみ殺す。


 プライドだけは保たねばならない。


 僕は負けていない。


 我慢しているだけだ。


 僕は強い。


 僕はすごい。


 僕は――。


 ――負けて、たまるものか。


 ――負けるものか、絶対、絶対、絶対に。


 ◇



 誰もいなくなってようやく、彼は一人で泣いた。みっともなく、自分は蛆虫みたいだと、世の中全てを呪いながら泣きじゃくった。


 誰かがいては、声を上げることができなかった。プライドが高かったから、誰にも泣き顔なんて、どうしても見られたくなかったから。


 弱い自分が許せなかった。本当ならこんな自分は嫌だった。


「――レイ?」


誰かの声。それだけは絶対に嫌だったのに、誰にも知られたくなかったのに。


――なのに姉が、レイの目の前に立っていた。とても、心配そうな顔で。


「……なんで」


どうして。


「おまえは、なんで」


 僕を見捨てたくせに。


 ――なんで今更、心配そうな顔で僕に近づいてくるんだ?


 許せることではなかった。誰にも見られたくなかった自分の弱い姿。泣いている光景。それを、よりによってこの偽善者が、僕の泣いている姿を見た。「死んでよ、姉さん」とレイは言う。


「逃げたくせにいまさらのこのこでてきて、僕に同情して、見下して、そんなにも自分を良い人間だって思いたいわけ?」


 恐ろしい魔眼が、エレナを見つめている。


「なにもできないくせに! それならせめて、僕にかかわらないでくれよ!」


 エレナがさめざめと泣き始める。それを冷めた目で、レイは見つめている。


 ◇


 ――なんで自分は死なないのだろう。


 ズタボロの心身で、縋るように考え付いたものがあった。

 自分は特別な存在だから。

 だから来るべき時までは死なない。きっとそうだ。


 ――自分は選ばれた存在だから。


 世界全てが敵であったレイにとって、自己の特別性は心の拠り所となるものだった。

 特別な魔眼がある。魔力は里の中でも随一。今はガキどもに数で負けるが、本当なら、あんなやつら――。


 一人残らず、殺すのは容易い。


 ちゃんとした攻撃魔法を習得できれば、僕はあいつらを――。


 結局、レイは誰も殺さなかった。


 途中で里に立ち寄った魔術師に見初められ、その弟子となり、里から旅立ったのだ。

 けれど、心の炎はいつだって残っている。

 復讐してやりたい。自分が優れていることを証明したい。自分には宿命がある。病んでいるのだ、という自覚はある。自分がどうしようもない人間だということもわかっている。けれど魔道のすべてを収め、超越を行い、自分が人間として最もすぐれた魔術師になれば――。


 それがレイの目的。賢者の塔へいく、唯一の理由。


 ◇


 俺たちは今、賢者の塔へ進むべく旅を続けていた。

 旅路はこうだ。まず、俺たちは気狂いの森を二日で抜ける。そしてしばらくは村もなにもない荒野を通り抜け、賢者の塔建つ最果ての地に到達する。賢者の塔がどこにあるかはわからないため、最果ての地でどれぐらい彷徨うかはまだわからない。


 気狂いの森での進行は順調だった。

 アシャスは前衛、俺は遊撃。レイは後方支援で、エレナはレイを守るシールダー。

 気狂いの森に潜む魔物は強い。この森は特殊だ。この森には慟哭の梟という小型のモンスターが多く生息しており、そのの忌まわしく耳障りな鳴き声は、聞くものの精神を汚染する。


 ある程度修練を積んだとされるAランクの冒険者のみしか立ち入れないほど危険な森だ。並の者なら、三日も持たずに狂死する。


 ここに馬は入れない。俺たちは徒歩で森を進む。

 うっそうとした木々が、空からの光を閉ざしている。時折聞こえる梟どもの鳴き声は耳障りで、精神的にきつい。基本的に獣道を通っているから、ほんとに危険な魔物には遭遇していない。出会うのはDランク相当の魔物ぐらいだ。


 今は気狂いの森に入って二日目の朝。あと半日もすれば、この森から出られる。そうすればすぐに最果ての地だ。目的地である賢者の塔が建つ、終末の地。


「また魔物がくるな」


 何かを察知したのか、アシャスがけだるげにそう言った。

 俺は破滅の剣を現出させる。


「まあ、俺達のちょうどいい戦闘訓練だと思えば手ごろだしいいじゃん」

「……もう十分だと思うがな」


 俺たちは既にそこそこの戦闘を重ねていた。連携はそこそこに取れているといってもいい。


「来たぞ、お出ましだ」


 アシャスは感覚が鋭敏なのか、野性的な察知能力が優れているのか。彼のセンサーは強力だ。今までそうだったように、アシャスの予測は正しく、俺たちの前には五匹のモンスターが出現する。刃のような羽が特徴的な蜂型のモンスター、ビー・バタフライ二匹。地を這う俊敏な蛇、クレイルスネーク一匹。並の剣が通らないほどの装甲を纏い、大型化した蟻のようなモンスター、メタルアイアント二匹。


 どれもCランクのモンスターだ。国の騎士と互角レベルの手ごわい相手。

だが、俺たちはA~Sランク相当のパーティーだ。殺戮は容易い。


 威嚇羽音を立てながら、一匹のビーバタフライが俺に向かって飛翔してくる。他のモンスターは全員アシャスに向かっていく。おそらくはモンスターの本能として、アシャスのほうが危険だと判断したのだろう。


 俺は飛び交うビーバタフライをあしらいながら、アシャスの様子を観察することに注力した。


 クレイルスネークがアシャスに向かって飛び掛かる。アシャスはソウルウェポン、エッジガンドレッドを現出させ、その手のひらでクレイルスネークを受け止めた。そして襟首をつかみ、握りつぶす。


 ……なんだかモンスターの様子が妙だ。


 クレイルスネークは慎重な個体が多く、あんな風に突撃、特攻をそうそうにしかけたりはしないはず。そして、あれほど圧倒の戦闘を見せられたら、他のモンスターも怯んだり、逃げ出す素振りを見せるはずなのだが……。

 気狂いの森が生み出す精神汚染が関係しているのだろうか? ここのモンスターたちは強くとも、知力が落ちていることが多い。

だがそれにしても……。


 俺は敵対するモンスターに向き直る。俺の周囲を飛び交って、一向に攻撃してこないビーバタフライ。その速度は迅雷のごとく。並の剣士ならすぐに見失って、背後を取られてしまうことだろう。だが俺は、仮にも英雄クラスの父を師に持つ者だ。この程度では翻弄されるはずもない。こういう状態のビーバタフライは面倒だ。速度がこちらを上回っているため、カウンターを狙うしかない。魔法で撃墜できる自信はあるが、魔力は温存しておきたい。


 俺はわざとビーバタフライを見失ったふりをする。

 途端に、殺気が向けられるイメージ。モンスターといえども、人間に近い気配を発するときもある。


 ――来る。


 俺は剣を握りしめる。

 並の剣ではビーバタフライをとらえるのは至難だ。狙うはすれ違いざまの速い剣。確実に仕留める、剣匠の腕が求められる。


 ――俺は全身に魔力をみなぎらせる。


 剣を極限まで鍛え上げた者は、『剣技』という技を使えるようになる。だいたいBランクの冒険者なら使えることも多いのではないだろうか。

 剣技とは、刹那の瞬発力を体に付与し、得難いコントロール状態にある己の肉体を操って精密な技を発動させる、技術として最高クラスのレベルが求められる極致の奥義だ。

 格下はたいていこの一撃で倒せることも多い。ただ、弱点も存在して、剣技を使用したあとは次の攻撃を繋げないし、隙が生まれる。強すぎる力には反動が存在するのだ。連続で使用は不可能だし、短期間の連発は体にガタがくる原因となる。


 同格との戦いにおいて、剣技とはトドメとして使用するものであり、安易な発動は死に直結する。

 剣技の基本は一撃離脱。それができない場合は、使用を控えるのが吉だろう。


 ――そして今、剣技の発動場面としてはうってつけだ。


 俺は背後から襲い来るビーバタフライを振り返って睨めつけた。

 交錯は一瞬。狙うはその羽。


「瞬閃」


 閃く刃が敵を切り裂く。

 すれ違いざまに羽を切られたビーバタフライはそのまま剛速球で木に激突。脆い体はひしゃげ、動かなくなった。


「ふう」


 俺が剣に憧れる理由。いまだに魅入られる鋼の輝き。自らがそれを操っていることに酔いしれること。繋いだ修練の数々は、俺に誇りと自信を与えた。剣において、俺はトップクラス。そう簡単に負けはしない。ただ、父さんの存在は例外だ。父さんだけは、勝てる気がしない。けれど、他の相手なら勝てるビジョンを持つことができると、俺は自信を持って言える。


 けれど、


 ――あの魔王のような男。


 あいつは。


 ――父さんを圧倒していた。


 息切れ一つなく、傷一つなく、返り血を浴びた様子もなかった。

 あいつがいったい、どれだけ強かったっていうんだろう? いまだに信じられない。父さんを圧倒するような強者がいるとは思いたくない。


 ……不意打ちだ、不意打ちでたまたま父さんは負けただけだ――。


「アイザード、そっちにいったぞ!」


 アシャスの声で、彼がうちもらしたメタルアイアントの存在に気付く。

 赤い目と、せわしなく動く触覚。かちかちとなる嘴みたいな口元。

 俺は威力を重視した剣技を発動する。

 破滅の剣を鞘にしまい、抜刀の構え。


 ――抜刀剣・桜蕾。


 桜色に染まる剣身が、鋼の蟻を両断する。

 紫の液体がぶしゃぶしゃと地に零れ、メタルアイアントが絶命しているのは一目瞭然となった。


 戦闘終了。


 レイの出番はまったくなかった。ついでに言えばやる気だってなかった。

 彼は途中から、一切魔法を使わなくなっている。温存している、とのことだ。俺も魔力は温存気味だけど、ちょっと過剰なぐらいに彼は魔法を使っていない。

 まあ、今のところ困ってないからなにも問題はないんだけど。


「……アシャス、ちょっとおまえ臭いんだけど」

「仕方ないだろ。これが俺の戦い方だ」


 また集まって、気狂いの森を進んでいこうとすると、嫌でもアシャスの臭いが気になった。


 彼の戦い方は蛮族的。爪という武器は素手での戦いに近いし、リーチが短いから返り血を浴びやすいから仕方がないのだが、それにしても戦い方が野性的だ。

 彼が装備するのは怪物のような腕の武器と、怪物のような足の武器。

 二装一対のソウルウェポン。彼の身のこなし・運動性能は人間離れしているし、装備している武器が武器だけに、頭だけ人間のモンスターみたいだ。

 燃えるような赤い髪と、全身に付着する彼の姿はいかにもそれらしく、普段の感情の起伏は少ないのに、戦いの中の獰猛さは目を見張るものがある。


「そういえば皆さん、気づいていましたか?」


 レイが突然そんなことを切り出す。

 アシャスがレイを見つめる。


「モンスターの様子、変でしたよね?」

「ああ、おかしかった。焦っているような気があったように見える。そもそもやつら、別種同士で行動するような生態だったか? たまたま俺たちと鉢合わせで遭遇した、ということならわかるが、やつらは一緒に、仲良く俺たちのところまでやってきた。なにかが変だ」

「実は探索の魔法で、強大なモンスターがいないか調べてたんです。けど、なにも反応しませんし……。よくわかりませんね」

「いや、強大なモンスターなら近くに一匹いるぞ」

「はい?」

「スライム型のモンスターだ。魔法をすり抜ける特殊なタイプなんだろう。俺はお前と違って、熱や音で気配を察知するからな。気づかなくて当然だ」


 ……さりげなく、アシャスが人間じゃない発言をしている気がする。


 アシャスはその大型のモンスターが、俺たちの元にやってきたモンスターに関係するとはおもわなかったらしい。今までわざと黙っていた、というわけではなさそうだ。

 レイが思いっきりしかめっ面になる。


「アシャス、僕が話した運命論のこと、まるで信じてないでしょう?」

「『僕たちは特別な駒であり、ゲームに参加させられている。ゲームである以上勝ちは風脳でなく、また苦難を引き寄せるのが宿命である』だったか? 馬鹿らしい。お前は何と戦っているんだ」

「……ああ、そうですか。今に見ているといいですよ。継承者のくせに、バカですね」


 レイがアシャスを皮肉る。

 どうでもいい、とばかりにアシャスは前を向いた。


「……突然、でかいスライムがこちらに進行方向を変えたんだが」

「だから言ったじゃないですか!」

「いや、お前なにかしたんじゃないか? 怪しげな術なら腐るほど覚えてるんだろ」


 軽く仲間割れみたいなことをする彼ら。

 いや、何やってるんだよ。


「まあまあ二人とも、とりあえずここは逃げようぜ。な?」

「嫌だ」

「は!? 強敵に立ち向かいたい思春期の少年かよ、おまえは」

「ちがう! ……そうじゃなくてだな。レイの言うことが本当なら、こいつは俺たちを追ってくるぞ。そうしたらここまで進んできたのが無駄になる。時間の無駄は許せない」


 一応、レイに言われたことはなんだかんだで信用する方向らしい。


「お前らは休んでおけ。俺が一人で相手する」

「いやいや、何言ってるんだよ。強大なスライム? ……相当強い相手だろうが。一人じゃなくて皆で相手をして」

「いえ、アイザード。ここはアシャスに任せます。僕たちは傍観しておきましょう」

「いや、でも」


 レイは早々に引き下がり、近くの木にもたれかかった。

 近くにいたエレナが困ったように笑う。


「いい機会だから、アイザードもアシャスの戦い方を見ておいた方がいいと思うわよ。私じゃうまく言葉にはできないけど……アシャスは特殊なのよ。一対一という戦闘では、ほぼ必ず勝利する。明らかな格上でも、アシャスはそういうことができるの」


 そう言われても、納得がいかない。

 アイザード、とレイに呼び掛けられる。


「近づいてくるモンスターについてですが、僕の予想が正しいなら、僕が加わろうがアイザードが加わろうがなんの足しにもならないはずです。ここに生息する、魔力透化を持ち、強大な生物と言えば、リヴァイバルスライムでしょう。たぶん、僕たちを襲撃してきた、あの焦っていたみたいなモンスターはリヴァイバルスライムから逃げていたんです」


 ――リヴァイバルスライム。


 それはランクにしてS。都市を滅ぼす天災級のモンスターだ。物理攻撃はほぼ無効。魔法にも耐性があり、吸収による体力回復、形状変化、などといった様々な能力を持っている。

 動き自体は早くないので、倒すのには遠距離からの魔法を永遠と仕掛ける消耗戦が定石となる。必ず多くの味方を得なければ、絶対に勝てない相手。


「レイの言うことが本当ならさ、アシャスに勝ち目なんて万が一つもないじゃないか」

「勝ちますよ。まあ、見ててください」


 なかば打ち切るように、強引にレイは話を終わらせた。

 もやもやしたが、ここまで強くいわれるなら仕方ない。俺は破滅の剣を自分の魂に収納し、腕を組んで結末を見守ることに決める。


「――よく見ておいてくださいね」


 レイの目がギラリと光る。


「アイザード、僕の言葉、世の中はゲームとして動いている、勝つ手段はある、といったこと、どれぐらい信じていますか?」


 ……運命論。


 がさがさと遠方の茂みが音を立てる。そこでは巨体がうごめいていた。


 ――リヴァイバルスライム。資料で見たことがある、モンスターとして伝説的な強さを持つ、人類の敵。


 たしかに結局、レイの言うとおりになっている。リヴァイバルスライムが俺たちを補足している。リヴァイバルスライムはわざわざ四人程度の人間を襲うために、こんなに移動する生物ではない。たまたま移動方向に俺達がいたというのも信じがたい。理由があるのだ、と考えざるを得ない。でも、そんな理由なんてないのだ。ならば。


 ……運命論。


 信じかけている自分は、いる。けれどそんなものはあまりにもバカバカしい、現実的じゃない。俺たちが自分を特別だと思ってしまうのは、なまじ魔法という奇跡の力を持ってしまっていて、なまじ実力があるからだ。冒険者ならだいたいの奴がそういうのを信じているはず。


 第一、継承者だって単なる能力の高い人間に過ぎない。尾ひれがついて、神話然としているが、その証拠なんて一つもない。

 歴史における重大事件の記録は信用性が高いが、個人戦や伝説的な戦いなんていったいどれだけ脚色されていることやら。


 ――どくん、と破滅の剣が鼓動を立てる。


 それは違うぞ、と否定するように。

 運命論。宿命。破滅に見初められていること。


 ……信じかけているのは所詮錯覚だ。たぶん、そのはずだ。


「僕たちはゲームに勝利します。アシャスは強力な手札です。あなただって。――影の者達はわざとらしく街を襲撃した。始まってるんですよ。僕たちは賢者の塔に辿り着く。それができなければ、敗北する」


 妄執だ。根拠のない狂気じみた執念だ。

 そう切って捨てたいのに、できない。最近身の回りで起こったこと。父さんとシーナが殺されたこと。結果として、俺は継承者に出会ったこと。


 でも、俺がレイの思想を信じかけている、信じたがっているのは、願望が含まれているからに過ぎない。父さんとシーナが死んだ。その理由が欲しい。

 何の意味もなく、理不尽に死んだなんて、思いたくない。


「――ガアアアアア!」


 なにごとだ、と思う。

 吠えたのはモンスターではなく、アシャス。獣じみた咆哮。

 リヴァイバルスライムがはっきりとアシャスを認識したのが見てわかる。

 距離にして二百メートル。近距離一辺倒のアシャスにとって、だいぶ苦しい距離のはずだ。


 緑のスライム状の巨体に、気持ちの悪いじゅくじゅくとした目玉が顕現する。その体という体から、おびただしいほどの細い触手がうごめき、アシャスを蹂躙すべく襲い掛かる。


「アシャスは闘気使いです。魔法を使えない彼は、魔法ではない別のエネルギーを纏うことによって、最高の戦士となりうるポテンシャルを得ます」


 闘気。それはもはや、才能も技術も絶滅している、破壊のためだけの力。

 魔法を得る前の人間は、破壊や戦いに特化した非生産的な力を人間は宿していた。それが闘気だ。闘気の朱い力は、絶対属性であり、すべてを覇する最強属性。

 魔法、星の力。そういった、エネルギーに対して、闘気はほぼ必ず『勝利』することができる。闘気は空間に位置する存在の優先度が高いのだ。打ち合えばそのエネルギーを掻き消すことができる。さらにいえば闘気の存在力は強すぎがために取り除くことが難しい。つまり、闘気による傷を負えば回復するのは至難ということにもなる。


 木々を薙ぎ払いながら、リヴァイバルスライムの触手が進む。


 アシャスはそれをかわしながら、獣じみた動きで接近していく。木々がいくつも倒れ、足場が悪くなっていく。けれど平地を走るように、アシャスは疾走する。


「けれどアシャスの闘気は身体能力を高めるものではなく、殺傷力を高めるものにすぎません。魔法を持たない彼の能力は、Bランクの冒険者にすら劣る。けれど彼はSランクの冒険者になるほどの成果を手に入れまた、それ以上の格上すらも倒すことができます。それは、なぜ?」


 ――朱い闘気がアシャスのソウルウェポン、ガンドレッドエッジに付与される。


 けれどそれは原則間違った使い方だ。なぜなら通常、闘気はあまりにも強力すぎる破壊能力のせいで、武器に付与してしまうと武器がもたず、何振りかで自壊してしまうから。


 拳闘士、という言葉があるのは、闘気使いが己の拳で戦っていたことに由来している。つまり、武器に、しかも壊れれば狂死というデメリットのあるソウルウェポンに、アシャスが

闘気を付与するのは本来とても危険なことだ。


 ――俺のソウルウェポンの能力は『不懐』だ。

 ただそれだけの能力だ、と彼は言っていた。

 なるほど、しかしソウルウェポンが壊れないならば、狂死というデメリットはないものとなる。さらに闘気を付与しても壊れないというのは大きな利点と言えるだろう。ある意味で最高の武器であり、アシャスとは最高の相性を持っているといってもいい。

 けれど、それだけだ。彼は攻撃能力が高い、身体能力はAランク程度の戦士。これだけしかないのなら、魔法を一切使えない彼はAランク冒険者に確実に劣る。

 ――アシャスの燃えるような髪の毛が揺れる。


 襲い来る触手を、時にはかわし、時には爪で切り落とし、高速で距離を詰める。


 当たらなかった触手が地面を大きくえぐり、アシャスが通ってきた道は穴だらけとなる。嵐のような攻撃が、ずっと彼に降り注いでいる。それでも、彼には一切の攻撃が当たらなかった。普通の戦士ならばいくら目があっても捌き切れないだろうに、彼は未来視に近い選択を取り続けることによって攻撃をいなしている。


「反射神経、身体能力、魔力。どれをとっても、アシャスの能力は今まで得てきた成果に見合いません。仲間? いいえ、彼は一人で結果を出します。それは今までの経験のおかげか、なんなのか。腑に落ちない、理屈を超えた『勝利』を彼はします。ある意味勝利という現象、としか言えない不可解なモノ。少なくとも、朱の継承者アシャス・ハンニバルは、Sランクの敵には確定で勝ちます」


 レイは諦めたように、そう言った。いまだにアシャスのことが理解できず、それでも結果をだす彼のことを心底疑問に思っているかのように。


 結果を見るまでもない、レイはそう言っている。

 アシャスとリヴァイバルスライムの戦いは続いていた。

 爪でいくつもの傷をつけるも、体積が大きすぎて致命とは至らない。しかし、さすがのリヴァイバルスライムも闘気よるダメージは回復はできないようで、体のあちこちが凝固できず、血を流しているような状態。


 しかし、そんな地道なダメージを重ね続けるよりも、あれほどリヴァイバルスライムに接近してしまっているアシャスが、いつか攻撃を食らってしまう可能性のほうが高く見えた。


 無謀だ。一人であれほどの攻撃を捌き切れるわけがない。集中力が持たないし、俺が見たところ、接近できたのだって幸運によるところが大きい。


 なのに、なのに一向に戦いは続いていた。

 リヴァイバルスライムの周辺は穴だらけ。その肉体は醜くただれた傷がつき、えぐられた範囲一帯が、磁石が反発しているかのように分解されていく。


 戦闘マシーンのような表情で、鬼気迫る戦いをアシャスは演出し続ける。雨あられと続く攻撃。リヴァイバルスライムの防御反応も、闘気による一撃には無力。


 メインは爪。時には蹴りを混ぜながら、アシャスはリヴァイバルスライムの肉体を削っていく。


 地中から大量の触手が伸び、アシャスを殺そうとするも当たらない。

 行く手をを遮ろうと、触手を張り巡らすも、闘気の爪で突破される。

 巨大な異質な触手や、異形の目玉から魔法が発射されるが、それを蹴りと爪ではじき返した。


「……なんなんだよ、これ」


 こんなの奇跡だ。いくら反射神経が良くても、戦闘経験があっても、こんなことがずっと続くなんてありえない。


 未来を予知しているのだ、といった方がまだ理解できる。しかし、レイの口ぶり的にアシャスはそんな能力など持っていないらしい。


 ついに、その体を削られすぎたリヴァイバルスライムが傾く。

 決定的な隙。


 ――アシャスの爪に、尋常ではない圧を持った闘気が纏わりつく。


「――牙転拳」


 リヴァイバルスライムの目玉が吹き飛ぶ。間髪入れず、アシャスは投げやりにも思える特攻をしかけ、リヴァイバルスライムの肉体内に侵入する。


 そして、リヴァイバルスライムは動かなくなった。肉体は溶け、その体内からアシャスが現れる。


「終わったぞ」


 この光景を、俺は奇跡だと思った。

 しかし、この結果は当然だとレイは言う。

 アシャスがリヴァイバルスライムの死体に立って、俺たちを見下ろしている。目と目が合う。闘志を秘めた赤い眼。俺は思わず、彼に疑問を投げかけた。


「なあアシャス。おまえ、どうやってお前は勝ったんだ……? 俺には理解できないよ。どんなに最高の戦士でも、あんな真似、不可能だろ」


 能力のパラメーター。それを最大限に設定しても、人間としての枠で考えるのなら、絶対にあんな芸当は無理だ。


「……人間技じゃない」


 剣士として、戦士の心構えを知る一人として、俺は呆然としていた。

 能力が突出しているわけでもないのに、勝利という現象を起こすアシャスという人間。

 朱の継承者。


「いいや、俺は人間として鍛えた技術、経験をもって勝利している。アイザード、今のお前には理解しきれないかもしれないが、お前にだって素養はある」

「どうしてお前は……なんであんな真似ができたんだ? 明らかに人間の能力を超えてる」

「俺の『武』の才能、こと戦闘における素質は最高のものらしくてな。俺の師によれば、俺がもたらす結果はおぞましいほどの反復と経験によるものだ。人間の『武術』。技術と経験の極限化。究極まで鍛えられた戦士が起こす、人間の一歩先としての結果。予知に近いほどの予測は背負う業を消化させたもの。究極に近い戦闘技術は、戦闘パターンを増やし、敵の対処方と、自分を殺す相手の思考を創想像するためのきっかけとなる。俺が受け継いだのは正統な人間の業だ」

「……あくまで『人間だから』できたことだっていうのかよ」

「限界まで鍛え上げた結果、人間を超越しているとは思うがな。だが俺の強さは、人間としてのものだ」


 人間だから人間を超越した、アシャスという人間。


『ある意味勝利という現象』


 レイはアシャスがが引き起こす結果のことを、そう表現していた。


 俺もレイも、いまだに人間の枠組みの中だ。俺たちはアシャスと同じ景色を見ることができない。だから理屈が通じていないと感じる。しかし、アシャスにとってこの結果は必然なのだ。


 ……受け入れがたいが、なんとか理解しておこう。

 ふむ、とレイは言う。


「アイザード、今アシャスはいいことを言いましたよ」

「……なにが?」

「我々は『人間』ということです。疑問に思いませんか? 魔力は混ざり合わない。闘気はすべてを破壊する。なのに、なんで人間だけが例外なんですか?」

「……そういうものだろ」

「考えることを止めるんですか?」


 レイが挑発気味に、俺を見つめる。俺は仕方なく答えることにする。


「そりゃ、『人間』が魔力を持ってて、闘気を持ってるから、物質は魔力に適合できないんだろ。人間だから使えるんだ。物は魔法を使えない。基本的に、人間以外に魔法を込めると劣化が始まる」


 でも、それはおかしいでしょう? とレイが言う。


「ホムンクルス。人造の人間を作成し、普通の人間と全く同じ物質で構成された体に、魔力を流すと、劣化現象を起こすんですよ。人間は魔法に適合する。人間の体という物質は魔法に適合できない。けれど死体は魔法に適合できる。|正しく生まれた人間は(、、、、、、、、)|魔法に適合するんです(、、、、、、、、、、、)」


 作られた人間ではない、『ちゃんとした人間』だけが魔法に適合することができる。


 ――じゃあ『ちゃんとした人間』はどこで定義できるんでしょうね?


 体の物質が人間であるならば、それは人間という物質のはずなんです。理屈上は、そうなるはずなんです。


 ……それを聞いてますますわからなくなる。同じ物質ではだめなのに、もともと生きていた人間ならば、それだけが魔力に適合するってことか? 人間の死体の腕には魔法を適合させることができて、しかし錬金術で作った人体では、魔法に適合できないということか?


 まったく同じ物質なのに同じ結果を出さない。それは確かに、理屈に合わない。


「非業の実験の一つ。生きた赤ん坊は魔力に適合できない」


 独り言のように、レイは呟く。

 思考なき赤子は『人間』ではない。まともな思考回路をもってようやく、人間は魔法に適合できる。しかし、それなら死体は? 何年もたって、脳みそなんて腐り落ちた死体は、どうして魔法に適合できる?


「誰かが人間を定めているです」とレイは囁くように言う。


「『人間』と認定を受けた者が魔力を受け取ることができる。人間は世界から選ばれている」


 エルフもドワーフもドラゴンも。

 全部人間より後に生まれたとレイは言う。

 彼が謳うは人間賛歌。人間は特別だと、彼は宣い続ける。


「――創世のクリスタル。それが人間を定義して、僕たちに魔力を与えたんだ」


 ギラギラと輝く目は、どこかを見つめている。

 ようやく俺は理解する。レイにとって、ゲームの相手は世界創造の神、創世のクリスタルだ。


 彼はそいつのお遊びに付き合い、そして勝利してやると息巻いている。

 ゲームならば勝ち目があると、根拠もなく信じている。


 そんなの無理に決まってる、と俺は思う。



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