2
――お前は選ばれし者。
お前は苦しみ足掻くだろう。
お前は死を恐れるだろう。
お前は絶望するだろう。
宿命を背負って立ち上がらなければならない。
お前は選ばれし者なのだから。
◇
もうなにが起こるのかなんてわかっていた。
だから――目覚めたくないと思った。
ここは闇だ。意識の闇。どこまでも沈んでいける海の中。
もう目覚めなければいいのに、と思う。
されどここは海の中。意識を沈めようとしても、自然と浮き上がっていってしまう。
ここから光が指しているのが見える。けど、それは希望の光ではない。
どうしても現実に戻りたくなくて、俺は必死に目を瞑る。
無駄な抵抗だった。負けは見えていて、結局は俺はこの先の光景を見るしかない。
どんどん意識が浮上していくのを感じる。
俺は結局、あの日のように嫌な予感を感じても、その予感がある方向に向かうのだろう。
いつも嫌だった。自分がなにを見るかがわかっていて、それでも自分の予感が否定されてほしくて進まざるを得なくて。
いつも行きつく先に転がっているのは生き物だった死体だ。
――死を予知する予感。
それが平凡な俺が持っている唯一の特殊な能力だった。
そして今回はそれがひときわ強く発動した。
それは、なぜ?
俺は予感を感じるたびに思っていたことがある。
なんで俺の予感は動物の死体ばかりをとらえるのだろう。生き物に限定するのなら、そこら辺の虫に対してだって予感が働かなくてはおかしい。
そうだ。この予感はある程度大きな生物、もしくは知能のある生物に対してではないと発動しない。
――なら、人間はどうだ? 動物よりも高知能な生物の死は、どんな予感がする?
それがずっとこないのを願っていた。
俺が住まうは閉ざされた内の世界。人間はシーナと父さんと俺しかいない。だから俺の予感に人間が引っかかることがあれば、家族の誰かが死ぬしかない。
もうわかっている。体が侵食されるような感覚。動けなくなって、寒気がして、苦しくなっていくあの感触。
――そしてこちらまで意識を失うほどの強い刺激と絶望感。
もうわかっている。きっと誰かが死んでしまう。
だから俺は目覚めたくなかった。目を開いたときに広がっているのは地獄だろうから。
◇
「――う、あ」
目が覚めると俺は雪の上に横たわっていた。
月光が木々の隙間を通って地を照らしていた。頭に粉雪を乗せた梟が、こちらを覗き込んでいる。
周辺には何の変哲もない木がどこまでも並んでいた。もし、ここに一度来たことがなければ確実に迷子になってしまうであろう深い森の中。
ひとりかしづいて、跪いて、頭を垂れている、そんな体勢から身を起こす。
シーナはどうしたんだろう。俺はいままで何をしていた? あれからどれくらい時間が経っている――?
二つあった月の片方が沈み、片方が三時の方向に顔を出しているのを確認。
まさかとは思うが、夜から夜へ一周してしまった、ということはあるまい。ひとまず、まだシーナと別れた日と同じ日に今俺がいると考えるならば、月の位置的に五、六時間が経ったといったところだろうか? あと数時間もすれば、日が昇るだろう。
悠長にしていられる暇はなかった。
もしかしたら、もしかしたら急げば誰も死ななくて済むかもしれない。救えるかもしれない。
自分だけが頼りだった。俺こそが、皆を救わなくてはならない。
……本気でそんなことを思っているわけではない。なんとなく予想はついている。この先の光景がどうなっているのか、俺がなにを見なければならないのか。
――それでも俺は進まなくてはならなかった。
逃げてしまいたかった。見て見ぬふりをして、問題を先延ばしにしてしまいたい。
だがそれは逃げだ。本質的には意味がない。どうせ運命が決まっているのなら、俺は進むしかない。
そして俺は辿り着いた。俺たちの家へ。家族がいる場所へ。
……例の予感がする方向へ。
――燃えている。
家が燃えている。そしてなによりも、なによりも――。
――真っ白な雪が、赤く血に染まっている。
一つの死体が倒れていた。それは、俺たちを大切に育ててくれた父の死体。
傍には黒いマントを羽織った男が立っていた。
ただ者ではないのはないのは瞬時に理解できた。
その男は父を殺したやつだった。俺の父は元々はどこかの国の英雄をやっていて、今は引退した身。俺の剣と魔法の師をしていて圧倒的に強かった父。
世界でも一、二を争う腕前だったと聞いたことがある、それぐらい強い父のはずなのに――。
その男は、まるで魔王のようだった。
巨大な黒いマントと何人も殺してきたような血色の瞳。黒を基調とした服装は威圧的で、頭には角が生えている。
息切れ一つなく、傷一つなく、返り血を浴びた様子もなかった。
絶対に俺では敵わない相手だと思った。
魔王のような男が父に剣を突き立てる。死体に対して、殺しを徹底するように。
思わず声が出そうになる。沸いてきたのは怒りだ。
死者に対してなおも刃を振るい、傷つけるような行為。
あれは俺の父さんだ。それを殺して、傷つけて、それで――。
頭がおかしくなりそうなぐらいの怒り。
そして父が死んでしまったという事実に胸に穴が空きそうなぐらいの絶望を感じた。
お前を殺してやると叫びたかった。
思い切り泣いて、父に駆け寄りたかった。
だがどの行動も今はできない。
あの男が父を殺すほどの強者だから。俺では決して勝てないから。
だから怒りだけが貯め込まれていった。
なんで殺されたのか、わけがわからなかった。
どうしてこんなことが起きたのか、納得いかなかった。
――シーナは?
小柄な彼女の姿が見えなかった。
予想はついている。どうせもう、死んでしまった。
そう思うも、俺は視線を動かし続けた。
もしかしたらまだ生きているかもしれない。そんな希望に縋って。
心は絶望一色が広がっていた。
どうせ、どうせ。
いい予感よりも悪い予感の方が当たりやすい。幸福より不幸が起こりやすい。
そんな直感的な思考が飛び交い続ける。どうせ無駄だ、と。
「――アイ!」
その声を聞いて心臓が飛び跳ねた。思わず泣きそうになる。
「シー……ナ」
抑えた声で互いを呼びあい、合流した。
あの魔王のような男がこちらに気付いた様子はない。
「……なんで……なんで父さんが?」
そう聞くと、彼女はただ首を振った。彼女にもわからないらしい。
けど、と彼女は言った。
「……私のせいかもしれない」
「どういうこと?」
「……」
彼女は震えていた。今にも泣きだしそうな潤んだ金色の瞳。小柄な彼女は、ぎゅっと胸に手を押し当てて、堪えるように震えていた。
「ひとまず逃げよう。俺がシーナを守るから、だから安心してくれよ」
「……うん」
彼女の手を握る。
あの魔王のような男に復讐することできない。あまりにも実力が違いすぎるから。
震えているシーナを見て、返って自分が冷静になっていくのがわかった。俺がこの子を守らなければならない。俺は冷静になって、そのためだけに行動しなければならない。
そうでなければ父さんに顔向けでできない。シーナだけは、守らなくては。
その時だった。
魔王のような男がなにか宝石のようなものを掲げた。
万色光るそれは強く煌めき――光の道筋を作り出した。
――それはシーナに向かって伸びていた。
まるで彼女を見つけるためだけの道具のようで。
そして俺はこの時、どんな顔をしていたんだろう?
彼女と目が合う。ふんわりと微笑む彼女は、まるで聖女のようだった。
諦めたような表情だった。彼女は自分が狙わていることに気付いていた。……きっと、自分が犠牲になれば俺が助かるかもしれないのだと思っていた。
ばいばい、と彼女は小さくいった。
「アイは、生きてね」
握った手が離れていく。幸福を取りこぼすみたいに。
飲みたかった水が全部隙間から流れて行ってしまったみたいに。
恐怖を感じていた。動けなかった。
シーナが見つかった。俺もじきに見つかる。
そのはずだった。だがそうならないように彼女は行動した。
俺の手を離れ、彼女は自らの足であの魔王のような男の元へ向かっていた。怖くて怖くて、仕方がないはずなのに。
辺りには木々が生い茂っている。だから俺の姿まで見られるようなことはなかった。
彼女の姿だって、相手の肉眼では見えなかっただろう。
だが彼女は木々をかぎ分け、自分からその身を晒した。きちんと一人で死ぬために。
男と相対する彼女はこう言った。
「なんで私のお父さんを殺したの?」
答えるのは冷酷な声だった。
「お前を守ろうとしたからだ。我が殺そうとしたのはお前のみ」
「なんで私を狙うの?」
「お前が白の継承者となる可能性を秘めているからだ。お前は生きていれば世の中の害になる」
「そっか」
話はそこまでだった。
つかつかと男が歩み寄る。
俺はその間、二人を眺めているだけだった。
なにもせずに、ぼうっとしたままで。
だって、勝てるはずがないのだ。冷静な部分が強くそう告げている。
だが助けるべきだと、頭のどこかでは叫んでいた。
俺の命なんて知ったことかと。彼女が一パーセントでも助かる可能性があるなら、いますぐ助けに行くべきだと。
恐怖に負けて、俺の足が動かないのかもしれない。
理性が強すぎて、愚かな選択ができないのかもしれない。
だがどちらでも同じことだろう。
俺は彼女を助けないという判断を下した。それが結果だ。
男の手から黒い剣が生成され、シーナを貫く。
ろくな抵抗もできないまま、彼女は倒れ伏した。
雪がしんしんと降っている。
白い大地が血に染まる。苦しげな声。命の漏れる音が微かに聞こえる。
魔王のような男は恐れるように後ずさりした。
父さんのことは念入りに刺し殺していったのに、もう関わりたくないとばかりに背を向けてしまう。
そしてその場を静かに去っていった。
俺は依然とした動かなかった。動けなかった。
あの男が立ち去るまで待たなければならない。その後にシーナ急いで駆け寄るのだ。
それで――それで?
どこまでも冷静な頭の中。
「痛い……痛いよ……」と彼女が苦痛に喘いでいる。治癒術を自分に使っているようだが、それも効果がないようだ。
俺はそんな姿を息を殺して見つめていた。
彼女は苦しみの声を上げても、父さんのことを呼んでも、俺の名を呼ぶことはなかった。あの男に俺の存在がばれないように、それだけは言わないようにしているようだった。
今も彼女が苦しみの声をあげているのにまったく感情的にならない。頭のどこかが悲鳴を上げている。だが現実の俺はいかにも機械人形といったようで、まったくもって動かない。
凍り付いた感情で、己を制する。ただ眼前にある光景を網膜に焼き付ける。
そして待った。
もうあの男が見えなくなるぐらいに。
まだ耐えろと自分に言い聞かせた。
今飛び出していって、俺の存在がばれて殺されてしまえば、彼女の犠牲が無駄になる。
だから――。
十分な時間がたってそれでようやく、俺は一歩を踏み出した。
彼女に駆け寄る。刺されて苦しそうな声を上げる彼女を抱き上げた。
「ごめん」と俺は呆然と言う。
俺は最後まで感情的にならなかった。苦しんでいる彼女を見つめながら、冷静な判断をした。そういったことに恐ろしいほどの罪悪感を感じた。
「ごめん」と俺は言う。
彼女の血が俺の手を汚す。暖かな感触。命が漏れている。死んでしまう。
「……アイ?」
彼女の顔には色濃く死相が浮かんでいた。
「そこにいるんだよね?」
すぐに駆け寄らなかったこと。
それについて謝りたかった。
だが彼女はそれについてなにも言わない。縋るように、俺を呼んでいる。
「ここにいるよ」
俺は彼女の手を握る。
もう彼女は目の前がみえていないようだった。
「えへへ、アイがいてくれるー」と彼女は無理矢理笑って見せる。
俺はいっそう強く、彼女の手を握りしめる。
もうすぐ彼女は死ぬ。
震える体と手は、彼女が死ぬのを恐れていることを示していた。なのになんで、あんなにも早く決断できたんだろう。死ぬのが怖いのに、俺の存在がばれないようにすぐさま自分から敵に身を晒した彼女。
……なんでそんなことができたんだろう?
頭がひどく痛む。死の予感が俺を苛む。うるさいぐらいに警報を鳴らしている。
そんなに伝えようとしなくたって、彼女がもうすぐ死ぬのは見て取れる。けれど、その予感はずっと俺に死を伝え続けた。もうすぐ人間が死ぬと。
「シーナ、ごめん。俺はなにもできなかった。父さんが死んでしまった」
「――本気で言ってるの?」
ぞくり、とする。
彼女の声はどこか冷ややかで、投げやりで。
「アイが悪い? どこが? あの男の話を聞いてたの?」
「……それは」
「お父さんは――私のせいで死んだんだ」
そしてアイだって死ぬところだった。
彼女の声も表情も、深く絶望の色が彩っていた。
自分のせいだと彼女は自分を責めた。
泣いていた。後悔と自責と死の恐怖と、堪えきれない感情が彼女の中で暴れまわっていた。
「違う、違う。シーナのせいじゃない。シーナが自分を恨む必要なんてない」
「私のせい、だよ」
俺は彼女を抱きしめる。
彼女が少しでも辛くないように、と。
だが土台無理な話だった。もうすぐ死ぬ彼女は自分を責めたまま苦しんで苦しんで苦しんで死ぬ。それはきっと誰にも止められない。
でも、それは駄目なのだ。こんな優しい子が、そんな風に生を終えていいはずがない。
彼女はせめて、安らかな幸せで死ぬべきで。
「なあシーナ。俺ずっと隠してたことがあるんだ」
「……?」
「俺、一回死んだ人間なんだよ。だから奴は俺を狙ってきたんだ。俺のせいで、シーナと父さんは死ぬんだ」
そんな俺の言葉に――シーナは困ったように笑った。
「そんなわけ、ないじゃん」
「ほんとだよ。信じてくれ」
「……変なこといっちゃって」
俺の拙すぎる嘘は、彼女にすぐに看破されてしまった。だが彼女の表情は不思議と柔らかくなったように見える。
「そっか。アイのせいなんだね」
「そうだ。俺を恨んでくれ」
「じゃあ、なにをしても、なにを頼んでもいい?」
「ああ、なんでもするよ」
「そう」
彼女はより深く、俺に身を添えて来た。そして顔を近づけた。
額と額がこつんとあたる。鼻先があたって吐息がかかる。
「大好きだよ」と彼女は言った。
唇に熱い感触。なにが起きているのかは理解できるようで、理解するのは難しい。
熱い感触が消えていく。確かな余韻を残して。
「……ずるかったかな?」と彼女はいたずらっぽく笑った。
俺は呆然としている。
「じゃあ、お願い事もするね」
「……あ、ああ」
「まず一つ目。アイは私の分も生きてください」
二つ目、と彼女は言う。
「幸せになってください。過去を振り返りすぎないで、結婚もして、あなたの願う英雄になってください」
三つめ、彼女は言う。
「できればでいいから、私のことを覚えておいてください」
そう言い終えて、彼女は控えめに笑った。
その頬から涙がつーっと零れ落ちる。
力を振り絞って、彼女は俺に抱き着いてきた。
俺は彼女を壊れ物を扱うかのように優しく抱きしめる。
「シーナ?」
「……ごめんね、ごめんね」
「違うよ。俺が全部悪いんだ。だから――」
ううん、と彼女は首を振った。
「私はね、もっと生きたかった」
「俺もシーナに生きてほしいよ」
「アイと一緒に冒険したかった」
「……もちろん。俺もだよ」
「でもできない。おまけにアイは私とお父さんのことでこれから苦しみながら生きていかないといけない。アイは優しいから、絶対に自分を責める」
だから、と彼女は言う。
「こんなことしちゃってごめんね。キスなんてしちゃってごめんね。もっとアイが苦しくなるってわかってるのに、我慢できなくてごめんね」
「なにいったんだよ。俺はシーナのことが好きなんだ。本望だよ、ほんとうに」
彼女は嘘みたいに綺麗に涙を流す。
潤んだ金色の瞳がこちらを見つめている。
「大好きだよ」と彼女は言った。
「大好きだよ」と俺は答えた。
◇
「シーナ?」
あれからどれぐらい時間が経ったんだろうか?
ひどく頭が痛い。死の予感が纏わりついている。
ウンウンと警報が鳴っている。頭の中を締め付ける。
「シーナ?」
返事はなかった。
「嘘だよね?」
……返事はなかった。
とてもここが現実だとは信じられなかった。
自分の顔に触れてみる。
受け取る感触はまるで他人からのもののようで、実感が薄い。
まるでここは夢のよう。つねっても覚めないし、痛みも感じない。
目覚めろと唱えてもなにも起こらず、雪がしんしんと降り続けている。
俺は彼女の死体を抱えている。綺麗な白い髪。もう開くことはない金色の瞳。
……もういっそのこと狂ってしまいたかった。
ここは逃げ場がない。俺はどこにも行かれない。
人一つ分の重みが腕にのしかかっている。けれどそれはもう二度と俺に笑いかけたりはしないだろう。「アイ」と気安く呼ぶこともない。手をつないでなにかを語り合って、お互いに目を合わせて。
それらはすべて失われてしまった。
もう二度と戻ることのない追憶になってしまった。
「は、はははは……」
認められない。
「はは、あはははは、はっ、はは」
苦しい。
「ははは……はは、くくく……嫌だ」
もうこんな世界なんて。
――終わってしまえばいいのに。
「あああ……」
目を閉じて。
「あ、ああ、ああああああ」
そして開けば。
「――――あ」
なにもかもが夢だった。
――そうであったらいいのに。
「ああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁああああああああああああああああああああ」
うるさい。
とてもうるさい。
耳鳴りがする。
ここは苦しくて苦しくて苦しくて。
ずっと死の予感が鳴り響いている。
「――まだ、だ」
まだだ。
「終わりじゃ……ない」
終わらせはしない。
今や割れそうなぐらい痛む頭を抱えながら、俺は立ち上がる。
死の予感はいまだに続いていた。
たしかに父とシーナは死んでいた。だが死の予感はまだ終わっていない。
今度は俺が死ぬのかもしれない。だがどうでもいい。
ずっと思っていたことがある。なんで俺は死んだくせに、また蘇れたんだろう?
なんで俺は死の予感なんてものを感じ取れるんだろう?
このくだらない能力は、過去の文献を見ても類似したものはなさそうだった。たぶん唯一無二の能力なのだ。俺だけが持っている能力。
なにかしらの特別。選ばれし者。
なにかある。きっとなにかをすることができる。
根拠などなにもない。しかし、俺が死んで漂っていたあの闇にもう一度行けるなら。
生きたままあそこに辿り着いて、あの聖なる光を見つけることができれば。
めちゃくちゃな理論だった。だがそれに縋るしかなかった。
そして――。
予感が最高潮に高まる。
痛みで頭が破裂しそうなほどに。
どくんどくんとなにかが鼓動している。なにかが近づいているのを感じる。
ガン! と地面が揺れる。
なにもない虚空から、簡素な扉が現れた。
それはどこに通じているのか、なんなのか。
灰色をしていた。俺の髪と瞳と、同じ色の扉だった。
激情を抱いていた。人が二人死んだ。
なんでこの扉が今現れたのかわからない。だがともかく、こんな状況で現れたのはなにかしらの因果関係がありそうだった。
俺はなにかしらの特別のはずだ、と思う。
色が同じなのはその証拠かもしれない。俺はこの扉を開いて、どこかに行った方がいいのかもしれない。
俺は扉に手を掛ける。
まだだ、と強く思った。
まだ終わっちゃいない。俺は扉を渡る。
そしてゆっくりと扉を開く。ここから見える景色は灰色一色。
俺は向こう側へと足をかけ、振り返る。
シーナと父さんの死体がある。
強い意志をもって、灰色の世界を見つめる。
そして俺は、扉の向こうの世界へと渡った。
◇




