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 アシャス、レイ、そして蒼髪の女を加えた俺たちの一行は街に到着した。

 ちなみに、蒼髪の女の名前はエレナだ。レイの姉らしい。


 日が昇る朝露時、門兵の許可をもらって街に入る。この一行のリーダー的なポディションにいるのはアシャスだ。そのほかが下っ端というわけではないが、基本的な集団の意思決定はアシャスが決めることになっている。


「アイザードは街は初めてなのよね?」


 そうエレナが聞いてくる。

 女にしては平均的な男の背と同じぐらいの身長。ウェーブのかかった綺麗な蒼い髪。動くのが窮屈そうながっちりとした鎧を着込んでおり、女騎士という言葉が似合う容貌。

 あんまり強くないから、装備はしっかりとしているの、と彼女は言っていた。たしかに、このメンバーだとレイとアシャスの実力は頭一つ分抜けているように見える。実際に戦うところを見たわけではないので、あくまで雰囲気がそんな感じ、というだけだが……。


「ああ、シーナと俺は閉鎖的な森の中で育ったんだ。なにもかもが、目新しいものばかりだよ」


 俺は周囲を見渡す。

 舗装された道に、いくつもの木造建築物が並んでいる。これらは商店だろう。もっと奥の方を見てみれば、民家らしきものも目に入る。

 それに加え、道の端には長い金属の棒が突き立てられている。その先端はふっくらとした形状をしており、なにに使うのかは不明だ。


「ああ。あれは街灯っていうのよ」


 聞いてみると、エレナはそう答えてくれた。


「そこそこの規模がある街には、夜の暗い時間帯に道を照らすために街灯が設置されているのよ」

「そんなこと可能なのか? 相当出費がかさむと思うんだけど」

「うーん、私は頭悪いからわからないわね!」


 突っ込んだ質問をするとエレナはそう答えてくれた。

 正直さと恥を恐れないその姿勢は美しいものだと思う。

 俺は微笑んでレイに質問した。

 フードを深く下した彼はめんどくさそうにしながらも、俺の質問に答えてくれた。


「察しているようですが、まず街灯には魔道具がはめ込まれています。田舎者にはこれだけで驚くべきことなのかもしれませんが」


 皮肉げなレイの声。


 魔道具が使われているのは、なんとなくわかっている。

 だがそれが真実だとすると、出費が恐ろしいことになるのだ。

 魔道具というのは役に立たなそうなものでも大変高価なものだ。


 それには魔法というエネルギーの特殊さが関係している。

 この世界には『魔力は混ざり合わない』という鉄則がある。魔力というのは油のようなもので、他の油ともなかなか混ざらないし、水――星のエネルギーや思想エネルギーと言った他種のエネルギーとも混ざらない。

 さらには流動性があるから、魔力というものは一か所に留まることを基本的に拒否するのだ。魔法という現象は強引にエネルギーを一か所にあつめて奇跡を起こす、自然から外れた技であり、この奇跡は魂を持つ知的生命体、もしくは魔道具以外は引き起こすことができない。


 魔力はそこにあるだけで、周辺のものを劣化させてしまう。剣に魔力を込めると一日でその剣は木の枝みたいに折れやすくなるし、魔力を込めて機械を作るとたちまちその機械は壊れてしまう。


 そんな扱いにくい「魔法」という奇跡を、劣化しにくい道具で引き起こせるというのは大変便利なのだ。この世界の人々のたいていは、ろうそくに火を灯せるぐらいの魔力を持っているが、逆にいえば大半はその程度しか能力を持たないので、魔道具に魔法を代行してもらうことに恩恵を感じる者は多い。


「うん。魔道具が設置されてるのはわかるんだ。けどその費用はどこからでてるんだ? 原料のマナタイトはそんなに安いものじゃないはずだ」

「その通りです。ですがここは流通が多い街。街の規模こそ小さいものの、商業が盛んな工業都市として知られています。ここではかなりの魔道具が毎日作られてるんです。その際に、マナタイトをはじめとした原料の残りカスが大量に余ります」

「それを使ってるって? でもそれだって普通に買い取ればそこそこの値がするんじゃないか?」

「ここで商売をするなら、残りカスは比較的安価で街に渡さないといけないルールがあるんです。ちょろまかすことは難しくないですが、所詮は個人が抱える残りカスなので、街に睨まれるぐらいならと、素直に渡す人が多いですね」


 へえ、わざわざ街にルールを設けて、それでうまく回しているということか。


 なんとなく感心する。思えば冬なんかは日が落ちるのが早いし、そのあとはずっとどこかに閉じこもっていなければならないのも不便だ。『税』というシステムのことは知ってるが、こういう使い方もあるんだな。


 そんな雑学に花を咲かせていると、アシャスが俺たちの方を振り返った。


「冒険者ギルドに寄る。近道をするぞ、ついてこい」


 指さす方向を見ると、そこは建物同士の隙間のような道。つまりは裏路地というやつだった。普通の大通りを使わずに、時間の短縮のためにそのルートを選ぶという。


 もっとゆっくり行ってもいいじゃないか、と思ったがアシャスは時間を無駄にすることが嫌いらしい。

 戦士はその真価を発揮することのできる時間が短いため、生き急ぎやすくなる奴が多いとは聞いているが、それにしても極端な奴だと思った。


 裏路地は暗く、建物同士の壁が近くにあるので狭い。

 いかにもゴロツキが住み着きそうな場所だ。危険なものとかがここで頻繁に取引されていたとしても、俺は驚かないだろう。


「裏社会って感じだね」とシーナが言う。


「社会の闇がありそうだ」

「まだ誰も見かけないけど、そこはかとなく危険な雰囲気があるよね」

「父さんはこういうところを通るの、反対しそうだな」

「子バカだもんね」


 やや過剰すぎるぐらいに旅の注意事項を口にしていた父のことだ。

 俺は十七、シーナは十六になるというのに、こういうところを通ろうとするだけでもきっと止めようとするだろう。

 あるいは父がこの旅についてきたのなら、父さんが守ってやるから近道するぞ! とでも言ってくれたんだろうか?

 ……嫌なことを考えてしまった。死んだ人間の「もしも」を考えるのは精神に悪い。


 ひっそりとシーナとの距離を詰める。

 もしものことがあれば、俺が彼女を守らなくてはならないのだ。こんな狭い通路で奇襲なんて起こるはずもないが、万が一ということもある。


 一度嫌なことを考えると、俺の気分は沈んでいった。

 目的のない俺たちにとって、この一行についていくという選択は間違っていなかったはずだ。だがこの冒険は平穏なものとはいかないだろう。俺たちはどこまでも逃げるべきだったのかもしれない。

 ひっそりと二人きりで暮らして、誰にも見咎められることもなく。

 大きな感動に胸を躍らせることもなく。

 死んだような安全な選択ばかりをする人間になるべきだったのかもしれない。


 俺には自信がない。能力がない。

 彼女を守り切れるとは限らない。


 ――もしも途中で、彼女が死んでしまったとしたら?


 考えたくもない。そんなことになれば何もかも終わってしまう。

 俺の生きる意味が、なにもかもなくなってしまう。


 先頭はアシャス。最後尾はレイで、俺たちの一行は静かに狭い裏路地を歩いていく。


「なあ、シーナはさ。どうすれば父さんが助かったと思う?」

「……わからない。もしもの話だけどお父さんが私たちになにもかもを話してくれてたら、なにか結末が変わったのかな。きっと一人で秘密を抱えてて、辛かったよね。でもお父さんはそれが一番いいと判断した。……私たちがもっと強ければ、能力があれば、なにかが変わったのかな」

「どうなんだろう。けど多少の今より強いぐらいじゃ、意味はなさそうだ。父さんは敵について大したことを教えてくれなかった。もう関わらせる気がないみたいに。計画には相当自身があったんだろうな。敵があんなにも強いことも、知っていたはずだ。……死ぬために、ずっと父さんは俺たちと一緒に生きて来たんだ」

「アイは、後悔してるの?」

「……たぶんこれが最善だったんだ。後悔、なのかな? 悔しいっていう感情はあるけど、後悔とは違う気がする」

「あんまり自分を責めないでね。きっと巡りあわせが、運が悪かっただけで、アイもお父さんも、悪くないんだから」

「……うん」


 シーナは「悪くない人間」に彼女自身を含めなかった。

 彼女は気づいているのかもしれない。

 結局、俺も父さんも、あの襲撃はシーナのせいだとは言えていない。

 だが彼女は馬鹿ではない。父さんの嘘の陽気な表情も、俺の心情を見抜くことも長けている彼女だ。

 実は、もうすべて気づいてるんじゃないだろうか?

 そうだとしたら、きっと彼女はとても辛いはずだ。きっと俺が慰めるべきだ。

 だが俺はそれが怖くてできない。

 彼女を傷つけたくない? 真実を告げたら壊れてしまうかもしれない?

 違う。単純に俺が臆病なのだ。真実を告げたあとの彼女の嘆きを、俺は受け止めきれるんだろうか? 俺には能力がない。英雄になれない。

 俺は結末を保証することができない。


 裏路地を歩いている途中、身軽そうな女性が通りかかった。こんな危険そうな場所を女性が通るものなのか、と思ったが先に進んでいくと一般人と思われる人たちと何人かすれ違った。

 アシャスが『近道するぞ』と言っていたことを思い出す。

 この道はわりかしそういう用途で使われることが多いのかもしれない。


 すれ違う人々のたいていは、先頭のアシャスを見ると道を譲った。

 通路が狭いから、場所によってどちらかが道に身を寄せないと通ることができなくなるのだ。

 軽く頭を下げ合い、俺たちは進んでいく。


「あと少しで着くな」


 とアシャスが言った。


 暗くじめじめとした裏路地。

 窮屈で気分が落ち込む考え事をするのに向いている。


 だからここから出られるのは大歓迎だ。

 もう俺は不幸になる思考を張り巡らせるのはやめにしてしまいたい。


「調子に乗るんじゃねえぞ!!」


 いきなり聞こえて来た大声に、はっ、となる。

 なにがあった、と思うが別にそれは俺たちに向けられたものというわけではない。

 音の方向を聞くに、ここを左に曲がったところでなにか揉めているのだろう。


 はあ、とめんどくさそうなため息が後ろから聞こえてくる。レイのものだ。


 怒鳴り声が続く。


「邪魔だって言ったんだろうが! 俺がいらついてるのがわかんねえのか?」

「す、すみません。わざとぶつかったわけじゃ……ううっ」


 騒音公害みたいな声と、すすり泣く声。

 俺たちは進み、怒鳴り声の発生源にまで到着する。

 そこではイラついた様子の大剣を担いだ冒険者が、いかにも駆け出しといったように見える若い冒険者を恫喝している現場だった。

 若い冒険者の年齢は14ぐらいだろうか? とにかく、明らかに俺よりも若い。


 かわいそうだな、と思う。

 なにがあったのかは知らないが、こうも怯えている姿を見ると……。


 嫌だなあ、と思う。

 通路は狭い。となると、こんな騒ぎの前を俺たちは通らなければならないわけだが……。


 先頭のアシャスはなにごともないかのように素通りした。やつはメンタルが強すぎる。


 エレナは立ち止まっておろおろしている。シーナも似たような状態だ。


 ……仕方ない。このまま見過ごすのも夢見が悪くなりそうだし、やんわりと仲裁に入るか。


 そう思って一歩足を進める。

 だが俺よりも先に、横から俺を追い抜いて、ローブをはためかせる魔術師の姿があった。レイだ。

 それを意外に思う。俺にとってのレイの印象はあまりよくはない。

 理屈っぽくて皮肉屋。蒼い双眸は恐ろしいし、ところどころ人を見下している様子が見受けられる。決して優しい奴ではない。

 だがレイはこの騒動を止めに行った。俺の持っている印象とはかけ離れた行動だ。


 レイはその二人の前で足を止めると、開口一番でこう言った。


「邪魔です」

「……ああ?」


 頭を抱えたくなる。

 レイは思いっきり喧嘩を売りに行っていた。

 それでは余計に面倒なことになるだけではないか!


 慌てて止めに行こうと駆け寄ろうとする。


 ――ぞくりと背筋が逆立った。


 魔術師はフードを外し、そのくすんだ蒼い髪が薄暗い通路にさらけ出されている。

 だが恐ろしいのは、その後ろ姿ではない。

 これは直感だ。だが確信がある。

 この嫌な雰囲気は、あの魔眼(・・)が発しているものだろう。

 一度見たら忘れられない、あの恐ろしい蒼の双眸。がりがりで、肉体だけで見れば虚弱と思われても仕方ないだろうに、あのギラギラした目が威圧的な雰囲気を与えるのだ。

 俺が最初にレイを見た時に感じたのは胡散臭さと――絶対に折れないであろう、鋼鉄のような意思を持っているんだろうな、と思ったのだ。


 大剣使いの表情に怯えが走った。先ほどの強気は見る影もない。


「邪魔です」とレイは再び唱えた。


 悲鳴こそ上げなかったが、大剣使いはすぐに踵を返し、逃げていった。


 レイが若い冒険者の方に顔を向ける。

 みるみる内に、若い冒険者の顔が青ざめていった。

 傍目から見てもわかるほどにぷるぷると震え、大きく目が見開かれている。


「う、あ、あ、ああああああああああ」


 まるでこの世で最も恐ろしいものを見たかのように、涙をまき散らしながら逃げていった。

 俺はレイの後ろ姿を見つめる。


 固まっていた。そんな気はなかったのか、なんなのか。

 俺の目からは、少なからずともショックを受けているように見えた。

 きっと大剣使いの冒険者はわざと追い払ったのだ。けれどきっと、若い冒険者の方を怯えさせるつもりはなかった。


 ――おっと失礼。悪気はないんですよ。生まれつき持っていたものです。お許しを。


 最初にレイと出合った頃、シーナに向ける魔眼について「やめろ」と言った時、こんなことを言われたのを思い出す。

 この時も、レイは本当に悪気はなかったのかもしれない。

 彼の持つ魔眼は生まれつきのもので、コントロールが至難。常時発動の魔眼を隠すために、普段はローブを深く被っている――。


「レイ、大丈夫か」


 気づけば、俺は彼に声をかけていた。

 たぶん、彼はわざとこんなことをしたわけじゃない。むしろ助けようとしたのに、かえって助けようとした者に怯えられる……。


「別に。慣れてますので、こんなこと」


 落ち着いた声音からは、もう彼の動揺や失望を感じ取ることができなかった。


 なあ、と俺は言う。


「レイは悪くないよ。助けようとしたんだから」


 そう言うと、突然キッ、とレイはこちらを睨めつけて来た。

 その恐ろしい魔眼をもって。


「別に感謝されるためにやったわけじゃない。助けたかったわけじゃない。――僕のことを勝手に図るな」


 最初に「大丈夫か」と声をかけた時と比べ、彼は本気で怒っているようだった。

 俺は間違えてしまったのだと気付く。


 彼の目はこう言っていた。

 なにをしようとしたかを勝手に決めつけるな。お前になにがわかる。この偽善者が。

 ……産まれもったこの体質のことなんか、なにも知らないくせに。


 ――お前ごときが(・・・・・・)


 怒りの中には軽蔑と、見下す感情が混ざっていた。


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