5
もしもこれをお前がこれを見ている時、きっと私は生きていないだろう。
ははは、英雄物語の絵本の中に手紙を残していくなんて、ずいぶんと洒落たことをする父親じゃないか?。
ともかく。
お前がこれを開くとき、間違いなくおまえは辛い思いをしているはずだ。
これを開くのはお前が困難にぶち当たった時、過去に戻りたくなった時、もしくは……私が死ぬのを見た直後だろう。
そして特に最後の場合に、私が死んだ直後にこれを読んだのであれば……すまない、と言っておく。
他に方法はなかった。私だって死にたくなかった。お前たちと一緒に生きていたかった。こんな年だが、また再びお前とシーナと冒険することを夢見たりした。それはずいぶん、楽しそうだ。
さて、本題だ。
私は今までずいぶんとお前を『否定』してきた。だからここに書き綴るのは『肯定』だ。
父として、お前のことをずいぶん長く見てきた。
お前は弱かった。軟弱者で意思が薄弱。心が折れるのが早すぎるし、抱く夢は身の丈に合わない。
聡いお前のことだから気づいていただろう。私はそんなお前のことが嫌いだった。弱者を見下すみたいに、唾棄すべき存在として見てすらいた。
けれど、
……信じてくれ、とは言わない。私は途中でそんな見方を改めたんだ。
一番の理由は、お前はどんなことがあっても、心が折れても最後には私の元に戻ってきたからだ。逃げたわりには強い意志を込めて戻ってきたお前をみて矛盾を感じていたよ。そんなに強い意志があるなら、なんで逃げてしまったんだって。
私がお前にとってどれだけ恐ろしい人間だったか知っている。どれだけまた「戻ってくる」ことが難しかったことも。
時間をおいて、シーナあたりに慰められたのかもしれない。だが優しさに触れたらひとは堕落する。甘えて立ち上がることをしなくなる。……そのはずなのにお前は再び私の元に戻ってきた。
正直言って私はいまだにお前のことがわからない。けれども――。
お前は認められるべき人間であるように感じた。
元英雄として、そう太鼓判を押して置きたい。
それは私がもう死ぬ運命にあるから、判定が甘いのかもしれない?
それは違う。『英雄』とは他人に託すことを嫌う人種なんだ。なまじ自分ができる人間だから、なんでもかんでも自分でやりたがる。
だから娘をお前に『託す』なんてしたくなかったし(今考えても腹が立つ事柄だ)、自分にも他人にも厳しい人間だから、お前に対する評価を甘くするなんてことはないだろう。
――お前がこれを読んでいる時、お前は間違いなくお前自身を否定しているはずだ
だからこそ知ってほしい。お前を一番否定していたやつがこんなにもお前を肯定している。
お前の強さを、努力を、工夫を、素晴らしいものだと称えている。
きっとお前はなにを考えても、誰に慰められても自分を救えない人間なんだろう。
きっと私のささやかな肯定なんて無駄だ。
……だがきっと、もう一度自分を肯定するきっかけぐらいにはなるはずだ。
私は肯定する。
お前の夢や希望。
英雄に憧れること。
理想を抱くこと。
誰かに優しくあれること、世の中の綺麗事を信じること。
それらはきっと間違ったものじゃない。
お前の感性は正しいんだ。
悪が世の中では勝利するかもしれない。ずるいやつこそが最後には屍の上で笑うのかもしれない。
でもそれは綺麗なことを否定する理由にはならない。
強い意志を持てアイザード。
自己犠牲だって美しいものだ。それに嫌気がさすことだってあるかもしれないが、その本質は「誰かを助けたい」という美しい願望があるからだ。
夢を忘れるなアイザード。
子供の頃に思ったことだからといって、幼いころの思考だからと言って否定する必要はない。
人類が最初に感じるであろう、誰かへの愛や思いやりは、幼いころのものであろうと正しいんだ。
お前はずっと、英雄に憧れたままでいてくれ。
その思いは、間違ったものであるはずがないんだから。
お前はお前のことを、認めてやってくれ。
――子供の育て方がへたくそな父親より
◇
切なる思いが綴られた手紙が燃えていく。
英雄の物語が書かれた絵本に挟まれた、誰かを救うための手紙。
森に火が回る。
どんなに綺麗で、それが善意からくるものだったとしても。
息子を励まし、肯定するための祈りだったとしても。
それが汲み取られるとは限らない。
めぐりあわせが悪ければ、すれ違ってなにもなかったことになる。
正しい思いが叶うとは限らない。
それが、この世の理。
◇
追手がやってくる様子はなかった。
父の目論見が成功したらしい。父は自分が犠牲になることによって、シーナが敵から狙われることを防いだ。父自身が敵の狙っている者だと勘違いさせたのだ。
それを喜べばいいのやら、なんなのやら。
ずいぶんと遠くまで来た。さすがにもう安心していいだろう。
秋の草原が目の前には広がっている。はるか遠くには街の姿。今は夕暮れ時。きっとこのままいけば朝一番には街につけるだろう。
「シーナ、大丈夫?」
「うん、平気だよ」
そろそろと、辺りが暗くなっていく。
俺たちは歩き続ける。
そうやって進み続けていると、旅をしているらしい三人の集団とすれ違った。
一人は戦士。赤い髪をしていて、その割には鎧がかなり薄い。体の筋肉はほどよくのっていて、スピード型の戦士なのかパワー型の戦士なのか判別がつかない。
一人は魔術師。いかにも、という感じのローブを目元まで被っていて、表情は見えない。かなり痩せている様子。覗くギラギラとした蒼い目は力強く、そのがりがりの体躯と不釣り合いなほどだ。
もう一人は女剣士。蒼い髪をした美人。身長が175ぐらいはありそうだ。男の俺とそうかわらない。
その集団とすれ違う瞬間、ぴたりと魔術師が足を止めた。
ローブを翻し、俺の方を見つめてくる。
「……あの、なにか?」
警戒心が鎌首を上げる。知らない者からいきなり見つめられるこの状況。否が応でも、なにごとかと警戒してしまう。
「……ふむ、あなたは違いますね。髪は灰色か。なら白い方が探していた方ですね」
――シーナを狙っている?
「そう警戒しないでください。僕たちは仲間ですよ」
そういって魔術師はローブのフードを外した。
思ったよりも若い。やせて不健康そうな顔。くすんだ蒼い髪。ギラギラとした蒼い双眸。
病気でも患っているのかと思うほどだが弱々しさは感じ取れず、それもすべて力強い瞳のせいな気がする。
「レイ。なにしてる」
赤髪の戦士が魔術師を呼ぶ。どうやらこの蒼い瞳の魔術師の名はレイというらしい。
「仲間探しですよアシャス。僕たちにとって必要な存在です」
「そいつらが? 弱そうでとてもそうとは見えんな」
「人は見かけによらないものですよ」
さて、と魔術師は言う。
「目的がないなら、僕たちについてきませんか?」
唐突な申し出。
あまりにも胡散臭いし、本来なら断るところだ。
しかし、
――いいか。継承者が仲間であるシーナを探しているはずだ。現世にいるのは朱と蒼。戦士と魔法使いだ。見つけたら迷わずついていけ。
父が残した言葉。継承者。朱と蒼。戦士と魔法使い。
この二人はどう考えても、父の言っていた特徴に当てはまっている。とても偶然とは思えないし、おそらくこの二人が継承者なのだろう。
後ろの女も蒼い髪をしているし、あっちが蒼の継承者ということもありえるが、この話しぶり的に魔術師の方が蒼の継承者という気がする。
俺が迷うそぶりを見せたからか、畳みかけるように魔術師は言う。
「あなたたちは自分に特別性を感じたことはありませんか?」
「……特別性?」
「そうです。根拠のない、幼い少年が抱くものとは違う。根拠のある『自分が特別だ』と思う理由。そういうものを感じたことはありませんか?」
どこまでも深く、陥れるような声音。
びくり、とシーナが反応する。それに魔術師は目を付ける。
「きっと何者かに語り掛けられたはずです。お前は特別なんだと。そして自分が持つ能力が異質だと感じたはずです。そして、周りよりも異様な成長をあなたはしたはずです」
シーナは周りと競争をしたことがない。だがそれ以外のことは、たいていあっている。以前彼女は俺に不安を打ち明けて来た。自分が持つこの力は異質だと。この力が怖いと。
そういう意味では、確かに彼女は『根拠のある特別性』を自分に感じていると言える。それはある意味恐ろしく、嫌な予感がするものだからこそ、現実味のあるものとしてその身に降り注ぐ。
「きっと運命めいたものを感じたことがあるはずです。不幸の波長。試練の前触れ。――いったいあなたの身の回りの誰が死んだんですか?」
ギラギラと光る双眸。そこから嫌な気配を感じ、俺はシーナの目を手で覆った。
「それ、やめろよ」
「……おっと失礼。悪気はないんですよ。生まれつき持っていたものです。お許しを」
魔術師はフードを被りなおす。その恐ろしげな双眸は見えなくなった。
――魔眼だ。
かなり珍しいものだ。基本は一族の血によって発現したりするものだと聞くが……。
勘だが、彼の物は相当強力な部類な気がする。
魔術師は生まれつきのものだと言った。しかし、それが今でもコントロールできていない。
そう考えると、常時発動しなければならないほどコントロールが難しい、強力な魔眼だと考えるのが妥当だ。
彼の年齢はわからないが、少なくとも十年以上かけても扱いきれないほどの。
「下がれ、レイ。お前は胡散臭すぎる」
「そうですね。ではアシャス。あなたに任せますよ」
俺たちの反応が微妙なためか、彼らは人を変えてきた。
アシャス、という名の赤髪の男だ。ぶっきらぼうで執着を持たなそうな印象を受ける。
傷跡こそ少ないが、どことなく死線を潜り抜けきた者のオーラがでている。……たぶん、かなり強い。
アシャスと呼ばれた男が口を開く。
「俺たちは自分の特別性について調べるために旅をしているんだ」
「……特別性を調べるために?」
「ああ。そこの白髪の女だって知りたいはずだ。自分がなんのために産まれて来たのか、自分が何者なのか。どんな使命を背負っているのか、何の意味があるのか」
俺はシーナを見る。彼女は黙ったままだ。
怯えるように、ぎゅっと俺の袖を掴んでいる。
だが彼女は言った。
「――知りたい」
なら決まりだな、とアシャスが言った。
「……シーナ、本当にいいの?」
「……私は知りたい。自分が何者なのか、この力はなんなのか。アイは――アイは、私について来て、くれますか?」
彼女は怯えていた。
父が死んで、命からがら逃げだしてきて。
俺たちの耳にはまだ父の悲鳴がこびりついてる。焼かれて絶叫し、苦しんでいた声音。
世界がそれほど優しくないと知って、外の世界に対して恐怖を抱いて。
「――もちろんだよ」
俺は父と約束をした。
彼女を守ると、彼女を愛しているとさえ遠回しに告げた。
これほどのことを言っておいて、いまさら彼女放っておくわけにはいかないし、そのつもりもない。
彼女は俺にとって、とても大切な人。命を懸けて守る価値がある、そういう類の。
「僕らは運命の奴隷です。それを変えるために、僕らは行動しています」
レイ、と呼ばれた魔術師は静かにそう言った。
宗教じみた高らかな口調。
だがそれは、うさんくさいと断ずるわけにもいかなかった。魔術師は「いったいあなたの身の回りの誰が死んだんですか?」と言っていた。
口から出まかせの偶然でそんな言葉が出たとは思えない。
ずっと不満だったことがある。この世には理不尽がごまんと存在していること。そして大抵の場合、諦めなければならないこと。
……予想するに、この継承者二名は身の回りの誰かを死なせている。俺は継承者についてなにも知らない。だが継承者の身の回りの誰かが死ぬというのは宿命のようなもので、世の中の決められたものなのだとしたら?
話が飛躍しすぎだとは思う。だがそんな予感が拭えないのだ。
俺たちの身に理不尽が降りかかった。偶然だなんて思いたくない。理由が欲しい。仇が欲しい。
ここで俺たちが出会ったのは運命。父が犠牲になったのも運命。
すべて起こるべくして起こったもの。
もしそれが正しいのなら、理由があるというのなら。
俺はその理由を知りたいと思った。
俺とシーナはもう一度話し合って、結論を決めた。
父はこの二人についていくことを望んでいた。そして俺たちは、この運命めいたものと、継承者が持つ者について知りたかった。
「話はまとまったよ。俺たちはあんたたちについていく」
なにもかも、俺たちは納得できていない。
きっとこれが過酷を引き寄せる結果だったとしても、後悔はしないだろう。
絶対に。




