3.5
今日は最後の訓練日だ。今日中には俺たちは森を抜け、次の日の朝には街に辿り着いく予定となっている。
家から少し離れた草原の場。ここでいつも父と修行をしている。
辺りは森に囲まれ、草原の割には風通しはよくない。今は秋だからか、草木は茶色に染まり始め、頭を垂れ気味な自然の諸君ら。
草の多くは冬が来たら多くは萎れて風に飛ばされれ、次世代に種を託するのだろう。森の木々だって冬眠するみたいに活動は控えめなものになるはずだ。
そんな前兆を感じさせる秋模様が、俺たちの周囲には広がっている。
いつものごとく、険しい顔をした父が剣を構えて立っていた。
俺はそれに向かって飛び掛かる。
「うおおおお!」
「……ぬるい」
ガキン! という金属音。剣と剣の交差。
力では完全に負けている。だからいつも、なにかしらの工夫をしなければ父は越えられないのだが、今までの修行で奇手はあらかた試したのでもう通用する技がない。
俺は純粋な実力を振るって父に剣を向ける。全て防がれ、飛んでくる足が俺の首を吹き飛ばしかける。
「お前はいままでなにをやってきた! この程度の能力なら剣士をやめろ!」
父はようやく師ではなく、父になったが今この瞬間ばかりは師であるようだ。
俺にとっての全力も「この程度」。ばかげた反射神経を持つ父に勝てるわけがないというのに。
「頑張ってーアイ―」
そんな俺たちの様子を見ながら、シーナが声援を飛ばしてくる。
「うおおお頑張る!」とでも返したいところだが、そんなことをしたら父にキレられそうなのでできない。
そんな風にぼんやりしていたら拳が飛んでくる。愛の鞭だ。愛の拳だ。内容は息子の意識を闇に飛ばすという恐ろしいものだが、一応俺のためを思ってのものなので愛が籠っている。
「ぼやぼやするな! 集中しろ!」
俺はひやひやしながら愛の鞭をかわした。
一度距離を取り、怒ったような顔をしている父を見つめる。
今更気づいたことなのだが、父のこの状態は怒っているというよりただ真剣なだけ、という感じだ。元々顔が怖いから子供に怖がられたりするが……。まあ、その子供っていうのはまさしく俺の昔なんだけども。
俺はにやっと笑う。意図がわからなかったせいか、父は困惑した。
俺はいろいろと見方が変わった。父に関して、正しい判断ができるようになった。
父の右腕に走る稲妻のような傷。昔の癖みたいに、どこも悪くないのにたまに引きずる左足。やや右目側から攻撃すると反応が鈍いこと。
……父は歴戦の戦士だ。怪我を負った経験が何度もあるようだし、傷は小さくとも過去からの影響を今も受け続けている。
戦いに関して真剣な父。恐ろしい顔をしている父。
戦いの怖さを知っているから、だからこそ俺に対しての修行が厳しかったのかもしれない。
「相変わらず、父さんは強いよね」
俺はにやけながらそんなことを言う。
父は黙っている。
「だからこそ、そんなあなたを俺は越えたいよ。純粋な力を持って。真剣勝負の真正面から、ねじ伏せたい」
「……お前には無理だ」
返ってくるのは否定だが、嫌そうな顔ではなかった。
父は俺のことを褒めることはない。けれど心の中では認めてくれている。
「――やってみなきゃ、わからない!」
技術は知っている。剣捌きそのものは父にさえ劣らない。
足りないのは筋力、リーチ、反射神経。
それらを上回るのに必要なのは予想。戦術を組み立てて、公式に当てはめるように体を使う。
実力差は歴然だ。訓練だからこそ無茶を挑めるだけだ。これが実戦なら、迷わず逃げを選ぶだろう。
憧れたのは英雄という像。
俺は挑戦することに生きがいを感じる青臭い少年。
「今だけでも――あなたを超えるぞ!」
◇
「なかなかやるじゃないか」
草原に二人、寝そべって休憩していた。
のどかな風が頬を撫でる。光り輝く太陽の熱は控えめで、涼しげな風が場を支配している。
草木が揺れるのを見ながら、俺は言った。
「ふふ、成長しただろ?」
「調子に乗るな」
「あはは」
そんな中、シーナも俺たちの隣にやってきた。
彼女は寝そべる俺たちを見ると「川~」と言って俺たちの隣に寝そべった。自分の言った言葉を忠実なものとするためにに「川」という字の一番左の棒の恰好をして、彼女は寝そべっている。くだらないけど少し面白いと思った。
そんな俺は真ん中の棒に当たる位置にいる。シーナと父が隣にいてくれる。家族が近くにいてくれて、安らぎを感じる。
隣のシーナと見つめあう。俺方向を見るために、エビぞりになって横たわる彼女の恰好は変な感じだ。思わずクスり、と笑ってしまうと、自慢するみたいに彼女は誇らしげな顔をした。そんな彼女の笑顔はとても魅力的だ。
「おいアイザード」
「なに、父さん」
「意外とお前も、私が教えた以上のものを覚えていたんだな。まさか負けるとは思わなかったよ」
「なーに、偶然みたいなもんだよ。今からやったら十回に一回しか勝てないと思うし」
「ほほう、十回に一回は勝てるということだな」
父が闘志に目を燃やす。元英雄の我が父は、十パーセントの確率でしか勝てない息子にすら対抗心を持つようだ。プライドが高いのか、僅かでも越えられるということが気に食わない様子。そんな父だから、俺が超えることに意味があるんだけども。
剣士の戦闘能力として数えられるものはいくつもある。
筋力だったり、反射神経だったり、対応力だったり、応用力だったり……。
それに単純だが、経験というのも大事な要素だ。上記したすべての能力が完璧なら、これ以上経験なんて積まなくていいじゃないか、と思うだろうがそれは違う。
経験は剣士の「勘」を養う。直感的な能力、人間の第六感ともいえる部分だろうか? たまに、自分でもよくわからない剣筋のパターンが生まれることがある。それが起こるのはたいてい、自分の体勢が崩れている時で、公式通りの剣術を使えない時だ。
剣士としての勘がどう剣を扱えばいいのか教えてくれる……。ははは、勘なんて運と同じじゃないか、と思う人は多いだろう。だがそうじゃないのだ。この感覚は言葉で説明するのも難しいから、一度剣を握ったものでないと共感はしにくいだろう。
「父さんはどうやって剣を習ったんだ?」
「そうだな。あまり習わなかった。私の師は弱くはなかったが、特別強くもなかった。若いころは無鉄砲な戦いを挑んでよく傷だらけになったものだ。だが剣を身に受けると、その経験が強く頭の中に残ってな。結果論だが、かなり早い成長をした」
「……なんでそんなことをしてまで強くなりたかったんだ?」
「ふむ。いろいろあったんだ。恋愛戦争に近いかもしれない。子供の頃の私はお前たちの母さんにべた惚れでな。馬鹿だったから無茶するのがかっこいいと思ってたんだ。母さんがいなかったら何度死んでたことやら」
それを聞いてシーナが興味に目を輝かせた
「お父さん、私お母さんのこと聞きたい!」
「なにを聞きたい?」
父は母さんについてのことを話す。俺もシーナも、一度も見たことがない母の過去。俺とは血が繋がっていなくて、シーナの実の母親である人のこと。父によれば、母さんはシーナと似ていたようだ。最高の治癒術師。白髪と金色の瞳。
少し元気めで、いたずらっぽく笑う動作がかわいかったという。すっごくかわいいかったらしい。
「……父さん、今も変わらずべた惚れなんだな」
「まあな」
「そんな怖い顔してるのに、よく引っ付けたよな」
「なんだと? 昔はイケメンだったんだぞ?」
「人生の先輩がよく使う言葉は『昔はすごかった~』らしいよ。証拠がないなら信じなくていいって本に書いてあった」
「偏った知識だな。人生の先輩の言葉は盲目的に信じるべきだ」
「そりゃ年寄りはみんなそういうに決まってる」
「若者は常に自分が正しいと思いたがる」
俺たちは変な会話をする。
そんな風にだらだらと過ごして、父はいったん家に戻っていた。野暮用があるらしい。
シーナと二人きりになる。
若い男女が二人きりで草原に寝そべっている。……煩悩の波動を感じる。静まらなければ。
「アイ~、あっちいこ」
「あっちってどっち?」
「高い木がある方!」
ちっこい彼女に手を引かれて、森の方に進んでいく。
この草原から近くて、背の高い木。彼女は木登りが好きだ。高いところが好きだ。
そして誤って彼女が俺よりもはやく木に登ろうとすると……その、下着とかが見えてしまう。彼女はたいていスカートを履いているから。
「よーし、俺が先にのぼるぞー!」
「えー、いつもアイが一番乗りってずるくない?」
「ずるくない!」
剣士としての身体能力を使って、一気に飛び上がって木に登る。
「それ便利だよねー」という声が聞こえてくる。
俺は一足先に太い木の枝に座る。
シーナが芋虫みたいによじ登ってくる。俺のところまであと少しというところで手を差し伸べ、一気にこちらに手繰り寄せる。俺は剣士だから魔力で体を強化できるし、普通の人間よりもはるかに力が強い。だがそれを加味しても、彼女の体重は軽い。
「到着ー」と彼女は嬉しげに言う。ふんわりと微笑む姿。儚げだけどしっかりとした芯を持っている優しい彼女。
俺が逃げ出してしまって辛い思いをしている時、時折見せてくれるかわいい仕草。
俺とシーナは太い木の枝に座る。よくそうしていたように、二人っきりで穏やかな時を過ごす。
「今日の夜、私たちは冒険にでるんだね」
「実感がない?」
「ううん。ようやく来たかって言う感じ。でも……」
「でも?」
「……なんでもないや。ところでアイ、ずいぶんとお父さんといい関係になってたけど、どうしたの?」
俺は昨日のことを思い出す。父と息子の和解。冒険にでること。
「なんていうか、初めて話し合いをしたっていうのかな」
「話し合い?」
「……今までお互いの気持ちも意思も、なにも伝えてこなかったんだ。お互いの表面を見てたぶん……嫌い合ってすらいたかもしれない」
そんな俺の言葉に彼女は不思議そうな顔をした。
でも、と俺は続ける。
「俺は父さんと話し合ったんだ。それで、うまくいった」
「うん」
「意外と話し合ってみるもんだって思ったよ。人間って素晴らしいよな。言葉をかわせばお互いのことがわかる。今までの行動について説明できるし、理解ができれば許すことができる。好きにだってなれるんだから」
シーナの表情が柔らかくなる。少し嬉しげな雰囲気。
つい俺も気分がよくなって、うまい具合に口が滑らかに動き始める。
「父さんはなんでもできるし強いけど、不器用だよ。でもそこを人間らしくも思うし、そういう人間だって思えれば弱点だって愛すべき点に見えてくるんだ。父さんは完璧な人間なんかじゃなくて、俺たちと同じ欠点を持つ人間。でも欠点を抱えていたって話し合いでその溝は埋められる。人ってさ、意外と話し合えばわかるんだなってことがわかって嬉しくなったんだ。まあ、こんなにうまくいくのは珍しい方だとは思うけど」
そこまで喋って、しまった話しすぎたか、と焦る。慌てて彼女の方を見つめる。
彼女はにこにこしている。
「いいと思うよ。人は話せばわかりあえる。当たり前だけど、当たり前に起こるとは限らない、そんな出来事。綺麗な感じがして、すごく好きだなあ」
「……こんな綺麗事ばっかりを言ってたら、外の世界でやっていけなくなりそうだなあって自分で思うんだけど」
「いいのいいの。アイはそのままでいいんだよ。ちゃんと綺麗事だけじゃ世の中を渡っていけないのはわかってるし、思いは胸の中に秘めておけばいいんだよ。胸の中で自分の意見を大切にする。けれど現実ではそれをそのまま出さない」
「それならできそうだな」
「うん! 私はかっこいいと思うよ。英雄とか、綺麗なことに憧れることは!」
そんなことを言われて、少し照れる。彼女はいつだって俺のことを肯定してくれる。それは口先だけでのものではない。ちゃんと彼女の考えがあって、彼女なりの信念があって、それで俺のことを認めてくれるのだ。
思うに、彼女と俺は同種だ。理想論を語る者。理想を願う者。親愛や友情などの当たり前に存在する愛ある行動から、どうしようもなく幸せを感じ取ってしまう者。
俺はきっと、自分を認めるのが苦手だった。
自分の弱いところを知っているし、そういうところを憎んでいた。なんで俺はもっとうまくできないんだ、能力がないんだ、って。
彼女の支えが、俺にとってどれだけありがたかったことか。
いつも傍にいてくれる彼女。
ちっこくて、優しくて、いたずらっぽく笑う仕草がかわいい彼女。
俺が恋してしまった彼女。
「なあシーナ」
「なあに?」
「いつも助かるよ。シーナが産まれてくれてよかった」
「赤ちゃんが産まれたみたいなことをいうんだね」
「まあ、とにかく感謝してるってこと」
照れくさいから、本気の感謝を言葉に乗せることはできない。
しかし、この思いが伝わっていることを願う。俺は彼女に救われたのだと。君がいるからこそ、今の俺はあるのだと。
「よーし、そろそろ準備するかー!」
「……うん」
「じゃ、降りよ。……シーナ?」
さっきまで明るかった。されど今は憂鬱そうな表情の彼女を見て慌てる。
なにかまずいことを言ってしまったんだろうか?
「……シーナ?」
「アイは自分がこの世に産まれてきてよかったって、そう思う?」
「……そりゃ、世の中には苦しいことがたくさんあるけど、産まれないよりもはましだったと思うよ」
「そう、だよね」
俺は心配になって彼女に尋ねる。
「なにかあったの?」
「……」
「不安事があるなら言ってくれよ。案外話せば解決することは多いんだ。俺がシーナを、助けるからさ」
「……私」
金色の瞳を不安いっぱいにして、彼女は口を開く。
「変な夢を見るの」
「夢?」
「……私のことを特別だって言い続けてる」
実は、と彼女は言う。
「私の回復術。この一点にかけては誰にも負けない自信があるし、それは今まで頑張ってきたものだと思ってた。でもそれでも、おかしいんだよ。なんだか強力すぎる」
「別にそれはいいことなんじゃないか?」
「そうかもしれない。私は人の腕が消滅してしまっても、それを生やすことができる。高名な治癒術師でもくっつけるのでやっとだっていうのに。潰れた目を治せる。心臓だって治せちゃうの。私の力は治すというより再生の領域にあるんだよ。でもこれは……行き過ぎてる」
これだけ聞いても、まだそんなにデメリットがあるとは思えない。
俺は黙って続きを促す。
「じ、実は私……できるんじゃないかって思って、やってみたことがあるの」
「……なにを?」
「……なにもないところから、人体を作り出すこと」
絶句する。
人体の錬成。禁忌感が漂う言葉だ。そしてもっと驚いたのは、彼女がこうまでいうということは……。
「――できたんだよ。脳みそだけは無理だったけど、私は人の形をしたものが作り出せた」
「……それって」
「アイ、ディーエヌエーってわかる? アミノ酸は? 私はこの言葉を一度も聞いたことがない。けど知ってるの。人を作っているのはなんなのかって。普通の治癒術師たちはこんなことまで知らない。……私は人体について詳しすぎる」
人一個の創造。脳みそのない、魂のない虚ろを創り上げること。
彼女は泣きそうな顔で言う。
「私、おかしいんだよ。能力が高すぎる。異質でこの世界のものじゃないみたい。私は、私は……怖いよ……」
――白の継承者。
父の言っていた、神の後継となるであろうと言われる伝説上の存在。
それを裁こうとする存在があるということ。
「大丈夫だよ。シーナは優しい子だし、それを良いことに使うなら怯える必要はないはずだ」
俺は気休めのようなことを言う。それだけのことしか、言えなかった。
彼女の不安は晴れない。なにも解決していない。
俺はいつも彼女に救ってもらったのに、俺は恩を返せない。
そのことに、どうしようもないやるせなさを覚える。




