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「よくここまで頑張ってきた」


 俺の十七の誕生日は、信じられない言葉から始まった。


 いつも過ごしている家の中、父が目の前に立っている。

 厳格である父が目を引き絞り、睨むような表情のまま立ちふさがっている。


 だが与えられたのは賞賛の言葉だった。生まれてから一度も聞いたことがない、俺を認めてくれた言葉。


 隣にいた女の子が俺に微笑んでくれた。名前はシーナ。

 金色の大きな瞳と、なびく透き通った白い髪が特徴的な、同い年の女の子。

 その白髪によく似合う白のワンピースを身に纏い、控えめな胸元に結ばれた黒のリボンが動作と共に揺れる。

 ちっこくて笑顔が似合う彼女は、いつもそうやってきたように気安く俺の背中を叩いてくる。「よかったね」と自分のことのように喜びながら。


 俺は目をぱちくりさせて父を眺める。ここは現実なのだろうか? それとも都合のいい夢?


「……ありがとうございます」


 父さんは師でもあるから、向ける言葉遣いは少し丁寧なものになる。

 恐る恐る父の顔を見上げていると、どさりと父は腰を下ろした。どうやらここに座れという意味らしい。


 俺はゆっくりと腰を下ろす。

 シーナがにこにこしながら隣に座った。


「お前は弱かった」

「はい」

「だが弱いなりに自分を鍛えたし、成果もでた。国一番の騎士ぐらいは圧倒できるだろう。それでも私が望むほどの強さには足りなかったが」

「……はい」

「だが私だって理解している。お前が今ぐらい強くなるのはどれだけ辛かったのか、耐えきれないことだったのか。……すまなかった」


 父が頭を下げる。俺は慌ててそれを止める。


「え、えっと父さん。父さんは俺を鍛えてくれたし、むしろ頭を下げるのは俺の方だよ」

「違うんだ。私はお前を見ていなくて、理解しようとしなかった。お前の頑張りを見ずに、結果だけを見ていたんだ。一度もお前を褒めるようなことはしなかった。『その程度できて当たり前だ』としか言わなかった。……お前がどれだけ傷ついていたことか」


 嬉しさ半分、恐れ多さ半分で父を見つめる。

 とても強くて、弱者を理解しようとしなかった父。自分ができることは他人もできて当たり前だと思っていて、それができない奴に対しては失望以外の感情を向けない。


 そんな父がとても嫌いだった。

 苦手で憎くて、それでも子として産まれたせいで逆らえなくて、尊敬までしてしまっていて。


 でもそんな評価も間違いだったのかもしれない。

 父は俺のことを今、認めてくれていた。彼は超人めいた意思でずっと努力できない俺を、それでも自分なりに頑張ったのだと褒めてくれていた。


「お前は立派になったよ。今日から私はお前の師ではない。お前が望んでいた外の世界に行くことも許可する」

「……!? ……いいの?」


 外の世界。

 ここは森の中の閉ざされた箱庭のような内の世界だ。

 森の中には誰も入ってこないし、ナギル兄さんやシーナ、父さんを除けば俺は人間と喋ったことがない。


 そうなると、自然と外の世界に憧れを持つようになる。

 この剣と魔法の世界で、外にはどんな不思議なことがあるんだろうって。

 外の世界を知れるのは異様なほど多く積まれている本からの情報だけだった。その中にある英雄が活躍する物語が大好きで、俺もそうなりたいと憧れた。


「ああ。もちろん行く気はあるな?」

「もちろん」

「じゃあ明日行け。シーナもだ。常識や危険なことはたいてい教えたはずだ。足りない分は自分で見て学ぶといい。とにかく、明日の夜に出発しろ。昼にはちょうど街につくはずだ」

「……そんなに早くから、なんで?」

「なんでもだ。とにかく、それだけだ」


 そう言って父は去っていく。


 俺はシーナと目を合わす。

「いえーい?」と疑問形で彼女は小首をかしげる。


「どうしたんだろ」と俺は言った。


「なんか前から決めてあったみたいだよ」

「そうなの?」

「うん、誕生日のサプライズプレゼントだって」

「父さんってそういう人だっけ? それはともかく、シーナはいいの?」

「私? 別に大丈夫だよ。アイがついてるし!」


 彼女は俺のことを愛称を込めて「アイ」と呼ぶ。男よりも女の子に向けて言いそうな名だ。

 だが言ってもどうせ直らないので、なかば呼び方を改善させるのは諦めていた。


 俺は外の世界について考える。考えれば考えるほど、不安が心中を搔き乱した。

 俺なんかが外の世界にでて大丈夫なんだろうか? 悪い人間に騙されたりしそうだ。無茶な冒険をしてモンスターに食われてしまうかも。

 いや、警戒している時点でこのようなことは回避できる気はする。だが問題なのは俺が知らない想定外のことが起きた時だ。俺は知らないことが多すぎる。


「だいじょーぶだよ」


 そんな俺の表情を見たせいだろうか? シーナが俺のことを励ましてくれる。


「アイは頑張ってきたし、実力は十分。外の世界にいったらまずギルドに入ってみる?」


『ちっ、あれが噂の凄腕ルーキーか』とシーナが強キャラのおっさんみたいな声を出す。

 ぶっちゃけ外見のせいで似合わなかった。


「でもきっと危ない人がいっぱいいるよ」

「弱気! なんでそんな怯えてるの!」

「まあこれは冗談だけど」

「冗談」

「……俺たちにできると思う?」


 どうなんだろう、と思う。

 客観的に自分を見つめるならたぶん、うまくいく気がする。

 だが今までの経験がそんな考察を邪魔していた。


 俺はすぐに逃げてしまう人間だから。

 父の与えたきつい修行から逃げてしまう、弱い人間だから。


 頑張ろう頑張ろうと思っても、それを成し遂げられない。何度も逃げてしまったことがあるから、自分が自分を一番信用できない。

 怖いのだ。また自分を裏切ってしまうことになるんじゃないかって。

 口だけなら何とでも言える。思うだけならなんだって決意できる。だが毎回結果が伴うとは限らない。


 逃げて森の奥でじっとしていた日々。

 父さんが追ってくる来るんじゃないかって恐れて、同時に無理やり俺を鍛えてほしいって期待して。

 誰もいない暗い森の中、膝を抱え震え続けた。一番後悔するのは「逃げてしまった」という事実だ。孤独でじっとしている中、「なんでこんなこともできないんだ」と自分を責める。

 恐ろしいのは父ではなく、自分自身だ。後悔はどこまでも追ってくる。自分だけはずっと自分を責め続ける。「お前は弱い」「すぐに逃げるクズ」「後悔するふりして安心してるくせに」

 涙が出るぐらいに歯を食いしばって、喉を搔きむしる。

 家に戻っても、それは終わらない。


 ――夜寝るときに襲い来る、猛烈な自己嫌悪。


 自分を呪い続ける時間。自分を許せなくて、そんな自分を変えたくて。

 でもそう思ったのは一度や二度ではなかった。こうやって必死に自分を変えたいと思っていたのに、また逃げてしまった。過去の自分の決意を裏切ってしまったのだ。

 また繰り返してしまった。お前はいったい何回同じ間違いをするんだ?

 ……そういう、こびりついた過去の後悔。


「仕方ないなあ」とシーナが言う。


 暖かな金色の瞳。ぜーんぶわかってるんだから、と言わんがばかりの自信たっぷりな表情。


「立って、アイ」


 そう言われて立ち上がる。


 俺の肩ぐらいまでしかない彼女の身長。自然と見下ろすような形となる。


「アイは昔のことを後悔してるんでしょ? 前言ってた」

「……うん」

「それは昔、逃げてしまったこと? でもそれはアイが幼くて子供だったから。最近なにかを投げだしたことなんてあった?」

「……ないけど」

「子供の頃に失敗したことだから、アイはそれを覚えすぎてるだけ。だって今はこんなにも立派に成長したんだし。はっ、ほっ」


 飛び跳ねる彼女はジャンプして俺と目線が合うか合わないかといったところだ。

「こんなに大きくなっちゃったんだしねー」と彼女は言う。若干恨めしげな声。身長のことを気にしてるんだろうか。そのままでいいと思うのだが。


「とにかく、今のアイは昔とは違うんだよ。嬉しいことより辛いことのほうが胸に残りやすいのは仕方がないけど、それは錯覚だから頑張って乗り越えていこ。私の目から見えるアイは、意志も強くて凛々しい青年に見えるけどなー」

「……そう?」

「あ、照れた」

「……照れてない」


 なんなんだろう、と思う。

 不思議と心地よい、そんな感触。

 肯定してくれること。俺という人間を認めてくれること。

 思えば、ずっとそうだった。子供のころから、彼女は元気のない俺を優しく励ましてくれて、寄り添ってくれた。

 それがどんなにありがたかったことか。

 心が何度も折れた。でも彼女が俺を支えてくれた。

 俺を否定しかしない父だけでは、きっと俺はこんなにも強くなれなかったと思う。

 女の子に励ましてもらうのは心地よいが、プライド的には何度も受け入れられるものではなかった。

 応援してもらったのだから頑張ろうと思った。俺が俺を裏切ってしまっても、彼女のことは裏切れないと思った。


 自分のことを誇りになんて思えないけど、最低限の誇りはまだ捨てていない。

 俺は駄目でどうしようもないやつだ。だけど、隣には彼女がいてくれている。


「きっと大丈夫だよ」


 ふんわりとそういった彼女にどきりとさせられる。

 とても綺麗な白い髪と、金色の瞳。少しちっこいけど、優しくて、こまかな動作がかわいらしくて……思わず心奪われる。


 のぼせ上がるようなこの感情の意味を自覚していた。

 多分俺は恋に落ちている。底なし沼にはまったみたいに。

 俺は逃れられないのだろう。そして逃れるつもりもない。


 いつか、自分を認められるようになったら、その時は彼女に告白してみようかと思う。だが少なくとも、今はその時ではない。

 こんなことを思うのは、俺がヘタレだからだろうか?

 そんなことはないだろう、たぶん。


「ふっ、任せてくれ」


 ちょっとだけかっこつけて、俺はそう言った。


「それでいいんだよ」と彼女は微笑む。


 なんというか、照れくさい。

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