創世2
待てよ、と思う。
だがそんなことを思っても、剣は待ってくれない。
焦り、何かを叫ぼうとする。でも目の前には既に何もなくて、それはもうすぐ俺が目覚めることを意味していた。
――待ってくれ。
家族が死ぬ。大好きな人たちが。
認められるはずがない。
暗闇の中で足掻いて、叫んで、なにかを伝えようとして――。
「やめろ!」
それはちゃんとした、現実の口から出たものだった。
隣にはハトが豆鉄砲を食ったような顔をしているフレイム。
……フレイム?
「……あれ」
フレイムだ。家族の一人が俺の目の前にいる。
辺りを見渡せば、ここは家の中だった。いつもの場所。最も安心できる、温かみの籠った住処。
「どうしたんだアイザード。怖い夢でもみたか?」
「いや、えっと」
いまだに混乱している。
外を見渡す。空は快晴。雪は降っていない。
……シーナと別れてから、俺は気絶してここまで運ばれてきたんだろうか。
ならフレイムが何か知っているはずだ。そう思ってあの祝賀会の後のことを聞こうとして――。
「いやー、俺たちもあと三日で外の世界にいけるんだな!」
フレイムが、そんなことを言った。
わけがわからない。本来なら、今日が外の世界に行く日のはずだ。あの祝賀会のあと、朝がきたら俺たちは三人で旅に出る。その予定だった。
「なあフレイム。祝賀会のあとの俺って、なにしてた?」
「祝賀会? まだ寝ぼけてんのかよ。それは明後日やる予定だろ。未来にでも行ってきたのか?」
――そんな馬鹿な、と思う。
「いや、やったじゃないか祝賀会。結構騒いで、お前が俺のことを励ましてくれたりしたじゃん」
「……励ました? ふーん、よくわからんが悩み事でもあるのか? 相談ならこの頼れるフレイム様が乗ってやらんこともないぞ!」
どうにも話がかみ合わない。
ようするに、祝賀会がなかったことになっている? これもあの剣の力か?
「祝賀会が終わったら、俺たちは旅に出る予定だよな?」
「そうだぞ」
「……明後日、三日後に俺たちは旅に出るんだっけ?」
「うん、あってる。というかどうしたどうした、日付感覚が狂ったのか? そんな当たり前のことを確認して」
祝賀会がなかったことになっている。最初はそう考えた。
だがこれを聞くに、すべての予定が三日単位でずれているような気がする。
ならば、と考える。
これは一つの事柄がなくなったというよりも、むしろ――。
――時間が巻き戻っている?
世の中の理。死者の蘇生と時間遡行。
この二つは絶対にできないもののはずだ。だが、前者はすでに成功している。なら、時間遡行だって可能なのでは?
俺はここまで来て確信する。時間が巻き戻ったのだ。フレイムの発言から、祝賀会の終わりまであと三日あることがわかる。
試練の終わりは雪が降るまで。それはつまり、祝賀会の終わりまでだ。
試練の内容。人を殺すこと。
それをやり遂げなくてはならない。
迷う暇なんてない。
そうしなければ家族が死ぬ。
俺は今なにをしている?
のほほんとこんなところでくつろいでいるのだ。
馬鹿か、時間に余裕がないのに。
こんなところでちんたらしているわけにはいかない――。
「フレイム、武器を持て。俺についてくるんだ」
「――? どうした急に」
「いいから早く!」
声がうわずる。
時間がないのだ。ここから一番近い街に着くにはまる一日かかる。猶予は三日だが、もしもの時のために早く行動しなくてはならない。
フレイムは怪訝そうな顔をしながらも「しょうがねえなあ」と言ってくれた。
俺は携帯できる食料を持ち、軽装で支度を済ませる。
俺の武器はあの試練を与えた剣だ。本能的に使い方はわかっている。念じればすぐに、あの剣は俺の手元に現れるだろう。あれは鍵で、この身と一心同体。少し考えれば、剣についてだいたいのことは理解できた。
フレイムの手を引いて外へ。
「なあ、どうしたんだホントに」
「……いいからついて来てくれ」
「なんていうかお前、死ぬのをすごい怖がってたけど、それに関係あるのか? いや、違ったら悪いんだけどさ……」
フレイムから気遣いを感じる。普段は発さない自身無さげな声。
不器用な彼は、踏み込むという行為が苦手だ。だから踏み込むときは、体当たりでそれを行うしかない。
だが今は、あまりにも鬼気迫る俺の様子に、それができないでいるようだった。
走る。フレイムと一緒に。
森の中を駆け、一直線に外の世界へ。
俺は持ってきたコンパスを見る。ここから南の方向に、小規模な町がある。そこでなら、人間には困らない。
「ちょっと……待ってくれ、ペース……はやい……」
後ろではフレイムが息切れしている。
俺はようやく、そこで走るペースを緩めた。
肩で息をし、俺を引き留めるように腕をつかんでくるフレイム。
「そんなに焦って、どうしたんだよ」
そんなもの、答えられるはずがなかった。
試練が始まる、なんていうのか? それで誰が信じる?
俺は三日先の未来からやってきて、その未来に辿り着くまでに人を殺さないといけないんだ……なんてことをフレイムに話すのか?
そこまで考えて寒気が走った。
俺が今から行うのは人殺しだ。家族のためだなんだと言い訳しても、いくつもの罪のない命を奪うことには変わりない。
それに加えて、そんなことにフレイムは協力してくれるのか?
フレイムからしてみれば、俺の行動は極めて異常だ。その上、殺人をしようとしている。そうなれば、義に厚いこいつのことだ。
人殺しなんて悪いことだと俺を止め、説得しようとするだろう。口で説得ができなければ武力で俺を止めようとするだろう。試練のことなんて、知らないままに。
俺はフレイムに説明できる自信がなかった。やることがやることだけに、どう言ったって信用してもらえるとは思えない。
「アイザード……アイザード?」
俺の名を呼ぶ声。
フレイムが心配そうに俺を見ている。
「いや、なんでもないんだ。変なことに巻き込んでごめん。もう戻っていいから」
「そんなこと言われて納得できるわけないだろ。なにがあったのか教えてくれよ」
いつもそこまで鋭くないのに、こういう時はやけに鋭い。きっと、俺のためを思って全力で考えてくれているからだ。だが今だけは、それをやらないで欲しかった。
焦って家の外を飛び出して、フレイムを連れて。
失敗だった。頭が回っていなかったとはいえ軽率だった。今フレイムを家に帰そうとしても、そうはいかないだろう。フレイムは俺が変だと気付いてしまった。
……だがまだ、そこは問題ない。
俺は剣士タイプ。フレイムは魔術師タイプだ。体力は俺の方が上だ。この森を抜けて外の世界に行くならば当然、その途中でフレイムはついてこれなくなるに違いない。だからひとまず問題はない――。
「先に進む。ついてこい」
「……わかった」
有無を言わせぬ口調でそう言うと、フレイムは不承不承という感じで頷いた。
そうして俺たちは再び森を走り始め――。
森の最端までやってきた。あと少し進めば、森の外が見える。
そして進もうとした先に、なにやら違和感を感じた。
俺は剣士だ。魔力で身体を強化することが多い剣士タイプは、超自然的な感覚が普通の人間より優れている。
その違和感まで走り、手をかざす。
壁が、ある。
透明な壁だ。
「どうした」とフレイム。
「……見えない壁がある。すごい強度だ。突破できる気がしない」
「なんだそれ。壁? なんでそんなものがここに?」
「……わからない」
これはドームの形状をしていてここら一帯を包み込んでいるのだろうと予想できる。。
俺はこれを「壁」と表現したが、より正確にいうならばこれは「結界」だろう。
とても強固な結界。俺の全力の剣術でも、破れるかどうかわからない。
「だめだ……外に行けない」
「なあ、アイザード。そんなに急いで外に行く必要があるのか? いや、わかったぞ。心配性のおまえのことだから、まず外の世界を偵察しようとしたのか。ははは、なーんだ」
楽観的な勘違いをしてくれたフレイムを他所に、俺は結界に綻びがないか探していく。
だがそんなものはない。もっと時間をかけても、綻びなんて見つけられるとはを思えない。
――俺は右手に剣を現出させる。
永遠の剣。願いの剣。――破滅の剣。
驚くフレイムを横目に、俺は思い切り振りかぶって結界を切りつけた。
キン! とはじかれる音。歯が立たない。
まだだ。これを突破しなければ家族が死んでしまうのだ。
意地でもこれを破壊しなければならない。
「……アイザード?」
一心不乱に剣を振り、狂気的なほどに殺意を込める。
おびえたような声が聞こえる。
だがそんなものに構っている余裕はない――余裕なんて、ないのだ。
追い詰められている。焦りが心臓の音を早くする。
泣きそうになる。俺はここからでなければならないのに!
ずっと結界を叩き続け、そうしていると優しくその腕を掴まれた。
オレンジ色の髪。背の高い人物。俺が憧れる一人。
「……父さん」
父がこんなところにまで来ていた。
問いただすような厳しい目に、思わず目を逸らす。
俺はなにか聞かれても、なにも答えることができない。
「父さん!」とフレイムの嬉しげな声。
「なにがあったんだ」と父は穏やかにフレイムに聞いた。
「それは……」
何を言っていいかわからない。そんな感じに俺を見るフレイム。
俺は口を開く。
「父さん。この壁はなに? いくら斬りつけても、びくともしない」
「……母さんが張った結界だ。旅に出る日まで張られ続ける。私でも壊すことはできない」
「父さんが壊せない? じゃあ母さんはこの結界を消せるのか?」
「無理だ。この結界は誓約魔法がかかっていてな。ルールがあるから自由に扱えない。長期間の結界だから術者本人にも消せないようになってるだ」
「そんなのおかしいじゃないか。なんでこんな結界なんて張って――」
「アイザード」と深く、穏やかな声が投げかけられる。
逃げることを許さない、厳しい口調。
「なんでこんなことをしたんだ?」
「……」
「理由があるなら聞く。父をもう少し頼りなさい。私たちは家族だ。なんだって、信じるから」
厳しい声。しかしそれは、叱咤というにはあまりにも切実で――。
俺は父さんに試練のことを話していいんだろうか? 人を殺さなくてはならないことを。
激しい拒絶感が胸元を駆け巡る。
人を殺す。そんなことを言って、失望されたくない。異常者みたいな目つきで見られたくない。
父さんに、母さんに、フレイムに、シーナに――そんな目で見られたら、俺は生きていけない。
「……」
俺は黙ったままだった。何も言えない。弁解なんてする余地がない。
でも、いきなりこんなおかしな行動をした俺のことを、父さんはどういう風に見ているのだろう?
父さんがかぶりをふる。
「家に戻ろう。……今言いにくいのなら、後でいいから話に来なさい。ゆっくりでいいから」
父さんは優しかった。いつもは厳しいのに、こういう時は精一杯支えようとしてくれる。
そんな父の優しさに付け込んで黙っているという事実は、心苦しかった。だがそれ以外に方法はない。
心中を吐露してしまいたかった。誰かに頼りたい、助けてほしい。
だがこれは試練だ。なるほどよく考えてある。俺が誰にも頼れないことを、剣はよく知っている。そういう風に舞台を、意図的に整えたに違いない。人殺しの重さは、死ぬことを恐れる俺だからこそ重く受け止めてしまう。
家族のために人を殺す。それはもう決断し終えたもので、やり遂げる自信はあるが、今だって俺は本来ならそんなことをしたくないのだ。
俺はひとりでこの問題を解決するしかない。
「父さん」と俺は父を呼ぶ。
「どうした?」
「俺たちは三日後に外にでるんだろ? ならこの結界、いつ消えるんだ?」
「ああ、明後日の夜ぐらいだな。ちょうど祝賀会が終わるぐらいだ。ちゃんと出発に支障をきたさないようにはする」
それを聞いて、やっぱりか、と思った。
試練の期限。雪が降るまで。祝賀会が終わった夜。
それらはすべて重なっている。そして父の言葉から読み取るなら、きっとこの結界は試練の期限と同時に消え去るのだろう。そうとしか思えない。
こんな風にたくさんの出来事が重なっているから、俺はある希望を捨てざるを得なかった。
試練のことはすべて夢で、心配性な俺の杞憂だった、という希望だ。
……どちらにせよ、そんな考えはあまりにも楽観主義的で、現実が見えていない意見だ。
だからもう縋るものはない。どうしようもない。
――まるでこの結界内で人を殺せと定められたかのように、今の舞台は設定されている。




