創世一
侵略される感覚。
影が体の中に這い寄ってきて、意識を奪う。
混濁していく意識の中、声が聞こえる。
――これよりお前に試練を与える。
……。
そして目が覚める。辺りは真っ暗だった。なにも存在せず、自分だけが存在していた。
吹雪くような音が聞こえる。そして静かに、それは降臨した。
――灰色の剣がはるか上から舞い降りる。
ただ一本の灰色の剣。それがダブって見えたかと思うと二つに分かれ、俺の周りを回り始めた。
その剣だけが、この何もない世界で意味のあるものだった。
ここは剣の領域。真っ暗で何も見えない。二本の剣と俺だけが存在している、それだけの場。
『蘇った者には試練が与えられる』
不可思議な声が空間を通して響き渡る。直感的に、この剣が発したものだとわかった。
この剣こそがこの空間の主。矮小な生命など圧倒してしまう、太古から存在する力ある存在。
そしてこれこそが――俺に括りつけられた鍵。蘇った者に与えられる指標のような物。
「試練?」と俺は聞き返す。
身に覚えがないわけではなかった。
俺は死んで蘇った者。この世では不自然な存在。
証拠みたいにこの身には剣が纏わりついていて、逃げることはできない。
それをしたのは――あの、神々しい七色のクリスタルだ。
まるで神のような存在。死者を蘇らせる、力あるクリスタル。
『それは創世のクリスタルだ』
思考を読み取ったかのように、いやおそらく読み取ったのだろう。
灰色の剣は俺が想像したクリスタルの真名を口にした。
ぞくり、とうなじが逆立つ。
その名前には力があった。創世。創世のクリスタル。
まるでそれは――世界を創造した、そんな意味が籠っているかのようで。
自分が関わっていい存在だと思えない。あまりにも場違いだ。
この剣も創世のクリスタルも、あまりにも超越的すぎる存在で、ただの人間では身に余る。
自分が震えているのを感じた。
圧倒されてしまっているのだろうか?
それもある。だがそれ以上に、ここはあの場所を思い出させるのだ。
俺が最初にいた場所。死んで魂だけになって、孤独にずっと耐えていた、死者が集まるあの空間。この暗くなにもない空間は、あの消えかけた魂の溜まり場に似ている。
恐れる心がある。縮こまって、舌が捻じれて絡みつく。
でも、なにか口にしなければならなかった。じっとしているわけにはいかなかった。
「おまえは……なんなんだ」
世界が騒めく。時が巻き上がるようにさあさあと音を立てる。
黒の空間は反転。ただ一色の灰色の空間へ。
剣と同じ色。俺の髪と同じ色。
『我は永遠の剣
願いの剣
破滅の剣』
そしてお前が持つ「鍵」である。
そんなことを灰色の剣は言った。
「試練、とは?」
恐る恐る、続けて剣に問いかける。
果たして剣は答えた。
『蘇りの代償はまだ支払われていない』
「……今払えと?」
『それが試練として与えられる』
「それを突破できれば、代償は払わなくていいのか」
『そうだ』
神経を研ぎ澄ませて、一字一句聞き漏らさぬよう耳を立てて。
慎重にその言葉を聞いていく。
――嫌な予感がする。
代償。蘇りの贖い。
それが軽いものであるはずがない。なにを要求されるのか、なにを試されるのか。
少なくとも投げかけられるものは、至難を極めた、神の試練のようなものが贈られるだろう。そんなものを俺がどうにかできるんだろうか。
心を決めて、問いかける。
試練とは。
「試練とは、なんだ?」
灰色の剣は今や七色の光を放っていた。
万色にして無色。全てを亡ぼす破滅色。
透明なのになに色にも見える、不可思議な光。
『お前が最も恐れるものが、他者へと配られる』
――死んでしまうこと。
『蘇りの代償は大きい。ひとつでは到底足りない。多くの数が必要だ』
――作るより壊す方が、生かすより殺す方がずっと容易い。だから。
『お前の周りにいる者が死ぬ』
それが、試練だった。
「……待てよ」
それは道理に合わない。
「じゃあ、俺の家族が死ぬっていうのか?」
俺を愛してくれた人。俺が大好きな人。
「ふざけるなよ!」
蘇りには代償が必要だ。
一つの蘇りのために、失われるものは一つでは足りない。
もっと数がいる。作るより壊す方が、生かすより殺す方がずっと容易い。天秤を釣り合わせるなら、一つ蘇らせたという結果を釣り合わせるなら、たくさんを殺すしかない。
……でもそれは、道理に合わない。俺と家族は別人で、代償は本来俺自身が支払わなければならないはずだ。
『しかし、これこそが世の理』
感情的な俺の叫びは、一欠片だってこの剣に届いちゃいない。
剣は鍵で、ルールを見張る裁断者。感情のないシステム。
目の前の相手は超越的な存在だった。どうやってかはわからない。しかし、こう言うのだから、なにかしらの手段を持って家族を殺しにかかるのだろう。防ぐ手段はない。
考える。逆らうことはできない世の理。だが抵抗できないわけじゃない。
剣は『お前の身の回りにいるものが死ぬ』と言った。
――じゃあそれは、どういう意味で?
親しさといった限定があるのだろうか? いや、ない可能性もある。
「誰が死ぬんだ」と俺は剣に問いかける。
『それはお前が決めることだ』
「……誰でもいいのか」
『お前が殺すか、放っておいてお前の周りが何かに殺されるかだ』
それが試練の内容。全貌。果たすべきこと。
殺すということ。誰かを俺が蘇ってしまったという天秤を釣り合わせるために、失わせるということ。
ようやく、見えてきた。
これは試練。俺が試されるのだ。
殺さなければならないという試練。舞台は前から整っていたに違いない。
俺はもうすぐ外の世界にでる。そこでなら、家族以外の人間がたくさんいる。
猟奇的な考えだ。だが――これ以外に道はないのだろう。
一度蘇ってしまった俺は、例え自殺してもそれでも代償は払われることになるはずだ。
ならば俺は誰かを殺すしかない。
家族以外の誰かを。
家族が死なないために。
俺は真っすぐに剣を見つめる。
くそったれな世界の理。でも逆らえないなら、やるしかない。
『我は願いを叶える剣。お前と常に共にある。しかし注意せよ。我はお前の願いを汲み取る。それをお前が望もうと、望まなくとも』
警告の意味はつまりはこういうことだろう。
俺の願い。例えば「もう死んでしまいたい」と俺が思ったとする。
それは叶えられる。この剣は俺を補佐する。究極的なほどに。「死んでしまいたい」と思ったところで、本当に死にたいわけじゃないということは多い。しかしこの剣は――願いをきっと、汲み取ってくれるのだろう。
回る二つの剣が俺の身に重なる。
確かな力が湧き出すのを感じた。この剣の本質がなんとなく見えてくる。
この剣の本質は「増幅」だ。俺の能力は増幅され引き上げられ、失意の感情もきっと、増幅される。願いを叶えるための諸刃の剣。
『期限は、雪が降るまでだ』
どういうことだ? と思う。
雪が降る。それはいましたが起きた現象だ。
剣に縛られてここに来る前、シーナと一緒にいたときに雪が降っていたのだ。
なら、目覚めた瞬間には試練が始まって、終わってしまう?
『蘇りの清算を行うため、これより試練を始める。死ぬことを恐れる魂よ。お前の罪を誰かに押し付けろ』
◇




