エトワール十五
「自分、理想、祈り」
がれきの中で、僕は呟く。
わずかだが、自分の身体に力が籠った。
「なりたかったもの。なれなかったもの。今なろうとしているもの」
力が入った腕で、がれきを弾き飛ばす。
クレーターみたいにへこんだ壁を見つめる。僕がぶつかった場所。
前を見る。彼が剣を無造作に構えている。
……僕は。
起き上がった僕を見て、彼は言う。
「まだ立つのか。意識は奪ったと思ったんだけどね」
そう言いつつも、剣をぶらんとぶら下げたまま。
もうまともな戦闘態勢をとっていない。もう僕が戦える状態だと思っていない。
「やらなくちゃいけないから。守らないといけないものがあるから。僕がそうしたいから」
僕は三つの言葉を束ねる。
また、わずかだが力が湧いてくる。
――魂の扉が見える。
言葉が、思いが浮かんでいる。長年の思想を蓄積した、僕の心の中。
ふらふらとした状態が治り、完全に立ち上がる。
剣を構えて、彼を見つめる。
「信じるものがあるから。なりたいものがあるから。大切なひとがいるから」
僕はただ、祈りを捧ぐ。
対象は自分自身。三つの言霊が、僕に力を与える。
――ギギ、と心の中で音が鳴る。
魂の扉が、わずかに開く。
驚いた表情で、彼は僕を見る。
「……それは、三つ言霊? 祈りの種族でそういう能力を持っている者がいたな。君のおじいちゃんのものか。でも無駄だ。その程度で、力量の差は埋まらない。そもそも三つ言霊は戦いのためのものではない」
「剣を握れ。ひとりで立て。眼前を見つめろ」
僕は彼の言うことを無視して、三つの言霊を呟く。
戦士としての自覚が、頭の中を駆け巡る。
「己を見つめよ。深淵に手をかけよ。自らの命を握れ」
「……まさか、君、それって」
「足を一歩前へ、怯える心を後ろへ、己が立つべき領域へ」
彼が焦ったような顔になる。
そこから、甘さが見て取れた。彼は、僕のことを――心配していた。
無感情をたたえた仮面のような表情が、崩れていた。
「やめろ。命を捨てるつもりか。そんなことをしたって、魂を消耗したって僕が倒せるだけだ。――君は一生苦しむ羽目になる!」
「魂を見つめよ。扉を開け。犠牲の光に手をかけよ」
「やめろ! 死ぬぐらいじゃ済まないぐらい、苦しむことになるぞ!」
彼が叫ぶ。
僕が唱える。
彼が言っていること。
それはよく、わかっている。だからおじいちゃんは僕にこの秘術を教えるのを嫌がった。
三つの言霊は媒介。その本質は、ただ、魂の扉にたどり着くことにある。
唱えた三つの言霊が体中を駆け巡る。魂の扉が見える。
僕はそれに手をかけた。もう、いつでも開ける体勢へ。
彼は苦虫を噛み潰したような顔をする。
「……君はバカだ。犠牲なんて、くだらないのに。目を閉じれば何も見えない。耳をふさげば何も聞こえない。死んでしまえば、なにも感じない。……自分が死んだ世界なんて、なんの意味もないのに」
「たしかに、君の言うことにも一理あるよ」
それでも、と僕は言う。
「大切なひとがいるんだ。村の人々、アリア、勇者たち。一緒にいて楽しかったんだ。また、一緒に過ごしたいと思ったんだ」
「……君が体を渡すなら、その村のひとびとは生かす」
「じゃあ、勇者は?」
「……」
「勇者はなんどでも立ち上がって君に戦いを挑むだろう。君が生かしておいても、寿命が尽きるまで。それに、君が僕の身体を奪えば、どちらにせよ僕は彼らと過ごせない」
「…………」
「それに、大勢のひとに死んでほしくない。……君が大量殺戮をしてしまうから。こんなことを思うのは偽善めいているかもしれない。でも、例え僕が知らないひとでも、可能なら助けてやりたいんだ。死んでほしいと思わない」
「………バカだ、君は。こんなところで英雄願望を発揮するのか」
「そうだよ。僕は自分を誇れる人間になりたいんだ。自分が願った、立派な人に」
彼は僕の思考について洗脳じみていると言っていた。それはおじいちゃんに植え付けられたものだと。
だが、それは違う。おじいちゃんは終始、僕が自分で、なにになりたいかを決めさせようとしていた。
もしも、おじいちゃんが「人を救えるようなひとになりなさい」と言っていたら、僕はそうなっていたかもしれない。それは洗脳じみている。
でも、今の状況は違う。おじいちゃんは「立派なひとになりなさい」と言った。
僕は自分で決めた。人を救えるようなひとは、立派なひとだと。英雄願望めいたものでさえ、それは僕の願いなのだと。
――魂に刻まれた僕の願いが、大きく鼓動する。
自分を信じることは、とても難しい。
しかし、僕には託されたものがあった。
クシャナから送られた感謝。デュースさんに「復讐するな」と言われたこと。
僕には背負っているものがある。自分が完璧な人間だとは、とても思えない。
しかし、今ばかりは自分を信じなければならない。魂の扉を開くために。
そして――。
「君のこと、恨んでないよ」
「……恨むべきだ」
「いいや。君には目的があって、そのために犠牲にしてきたものがあっただけだ。本当なら、誰も殺したくなかったはずだ」
「そんなものは関係ない。僕は人を殺した。これからも殺す。罪人に酌量の余地など、ない」
「そうかもしれない。でも、僕は君のことを知っているから。だから僕は君を許すよ。そして――今からは、お互いの信念をかけて戦うんだ。命を懸けて」
綺麗ごとだ、と彼は言った。
その通りだと思った。僕は彼を許す。そして信念のために戦う。そんなことをしてなんになる? 殺しあうという結果は、どうやったって変わらない。
それでも――。
「僕は君のことを、友達だと、大切な人だと思ってるんだ」
お互いの存在が消えなければならないなら、救いはないかもしれない。
それでも、ささやかな言葉を尽くす。
どちらが消えてしまうとしても、最後に残された言葉が救いになると信じて。
――僕は魂の扉を開く。
◇
自分の未来が消滅するのを感じた。
僕はあと、どれぐらい生きられるのだろうか?
後悔がないと言えば、嘘になる。もっと生きたかった。アリアと楽しくしゃべって、勇者たちとも過ごして――。
そんなものは夢、幻想。
夢に人が寄り添って儚いとよむ。
僕のやりたいこと、過ごしたかった未来はもう、どこにもない。
「勝負だ、破滅のエトワール」
赤や青といった多色が自分の中で溢れかえる。
破滅の力が自らの中で渦巻く。
能力が数段階跳ね上がる。それは、神に近い領域。
自分の能力が拡張されて、気づいたことがある。
彼は神だ。しかし、今は完全ではない。
破滅のエトワールは剣だけでなく、その能力も強大だ。古代の成長しきった勇者クラスでなくては、近づくことすら敵わない。
今は、彼はそれほどの能力は持っていない。
もう、能力という面だけなら、僕の方が何倍も強い。
しかし、彼には剣があった。僕よりも数倍強い剣が。
彼が素早く抜刀の姿勢に入る。
ギギ、と剣を半身だけ抜く。
それは確定で死を与える奥義。
そう、本来ならば対策手段など存在しない。
「第四破光・紫閃」
「第一破光・赤修羅の纏い」
しかし、対策不可能な技に、他ならぬ彼が対抗策を作った。
紫の斬撃が赤い気に触れる。
僕の身体は反射で動き、その斬撃をかわした。
僕には紫閃は通用しない。
それは彼にもわかっていたことだった。
紫閃はあくまで挨拶代わり。
ギュン、と加速し、距離が剣の間合いへ。
黄色の剣身が僕に迫る。
同等の技を持って、僕は迎え撃つ。
剣が合わさる。
――大気が震える。
剣の振動が周囲のものを破壊していった。
巻きあがる土くれ、剝がれていく壁、吹き飛ばされる王座。
すぐに次の一手が来る。
彼の剣閃がなんども振るわれる。
それを赤の気を利用して、反撃を行う。彼は能力のキャパシティーが足りなかったのか、赤の気は纏っていない。
まっすぐに振り下ろされる剣をいなして蹴りつける。
彼はそれを下がってかわし、僕の足を斬りつけようとした。
その足を素早く引き戻し、足を狙った剣を斬りつける。
それをくらった反動で、彼の腕は痺れて一瞬、動かなくなった。
「くっ」
不利とみて彼は飛びのいて後退。剣閃が先ほどまでいた場所を切り裂く。
彼の衣類がわずかに切り裂かれる。紙一重で、かわしている。
……相変わらず、恐ろしい腕前だ。
赤い気を纏って通常の彼と互角。やはり、剣では彼の方に分があるようだ。
しかし、こちらは能力面で上回っている。
技術はあちらが上、この力には時間制限がある以上、スタミナ面でも負ける。
彼は勝つために防御に専念するだろう。長年の経験を持った彼は、逃げるという能力は恐ろしく高いはずだ。まさに鉄壁。防ぐだけなら何年も年季がある。
あまりにも硬くて、突破ができない。
――ならばそれを、力で潰す。
「第七破光・統合の黒」
全ての破光を黒へ。
赤、青、黄、紫、緑、白。
すべての色を統合させ、黒へと染める。
それは前段階だ。
通常、破滅の力は扱いが難しく、力の方向性、使い方を決めてやらねば扱うことができない。その力とは、色だ。
しかし、今回はその色を黒へと染めた。
黒はすべての色を併せ持つ色。それを僕は掌握し、一時的だが、破滅の力そのものを理解する。
それは、究極の破光。最後の破光。
限界と停滞のはざまで存在する、破滅色の一撃。
彼が力を貯めている。
かき集められた能力を集中し、僕を叩き潰そうとしている。
お互い、逃げることはできない。というより、能力的に不可能だ。
必ず当たってしまう。ならば、その技を防ぐには最大の技を持って超えるしかない。
僕が剣を掲げる。
彼が剣を掲げる。
「最終破光・臨界の太刀」
「第六破光・極白撃」
互いの技が放たれる。
斬撃が衝突する。
破滅色の斬撃と、白の斬撃がぶつかり合った。
それはさながら、神話のワンシーン。
膨大で現世を超えた理が、互いを削る。エネルギーの塊同士の衝突が、そこからあぶれた破片が周囲に飛び交い、部屋を破壊し尽くした。
もうここは、廃墟と見た目が変わらない。
斬撃同士の衝突は、しばらく拮抗していた。
極光を放ちながらその場にとどまり続ける二つの斬撃。
しかし、少しずつ、破滅色の斬撃が前進を始める。
彼の表情から、焦りへと変わっていく。
力を尽くす。しかし、斬撃は押されていく。
破滅色の斬撃は彼の元へ。
それを剣で防ぎつつ、彼はその場にとどまった。
踏ん張る足が、じりじりと下がっていく。歯を食いしばって耐える。しかし、物事には限界がある。
彼の足が地を離れ、斬撃に飲まれる。
勢いよく、斬撃が彼を吞み込んで壁へと向かう。
斬撃が壁に衝突し、消えた。
本来ならこの程度で斬撃は消えない。壁を破壊しつくして、もっと奥までいくはずだ。つまり、彼はまだ生きている。
「この……程度!」
土煙を払い、彼が姿を現す。
土で汚れ、額は血で染まり、立っているのもやっとという様子。
彼らしくないく、叫び声をあげ、無理やり立ち上がっている。
「まだ、僕は……!」
「紫閃」
第四の破光が彼を切り裂く、ぱっくりと彼の身体が割れる。
それで終わりだった。
◇
魂を捧げたものは、どうなってしまうんだろう。
「死よりも恐ろしいことが起きる」と彼は言っていた。
廃墟のようになった部屋を見渡す。
『彼』なんて存在が、まるで始めからいなかったような、そんな雰囲気。
それで確信できた。すべて終わった、と。
破滅のエトワールが消えた以上、この世界は終わる。
みんな、元いた場所に帰れる。
彼は嘘をいうのが苦手だった。だからたぶん、存在できなくなった世界が消えたら、みんな元の世界に帰れるはずだ。
自分の中の力が消えていくのを感じる。
もののついでとばかりに、他のものも消えていくのを感じた。
感情や思い、そういった、自分も形成するものなにもかも、失われていく。
――怖いと思った。
でも、なにもできない。
ただ消えていく。みんなに会えないまま。
「……あ」
頬が濡れているのを感じた。
まだ触角があるのを感じて、嬉しいのやら、もうそれすらも感じる機能を失ってしまうのが、悲しいのやら。
「エト!」
――声が、聞こえる。
僕を呼ぶ声。
アリアがこちらに駆けてくる。
頬から涙を流して立ち尽くす僕を、彼女が見ている。
もう、あまり時間は残されていないようだった。
視界はねじ曲がり、彼女の顔がよく見えない。なにを言っているのかもわからない。
けれど、精一杯笑って見せる。
次の一言を言うために。
「もう、大丈夫だよ」
僕は、今喋れているのだろうか? 自分の足で立っているのか?
感覚が欠乏していく。記憶が混濁を始める。
わずかな追憶だけがある。ここが夢なのか、現実なのかも、わからない。
なにか、あたたかな体温のようなものを感じ取る。全身になにかが当たっている。
「私が、ずっとそばにいるから」
それは、幻聴な気がする。
子供の頃に、アリアが言ってくれた言葉。
でもところで、アリアって誰だっけ?
僕は力のための代償を払った。
それに見合うだけの成果は、得られたんだろうか。
僕は、誰かを救えたんだろうか。
わからないけど、もう肩の荷を下ろしてもいい気がした。
◇
闇の中では、なにも聞こえず、なにも感じない。
僕は考えることができない。もう、存在しない人間だから。
僕は誰かの無事を祈る。
残された人々が、幸福に生きられますようにと。
それでいいと思っていた。
それだけを願っていた。
寂しくても、悲しくても、辛くても。
◇




