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エトワール14

 僕の目の前にいるのはこの世界を創造した神だった。

 重苦しいぐらいにのしかかる超越的な気。どんよりと暗い、大人びた雰囲気。


 それは、夢や希望、楽しいことを信じない、そういう人間が放つものだった。

 世は非情。物事は常に最悪の方向に動くと考える。そうしたほうがうまくいくことを、よく知っている――。


 足が自然と後退を始める。

 僕はこの世で最も強い剣士だった。しかし、この人物との間にある差を知っている。力の差を、知っている。


「なんで、だよ。僕は、君のこと、信じてたのに。騙して、それでここまで連れてきたっていうのか? 親友だって、ずっと、ずっーと、思ってたのに」

「……」

「そうか。『神をすべて信用してはならない』。それは、他ならぬ()を信用するなと言うことだったのか。……破滅神エトワール」

「――そうだよ。君は僕を信用しては、ならなかった。君は強い。この世界じゃ、敵がいないぐらいに。しかし、警戒すべきは、ずっとそばにいた」


 彼が現れたり消えたりしたのは、なにか理由があると思っていた。

 でも違う。ただ、僕に推測させたほうがよかったから、だからそれっぽいことをしただけだ。

 警戒すべきは、ずっとそばにいた。ただ、僕が見抜けなかっただけで。

 でも、どうしても信じられない。彼は僕を救ってくれた人物だった。僕に様々なことを教えてくれた、師だった。


 彼のおかげで、今の僕がある。


「……全部、嘘なんだよね?」

「いいかげん現実を認めたほうがいい。そこの魔術師に対してもそうだった。君は味方だと思っていたひとに、甘すぎる」


 ぱちん、と彼が指を鳴らす。ここは彼の世界。

 ならば、なにが起こる……?


「あ、えっ……」


 わけがわからない、とでもいうような声。それは後ろから聞こえた。

 僕の背後にはデュースさんとクシャナがいる。何が起きている、と僕は振り返る。


「……クシャ、ナ?」


 彼女の姿が薄くなっていた。あの時の赤い髪の男のように、足の先が粒子になっていく。


「やめ、ろ」


 彼女が消えていく。光となって、天に昇る。


「やめろ!」


 そう怒鳴る僕を、彼は涼しい顔で見ていた。


「なぜ怒る?」

「そんなもの!」

「彼女は人間じゃないのに」


 クシャナが消えていく。恐怖に声をあげながら、自身の身体を抱きしめて。


「あっ、エト、私の身体が、私は……」


 消えゆく彼女に手を伸ばした。涙を浮かべた彼女が、こちらを見つめている。

 恐怖で震えている。

 ――しかし、それは途中で止まった。

 彼女は、僕を見つめていた。ただ、僕だけを見ていた。


「――あのな、エト」


 腹を決めた者の、決意の瞳。消えることを受け入れて、僕になにかを言おうとしている。

 抗えぬ力というものを、悟ったのかもしれない。それで、彼女は僕に――。


「優しくしてくれたの、嬉しかった」


 意味が、わからなった。今になって、なぜそんなことをいうのか。

 彼女の表情からは、苦しみが感じられなかった。

 精一杯の笑顔。僕に伝える言葉。


「私、お前がいてくれて、幸せだった」


 やめてくれ、と思う。

 死の間際の人の言葉は、心によく響く。特にその言葉が呪詛ではなく、ただの感謝の言葉だった場合…………死にたく、なるのだ。目の前の人を救えなかったという事実のせいで。


 クシャナの身体が消失していく。そして首までが消えかかり――。


「あのな、エト。私はお前のことが――」


 言葉の途中で、彼女は光の残滓になってしまった。

 なにもしてやられなかった。なにもできなかった。

 もうどうやったって、彼女は戻らない。


 残された感謝の言葉、それだけが空虚な胸の中に回っている。


「泣いているのかい?」


 非情にも、彼はそう言った。

 僕は彼をキッと見つめる。


「あたり、まえだ」

「いっただろう。あれは人間じゃない」

「人間だ」

「違う。それは僕が作ったものだ。不思議に思わなかったのか? アウトサイダー同士が偶然出会う。そんな確率、どれぐらいのものだと思っている? なぜそれが君の傍に現れた? 決まっている」


 告げる彼の言葉は、どこまでも僕を追い詰めるものだった。彼女は人間じゃない。それを、証明するためのもの。


「僕がそれを君のところに使わしたんだよ。君がここに来るために」

「そんな、そんなこと……」


 信じられなかった。

 だが、いくら彼でも、人間をこんなにも簡単に消せるだろうか? 彼がクシャナを消せれたのは、きっと――クシャナが、彼の被造物だからだ。

 すべて、仕組まれたことだったのだ。


「それでも、彼女は泣いていた」

「涙腺が緩むようなブログロミングを施したからだ。機械仕掛けの仕組みが動くのと、何ら変わりない。君が彼女に同情しているのは、その姿形が人間に似ているからだ」

「……本気で言っているのか? 彼女は創られたものかもしれない。でも、ほんとうに彼女は悲しんで、喜ぶ感情があったんだ。僕のような人間と、なにが違うんだ?」

「魂があるかないかだ。見た目に惑わさせれるのは、君が感情的だからだ」


 彼の言葉には、確かに筋が通っている部分がある。だが、そうも冷静にみられるものだろうか? 見てもよいのだろうか?

 僕から見て、彼は人間性を捨てているようにしか見えない。たとえ理屈上はそうでも、平気でやってはならないことのはずだ。


 相容れないと思った。思えば、ずっとそうだった。

 彼の生き方は、他者の犠牲があろうと、利用して、自分が上にいく生き方だった。極度にそういった方向に傾いている彼の考えは、とても、受け入れがたかった。


 怒りと悲しみ、喪失感がないまぜになって身が震える。

 はっきりと理解した。彼は僕を裏切ったのだ。「友達だよ」と言い合ったことなどなかった。でも、確かな絆が、あると思っていたのに。


 ――そう思っていたのは、僕だけだった。


「それで」とデュースさんが言う。


 魔術師の右腕が輝いている。クシャナのことには一切気を払わず、いや、僕すらも眼中にはないようで、デュースさんは彼だけを見つめている。


「破滅のエトワール。おまえの目的を聞きたい? なぜわしの故郷を滅ぼした?」


 デュースさんはそれだけを聞きたがっていた。彼は、復讐に取りつかれた魔術師。

 目が爛々と輝いている。いつ戦いになってもいいように、準備している。


 彼はゆっくりと僕を指さした。

 それは、まるで正反対の構図だった。


 デュースさんは破滅のエトワールだけを見つめているのに、当の本人は僕だけを見つめている。お互い、それにしか興味はない、とでもいうように。


「エト。僕の目的はただひとつ。君の肉体が欲しい。そうすれば今彷徨っている君の大事なアリアも、勇者も、僕を殺そうとしている魔術師も、すべて生きて返してあげる」

「体を……?」

「選択肢があると、思わない方がいい。僕は強引に奪うことだってできる。ただ、そうすると馴染むのに時間がかかってね。……無駄な犠牲を増やしたくないのなら、観念したほうがいい」


 ――わかっているんだろう?


 君じゃあ決して勝てやしない。


 そんな気迫が、伝わってきた。彼の言う通り、僕は彼に勝てない。デュースさんと協力しても、絶対に無理だろう。おそらく百回やっても、百回負ける。


「そんな目的のために、わしの故郷を滅ぼしてくれたのか?」


 デュースさんが皮肉げにそう言う。ありありと立ち昇る怒り。

 それでようやく、彼はデュースさんに向き直る。


「そうだよ。君ほど優秀な魔術師でないと、僕の世界には入ってこれなかったから」

「なるほど、わしの復讐心を信じて待ってくれたのか。ずいぶんとこの身を買ってくれたものじゃな」


 それで、とデュースさんは言った。


「それだけか? ほかになにか、言い残したことはないか?」

「ないよ。君の役目はそけだけだ。故郷が滅びた理由をこれ以上探しても存在しない」


 それは、デュースさんの逆鱗に触れる言葉だった。

 下がれ、とデュースさんは僕に言う。彼の身体から魔力が吹き上げる。


 ――おぞましいほどの、溢れかえった魔力。


 デュースさんの右腕にルーンが昇る。血管が浮き出て、ドクドクと、悪夢めいた胎動を始める。

 以前、デュースさんに、なぜ地下室に、培養液に入った腕があるのか尋ねた。

 デュースさんは答えた。非常事態の備えて、魔力を貯めているのだ、と。


 たぶん、今がその時だ。デュースさんの右腕はこの時のためのものだ。


 バチバチと帯電する魔力がデュースさんの周りで跳ね踊る。

 白いひげと、白い髪が逆立ち、ゆっくりとデュースさんは手を伸ばす。


裁きの雷(ボルテニス)


 カッ、と視界が光で埋め尽くされた。

 人間が持つべきではない、膨大な魔力。あの白いカマキリを思わせるような、異質さ。

 勇者はデュースさんのことを「変異している」と言っていた。たぶんこれは、デュースさんがその変異すらも自らのものにして放った魔術。

 人間というカテゴリーを超えるための、禁忌。


 それでも、彼の前にはどんな魔法も通用しないはずだった。だって、僕がそうだったから。

 しかし、その雷は彼の前に来ても消えることはなかった。


「対策されないとでも、思っていたのかの?」


 デュースさんが静かに呟く。

 膨大ないかづちはゆっくりと収まっていった。

 彼のいた場所が大きくえぐれているのが見て取れる。肉片の一つ残らずとも、残らないような、そういう、過剰すぎるほどの威力。


 そう、思っていた。


「――なるほど。見込んだだけはあって、素晴らしい腕前だね魔術師殿」


 背後から、声。

 彼が後ろに立っていた。

 まるで、最初からそこにいたかのように。


「神聖断絶の時代が巻き起こる今、神を殺す魔法なんて、見つけるのは不可能に近いだろうに。それに加えて、正気を保ちながら変異をコントロールするとは。神殺しの魔法の使用も非人間的だが、その前に、君の精神も人間離れしているようだ」

「――裁きの雷(ボルテニス)


 彼の言葉を無視して、再びデュースさんが大魔法を放つ。

 連発。それも、短時間で二発目を。

 想定していたのかもしれない。この程度で破滅のエトワールは死なないことを。それで、最初から魔力を貯めていた。


 魔力の炸裂。彼の立っている場所を消し炭に。


 しかし、人の身には過ぎた魔法の使用には代償が伴った。

 デュースさんのロープが赤く染まる。体が強大すぎる魔法に耐えかねて、悲鳴を上げている。


「はあ……はぁ、はあ、はあ……」


 肩で息をし、膝をつくデュースさん。

 しかし、現実は非情で。


「当たらないよ」


 彼はまた、玉座があった場所に立っていた。最初に、デュースさんが魔法を放った位置。

 もう、デュースさんは限界だ。

 それでも、老いた魔術師はズタボロの身体を引きづって、再び立ち上がった。手も足も震えているのに、目だけは死んでいなかった。


「いくらやっても同じこと。君らに僕は倒せない」


 彼は、僕をじっと見つめている。


「僕は待っているんだよエト。君が体を渡してくれることを。迷っている暇はない。そんなことをしていれば、誰かが死ぬ。――それとも、まだ力の差を教えないと、ダメだろうか?」


 彼が祈るように剣を構える。

 キギ、と剣を半身だけ抜く。

 それは、四つ目の破光。絶対回避不可、絶対防御不可の、死を確定する奥義。


 いまから同じ技で応戦しても、間に合わない。僕は足元に転がる鋭い石を投げつけた。悪あがきじみた対策。

 でも、僕は知っている。四つ目の破光は最も扱いが難しく、剣のバランス、もしくは多少の集中力でも切らそうものなら、それは目標から逸れていく。


 僕が投げた石は物凄い勢いで飛んでいく。そして、ちょうど彼が技を発動するタイミングで、石は到着した。

 面倒だ、とても言いたげに彼は身を横にずらす。それは、剣のバランスが崩れたということだ。しかし、仕切り直しはできない。四つ目の破光は、発動のタイミングをずらすことができない。発動途中までいったのなら、正当な起動をしないと、使用者にダメージがいく。


「第四破光・紫閃しせん


 時空間の法則を無視した斬撃が飛んでくる。しかし、僕からは大きく逸れていて――。


「ぐあああああああ!」


 悲鳴は、斬撃のいった方向から聞こえてきた。

 右腕をすっぱりと失い、叫ぶデュースさん。ルーンを纏った右腕が光を失い、力を失っていった。


「その力は面倒だからね。切り取らせてもらったよ」


 こともなげに、彼はそう言った。僕の悪あがきなど意味はなく、最初からそれが狙いだったと、そう言っているようで。


 彼が僕を再び見つめる。僕の選択を促している。

 しかし、僕がなにもしないとみると、ゆっくりと首を振った。


 ――青い気が、彼の剣に宿る。


「君は選択をしないんだね。なら百年ぐらいは時間のロスだが、心臓を潰して息を絶つことにするよ」


 ぴたりと、剣先が僕の心臓を狙う。


 ――よけられ、なかった。


 僕が右に動いても、左に動いても、彼はそれを見切るだろう。

 勝負は、終わる前からわかっていた。


 それでも、僕は剣を構える。

 剣士として、最低限の誇りをもって、剣を構える。


 ギュン、と彼が動く。目にもとまらぬ疾走。


 青い気は、二つ目の破光を現す。

 それは剣というよりも槍としての一撃で、その必殺はすべてを穿つ。絶対貫通の技は、かわすかいなすことによってでしか防ぎえない。


 僕も破光の一つを発動させる。

 一つ目の破光・赤修羅の纏い。


 インパクトの瞬間。

 そこに、割り込む人影がいた。


 もう動けないかと思われた、デュースさんだった。

 残った左手を彼に向け、相対している。


 青い、槍のような剣がその手のひらに吸い込まれていく。

 魔力による障壁と剣先がぶつかり、激しくスパークが起こる。

 しかし、それは一瞬のことで、剣がデュースさんの腕の先から心臓までを貫いた。


「……見事だよ、魔術師殿」


 彼は静かに呟く。

 青い気は、絶対貫通の一撃を纏う。

 それゆえに、どう防御しようが、その背後のものも貫き通すのがこの技の強みだ。

 つまり、本来はデュースさんと彼の直線上にいる僕も巻き添えで貫かれるはずだった。ほんとうは青い気が届くはずだった。

 しかし、そうはならなかった。


 ……デュースさんは、自分の身体を利用して、青い気を相殺していた。


 今度こそ、デュースさんが倒れた。

 血の海が広がっていく。


 僕はよろよろとデュースさんのもとへ歩いていく。

 彼は素っ気なくこちらを一瞥し、下がった。まるで、最後の看取りぐらいさせてやろうと言いたげに。


「……デュース、さん?」


 剣を片手に、もう片腕でデュースさんを抱き上げる。

 力の籠っていない目。


「復讐……できなかった、か」


 ひゅーひゅーと苦しみに喘ぐ声。

 もう助からないと、悟る。心臓を貫かれて、生きられる人間などいない。


「すまな……かった……わしが生まれて……死なせてしまった……」


 ひとり、後悔と懺悔の呪詛が流れてくる。

 もうデュースさんは、僕を見ていない。


 なんで、と思う。

 なんでこんなにも復讐に取りつかれているはずなのに、なんで僕なんかを庇ったんだろう。クシャナを無力化させたのもそうだった。アリアがここまで来たというのも心配していた。神聖国ユクシッドの追ってが来た時も、村民の心配を先にした。

 デュースさんは、僕らのことを想っていたようにしか思えなかった。

 復讐に取りつかれているくせに、最後まで優しい、人間だったのだ。


 しかし、そんなデュースさんを見て彼は言う。


「いくら思いが強かろうが、叫ぼうが、手段にこだわるようなら弱いまま。綺麗ごとは世の中では通用しない」


 吐き捨てるような、言い方。

 無性に、腹が立つ。

 デュースさんは、最後まで人間だった。復讐に囚われているはずなのに、クシャナを殺さず、アリアを心配し、僕を庇った人間。

 尊敬できるひとだった。

 彼はそんなデュースさんを否定した。


 僕は彼を――殺してやりたいと、思った。

 許せない存在が目の前にいた。なにもかも、僕とは相いれない存在がここにいた。


「僕の身体を得て、君はなにがしたいんだ」

「人間という種族の力をそぐ。まずは主要な国を三つ壊滅させる。これは決定事項だ」

「わざわざそんなことをして、なにがしたいんだ!」

「今いる唯一神を殺す。人の力が落ちれば、神を引きずり下ろすことができる」


 なぜ彼がそんなことを目指すのかわからない。

 だが、神々の闘争に関係あるのだろう。きっと、彼なりの信念があって、こんなことをしたのも、これから主要な国を三つ滅ぼすことも……きっと、仕方のない犠牲。

 割り切って、必要なことだと思っている。それが、彼という存在。


「エト――」


 それは、今僕が抱えているデュースさんの声。

 信じられなくて、僕はデュースさんを見つめる。

 しかし、奇跡など起こらなくて、デュースさんは死ぬ直前で。


「エト、復讐しては、ならない。自分のために、生きてくれ――」


 そう言い残して、体から力が抜けた。

 ゆすってもなにをしても、なんの反応も示さない。

 デュースさんは、完全に死んでしまった。

 深い絶望が、脳内で彩る。

 もう、二人死んだ。二度と会うことは、できない。


「決めたかい? これ以上犠牲を増やしたくなければ、諦めることだ。僕は主要な人間の国を滅ぼす。けど、君の村は除外してあげよう。今この場で受け入れてくれるならば、だけど」


 ――デュースさんは復讐をやめろ、と言った。


 それは、願い。強制されたものではない。


 ぐつぐつと怒りがとぐろを巻いていた。しかし、どこか目が覚めた部分もあった。あまりにも、残された言葉が切実だったから。自分のようにはなるなとは言いたげなデュースさんの言葉が、胸に突き刺さったから。


 僕は歯を食いしばってこう言った。


「君は、そんなこと、できやしない」

「なにを根拠に」

「結局、僕らはお互いにほとんど嘘をつけなかった。君は不都合なことがあれば、嘘をつかないために黙った。全部ではないけれど。……でもなんで神はすべて信用するな、と言ったんだ?」

「……」

「君は甘いんだ。わざわざヒントをぶら下げて、僕が気づけるようにした。思えば、いくらか君は僕にヒントを与えた。わざとらしく、『僕を信用(・・)してくれ』といった」

「……なにが言いたい」

「やめなよ。君に悪者のふりは、似合わない」


 ◇


 静寂があたりを包む。

 彼は無表情を保ったまま。なんの反応もなく、どう思っているのかがうかがえない。

 しかし、なんの反応もないということは、なにも反論できないということは、そういうことだった。少なからず、彼に衝撃を与えていた。


 確かに、そうかもしれない。と彼は言う。


「それがどうした?」


 彼は見下すようにこちらを見る。


「僕には目的がある。神を殺す。君に理解してくれとはいわない。けど、どんな犠牲を払ってでもそれをやりとげると、誓っている。なにを言おうが、結果は変わらない」


 その言葉には、表情と裏腹に怒りが籠っている気がした。

 僕から見て、彼は完璧な人間だった。けっして感情的にならず、多くを知り、腕が立つ。

 確かに少し冷酷ではあったが、ところどころ人間味が垣間見える時もあった。

 訓練で僕の足を切り裂いたとき、僕が痛がらないようにすぐに足を復元した。痛みがあった方が、僕の物覚え的には早くなるだろうに。


 それに、彼なりに卑怯と言う意識があったのか、彼は僕にヒントをぶら下げた。修行も本気で鍛えた。ここにたどり着くためもあったかもしれないが、今の僕がもっているのは過剰な力だ。


 彼は卑怯がとても苦手で、公正な人間だった。

 冷酷な手段は、経験でそれが必要なことを知っているから。

 ……彼自身は、甘い。


「君に大量殺戮ができるとは思えない」

「できる。死んでいった者のために、屍を築きあげる覚悟がある」

「ほんとうに? わざわざ僕にヒントを与えた君が、そんな卑劣なことを、ほんとうにできるの?」


 結局、僕は彼を心の底から憎めない。

 たしかに、許せないという感情はある。

 でも、僕は彼という人間を知っているから、だから、最後まで憎み通すのは、無理だ。


「――そうか」と彼はため息をはく。


 やっとわかってくれたか。やっと引き戻す気になってくれたか、とそう思って。


「僕は甘い。だから誓うよ。――この身は、殺戮を捧げんことを」


 彼の身体に鎖が巻き付く。

 神聖な気を帯びた、神々しい光の鎖。


「なにを……やってるんだ」

「誓約魔法。神が勇者を作るのと同じ。僕はこれに背けば、死ぬ」


 命を懸けた誓い。

 彼がしているのは、そういうことだった。


「なんでわざわざ」

「君が言った通りだ。僕は甘い。人が死ぬのを喜べる人間じゃない。だが、そんなものは技術で埋められるんだよ。とてもできないと、胸の中で叫ぶ。しかし、ルールを伴った誓いが、僕を強引に前進させる」


 もう、引き返すことはない。


 彼はそう言った。


「ばか、なにをやってるんだ」

「わからないのか? 誓いを立てたんだよ。もう、引き下がらない、そのためだけに……!」


 彼の足に力が籠る。

 もう彼は迷うことはない。躊躇をしない。僕を、殺す気だ。

 もう、無理だった。戦いに入った以上、言葉は決して届かない。

 僕は、剣を構え、集中する。彼を迎え撃つために。


 彼が纏うは再びの青い気。

 僕は赤い気をもって対抗の準備をする。


「――二つ目の破光」

「――一つ目の破光」


 赤と青の気がぶつかる。

 彼の一撃を受け流す。その本質は単純な貫き。止めることはできなくても、受け流すことは不可能じゃない。


 青い剣が僕の頬を掠めていく。

 大きな一撃。だから、これをかわした以上、僕の反撃で勝利だ。


「……え」


 剣を振るおうとするも――突然、膝が震えた。

 それは、恐怖に屈したというわけではない。


 青い気が、大気にばらまかれている。

 その強烈すぎる突きが、衝撃を伴って、僕を制圧していた。

 副次効果。僕は自由に身動きがとれない。圧倒的な力が、突きが、僕の動きまで縛るのだ。いったいどれだけの実力の差が……。


「こ……のっ……!」


 それでも強引に体をねじって、剣を振るった。

 彼は素早く下がり、距離を取る。


 僕はその場で膝をつく。副次的な効果が、一時的に僕の身を縛った。

 しかし、そのまま終わるわけにはいかない。

 今は、距離がある。


 膝をつきながらも、祈るように剣を構える。

 ギギ、と剣を半身でだけ抜く。


 鞘の中で、紫の気が渦巻く。


 それは、時空間を飛び越えて放つ、死を決定する奥義。

 扱いは難しく、しかし、成功すれば相手は必ず死ぬ。


 終わりだ。

 いくら彼でも、これを止めるのは不可能。

 へたに距離を取ったのが、仇となる。


「第四破光・紫閃(しせん)


 紫閃、あるいは死閃。

 その紫の斬撃が、彼に向って飛来する。


 ――彼が赤い気を纏った。


「第一破光・赤修羅の纏い」


 絶対防御不可能な時空間を超える斬撃。

 それを彼は一歩引いてから剣を振るい、楽々とはじいた。

 絶対に、そんなことは不可能なはずなのに。


 彼の赤い気が収まっていく。


 技の反動で動けない僕に、彼は言う。


「ひとつめの破光は、ただ紫閃を防ぐために開発したものだ。紫閃はいくら僕でも反射神経による回避はできない。しかし、敵意と殺意を飲み込んで反応する赤い気は、それを防ぐことができる」


 赤い気は一対一にて最強。自動的に対戦で最善手を選び続ける無限カウンター。

 彼はそう言っていた。しかし、その機能こそが副次効果だったのだ。

 彼の破光は、なにかのモデルが必ずいる。最初の破光は、四つ目の破光である紫閃を、そのモデルを防ぐためにこそ開発されたのだと、彼は言った。

 つまりは、こういうことだった。


「僕にはなにもかも、通用しないよ」


 力の差。それを見せつけるための戦闘。


 再び彼が駆けてくる。

 目にもとまらぬ速さ。


 次は黄色の気を纏っている。

 黄色の気は範囲攻撃。この場所では、よけることはできない。


「一つ目の破光」


 僕はまた、赤い気を纏う。


 彼が剣を振り上げる。

 黄色の力が溢れ、僕に向かって振りまかれる。


「三つ目の破光・黄双螺旋(おうそうらせん)


 まともな防御などできず、荒れ狂う黄色の気に弾き飛ばされる。

 足が地を離れる。

 思い切り壁に激突する。

 頭をぶつけ、意識が消えていく。


 がらがらと、壁の一部が、動けない僕に降り注ぐ。


 ◇


「今日も来たのかい?」

「うん、おじいちゃん」


 僕は揺れ動く意識の中で、なにかを見る。

 それはきっと、死の直前にみるものだ。


 七歳の頃の僕と、まだ死んでいないおじいちゃんが、あたたかな家でくつろいでいる。


「エトは甘えたがりじゃのう」

「そんなことないよ。僕は男の子だから」

「ほいほい、そうじゃったな」


 微笑ましげにおじいちゃんが言う。僕はふくれっ面になる。


「まあまあ、機嫌を直してくれ。ほれ、お菓子じゃ」

「やった! おじいちゃん大好き!」


 ……そういえば、おじいちゃんに向かって「大好き!」と言うのが、とても好きだったっけ。


 おじいちゃんの膝の上で、僕は子供らしくお菓子をむさぼる。大好きなおじいちゃんに頭を撫でられて、機嫌よさげにしている。


「エト。我々は理想を抱かねばならない種族なのじゃ。願いは、あるかね?」

「……だらだらしたい?」

「孫が情けなくてこのままでは死ねんのう」


 その方が都合がいい、と僕は笑っていた。つられたおじいちゃんも笑う。


 けど、ちょっぴり影がある。


「エト。お前にはこの先、困難な未来が待ち受けるはずじゃ。その時に、信じるものがなければ、乗り越えられん」

「……僕がこのままだと、おじいちゃんは困る?」

「困るのう」

「じゃあ頑張るよ。どうすればいい?」

「なんでもいい。理想を胸に抱くのじゃ。それに祈りを捧げれば、魂が強くなる。目指すもの、どういうものを望むのか、そういうものを早いうちに決めなければならない」

「……でも、そんなものないよ」

「じゃあわしが助けてやろう。一般的な良いひとを目指すためにものを教えようかのう」


 誘惑に負けないようにしなさい。

 強きをくじき、弱きを助けるようにしなさい。

 自分を誇れる大人になりなさい


 ――束ねられた三つの言葉。三つの言霊。


「自分がなりたいものに、なりなさい。

 自分が信じるものに、なりなさい。

 自分を誇れるようになりなさい」


 おじいちゃんは、できる限り僕に思想を押し付けないようにしていた。『自分がなりたいもの』。それになれるようにと、強く言っただけだった。


「立派なひとになれればいいかなあ」と僕は言う。おじいちゃんは微笑みながら頷いた。今はその程度のぼんやりとしたものでいい、と言う感じに。


「たまには振り返って、自分の魂の扉を見つめなさい」

「……どういうこと」

「自分が思っていること、願っていること、なりたいもの。そういうものに、目を向けるんじゃ。優しい、という事柄、そう嫌いでもないじゃろ? そういうのを日ごろから見返していると、思いというものは強くなるんじゃ」


 難しい言葉に、僕は頭をかしげる。


「……つまり、じゃな。おかしおいしい、とずっと思っていると、おかしのことが大好きになってくるんじゃな」

「なるほどー」


 伝わったか、とおじいちゃんが笑う。


「でも僕、おじいちゃんのことも、好きだよ?」

「わしもじゃよ、愛しておる」


 大好きなおじいちゃんに頭を撫でられて、僕はくすぐったくて目を瞑る。


「……ほかの人たちのこと、あまり好きではないのかの?」

「ほかのひとたち? うん、まあ、あんまり」

「周りとも仲良くするようにしなさい。豊かな環境は恵まれた知人が必要だから」

「たまにおじいちゃんの言葉、難しくてわかんない」

「いずれ、わかるときが来るよ」


 思えばおじいちゃんは、僕のことを心配していた時も多かった。単なる未来の話だけではなく、現在のことも。

 人間関係について、とか。


「いつか、エトにも大切なひとができる時がくる」

「どうだろうね」

「くるはずじゃよ。エトはいい子だから」


 どうしても困ったとき、誰かを助けたいとき、そういうときがくるはずじゃ。


 おじいちゃんはその言った。


「そのときに……。いや、やめておこうか」

「おじいちゃん?」

「……」

「どうしたの?」


 なにかを話そうとして、黙る。どうしたのかと、僕は聞く。

 おじいちゃんはたまに、なにかを話そうとして、やめる時があった。

 でも、この日は違った。もう決意した、という目をして、ゆっくりと口を開いた。


「誰かを守りたいとき、そういうときは――魂の扉を開けるのじゃ」

「魂?」

「わしらは祈りをひきずる種族。もしも最大の敵が現れた時、きっとそれは魂でしか対抗できん。魂は、神でも作れないものだから」

「えーと、よくわかんないけど、頑張りたいときは魂をどうにかすればいいの?」

「うむ、そうじゃ。願いごとをかけ続けた魂にじゃ。立派な人になりたい、ということを、自分の原点を強く思うのじゃ」

「うん、わかった」


 この子に幸が訪れますように。

 この子に悪が立ち塞がりませんように。

 この子が長く生きられますように。


 おじいちゃんは三つの言葉を束ね、祈る。

 罪悪感が、表情に現れている。


「エト、魂の扉は、できれば開けてはならぬ。見つめるだけに、留めなさい」


 辛そう、だった。

 そして後ろから、僕を抱きしめた。


 あたたかな感触。

 だがその暖かさは、なんだか異質だった。


「今日はちょっぴり疲れた。すまんがひとりにさせてくれ」

「うん、帰るね」

「うむ」


 疲れ切った表情が目に入る。

 なぜその時に疲弊していたのか、僕は気に留めなかった。

 思えば、その時になにかをたくされていたのかもしれない。


 魂の扉を()けよ。


 ――おじいちゃんが死んだのは、その次の日だった。










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