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エトワール十一

 

「手を繋いで眠るんだ。そうでないと、私たちは離れ離れになってしまうかもしれないから。とれあえず、エトは私の隣にこい!」


 それに異論を申してる者がいる。


「俺がエトさんの隣がいい!」

「なんだ赤髪、おまえ男だろうが! 女と手を繋ぎたがれよ!」

「いやだ!」


 そんなことを言い合っている二人を、僕はアリアと共に眺めている。

 僕らはすっかり傍観者。とても平和だ。

 そうやって、ぼーっとしていると、片方の手が塞がれていた。


「えへへ、私がエトをゲットだ」

「捕まった」

「これからも漁夫の利を狙っていきたい所存である!」


 ふふん、とアリアが胸をはった。


「あ! アリアさんずるい!」

「賢すぎるだけだよー」

「卑怯だ! 最年少特権を発動する! 俺がエトさんの隣にいく!」

「バリアー」

「ぐっ、そんな子供みたいな技……」


 勇者はそう言ったが、彼が言っていることも子供みたいな技なのでどうすることもできなかった。


 そんなことを勇者と言い合っているうちに、そろりとクシャナが移動してきた。

 手を握られる。


「あ! ずるいぞ!」

「……言葉を借りるなら、私は少し賢すぎたらしい」

「ぐぬぬ」

「世の中は弱肉強食。チャンスをつかめない弱者は淘汰される運命にあるのだ!」

「超感覚まで持っているのになぜ俺は負けてしまうんだ……」


 勇者はしょげた。


「まあ、私のあいた手をかしてあげよう勇者君」とアリア。


 勇者は「こうして互いに争った敵とも友情を深くしていくのもの定めか……」などとよくわからないことをつぶやいていたが、いったい彼の敵とはなんなのだろうか?

 少なくとも強大な魔王とかではないようだ。


 僕らはごろんと横になる。

 クシャナが僕の手を少しだけ強く握った。


「……久しぶりだ。人の体温を感じたのは。この世界の人たちと仲良くしようとすると、なぜだかアウトサイダーだと気づかれて、シャドウドグマがやってくるんだ。……突然、町中の人たちが私を凝視する。魂の入っていない、作り物みたいに。一斉に、じっと、監視するみたいに目を離してくれない」

「……」

「でも、今はもう三人も仲間がいる。私は、贅沢すぎるぐらい幸せ者だ」


 僕はそっとクシャナの手を握った。


「大丈夫、ここには僕たちがいる。どこにも、行かないから」

「うん……うん……」


 夜の闇は深く、お互いの顔は見えなかった。

 でも、僕の一言が、僕たちの存在が彼女の救いになるのなら。

 それは、少なからず僕たちがここに来た意味があるということだと、そう思った。



 そして、朝。

 ぺしぺしと軽く頬を叩かれる。

 甘い匂い。

 僕は昨日と同じ裏路地で、横たわっている。


「起きた? お寝坊さん」

「……アリア」

「ふへへ。そういえば君の寝ぼけた顔、見たことなかったかも」


 ふわあーと大きくあくびをして起きる。

 クシャナは隣にいない。

 勇者はいびきをかきながら眠りこけていた。


 なんだか、将来、勇者は旅の途中で寝込みを襲われたりするんじゃないだろうか。心配だ。

 そう思うぐらいの、親心が芽生えそうなほどの爆睡っぷりだった。


 僕は勇者を揺さぶって起こす。目がパチリと開く。先ほどまで眠っていた者の目とは思えないほど、パッチリしていた。


「……もしかして起きてた」

「ぐっすりしっかり寝てました」

「ちょっとびっくりしたんだけど」

「勇者の特技で早目覚ましっていうのがあるんです。朝にすごくシャキッと起きれる能力です」

「……君ってよくわからない能力をいっぱい持ってるよね」

「勇者って覚醒得意そうですし、目を覚ますのも得意……? いや、知りませんけど」


 僕はアリアにクシャナの行方を聞く。

 アリアによれば、クシャナは外の偵察に出かけたのとのこと。


 まもなくして、クシャナが戻ってくる。怪訝そうな顔。


「どうしたの?」と僕は聞いてみる。


「……それが、今日が一年の何日目なのかわからないんだ。町の様子はざっと変わっていないが、見覚えのない出来事が起こっている。エトたちが来た弊害で、一年という時間より前かあとに移動したのかもしれない」

「そういえば、一年の何日目っていうの、どうやって図ってるの?」

「そうだな。この世界のひとたち、結構なひとが通信機能を持った道具を持っているんだが、そこに日にちが書かれてるんだ。盗み見るっていうのも結構リスキーな行為で、シャドウドグマを引き寄せる可能性があるからあんまりできないんだが……」

「なるほど。じゃあ、今日はその日にちが見れてなくて、何日目なのかわからない、と」

「一応、どういう出来事があったのはこの日にち、みたいな感じで把握してるから、推測は立つんだが、今は五十日ぐらいか? その日に作られてた看板があったから、六十日目で壊れてしまう看板だから、今日はは五十~六十日目ぐらいってところか」

「もしかして、うるう年じゃない? 四年に一回しかないっていう日」

「といっても四年ではなく、一年を繰り返している世界だぞ? たまたまその日が、いままでなかった来なかった、なんてことは、ないと思うんだがなあ」

「うーん、どうなんだろうね」


 どうやら、今までとは違う日に来ているらしい。

 それは僕たちが現れた弊害なのか、なんなのか。


 それはそうと、さっきから勇者が静かだ。物思いにふけっている様子。

 どうしたのか、聞いてみる。

 彼は唸りながら口を開いた。


「……なんていうか」

「うん?」

「……俺がもうひとりいます。超感覚がとらえてる。東の方です」


 勇者は複雑そうな表情をしている。ドッペルゲンガー、という言葉が脳裏に浮かぶ。


「行ってみる? やることは決まってても、手掛かりはないし」

「いえ、やることはもうひとつありますよ。ここ、破滅都市エトワールの真ん中。そこに物凄く高い塔があるでしょう? あそこ、すごく怪しいってびんびん俺の中の超感覚がいってます」


 勇者がそういうと、クシャナが焦った様子で言う。


「だめだ! あそこだけはだめだ! あそこはシャドウドグマの巣窟だ! 一匹でも絶対に勝てないのに、何匹もいるところにいくなんて自殺行為だ!」


 それを聞くに、クシャナも塔に行ってみたことがあるのだろう。おそらく、その時に何人か死んでいる、そんな気がする。


「でもさあ、俺、シャドウドグマ?ってやつ、見たことないんだけど、エトさんと俺なら倒せるんじゃないか?」

「絶対に無理だ。やつらは細切れにしても何度でも復活する! おまけに一度見つかると魔力を辿ってひとりが犠牲になるまで永遠に追ってくるぞ! 確実にひとり死ぬんだ!」


 その悲壮感に溢れた声音は、彼女がいままでいったいどんな目にあってきたのかをはっきりと物語っていた。誰かの、犠牲。

 はっ、としてクシャナが我に返る。


「ご、ごめん。ムキになった、忘れてくれ……」


 長く、白い髪がしょぼん、とうなだれた。


「……どうします、エトさん」

「そうだね。一度、勇者の言う違和感の方に行ってみようか。塔にいくのはそれからでも遅くない」


 物事の保留とは、ある意味逃げだ。

 しかし、急いては事を仕損じるとも言う。

 明らかにそこが怪しく、難関に見えるなら、まずは身の周りを攻略したほうがいいかもしれない。


「じゃあ、勇者の意見に従ってもいいかな?」


 僕はアリアとクシャナに聞いてみる。

 アリアは快くうなずいた。

 しかし、


「……私は、そこまで脱出の手段を探さなくてもいいと思う。ここは注意こそ必要だけど、きっと永遠に生きれる。だって、歳をとらないから。お金だって実質無限だ。毎日残高は元に戻るのだし。だから飢え死にすることもない。なら……なら、ここで生きていくっていうのも、ありじゃないか?」


 クシャナは怯えるようにそう言った。

 彼女は、その言葉が否定されるとわかっている。だがそれでも、言わざるを得なかった。彼女は、怖がっていた。


「クシャナ――」

「――ごめん、忘れてくれ。私が間違ってた」


 彼女は後ろを向く。その表情を気取られないようにと。

 彼女のいままでの経験。百年という歳月。多くの仲間を失ってきた痛み。

 僕らはなにひとつ、真の意味で理解することはできない。その痛みも苦しみも、彼女だけのものだ。本気で仲間を思っていて、それで悲しんでいる、彼女だけのもの。


 だから彼女の意思を尊重して、なにも言わなかった。

 僕らは、彼女の意思を無視してでも元の世界に戻る手段を探さなくてはならないから。


 勇者を先頭に、勇者と同じ気配を持つところへといく。

 裏路地を潜り抜けて、大通りへ。ごった煮にされた人ごみが蠢いている。人の熱。

 通りにはいくつもの店。高級そうな物の売り場、食品、よくわからない魔道具らしきものの羅列。


 人の波に乗って、僕らは流されていく。

 武器は大きなカバンにしまったが、僕らのかっこうは周りのひとたちとは大きくことなる。すれ違う人々に一瞬見られるが、すぐに興味を失ったように視線を外し、歩いていく。


 だいたい一時間ぐらいたっただろうか? 僕らは町の端っこと思われるところにきていた。普通、こういったところには、盗賊や獣をよけるために柵やらなにやらが町を取り囲むものだが、そういうものは見当たらない。必要ない、ということだろうか? ここは創造された世界だから。


 勇者がふと立ち止まる。

「どうしたの?」と聞いてみる。


「おかしい……ここで合ってるはずなんですけど、なにも見当たりません。俺がいまいる位置に、気配があるんです。でも、なにもない」


 ここは町の端っこ。いままであった大量の店は見当たらず、質素な家が少量立っている。そんな土地。

 ただっぴろいこの土地にはなにもない。

 ……やれることと言えば、勇者らしく、民家をまさぐって物をとっていくことぐらいだ。


 ――『彼』が立っている。


 かつてないほどにはっきりとした姿。通常、『彼』の姿は目を閉じたり、意識を集中しなければ、声は聞こえても、姿形は見えない。

 ここが、祈りの種族が作った世界だからだろうか? 存在力が、増している気がする。


 《勇者が立っている位置に魔力無効化の力を当てるんだ》


 静かな助言に、僕は頷く。

 僕は勇者のとなりに立つ。

 手を地面に当てて、力を流し込む。


 すると土がさらさらと溶け、黒い金属の塊が現れた。それは、扉だ。


 勇者が驚く。


「……こんなところに扉があったのか。超感覚で気づけないって、どんな仕組みをしてるんだ?」

「勇者と同じ気配があったって言ってたよね。なら、これは勇者を知るものがかけた魔法なのかもしれない」


 僕はその黒く、巨大な扉を開く。

 デュースさんの地下室への扉を思い出す。

 しかし、これはそれよりもずっと規模が大きい。階段はないし、通路には灯がほのかに揺れている。


「アリア、クシャナ、ここからだと、けっこう高さがあるけど大丈夫?」

「もっちろん」

「私は大丈夫だ」


 勇者は確認するまでもなく大丈夫だろう。

 僕らは頷き、地下へ降りる。


 飛び降りるごとに空間に音が響き渡る。ひとつ、ふたつ、みっつ、よっつ……。

 無事着陸できた僕らは、先へ進む。

 黒い壁が、僕たちを押しつぶすような圧迫感を与える。


「おい、こんなところに来て、大丈夫なのか?」


 クシャナの怯えた声。慎重な彼女は、逃げ道が特にないことに、不安を覚えているのだろう。


「待っててもいいぞ」と勇者が言う。


 彼は前を向いていた。うしろを振り返る気なんてない、とばかりに。


「いや、いく。いくよ。私もいかなきゃならない」


 クシャナは震えていた。だが、声は力強かった。

 瞳に力が宿る。彼女は、百年以上生き続けた人間。意志そのものは、強い。


 勇者を先頭に、僕らは前へ。

 歩くたびに足音が反響する。密封性が高いのだろう。

 そして進んでいくと、また扉があった。次は白い。


「開けますよ」


 勇者が扉を開ける。

 開けた視界の先にあるのは、なにもかもが白い、大きな部屋だった。無限の空間があるのかと思うぐらいに、広い。そして、霧が立ち込めていた。


「……うぐ、前が見えない。どうします?」


 勇者がそう言うと、アリアが答えた。


「ちょっと魔法を試してみる。どいてね」


 彼女が前に進み出る。すうーと息を吸い込む。


「グランド・ポーミラル」


 明かりの呪文。


 手のひらから明かりの玉が放たれ、上空へ。

 その光が、霧を払っていく。視界が開けていく。


「……ごめん、私、この魔法を使ってるときはあんまり使い物にならないかも。この霧、ちょっと特殊みたいで、難しい魔法で払わないといけないみたい。それに明かりが消えるとまた霧が復活しちゃうと思う」


 魔術師の弟子である彼女は、霧についてそう言った。

 クシャナがつんつんとアリアをつつく。


「ここにいると、たいていの人間は力がどんどん強まっていくんだが、アリアはきて半日だろう? それでこれを使えるって、若いわりにどんな修行をしてたんだ?」

「私? うーん、師匠が優秀なだけだよ。うん、すごく、優秀だった」


 憂いをおびた表情。

 ふむ、とクシャナ。


「私は攻撃一辺倒だからなあ。腕には自信はあるが、多種多様な魔法を使えるものがいると助かる」

「ふふ、ありがとう」


 アリアの明かりは、ある程度の距離までしか霧を払ってくれないようだ。

 光は降り注ぎ続けている。しかし、周囲すべてを見渡すことはできない。

 広さはどれぐらいだろうと思ってアリアが魔法を放ってみたが、反射の音は聞こえない。いったい、ここはどれぐらい広いんだろうか?


 勇者を頼りに、僕たちは進んでいく。


 《破滅のエトワールは》


 突然、彼の声。霧の向こうから聞こえてくるような、そんな感じの。


 《誰よりも強かった。比べられないぐらい、圧倒的に。今の僕が剣を握っても、まったく敵わないだろう》

『……君が?』

 《ああ。しかし、彼は死んでしまった。いや、神ならば死ぬというより、消えたというほうが正しいのか? とにかく、破滅のエトワールはもうどこにも存在していない。……少なくとも、この世界では君に敵う奴はいないだろう。破滅のエトワールがここにいないことは確実なのだから》

『朗報、なのかな』

 《朗報だよ。しかし、わからないのが、なぜこんな強大な世界がいまだに存続しているのかだ。神の力なしには、こんな世界が存在できるわけがない》

『今いる神はただ一人だ』

 《いや、そいつは違うと思う。今の唯一神はどの世界にも興味はないらしい。干渉がここまでゼロということは、ほんとにどうでもいいのだろう。おそらく人が見つけなければ、今の唯一神は存在を隠したままだったはずだ》

『神聖断絶の時代に、突然神は消えてしまった。その時、なにが起こったの? 神々は、いったいどこへ?』

 《……わからない》


 神がいなくても、ひとはやっていける。しかし、行方が気にならないというわけではない。そもそも神は――。


 《しかし、ただひとりを除いて、神が滅びているのは確実だ。身を隠しているわけではない》


 そんなことを言って、『彼』は消えた。前々から思っていたが、僕の前に姿を現すには、時間制限か、条件のようなものがあるらしい。

『彼』はそのことについてなにも言わないが。


「まて」


 そうクシャナが僕らを制する。

 じっと固まっている。耳をすますかのように。


「……シャドウドグマの気配がある。引こう。絶対に勝てないから」


 強い口調でそう言った。

 しかし、それに勇者が反対する。

 ここで引けばなにも得られない。手掛かりがある場所になんて、敵の息がかかっているに決まっている。それでは、いつまで俺たちは逃げ続ければいい?


「せっかくだ。俺たちはここで敵の力量を図るべきだ。勝てるかどうかここで試す」

「……やめてくれ。逃げ切るには誰かが死なないといけないんだ。私は……私はそれは絶対嫌なんだ……」


 しかし、それを無視して勇者は目を細めた。


「あそこか。黒い影みたいなのがある。たぶん、数は一匹。こっちには気づいていない。いきましょう、エトさん」


「やめてくれ」とクシャナが言った。


「この先にいるやつ、様子が変なんだ。普通よりもたぶん、強い。こいつをわざわざ相手する必要はないはずだ」

「敵は一匹。多少強くても今ほど、うってつけな場はない。ここで暴れても、他に敵はいないし、数が増えることはない。今しか、ないんだ」


 そういう彼の言葉は、なんとなく、彼の生き方を思わせる。

 安全よりも踏み込むことを、勇敢な決断を。

 勇者はほかの人間よりも寿命が短い。生き急がなければならない。時間を、無駄にできない。


「なあ」と僕はクシャナに言う。


「安心してくれ。僕があいつを倒すよ」

「……エトが? やめてくれ。勝てない敵なんだ。世界がそう定めている、番兵なんだ。……死なないで……くれ」


 かすれた声。

 しかし、僕は勇者と同じ考えだった。

 どちらにせよ、いつかは戦わなければいけない敵だ。

 だから、僕は、無責任なことを言う。


「クシャナ、僕はあっちの世界では最強の剣士だったんだ」

「……そんなもの」

「通用しない? いや、僕は数々の異形と戦ってきた。こういう反則みたいなやつとの闘いは慣れてる。――僕を信じてくれないか?」


 ――信じてくれないか?


 それは、卑怯な言葉だ。

 でもこうする以外、道はない。


 クシャナは弱々しくうなずいた。ほんとはそうしたくないというのがよくわかる。しかし、彼女は精一杯笑った。


「うん、信じる」

「ありがとう」


 簡素な言葉に簡素な対応。

 方針は、決まった。


 僕はアリアと勇者を見る。


「アリアはどう思う?」

「まあ、エトなら大丈夫じゃない? 事故でナイフが頭に降ってきても明日には生き返りそうだし」

「君の中で僕はどういう生物なんだ。ゾンビを超えたなにかなのか? まあいいや、信頼してくれてありがとう」

「どういたしまして!」

「じゃあ勇者、君はどう思う?」


 勇者は拳を固めている。嬉しくてたまらない、という感じに。


「平気でしょう。あいてはチートみたいなやつ、らしいですけど、それはこっちも同じですしね。俺らの世界のチートと、ここの世界のチート、戦わせてみたら面白いじゃないですか!」


 それに、と勇者は言う。


「……俺だって、背伸びすればトップレベルの戦力なんです。それを軽々と倒しやがって……! とまあ、エトさんなら勝つでしょう。言ってて悔しくなってきた」


 それは、クシャナにも向けた言葉なのだろう。

 僕は思わず口元が綻ぶ。

 彼の些細な気遣いは、きっと小さなもの。

 でも、多少なりとも、クシャナは楽になったはずだ。

 僕は、こういう出来事が好きなのだ。


「じゃあ、行ってくるよ」

「……ほんとに一人で行くんですか? 俺も行った方が……」

「いや、ひとりじゃないと危険なんだ。そういう技を使う。一方的に相手を処理する」


 僕はアリアを見つめる。

 彼女は黙って頷いた。


 僕はこのカマキリと戦ったあとの一か月間、ただ遊んでいたわけじゃない。

 破光のコントロールは、ほぼ完ぺきだ。熟練度はいまいち足りていないが、なんとかなるだろう。アリアはそのことを知っている。


 敵の情報を聞き、戦術を練る。

 シャドウドグマは影の剣を放ち、無尽蔵のそれが永遠と襲ってくるそうだ。そして、どんな攻撃を仕掛けても復活する。ただ復活するにも少しの時間がかかり、その間に逃げることができるそうだ。しかし、逃げてもひとつの命を消すまで追ってくる。それこそ、なにをやっても、永遠に。


「……気になったんですけど」と勇者が言う。


「あれ、よく見ると知ってる存在な気がします」


 そう言われて、僕も目を細めて見てみる。


 第五破光・緑影の葉衣。


 緑の気を纏い、僕は遠方を見る。


 緑とは自然の力、周囲と同化し、溶け込む能力。この場所と一体化した僕は、あらゆる能力が向上する。ただ、動けばその能力は無効だ。

 具体的な使い道と言えば……視力がすごくよくなる。


「……ほんとだ」


 その影は騎士の形をしていた。そして、黒い。甲冑の目にあたる部分は赤く、盾と剣を持ち、大きな翼が生えている。


 知っている存在。それは、おとぎ話の存在。


「あれって、ナイトナイツじゃないの?」

「びっくりですよね。おとぎ話で出てくるかっこいい敵の代表格。魔王の側近として、もしくは魔王を守る九人の守護騎士として物語に登場する」


 ナイトナイツあるいはナイツナイト。それは、常に勇者魔王の物語で登場する、暗黒騎士。

 その役割は、物語によって異なる意味を持つこともある。

 ひとつは夜の騎士(ナイトナイツ)。魔王のただひとりの側近として勇者の行く手を阻む、ナンバーツーの敵。

 もう一つは九人の騎士(ナイツナイト)。そのすべての命を絶たなければ魔王のいる場所に到達できない、命そのものが魔王を守る盾となる。


 目の前の敵がどちらに属するかはわからない。

 しかし、強敵なのは間違いない。クシャナが言っていた「様子が違う」とはそういうことらしい。

 思えば、ナイトナイツは暗黒騎士らしく影の剣を使うことが物語では多い。所詮作り話なので、いつもそうというわけではないのだが、そうなるとシャドウドグマはナイトナイツとなにかしら関係しているのだろうか?


 考察が済んだところで、僕はただひとり、足を進める。

 仲間が後ろにいる。霧の中に入れば、かろうじてしか前が見えない。

 しかし、その黒い影の場所ははっきりとわかった。

 相手はこちらに気付いていない。もう少し、もう少し前へ……。


「……」


 そして到着する。有効射程距離。およそ五百メートル。

 戦術は簡単だ。傷をつけ、動けなくなったところを完全に消し去る。


『彼』はこの世界で僕に敵う者はいないと言った。根拠は言っていないし、適当な独り言に近かったかもしれない。

 しかし、今まで『彼』が間違ったことをいうのを、僕は聞いたことがなかった。


 敵は不死身で、とても強大。しかし、僕には勝てる自信がある。

 驕りではなく、経験と『彼』の言葉が、僕にそう思わせた。


 ――四つ目の破光。


 これは身に纏うものではなく、武器の刀身のみに一極させる奥義。

 扱いはとても難しく、才ある身だろうが、使用者に必ずダメージがいくであろう。そして、命中させるのは至難の技だ。


 ――これは、相手が動き回っていて、余裕がないときの話。


 これほど落ち着いた状況で、相手はただじっと立っている状態。

 こんな時なら、先程の話は無視できる。絶対に当たるし、使用者へのダメージはごく少量だ。

 そして相手はこの攻撃にけっして対応できない。


 勇者は僕のことをずるチートと呼んだ。たしかに、この技に限ってはあながち間違いではないのかもしれない。


 ――四つ目の破光は紫の力を現す。


 紫とは、時空間を現す力。それを刀身に付与し、放つのがこの奥義。

 四とは七の次に特別な数字と呼ばれる。四は『死』を示し、不吉であるとされる。


 ――キギ、と剣を半身ほど鞘から抜く。


 漏れ出る紫の粒子が、剣から発されていた。

 僕は、落ち着いてその技を発動する。


「第四破光・紫閃(しせん)


 紫閃、あるいは死閃。

 紫色の斬撃は、時空間の力をいかして敵のすぐ目前に現れる、距離という概念を無視したゼロ距離攻撃。


 ゆえに絶対回避不可能、絶対防御不可能。


 暗黒騎士の頭のてっぺんから股を、紫の斬撃が真っ二つに切り裂く。

 命中。


 しかし、暗黒騎士は別たれた体のまま僕の方向に向いた。

 身体が真っ二つになった。この程度がなんだと言いたげに。

 暗黒騎士の身体が再生を始める。しかし、この時は動けない。ここが、最大のチャンス。


 ――白の力を開放する。


 それは、六つ目の破光。


 白とは、何色にでも染まることのできる自分を持たない万能色。

 破滅の力は強大がゆえに力を何かに染めないと扱うことはできない。しかし、白に染めれば、破滅の力はほぼそのままの力として機能することができる。白が破滅の色へと、染まるから。


 破滅の白は、なにもかもを飲み込む絶対相性の力。

 なににぶつかっても打ち勝つことができる。命をひとつ飲み干さない限り、相殺することができない力。

 直撃した存在の能力ごと、無効にして飲み込む。まさに不死殺しの力。

 いくら復活できる敵がいても、ひとかけらも存在が残っていないのなら、復活することはできない。


「終わりだよ。第六破光・白撃」


 薙ぎ払う一撃が、暗黒騎士に放たれる。

 白い斬撃。それが暗黒騎士を飲み込んだ。

 残るものはなにもない。完全な消滅。


「……ふう」


 予想通り、あっけなく終わった。

 といっても、これは僕が作り出した技じゃないし、『彼』の助けがあったからあったからだ。確かに僕はずるいほどの力を持つが、それは『彼』がいたからこそ。

 おまけにこんな技を習得したいまでも、『彼』には手も足もでないとはお笑い草だ。


 僕は仲間のもとへと戻る。


「倒したよ」と一言。


 はあ、と勇者がため息を吐く。


「なっ?」とクシャナに向けて視線を流した。


「私の心配を返してくれ」とクシャナが若干ふくれっ面になって言う。


「安心なら与えたと思うんだけどだめかな?」と聞くと、「その程度しかできない男だったか。世の中ではやっていけない男だな」と返される。

 世間は厳しいものらしい。


「よし、先に進むか」と勇者が言う。


 また勇者を先頭にして僕らは進んでいく。


「もしかしたらなにか起こると思ってたんだけど」とアリアが言う。


 僕はそれにこう答えた。


「なにもかも物語みたいには運ばないものだよ。正攻法で行かなくても、現実ではずるできるものだ」

「唐突に悟り始めたね」

「強大な敵を倒して命の尊さに気付いたんだ」


 僕らはよくわからない会話をする。


 ◇


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