エトワール十
――ガヤガヤと、人の声が聞こえる。
周りには、何人もの気配。大勢の人々が歩く足音。
はっ、として目を開く。
周囲には何人もの人間がいた。その人たちは僕を一瞬見るが、興味なさげに、歩く方向へと視線を移していく。
胸焼けするような、人ごみの中。その中に、僕はいた。
アリアも勇者もイブノアも、誰一人として僕のそばにいなかった。たったひとりで、ここにいた。
「……」
まるで状況がわからない。
周囲の人たちはスーツを着ていて、手さげのカバンを持っている者が多かった。サングラスなどをかけたラフな若者も大勢いた。
彼らの何人かは、手のひらサイズの薄い箱を耳元にあて、喋っている。
ひとりごとか? と思ったが、それは通信手段を持っている魔道具だとわかった。もし仮に、このひとたちが全員精神疾患にかかっていないのであれば、そういう結論になるだろう。
時間がたって、少し落ち着きが増し、周囲を見渡してみる。
ここは、町だ。都市ぐらい発展した町。しかし、周りの人々を貴族かと思うほど、こぎれいだし、服装や衣類などが整っている。文明レベルが違う。そんなことを思う。
ひとまず、僕も人ごみにそって流される。あそこにとどまり続けると、邪魔臭い人間だと思われてしまうだろう。動揺しながらも、周りの人々と同じように、僕は歩き始めた。
……それにしても、ここは変だった。
文明レベルが違う、と僕はここを評した。それは言葉の意味通り当てはまる。周りの建物は、宮殿なんかで使われているはずのガラスが使われているものが多々あるし、鉄で作られているものなんかもある。
いったいどれぐらい資源が余れば、こんなものが町に並ぶのだろうか? 貴族でもない、一般市民の住む町に。ここがどれぐらい富んでいるのか、皆目見当もつかない。
『彼』はあの部屋にいるとき、紋章に触れれば別の世界に飛ぶと言っていた。なら、ここは別の世界なのだろうか? だから、これほど町も裕福なのか?
ひとまず、アリアたちを探さなくては。
――おい、とささやかれる。
服を軽く引っ張られる感触。背後から、何者かが立っている様子。
人ごみのなか、僕は振り向くことはできない。
「おまえ、部外者だな?」
その声は、案外幼かった。たぶん、僕よりも小さい女の子の声。
しかし、やけに芯があり、力強い。
「私についてこい。ここのルールを教えてやる」
振り返えれば、その少女は白い髪に白い眼をしていた。たぶん、イブノアぐらいの、十四ぐらいの子だ。
最初に逆立った警戒心が薄れ、ほっとする。
そんな感じの僕の様子をみて、女の子は「ちっ」と言った。
……舌打ちされた。
「いくぞ。チンタラしてたらおいていく」
彼女はひょいひょいっと人ごみを通り抜け、裏路地の方へ。
僕も遅れないように追っていく。
僕は剣士だから空間認識能力が長けているが、この子もそうなのだろうか? ずいぶんとなれた身のこなしだった。
「こっちだ」
手招かれ、さらに奥へと入っていった。
そしてひとけがすっかり少なくなったころ、彼女はそこらに座り込み、「ふう」とため息を吐いた。
ここは、まったくひとけがない。そして暗く、あまり広くはない一本道。
剣を振り回すとしたら、邪魔になるだろう。
「とれあえず、言っておくと、私とお前は同類だ」
「……部外者?」
「そうだ。別世界から来た人間。というより、ここがひとつの世界から独立しているって感じだな。世界は大きな、お前と私がいた世界と、この『祈りの種族』が製作した小さな世界、で二つある」
「待ってくれ。祈りの種族が世界を作った? それってどういうこと?」
「私にも詳しくはわからない。だがやつらはとにかく強大で、常人には理解できない理想主義者。常に理想の素晴らしき世界を目指していたが、断念。それで行ったのが世界創造、その途中で、できたのが独立した小さな世界。で、ここがその小さな、コントロールできるだけの人数をそろえた世界。そういうことらしい」
――祈りの種族。
彼らはとにかく優秀で、身の丈に合わない願望を抱く理想主義者。『彼』によれば、祈りの種族は人体の生成と、物語を紡ぐことを得意とする、らしい。
歴史書では大爆発が起きてその村が滅んだとか、国から疎まれて滅ぼされたとか、はっきりしていない結末が語られている。
それに加え、彼らは勇者魔王物語でも登場し、勇者を助ける立場として存在することもあった。一般的な認識では、物語のほんの隅っこにでてくる、よくわからない存在。そういうものでしかない。
「いいか? まず、その剣は物騒すぎる。今は周りからコスプレだと認識されているからいいが、もし警察に捕まったりしたら最悪だ。とれあえず、このケースにいれてくれ。ああ、あと腹が減ったりしてなにか買うときはこのカードを使ってくれ。上限は気にしなくていい」
少女が背負っていた人間が入れそうなぐらいの箱を置く。そこを開けば、ナイフといった武器など、戦いに必要なものが詰まっていた。
次に、渡されたカードを受け取る。彼女によれば、それを提示された機器に添えると、お金が払われたことになるらしい。
カードのなかにあるお金を引き抜いて使用するのだとかいっているが……よくわからないので、そういうものだと理解しておいた。
「そういえば、警察って何?」
「ここでは騒ぎがあったり、犯罪があるとそれを取り締まるやつがいるんだ。警備兵みたいなものだな。それで、本題はここだ。ここは隔絶された別世界。私らは、アウトサイダーだとばれると、私らを消すためにやつらが現れる」
「……」
「幽鬼のような姿をしたやつだ。私らはシャドウドグマって呼んでる。こっちの攻撃は通用しないし、何度も復活する。私も腕には自信があるが、まず勝てない。そういう、この世界の番兵だ。生き物なのかも、よくわからない」
それを話すとき、少女は少し辛そうだった。一見、なんともない風を装ってはいるが。
たぶん、たぶんだけど、彼女はそれに出会ったことがある。それで、トラウマを植え付けられるぐらいのことが起こった。誰かが死んだか、絶望するぐらい力の差を見せつけられたか、そういうことを。
とにかく、目立つようなことはするな、と少女は言った。
僕は頷く。
「とれあえず、今は夕暮れ時か。今日はここで一晩過ごす。その間に、この世界の特性をもう少し話しておくか……」
この世界。独立した、小さな世界。……創造された世界。
僕らは、元の世界に帰れるのだろうか? デュースさんを見つけることはできるのか? そもそも、変異を止められることはできるんだろうか?
「ここは、時間が回り続けている世界なんだ。仲間たちと調べた結果だが、たぶん、ここでは特定の一年が、ループして続いている。同じところを歩けば、まったくおんなじ出来事が、起こっていたりしたからな。ただ不思議なのが、この『一年』という期間がその時間通りに流れていないんだ。一年の中の四日目がきたら、その次は一年の中の五十日目が来たりする。その次は一年の中の二百七日目。規則性はまったくわからない」
目眩がしてくる。時間のループ? いったいここは、どこまで既存の概念を超越してるんだろう?
世界を創造するというのも規格外な仕業だが、時間を操るのは、神でもできないことだ。ここを作った祈りの種族は、いったい何者なんだろう?
「……それで、その日にちを移動すると時は身に着けてるものが元通りになるんだ。カードに蓄えられた金は元通りだし、食べかけのお菓子は齧りかけじゃない。なにを基準にしているかはさっぱりだが、その物の最善の状態を維持される。武器のメンテナンスも必要ないな」
「……現実感がないよ」
「ははは、そうだな。ついでに用をたしたりしたい状態もリセットされるぞ?」
女の子にしてはずいぶんなことをいうものだ。
「ねえ、今更なんだけど、君の名前は?」
「私か? 私はクシャナだ。おまえは?」
「僕はエト。なんだか数奇な巡り合いだけど、よろしく頼むよ」
「……はは、そうだな。ずっと寂しかったんだ。仲間が一人一人減っていって、今はアウトサイダーは私しかいない。お前にとっては迷惑なことだが、ちょっと嬉しいよ」
クシャナはちょっぴり皮肉げにそう言った。やはり、シャドウドグマとやらに仲間はやられてしまったのだと、推測する。
「大丈夫だよ。君はもうひとりじゃない。僕がいる。安心して」
「……はっ、そうだな」
彼女はぶっきらぼうに言った。
「……それで、君ってどれぐらいここにいるの?」
「そうだな。最初の方は数えてなかったから正確なことは言えないが、百年は超えてる」
「…………え?」
「おっと、先程は傷心した少女を慰めようとしてくれた若輩者よ。私は君よりもおばあさんだぞ?」
彼女は、この世界は一年を繰り返していると言っていた。なら、その影響で歳をとらないのだろうか。見た目はイブノアぐらいなのに、やけに凄みがあると思ったら、そういうことだったらしい。
「そういえばだ、たぶんお前はこの世界について知らないと思うから、いろいろ教えておくとだな――」
クシャナが楽しそうに話し始める。今ので、ある程度心を許してもらえたらしい。
それに、僕らはこの世界では数少ない部外者だ。自然と親近感もわくことだろう。
クシャナはいろいろなことを語った。やはりというか、予想通り、ここは文明が発達している。資源は尽きることはないし、ひとびとは堅苦しそうではあるが、明らかに裕福だ。おもしろいおもちゃなんかもたくさんあるらしい。
そんなことを話しながら、ふとあることに気付く。
この世界では一年がランダムに流れていると、クシャナは言った。なら、僕はアリアたちに会えるのだろうか?
「この世界では眠るときに、ある程度お互いが近くにいないと、違う日に分断されてしまうんだ。寝てるときは精神が弱いのかなんなのか。眠ったとたんに違う日にちに移動してしまう。寝なければいくらでも日付はまたげるがまあ、あまり意味はないな。ということでエト。おまえは私と手を繋いで寝るんだぞ? 離したら離ればなれになってしまうかもしれない」
「まってくれ」
「えっ……嫌、か?」
寂しそうな顔をするクシャナ。その白い瞳がかすかに潤む。
「いやいやそうじゃない。他にもここにきた仲間がいるんだ。たぶん、二人」
勇者はあの時、イブノアを突き飛ばしていた。イブノアは光の中にいなかった。おそらく、ここに来たのはアリアと勇者と、僕だけだ。
「寝たら日にちを移動するんだろ? でも、僕の仲間はそれを知らない。はやく見つけ出して合流する必要がある。……もし、見つけられなかったら、どうなる?」
びくり、とクシャナが身を震わす。トラウマに触れたような、気がする。
それでも、僕は聞かなければならない。
僕は先を促す。
「……おまえのいっていることが起きて、最初の仲間はいなくしまった。もしかしたらまたどこかで会えるかもしれないが、百年たっても会えていない。シャドウドグマにやられてもしまったのかも。お互いが別の日に飛ぶとしたら、365×365分の1、つまり、13322分の1の確率で会える。計算上……365年はかかるな」
クシャナは百年もの年月を、ここで過ごしたと言っていた。しかし、今クシャナが言った数字はその程度ではない。いくらこの世界では歳を取らないと言っても、365年という歳月は長すぎる。絶対に、見つけなくては。
「心配するな。この世界はそこまで広くない。でかい都市十個ぐらいの広さだ。それに服装が目立つはずだから、きっと見つかるさ」
クシャナもまた、動揺している。都市十個ほどの大きさ。それほどの広さがあって、どうやってたった二人を見つけられるのか。
「はやくいこう」
「あ、ああ!」
急いで立ち上がる。例え不可能に近いとしても、やるしかない。
「そ、そのだな……大声で仲間の名前を呼ぶとか、やめてくれよ? シャドウドグマに見つかる」
はやくも、手札のひとつが消える。
それを使っても見つけるのは難しいだろうに、さらに追い詰められる。両手で持ち上げられないものがあるのに、さらに片腕を失った、そんな感じの。
どうするどうする。なにか思いつかなければ。このままでは――。
「――その必要はないぜ!」
――声。
その凛とした声に思わず泣きそうになる。
続いて聞こえるのは「おーい、エト~」という、聞きなれた声。
アリアと勇者だ。
二人がこちらへと走り、駆け寄ってくる。
「どうして、ここがわかったの?」
まず、そう聞いた。
この小さくとも広い世界で、奇跡的にまた三人揃うとは、とても信じられなかった。
「エトさん、忘れてません? 俺の勇者としての能力」
とんとん、と勇者が自分の頭を叩く。
「超感覚。なんか、エトさんたちの気配ってここの人たちよりもわかりやすかったんですよね。目立つっていうか。近くにアリアさんがいたから拾ってきたけど、ここに来るのもそう苦労はしませんでした。ついでに、イブノアはこの世界に来れてないみたいです」
「ああ……なるほど……なるほどね……」
呆然とした心境がまだ落ち着かず、僕は簡素な言葉しか喋れない。
にやっと勇者は笑った。
「それでそれで! そこにいる女の子は知り合った感じですか? なんか俺、周りのひとに喋りかけられなかったんですけど、ひとり捕まえるとはやりますねえ」
「いや、そんなんじゃない。彼女は……」
彼女の方を見る。
クシャナはない胸を張って自分の名を宣言した。
「クシャナだ。よろしく頼む」
それから、二人にも今までの事情を話しておく。
この世界について。クシャナのこと。
そして、当面の目標だ。
この世界でデュースさんを探さなくてはならないこと。
変異の原因を見つけなくてはならないこと。
元の世界に帰る手段を、見つけなくてはならないこと。
「そういえばクシャナ、この世界は祈りの種族が作ったって言ってたけど、いったいどんなひとが作ったの?」
「あー、なんかそこらはややこしいんだが、作ったのは人なのか、神なのかよくわからないんだ」
「というと?」
「なんでも、祈りの種族は破滅の宗派っていうのがあったらしい。で、この世界は祈りの種族の破滅宗派、その中でも最高の力を持っていたとされる、破滅のエトワールってやつが作ったんだと。破滅神エトワールとも言われてるな。で、この都市はこの世界の中心、破滅都市エトワール」
――破滅のエトワール。
消滅と悪逆の神であり、神のなかでももっとも大きな力を持つ。
そう、デュースさんの書斎でみた記憶がある。
そしてそう、それは――神、だ。
――神を名乗るもの、すべてを信用してはならない
『彼』の警告。
まさか、と思う。このために『すべて』と言っていたのだろうか? ただひとりの神しか存在しない、この世界において。
消滅と悪逆。
『彼』が持っている力、僕が受け継いでいる力。それは破滅の力だ。
破滅の宗派と破滅の力。たんなる字被り? まさか、そんなはずはない。それに加えて、『彼』はやけに祈りの種族に精通しているのだ。
間違いない。『彼』は祈りの種族だ。破滅の力を僕に教えた『彼』は、クシャナのいう破滅の宗派に、かつて所属していた。
だから『彼』はなにかを知っている。しかし、言ってはならないことがあるかのように時折口を閉ざす。しかし、小出しにヒントを与えてくれている。
思い当たることがいくつかあった。推測が広がる。おそらく、知ってはならない領域まで。
――誓約魔法。
神が勇者を任命するときに使う、誓いの儀式。
それを『彼』が受けていたとしたら?
『彼』が自由に表に出られないのは、なにかのルールが存在しているからでは?
――『彼』がこちらを凝視している。
幻覚なのか、現実世界に意識があるのに、『彼』が目の前に立っていた。
『彼』の口がゆっくりと動く。感情をたたえずに、冷静に、ただ告げるように。
――君はもう、終わりだ。
そう聞こえたのはきっと、僕の勘違い。




