エトワール九
◇
ボロボロの騎士たちが牛のような足取りで村からでていく。
それを見届けた後、僕は斬られた子供のもとに急いだ。
着けばアリアが子供を治療している。必死で子供を、癒している。
「……子供は?」
結果を聞くのが、怖い。
子供が斬られたのは僕が迷ったからで、止められたかもしれないことだったのだ。
もしも――もしも――。
「大丈夫だよ」
アリアが、目に涙を浮かべながらそう言った。
悲しみではない、助かってよかったという、安堵の涙。
ほっ、と胸を撫でおろす。
本当によかったと、そう思った。
「ありがとうございます。ありがうございます」
子供の母親が感謝の涙を流す。
すっかり傷が元通りになり、顔色もよくなった自分の子供を抱きしめる。もう、離さないとでもいうように。
周りの村民も安心している。よかったよかった、そんなムードが漂い、そして――。
「なあ、エト」
最初に口を開いたのは、おかしのおじさんだった。
彼は最初の一言を切り出したはいいが、ためらうようにまた口を閉じる。
彼の言いたいことはわかる。そして、覚悟もしていた。
結果として、誰も死なずに済んだ。しかし、確かに子供は死にかけたのだ。
たぶん、治すのがアリアではない、普通の治癒術師なら死んでいた。アリアがいたから、たまたま助かったのだ。それに比べて、騎士たちは代償を払っていない。
少量の武具を破壊したことや気絶させたこと?
……所詮その程度、大したことではない。傷つけたという事実を持つ側が、なにも報いを受けていない。
それはずるいのだ。
だから、許せなくなる。強い立場にいるからといって弱者を虐げようとしたやつら。安全な位置から一方的に殺そうとした、そういう奴ら。
正義感があるひとは、特に許せないのだ。こういった人種を。
だから、騎士たちは僕によって制裁をくらうべきだったと思ってしまう。
『彼』が言っていたこと。結束力が強いからこそ、仲間を強く思いすぎる。殺さないという選択をした僕は、村民に恨まれてもおかしくない。
「おーい! 待ってくれー!」
大声が聞こえる。ここからではなく、遠くの方から。
全力で走ってくる存在がある。遠目に見える赤茶色の少年。勇者。
「ふ……はあ、はあ……」
よほど急いできたようで、彼の衣類には葉っぱやらなにやらが引っ付いている。今も森へと変異の調査に行っていたのだろう。
勇者がこちらを見る。全部わかっている、とそんなまなざしが伝わってくる。勇者の能力で、遠くから出来事が見れたのだろうか?
「あ、あー皆さん」
勇者が喋り始める。
「えー、一応、遠くからなにが起こったかは見てました。とれあえず、俺が王様に直訴して神聖国ユクシッドには警告状を出してもらいます。たぶん、これでもやつらは来なくなるでょう。おまけに、エトさんが力を見せつけたから、少人数でまたやってくることもないはずです。あんなに人数がいたのに、たったひとりにやられちゃあ、ねえ?」
勇者は、最後にわざと相手を皮肉った。
それで、不思議と張っていた。緊張感がほぐれる。
彼がしてくれたこと。
それは、村の安全を確保してくれたことと……僕を立てて、僕のおかげでこれは解決したのだと、強調してくれたこと。
そして相手が弱すぎると皮肉ることによって多少なりともこちらに優越感を与える。こうなってくると、もう僕が非難されることはない。
感謝を込めて勇者を見る。
それを受けて、彼は軽く笑った。わかっていますよ、とばかりに。
「あーそのだな、エト」
また、おかしのおじさんが切り出す。
いくらかほっとしたような、肩の荷が下りたかように。
「――ありがとな。おまえのおかげで、俺たち全員助かった」
悪意のない、そういう笑顔を、おかしのおじさんはした。
きっと、僕に切り出そうとしたとき、僕の非を切り出そうとしたとき、おじさんだって苦しかったのだ。行き場の失った怒りを、誰かにぶつけるような行為。でも、それをする必要はなくなった。
それで、おじさんはほっとしたのだ。
「いえ、僕なんかが役に立ててよかったです」
僕は無難な返しをする。
誰もが、力の抜けたため息を吐いていた。
そんなところで、
「おい! 野郎ども!」とおかしのおじさんが叫ぶ。
「せっかくだ! みんな無事だった祝いに、また明日に祭りをやらないか? エトはあしたは品物ぜーんぶ、タダでいいっていう条件で!」
周りが賑わう。賛成の声が次々とあがり、思わず僕は苦笑した。
なんというか、こうやってみんなに感謝されるのはむずかゆい。
でも、みんなまた明るくなった。暗い雰囲気は消えた。
それは、きっと村民のみんなの協力あってのことだ。
こういう団結を、なんだか嬉しく思う。
「ねえ、エト」とアリアが言う。
「よかったね」
彼女は、柔らかく微笑んでいた。なにもかも、僕の気持ちを見通してるみたいで、辛い想像をして、そうはならなかったのを、わかってるみたいに。
どんちゃん騒ぎが始まる。
もうそろそろ暗くなるかもしれないのに、気を利かせた何人かが灯を持ってきた。どうやら、まだ祭りは終わらないようだ。
僕、アリア、勇者は、ひっそりとその集団を抜ける。
「勇者」
「どうしました?」
「ありがとう。ほんとに、助かった」
「いえいえ、俺にはこんなことぐらいしかできませんしね! 俺に感謝してくれるなら師弟契約を五年ぐらい結んでほしいところですね! 俺が弟子で!」
「いいよ、お安い御用だ」
「やったぜ!」
そんなやりとりを、楽しげにアリアが見つめている。
なんだか、すべてが円満に終わって、夢みたいな気分だ。
――とは、ならない。
「勇者」
「ああ、わかってますよ。デュースさんのことですね」
「……君は、どう思う?」
「わかりません。ただ、ちょうど今イブノアが変異の源を特定に成功しています。場所も、もうわかっているでしょう」
不思議と、パズルがそろっていく予感がした。
だが、そうは思いたくない。信じたくない。
魔術師デュークレイトスは、数々の集落を滅ぼした危険人物。わざわざ国境を越えてまで追われるほどの禁忌の錬金術師。
この村では変異の前兆が起きている。デュースさんは研究に打ち込んでいる。
勇者に最初に会った日、彼はこういった。
魔変異の災害がたんなる実験にすぎないとしたら?
これから起こる本物の災厄の、前準備でしかないとしたら?
神は言っていたんです。魔変異の災厄は、意図的に引き起こされたものだと。
今いる唯一神は、たいして人間を助けない。災害を予見し、ほんの些細な助けのみをする。その神が、今回は勇者という存在を作り出した。
なら逆説的に、今回の災害は神が動かざるをえないほどのものだったというふうに考えられないだろうか?
そう考えれば、魔変異の災害は、単なる実験? あれほどのものが、単なる前準備?
僕らは、デュースさんの家へと向かう。
いつも歩く道も、いつも以上に暗く見える。
そして、ついた。
扉の前にはイブノア。
彼女は僕らが着くなり、こういった。
「この先に変異の源流がある。しかも、扉には相当強力な魔術がかけられてる。私では突破できないぐらいに」
「おまえがか? それってどんな――」
勇者がドアノブに手を触れる。
バチッ! という音と共に、勇者が手を引っ込めた。なにかにはじかれたような動作。
しかし、家に入れなかったのにも関わらず、「ふふん」と自信ありげに鼻を鳴らした。
「はっ、こういうのは馬鹿正直に扉から入らなきゃいいんだよ。家の壁を壊しちまえば――」
「無理。扉以外から侵入した場合、この家が吹き飛ぶように設定されている可能性がある。デュースは優秀な魔術師。ミスを期待してもいいけど、私は反対よ」
勇者が歯噛みする。解決策がないとばかりに。
僕は、いまだに信じられない。
勇者がデュースさんを真犯人扱いしていることも。わざわざデュースさんがこんな結界を張っていることも。
「ねえ、アリア。君はどう思う? デュースさんが、変異を起こしていると思う?」
思えば、デュースさんが変異に気付いて森に来れたのも変だった気がする。疑っていなかったから、魔力の流れが変だ、という説明で納得したが、変異はそういうものではない。普通の人間程度じゃ気づけない。魔力の流れで気づけるものではない。
「……わかんない。わかんないよ」
アリアは、動揺していた。僕と同じように、現実を受け止めきれていない、そんな感じに。
ぎゅっと彼女は目を閉じる。
でもね、と彼女は言う。
「違うと思うって言うのは……感情論だと思う。少なくとも、この扉をあけることはしないと、いけないと思う」
それが、事実だった。
たぶん、デュースさんが犯人なのだろう。
勇者は一度、デュースさんのことをまるで人間ではないかのように表現した。魔力が異常だと。
そして、僕はほかにも、デュースさんのおかしなところを知っている。
「デュースさんの腕、錬金術で作ったっていってたけど、あれ、たぶん変異してるんだと思う」
「……そんな」
「普通、錬金術で人間の人体なんて作れない。それがどれほど難しいことか、知ってるんだ。いくら天才でも、人間は作れない」
僕はゆっくり目を閉じる。
「勇者、どいて」
「あっ、はい」
僕はドアノブに手をかける。
拒絶はない。そしてガチャリと扉を開けた。
魔法は、僕には通用しない。
「……」
中は、いつもと変わらなかった。
僕、勇者、アリア、イブノアの順番で中に入る。
デュースさん、と一応呼んでみるが、返事はない。
「……エトさん、これ見てください」
勇者が床を指ですくった。
「埃の量です。たぶん、二、三週間は、デュースはここにいなかった。どこに行ったかわかりますか?」
「……たぶん」
アリアが先頭を行き、地下室へ。
その途中、気になってデュースさんの妹が写っている小さな肖像画を探してみた。しかし、ない。どこにも見当たらない。
……嫌な予感がする。
ひとつ隣の部屋で、棚をどけ、隠し扉を見つける。
アリアがそれを開く。下を覗けば、暗く、ひんやりとした地下室が広がっいる。
「ポーミラル」
アリアがあかりの呪文を唱えた。うすぼんやりとした青白い玉が彼女の手のひらに浮かぶ。
「いこう」と勇者。
警戒しながら、僕らは暗い通路を進んでいく。
《――力の波動を感じる。祈りの種族のものだ》
『……祈りの種族?』
《聞いたことぐらいはあるだろう。人体の生成と、物語を紡ぐことを得意とし、とにかく優秀なものばかり生まれる、そういう一族》
『いや――いや、それは知らない。僕が知ってるのは、彼らがとにかく優秀なことぐらいだ』
《道案内をしよう。ここから右、一番奥の部屋だ》
『待ってよ。なんで君はそんなことを知ってる? 歴史書にはそこまで記述されてなかった。君はいったいなにものなんだ?』
《……》
『彼』のミスは珍しい。いや、わざと教えたのだろうか?
わからない。だがきっと、この件には『祈りの種族』とやらが絡んでいる。とても優秀な人種。想像では、大掛かりな実験だってする。
アリアではなく、僕が先頭に立つ。
「こっちだ」とみんなを誘導。
一番奥の部屋。またここにも封印がされていて、それを僕が破る。
ガチャリ、と扉を開く音。
その部屋には何もなかった。
ただっぴろい部屋には、今まであったような家具も、本も、なにもかもがなかった。
床に、紋章が書かれている。
幾何学めいたその模様は、明らかにに異質だった。見ているだけで目眩がするような、プレッシャーめいたものが、漂ってくる。
《真ん中に手をあてろ。君がやるんだ》
『どうして?』
《これは扉だ。違う世界にいくための扉。本来ならあの魔術師にしか反応しないが、君はこの扉を使うことができる》
『……君はいったいなにを知ってるんだ? 君は、君は……祈りの種族なのか?』
わざとらしく『彼』の気配が遠ざかる。何も伝える気はないとばかりに。
でも息を潜めているだけで、『彼』はいつでもまた表面に現れることができる。準備、している。
「みんな」
僕は、うしろの三人に呼び掛ける。
「……この紋章、たぶんだけどなにかの扉みたいだ。どこかに通じる扉。デュースさんは、ここを通って行ったんだと思う。……ほんとうに、いく?」
『彼』の様子が気になった。
ここを通ってしまったら、なんとなく引きかえせないような気がする。
突然人生のターニングポイントに出会ってしまったような、底知れぬ感覚。ここは、異様だ。
「俺はいく」と勇者。
「もちろん、私も行くよ」とアリア。
「ユーシャがいくところならどこにでも」とイブノア。
僕は頷く。
「いこう」
僕は、一歩前へ。
紋章の中心部へ。
《いいかエト》
彼の気配。これまでにないぐらいに。
《神を信用してはならない。なにものでも、すべて、だ》
それは、いつしか『彼』が言っていた言葉。しつこいぐらいに強調した、『神』、そして、『すべて』、というフレーズ。
《――神を信用してはならない》
そう言って、突然『彼』の気配が消える。
――閃光。
部屋が振動を始める。ばらばらと小石が落ちてくる。
世界が揺れている。異常をきたしている。
――のめりこむような感覚。
飲み込まれる予感がした。得体のしれない何かに。
勇者がイブノアを突き飛ばすのが見えた。彼女は、部屋の外へ。
閃光が部屋中を満たす。世界を覆っていく。
僕らはもう、二度と元の世界に戻れないかもしれない。




