エトワール八
あれから、勇者とイブノアは変異の捜索を続けている。
最初の変異発見からは一か月たった。勇者はこの村の全員に認知されるようになり、好かれてもいる。
パン職人のおじさんとは特に仲がいいようにみえる。
「魂を込めて作ったパンを喜んで食べてもらえる。これほどうれしいことはない」
そう言い、よくパンを手渡している。
勇者はよく食べるほうらしいので、助かるとのことだ。二人の相性はとてもいいらしい。
デュースさんはまだ家から出てこない。食料はどうしているのだろうか、と思ったが、こんなことはいつものことだと、アリアは言っていた。
一か月はさすがに長いんじゃないか、本当に大丈夫なのか? さらにそんなことを聞いてみたが、閉じこもっていた最長の期間は二か月とのこと。
まあ、彼は凄腕の魔術師にして錬金術師でもあるので、そこらへんは自分でどうにかするのだろう。
僕もずいぶんとこの村に慣れてきた気がする。そろそろ、この村に帰ってきてからの滞在期間は、二か月を超しただろうか。
この村の様々な特色にも愛着がわいてきた。例えば、道を行けば植物に歌を聞かせ、成長を早くする特殊な魔法を使う村民がいたり、犬と散歩しているかと思ったらその犬と会話し、意思を通じ合わせているようなひともいる。聞いたところ、その人はたいていの動物と意思疎通が取れるらしい。
都市に行き、またこの村に戻ってきたからわかる。この村は特殊だ。都市にはない魔法がいくつもある。
炎や雷や氷ではない、戦いに特化していない、そんな魔法が。
それと、この村には面白い伝説がある。
ここは、大昔に祈りの種族が住んでいたとされる土地らしい。
祈りの種族が滅んだのは実に三百年以上前のことだ。優秀な者がよく排出され、結束力が強く、物語を描くことを得意とされる謎の多い種族。
といっても、昔の資料なので彼らのことはわかっていない。神聖断絶の時代に、昔の資料のほとんどが失われてしまったのだ。
今わかるのは、とにかく祈りの種族は優秀だった、ということだけ。
「エト―起きてー!」
僕は今、自分の家でぼーとしてる。
そうしていると、外からアリアの声が聞こえた。
「とっくに起きてるよ! ちょっとまってて!」と返事をし、少し身の整理をして、扉を開く。
扉の外にはアリアが立っていた。亜麻色の髪が、風になびく。
「えへへ。おはよう、エト」
「おはよう、アリア」
「さて」
「うん?」
「暇なら一緒に遊ぼう!」
「いいよ」
いつもの光景だ。デュースさんがいないから彼女の修練はちょっぴりあまくなる。余った時間、暇だからなにかしようと誘いにくる。
僕はそれに乗り、どこかにぶらりと出かける。
今日の彼女はスカートを履いていた。
いつもはズボンが多いから、珍しい。
「今日は『村民による村民のためのショー』があるんだあ。それが楽しみで楽しみで」
「うん、僕もそれ、いきたいな」
「決まりだね!」
聞くに、そこでは村人が作ったものが披露されたり、試食したりできる。
毎回これに全力を尽くすバブルおじさんというひとがいるらしく、手先の技でものを増やしたり、消したりするそうだ。マジック、というらしい。
バブルおじさんは水魔法の使い手で、登場するときは泡と共に登場するそうだ。
僕らは会場まで歩く。
その途中、パン職人のおじさんと出会い、「パンちょうだい!」とアリアが催促。
「まったく、仕方ねえなあ。腹ペコお嬢さんには笑顔が素敵なおじさんからプレゼントをやろう」とパンと素敵な笑顔(強面)が返ってくる。
アリアは嬉しそうだ。
「どれ、エトにもひとつやろう」
「ありがとうございます」
「お、いい笑顔するじゃねえか。素敵だぜ?」
ちょっとかっこいい声でそう言ってくるパン職人のおじさん。
なんだか少し笑ってしまう。
そうして、おじさんは去っていく。
「順調に餌付けされてるね」
「そ、そんなことないし」
「じゃあパン職人のおじさんと僕、どっちが好き?」
「おじさん!」
「ほら、みたことか」
村の中心部に近づいていく。『村民による村民のためのショー』がある場所へ。
歓声のようなものが聞こえてくる。祭りという雰囲気の、そういう声。
熱狂している、人々の声。
「もう始まってるみたい! いこっ!」
彼女に突然、手を握られる。
どきり、とさせられる。柔らかい女の子の手。
それは思っていた以上のもので、ひそかに動揺した。
僕らはもう、子供じゃない。
あの日、僕がひとりぼっちのときに手を握ってもらったのも、遠い思い出。
「走るぞー! おー!」
でも、彼女は依然、彼女のままで。
元気で明るく、他人を引っ張っていく性格。心地よく前に出てくれて、人の気持ちをよく考えてくれる、そういう女の子。
だが男として、なんだか彼女に手を引かれるのが悔しくて、僕は前に出る。
「お? 競争か?」
「なんでいつも勝負ごとになるの。いいよ、勝負してあげよう」
「ほほう、えらそうにぃ!」
「僕が勝つからいいんだよ!」
僕らは走る。
手をつないで。
……周りから見たら、珍妙すぎる光景だ。
二人三脚? なぜ手をつないでいる? あの二人はなにをやっているんだ?
走り終えたあと、周りから受ける誤解をとくのは大変かもしれない。
少し頭のおかしな二人組とでも言われてしまうかも。
でも、そういうのは別にいいか、と思うぐらい、無性に今の時間が楽しかった。彼女の隣にいる、今という時間が。
「は……はやいっ、エト、タイムタイム!」
「一応僕も剣士のはしくれだしね。魔法職のひとには負ける気はないよ」
「いちおう毎日走ってるのに~」
手が、離れる。
『村民による村民のためのショー』の会場に到着した。
アリアは息切れしつつも瞳を輝かせ、屋台のひとつに指をさす。
「エト! あれほしい!」
「もしかして僕がお金出すの?」
「おごってくれよ、小金持ちクン。私たち、友達だろ?」
「友達という言葉を盾に迫る悪い子にはだめかな」
「じゃあいい子にする! 買って!」
シンプルに直球でせがんでくる彼女に、思わず苦笑する。
たまにはこういうのもいいか、と思う。都市では男が女におごる風習もあったし、同じようなことだ。
僕らは、屋台の前へ。
アリアが屋台のおじさんに話しかける。
「こんにちは、おかしなおじさん」
「おかしのおじさんだ。あとできればお兄さんと呼んでくれ」
「こんにちは、おかしいお兄さん」
「わかった、もう俺はおかしなおじさんでいい」
そう言って、おかしのおじさんは拗ねた。
「おじさんおじさん! どうせこの日のために新作のおかし作ったんでしょ? それちょうだい!」
「二百ギルだ」
「高すぎ! 半額にして!」
「いやだ!」
おかしのおじさんの年齢は三十三だ。
彼はおじさん盛りなのかもしれない。
結局値段交渉で百五十ギルまで値段を減らし(しつこさの勝利だ)、新作のお菓子とやらを二つ買う。
手渡されたのはなんだか雲みたいなふわふわしたお菓子。ピンク色で、甘い香りが漂ってくる。
アリアがそれを一口食べる。「ん~」と頬をおさえ、幸せそうな表情。
「ふわふわして甘い! 雲を食べてみたらどんな味かなあって思ってたけど、想像通りって感じ!」
「わたがしっていうんだ。天才な俺が作ってしまったんだ」
「よくやった!」
「いいぞもっと褒めてくれ」
僕はそれを見て、なんだか穏やかな気持ちになる。
「おいおいエトさんよ、幸せそうな顔をしてるが、まだわたがしを食べてねえじゃねえか。わたがしを食ってから、最高の笑顔を見せてくれ?」
「そういうこというのは女の子だけにしたほうがいいと思いますよ」
「女……? ん、あれ、なんでお前知ってるんだ?」
「村中で噂になってますよ。ルーナさんとおじさんの仲が」
「……まてまて、弟だな、絶対あいつが面白がって広げたなぁ! ぶっ殺してやる!」
シャイで繊細なおかしのおじさんは悲鳴のような声を上げた。
それを横目に「次あそこいこっ」とアリアが美味しそうな匂いがする屋台を指さす。切り替えの早さと割り切りの良さは彼女の数ある魅力のひとつなのかもしれない。
彼女の瞳は輝いている。
僕は頷き、わたがしを食べる。……ずいぶんとふわふわしていて、甘い。口の中で溶けていく感触が、いつまでも食べていたいと思わせる、そんな甘すぎない甘さ。
ハイテンションで機嫌の良さを振りまく彼女。
次の屋台でも食べ物を買い、次の屋台でも食べ物を買い……彼女の真の狙いは、食べ物なんじゃないかと思った。
先ほど買った大きくて赤い飴を、アリアが舐めている。リンゴ飴。都市でもみたお菓子だ。
舌がちろちろと動いている。時には舌を絡ませてねっとりと舐め、艶めかしく、味わって食べている。
それを見ていると、多少の罪悪感のようなものを感じた。
なんでかって?
……ううむ、言葉にするのは難しい。
「どうしたの、エト。欲しいの?」
そんなひとり相撲のような葛藤をしてると、彼女が唐突にそう言った。
ふふん、とリンゴ飴を突き付け、挑発してくる。
「あげないよ?」
にっこりとそう言った。
しかし、
「うそうそ、冗談冗談。エトに買ってもらったものを独り占めするわけないじゃん。はい、あげる」
「いや、いいよいいよ。君が食べなって」
「遠慮するなよ~」
なんだか変な押し付け合い。受け取らせようとして、拒もうとして、結果としてリンゴ飴が地に落ちてしまう。
「あーあ」とアリア。
「もったいない~」
「ああ……ごめん」
「ん? いいのいいの! アリさんへの奉仕活動だと思えばいいし!」
「……前々から思ってたけど、君の心は広すぎる」
「七歳のころは女神になるんだ!って目指してたぐらいだからね」
「まあ、結果としていい子に育ってるね」
「えへへ」
ため息のようなものがでる。うんざりだとか、そういうものではなくて、なんだか安心したみたいな、そういう類の。
「君は昔から相変わらずだ」
「エトもそんなに変わってないもんね」
「お互い様だね」
「ずっと、こんな感じでいたいねー」
――ぼーん、と突然、なにかの音。
その方向を見る、大量の泡が噴出していた。
ステージの上に、男が登場する。
「みなさんお待たせしました! 私はみんな大好きバブルマン! 今日は最高のショーをお見せいたしましょう!」
アリアが言っていた、バブルおじさんだ。
マジックを披露する、シルクハットと口ひげが特徴的な、ちょっと丸っこい、気の良い中年。
「私の最初の芸! それにはアシスタントが必要です! おっとそこでこの祭りを満喫しているあなた! そうそう、食べ物を腕いっぱいに抱えている食いしん坊のお嬢さん! どうか哀れな道化師にお付き合いいただけませんか?」
アリアと僕は顔を見合わせる。
「呼ばれちゃった」
「いってらっしゃい、食いしん坊のお嬢さん」
「うむ、行ってくるぞよ。私の大切な食べ物たちを頼んだ」
そういって食べ物を預けられる。
結構持っているのは大変だ。とれあえず、近くのベンチに座ることにする。
屋台に囲まれているベンチ、目の前にはショーのための舞台。
アリアがわくわくとしながら、なにを言われるか待っている。バブルおじさんことバブルマンは、棺ぐらいの大きさがある、大きな箱を舞台裏から持ち出した。ひとが入れそうなぐらいの大きさだ。
そして、丸太と剣を用意する。
バブルマンは剣を持ち、その丸太を真っ二つに切り裂いた。
拍手が起こる。
「さて、このしがない中年がつまらぬ芸を披露したところではありますが、これは本題ではありません。この、いかにも鋭い剣、これを人の入った箱に刺したいと思います! おっとご注意を。犠牲になるのはこの可憐な少女ではありません! この少しおなかの出た、わたくしことバブルマンが入らせていただきます!」
周りから笑いが起こる。バブルマンはおなかをたぷたぷと揺らしていた。
バブルマンが、自分で用意したその箱の中に入る。
「勇敢な少女よ! そのつるぎを私に向かって刺すのだ!」と吠える。
アリアは少し不安げに、ゆっくりと箱を刺した。
バブルマンが「痒いなあ」と言う。ダメージを負っている様子はない。
一本目を刺したことで、アリアは安心したようで、テンポよく剣を刺していく。なかの人がいくら身をよじろうと、かわせないぐらいに剣が箱に刺さっていく。
最後の剣を刺した途端、舞台が泡で包まれた。
なにも見えない。
そして泡が晴れると、バブルマンが無傷で箱の横に立っていた。
「わたくしバブルマンは危ないところを、泡になることによって抜け出しました! 無事生還したわたくしめに拍手を!」
ぱちぱちとなる拍手。
観衆はみんな笑っている。普通に感心してぽかーんとしている人もいる。
都市ではこういうマジックショーはたまにやっていた。この村だと、そこまで見る機会はないのだろう。
アリアが戻ってくる。
「どうだった?」と聞くと、
「すごかった」と満面の笑み。
我らが食いしん坊お嬢さんは、マジックがお気に召したらしい。
それから、僕らは目の前で繰り広げられるマジックを楽しんだり、食べ物を買ったりした。他にも、自称世界一汚れが落ちる洗剤を作ったという実践販売が行われていたり、獣の肉をその場で捌くショーが行われていた。
祭りは楽しかった。
というより、楽しんでいるアリアが、僕を楽しませていた。
ひとの喜びを感じる。楽しそうな彼女の笑顔を見ている。
それで……なんだか僕も、満たされたような気がした。
「楽しかったねー」
祭りが、終わる。
村人が片づけを始めた。
今は夕暮れ時。ほのかの熱の残滓を残しながら、寂しいような、晴れやかなような、そんな終息に、向かっている。
僕とアリアはお世話になったひとたちの片づけを手伝う。
今日は、楽しかった。
その時、遠目に鎧の集団を発見する。
こすれる金属と、地を踏み鳴らす音。
三十人ぐらいの、結構な規模。
旗を掲げ、見るからに騎士、という風貌の集団が、こちらに向かってきている。
なんだろう、と思っていると、その集団のリーダーらしきひとが大声で叫んだ。
「われらは神聖騎士団ユーシド! 神聖国ユクシッドに所属するものだ! 諸君らに問いたい! 我々は、デュークレイトスという魔術師を探している! この異端者は数々の集落を滅ぼした罪人だ! かばいたてようものなら――諸君らを皆殺しにする」
◇
空気が、固まる。
皆殺し。あまりにも唐突で、物騒な言葉。
彼らは武装集団。僕らは無手の村人の集まり。
それは、あまりにもシャレにならない宣告だった。
村の村長がヨタヨタとそちらに歩いていく。
「……エト?」
知らず知らずのうちに、体が動いていたようだ。
アリアが袖をつかみ、それで止まる。心配そうな顔つきが見える。
「――村長が危険だ。僕も行く」
「……でも」
彼女がなにかを言おうとする。でも、結局なにも言わずに袖を離した。
僕は、前へ。村長の隣まで歩く。
――デュークレイトス。
初めて聞いた名前。だが知っている気がする。いや、僕にはわかっている。
この村の魔術師。そしてデュークレイトスの最初と最後の文字を取れば、簡単に答えにたどり着く。
――デュース。
彼は、優秀な魔術師だった。
そして、錬金術師でもある。
神聖国ユクシッド。そこは、錬金術師の人権がない国。創造するという行為は神にとっての反逆行為で、処罰すべき。しかし、わざわざ国の外まで追ってきたということは……それだけのことをデュースさんがしたということだ。数々の集落を滅ぼした罪人? バカな、濡れ衣か何かに決まっている。
僕は前方の騎士たちを眺める。
たしかに、それは高貴に見える。たしかなプライドを持っているように見える。
神聖国の騎士たち。
――しかし、彼らの国に、神はいない。
神がいるのは僕らの国だけだ。
神がいない、されど狂信的な信仰で、その空席を守り続ける、神聖国ユクシッドとは、そういう国だ。
神聖騎士団ユーシド。彼らは自らを聖騎士と呼ぶ。神のために異端を裁く、名誉の騎士と。
村長に追いつく。
「僕も行きますから」と村長に言う。
「そうか」と村長は震える声で言った。
老齢の彼は、とても、怯えている。
「おまえがここの長か?」
騎士団のリーダーがそう言った。
村長は頷く。
「異端者デュークレイトスを探している。白髭の魔術師だ。やつはわが騎士団の名誉にかけて、必ず殺さなければならない。協力してくれるな?」
村長は見るからに狼狽していた。
デュークレイトスという名がデュースと結びついているのか、いないのか、外から見ただけではわからない。だがともかく、村長はか細い声で「そんな名の者はおりません」と言った。
はあ、と騎士のリーダーは大きなため息。
「残念だな。やつがここにいるという証拠はある。もしかしたら今はここにいないのかもしれん。しかし、情報のひとつもないということはおまえたちは奴を庇っているということだ」
「その、わたしたちはただの村民で――」
「――ダメそうだな。やっぱり、か。おそらく洗脳されているのだろう。邪悪な魔術師め。もっとわれらが、早くつけばよかったが、こうなるとここにいる者は全員――粛清対象だ」
村長がぎょっと目を見開く。
そして、
そして、後ろから声が聞こえてきた。
無邪気な子供の声。
かっこいい騎士に憧れて、とことこと近づいてきた、幼い男の子。
「かっこいいー!」と、僕らの方へ。
母親は恐怖で動けないようだった。
「マイス」と息子の名前を呟く。
誰も、子供を止めなかった。止められなかった。
「皆殺し」と「粛清対象」という言葉が恐怖を煽り、張りつめた緊張感が、村人の足を縛り付けた。
子供は、その恐怖に満ちた空気を理解しなかった。理解できるほど、歳をとっていなかった。そして、運悪く、才能があった。子供は――疲れやすいが俊足でかけれるという能力があった。
だから誰も、子供を止められなかった。
子供が僕らから離れた騎士のひとりに近づき、その甲冑やらをぺたぺたと触り、感心している。
騎士のリーダーがふと呟いた。
「殺せ」
触られている騎士が剣を抜き放つ。
それをぼんやりと子供は眺めている。
――僕は。
迷って、しまった。
現実を、脳が受け入れられなくて。
まさか、ほんとに殺すのか? こんな子供を?
そもそも子供を助けに行ったら村長が危険になる。じゃあどちらの道を選んでも道はない。それなら――。
僕が動き出したのは、その騎士の剣が、振りかざされた後だった。
「やめ――」
血が、でる。
子供が倒れる。
驚いた表情をしながら。
僕は、子供を斬った騎士の腕を掴んでいた。
間に合わず、振りぬき終わった騎士の腕を、掴んでいた。
《――はじめてかもね。君がそんな感情を抱くのは》
剣を奪い取り、蹴り飛ばす――。
騎士は大きく吹っ飛び、どさりと地に倒れ伏した。
「なに?」とリーダーの声。村長がこちらに走ってくる。
僕は血が流れ続ける子供を村長に預けた。
目は開いていない。顔色はどんどん悪くなっていく。
「アリアのもとに」
短く呟くと、村長は力強くうなずいて走っていった。
胸に、死にかけた子供を抱えて。
「それで? お前はわれらに歯向かうというのだな?」
騎士のリーダーが僕の真横に迫っていた。
そいつは剣を振り上げ、まっすぐに振り下ろした。
奪った剣をくるりと回し、その一撃を受け止める。
そいつの目を見つめる。子供を殺せと、簡単に命じるような真似をしたやつ目を。
そいつは、怯えるように後ずさりをした。
《そうだ。その感情を覚えていた方がいい。君はもっと強くなれる》
剣をだらりとぶら下げ、敵の前へ。
目と鼻の先。拳の届く距離。
「――貴様! 小癪な!」
凍り付いていた恰好から反転。魔法が解けたかのように、怒りをあらわにしながら、目の前の敵が切りかかってきた。
そいつの剣を弾き飛ばす。
呆然としている顔面に拳を突き刺す。
敵のひとりが倒れ、三十余りの騎士たちが一斉に剣を抜いた。
子供を斬りつけた、殺人集団たちが、僕を睨みつけている。
《――殺してやりたいかい?》
大多数の雄たけびが鼓膜を震わす。
左右に散らばり、右から三人、真ん中に五人、左に三人。
「殺してやりたい」と僕は呟いた。
剣を、一振り。
走る一閃が、敵の武器をバラバラに。
同時に武器を失った騎士たちが後ずさる。
「下がれ!」と号令。
統率のとれた動きで騎士たちは道を開け、後衛である魔術師たちが一斉に魔法を放った。
雷撃、炎槍、氷刃。
それらの魔法はすべて僕の目の前で消えた。
僕に魔法は通用しない。
「こ、こいつ」
なんどもなんども撃たれ続ける魔法。
しかし、どれも届かず消えていく。
こいつらの魔法が村民を狙ったら面倒だと思った。
だからまず、魔術師たちを最優先で狙うべきだとは判断する。
足に力をこめ、解放。
何もかもを置き去りに、魔術師たちと僕の距離が、一気にゼロへと縮まる。騎士たちは反応できない。
悪あがきのように向かってくる杖を叩き落とし、剣の腹や柄で、確実に意識を奪っていく。
魔術師は所詮、後衛としての役割を持つ者たちだ。体術による反撃など子供のようで、ロープに身を包んだ人間たちの山を積み上げるのは、容易かった。
《なぜ殺さない? こんなやつら、死んでしまった方がいいのに》
『それは僕のやり方じゃない』
《また君のおじいちゃんか。ここまでくると洗脳に近いね》
『そうでもないよ』
すべての魔術師たちを片づけ、後ろに置いてきた騎士たちを睨む。
やつらは一瞬怯むも、感情を持たない兵器らしく、「かかれ!」という号令で躊躇なく向かってきた。
《全員殺さずに処理するつもりかい? まだ敵の数は二十を超えているのに?》
『なにを今更。わかってるくせに。こんなやつら、数が二倍でも三倍でも、いくら増えても変わらない。僕は無傷でこいつらを処理できる』
《じゃあ、村人たちの怒りはどうなる? 彼らは結束力が高い。子供を傷つけたこいつらをけっして許さないだろう。殺せ殺せと叫ぶだろう。そんな彼らを、君は止めるのかい? 彼らの怒りを受けてまで?》
『そうだ』
《バカげてる》
『そうかもしれない。でも僕はそうまでしてでも、立派なひとになりたいんだ』
人を殺すということ。
たぶん、僕にはできる。その確信がある。
だがそれは僕の生き方に背いてしまう。
殺さなければ生き残れないなら、僕は殺す方を選ぶだろう。
しかし、それほどの状況でないとき、簡単に制圧できるほどの力量があるとき、そんなときに『殺す』という手段を選んだら……それは、ただの虐殺だ。
僕の判断は偽善的か?
たぶん、そうなのだろう。しかし、虐殺はごめんだ。正義の名を振りかざして何人もの人を殺すのは、なんだかずるいことのように思える。
それに、
『おじいちゃんに言われた言葉。怒りに飲まれないように。誘惑に負けないように。自分を、誇れるように。三つの大事な言葉だ。この思いは植え付けられものだと、君はいうけれど』
《…………》
『僕はそうは思わない。今まで僕が人生を過ごしてきて、それでどうなりたいかを、僕自身が決めたんだ。おじいちゃんはきっかけだ。僕は、自分を立派なひとだと思いたいんだよ』
殺してやりたい、と先程僕は呟いていた。
それは、願望。
簡単に子供を斬りつけれるような最低なやつら、そんなやつら、生かす価値がないと思った。死んでしまうという結果が当然だと思ったし、それを自らの手で行いたいとさえも思った。
でも、それは怒りだ。感情論だ。
飲まれかけた。でも、おじいちゃんに送られた三つの言葉が、胸に焼き付いている。
欲望が身を焦がそうと、僕は誘惑に負けることはない。
騎士たちが僕を囲む。
距離を取って、ゆっくりと輪を小さくしていく。距離を詰めていく。
背後から気配。
集団戦として理にかなった動きだ。
けど、僕には通用しない。
相手の殺意と敵意を飲み込んで、僕の赤い気が発動する。
――第一破光・赤修羅の纏い。
それは、相手の挙動の意思を飲み込み、積み重ねた経験で対応する無限カウンター。
背後からくる攻撃をかわし、回し蹴りで沈める。
続々と四方八方から切りかかってくるも、剣を振るって制圧した。
彼らの鎧は砕け、武器を失い、腕の線が切れ、動かなくなる。
尻もちをつくものがあらわれる。
敵わないと知った目。
僕は、剣を振るう。
剣閃が光り、敵の装備が斬られ、壊れていく。
諦めの悪いやつもいた。悪には屈しないとでもいうかのような、殺されないことをいいようにずっと刃向かってくるやつら。
そういうやつらは直接意識を奪った。戦意が衰え、明らかに攻撃の苛烈さが落ちている敵の集団の中で、敵の意識を奪うのは、それほど難しくない。
そしてついに、僕に向かってくるものは誰もいなくなる。
僕は戦意を失ったり、倒れ伏しているそいつらを一瞥した。
僕は輪から抜けて騎士のリーダーのもとへ歩いていく。
誰も、止める者はいない。
騎士のリーダーの頭を蹴りつけて意識を戻させた。
ぼんやりと目が開き、そいつが僕を認識する。
「き、貴様ぁ!」
すぐに殴り掛かってきた。
それをバチンと腕ではじき、剣を一閃。
そいつの甲冑がバラバラ砕ける。
顔にいくつもの赤い剣筋が残る。
「……おま、え、」
「力の差がわかったかな?」
僕が一歩近づくと、そいつはよろけ、後ろ向きに倒れた。
そいつを見下ろす。できる限り冷酷に。
「こんなことして、ただで済むと思って――」
「――たしか、国境を越えるときに許されるのは百人までの武装集団だったか」
僕がさらに近づくと、そいつはわずかに悲鳴を漏らした。
「君らの部隊は三十人程度。それで、この結果か。僕は無傷で、おまえは這いつくばっている。おまえの部隊が誰一人として死んでいないのは、手加減したからだ。三十人でこの結果。なら、百人だったらどうなる?」
騎士のリーダーは震えている。
今は、威厳の欠片もなく。
「いくら来ようと同じこと。ただで済むかどうか? やってみるといい。百人優秀な戦士、ここによこしてみるといい。――今度は全員殺す」
本気の殺意をぶつける。
そいつの表情には恐怖の色が濃く浮かび上がっている。
長い沈黙。
「返事は?」と促すと、「わ、わかった。もうここにはこない」とそいつは言った。
僕は意識を失っていたり、武器が壊れている残りの騎士たちに顎を向ける。
「全員連れて帰ると言い。そして国には任務は失敗したと伝えろ。また村に兵士が来たら、その命はすべて無駄になると思え」
「……わかった」
騎士のリーダーは僕から決して目を離さないまま後退し、騎士団に撤退の命令を出す。意識を失った者を無理やり叩き起こし、引きずるようにして村の外へと向かった。
騎士たちは、敗走の帰路へ。




