エトワール五
むかーし、むかしのあるところ、とても強い力をもった人々の集団がありました。
彼らは世界がより良い方向に変わることを望み、バカげたことに、世界平和を望むような愚か者の集団でした。
彼らはいつも祈っていたのです《世界はもっと素晴らしく、優しいものであるべきだ》と。
そんな彼らは、周りから『祈りの種族』とまるで人間ではないかのように揶揄されました。
彼らは実験を進めました。
もっと強く、もっと素晴らしく。
身の丈に合わない願望を持って、優しい世界のために。
彼らは、強くなりすぎました。
小さな村が国に勝てるなど、あってはならないことでした。
歪で小さく纏まった力は、国々から疎まれました。
そうして、大勢の国が力を合わせてひとつの村を滅ぼしたのです。
ひとつの敵ができて、世界はほんの少し平和になったのでした。
これはとてーも、とても、皮肉なお話。
◇
《君には、力が必要だ》
勇者と解散したあと、自分の家に帰った時、『彼』が突然切り出した。
《たったひとりの犠牲も許せない君に。どこまでも守りたいなどと宣う、傲慢で優しい君に》
もっと、もっとだ、と彼は言う。
《凍結させていた技、そろそろ完成させようか。もう、ほとんどできるんじゃない?》
――第一破光・赤修羅の纏い。
◇
――彼は、圧倒的な力を持っていた。
僕と同じ灰色の髪と目をし、姿形はよく似た少年が、目の前に立っている。
ここは、精神で作られた世界。
ここでは、『彼』は神にも等しい力を持っていた。
『彼』が剣を呼べば、それはただちに生成され、椅子を呼べば椅子が、巨大な森林が出現することもある。
ここは精神で作られた世界だから、なんでもできる。自分が想像できる限りにおいてなにもかもを創造できる。しかし、所詮ここは現実ではない虚しい世界だ、と『彼』は言っていた。
ここで、僕と『彼』は何年もの間修行してきている。
剣士が強くなるための要素は経験だ。しかし、強くなれば強くなるほど、より危険なところで修練を積まなければ伸びしろは少なくなる。そして、危険なところで修練を積み過ぎると死んでしまう。
僕は、この空間で身の丈に合わないほど難しい修練ができた。死んでも、ここでは死ななかったことにできるのだ。常に、臨界の場で自らを鍛え、経験を積める。
疲れても『彼』が命ずれば僕の疲れはとれる。傷は一瞬でなかったことになる。
だから、僕は十七という齢にして、今ある世界では、最も戦いを経験している存在ともいえる。
全部、『彼』がいたからだ。
――しかし、『彼』はいまだに僕の何倍も強かった。
「君には殺意が足りない。優しさなんて捨ててしまえ。君に足りないのは執念だ。君には絶対性が欠けている」
彼は剣を向けたままそう言った。
「もう一度だ」と彼が言うと、ボロボロだった僕の服は元通りになり、疲れは消える。
僕には、魔力がない。
だが別の力が、別のエネルギーがある。それは扱うのがとても難しく、コントロールできなければ自爆必須の強力な破滅の力。
「魔力無効化の本質である破滅の力。魔法を使えない君がもつ最大の力だ。だが破滅の力はそのままでは使えないえエネルギーだ。無色にして万色であるそれを、一定の色に染めて力に指向性を与えて使用しなければならない。君は、赤色が苦手すぎる」
赤色。
第一破光・赤修羅の纏い。
殺意と敵意を飲み込んで反応する無限カウンター。
プログラミングされた行動が、僕の意思を介さずに最適である動きを決定づける、修羅を纏った形。
どの方向から武器が振られても、なにをされても、経験として僕はそれに近しいものを知っている。そう言った経験を気として纏い、赤色の鎧は僕の体を動かす。
故に、一対一の戦いでは最強を誇る、彼の奥義。
「君は義務感や正義感で戦おうとしすぎだ。君のおじいちゃんに言われたことは知っている。飲み込まれてはならない、と言われたことを。でも、それでは強くなれない。エト、なにかを憎め。そうでないと、真の意味では強くなれない」
「そんなもの必要ない」
「綺麗なままでいると?」
「そうだ」
「強情だね、君のおじいちゃんが植え付けた根はなかなかに、深そうだ」
彼が足を踏み鳴らす。森はすべて消え、あたりは岩が転がった大地。足場はあまりよくない。
「――いくよ」と彼が言う。
足場が悪いはずなのに、彼はまるでここが平地であるかのように僕に接近してきた。
強烈な殺意がぶつけられる。僕の赤色の気が、迎撃態勢を取らせる。
――閃く太刀筋。
彼の剣が四方八方から迫ってくる。
蛇のようにしつこく、そして重力の理をすべて置き去りにする剣。
右から迫るその剣を、なんとか防いだ。
体が自動で反転。彼の剣を受け流しながら、自動で回し蹴りまで移行する。
それを彼は片手で受け止めた。勢いが乗った蹴り。簡単には止められないはずなのに、いとも容易く。
「防御はよくても攻撃がうまく乗れてない。君の赤い気は見せかけだ」
瞬間、足の感覚がなくなる。
――切られた。
あまりにも綺麗な断面に、痛みすらない。
「もう一度だ」
叫び声をあげる瞬間、痛みに悲鳴をあげる瞬間、僕の足は元に戻った。
――彼は、甘いと思う。
――もっと痛みを与えたほうが、効率はいいはずなのに。
もう一度立ち上がろうとする。
しかし、彼が「待て」と言った。
固まってなにかを感覚を研ぎ澄ますかのような動作。
彼は、ゆっくりと目を開く。
「現実のほうでなにか起きたみたいだ。目を覚ましたほうがいい」
「わかった」
彼がパチンと指を鳴らす。
その一瞬で、僕は現実のほうに戻った。
夢から覚めたみたいな感覚。
僕の家。
なんの変哲もない、木で作られ、机と椅子がならび、都市から持ってきた本がいくつか並ぶ、それだけの家。
外を見れば昼だった。
勇者と戦い終えたのが昼ぐらい。ここに帰ってきたのは日が暮れるころ。
夜が過ぎて朝が過ぎて、それぐらいの間、僕は『彼』と戦っていたのだろう。ここまで面倒を見てくれる『彼』には頭が上がらない。
……それにしても、いったい、なにが起こったんだろう?
しかし、気まぐれにしか表面に出てくれない『彼』には聞くことができない。自分で確かめる必要がある。
僕はなにが起こったのか見るために外に出る。
「あ、エトさん」
勇者がいた。
手にはパンを携え、他にも品物がちらほらとぶら下がっている。
……この村を満喫している。
確かに、この村は特殊な魔法を使って特殊な品物を作ったりする人が多いので、勇者にとっては珍しいのかもしれない。
「このパンめっちゃおいしいですね!」
幸せそうだ。
「それを作ったひとに直接言ってみるといいよ。そうするともう一本追加でもらえる」
「おお、いいことを聞いた。これが口コミクーポンってやつか」
「なにそれ?」
「なんかお得なことがあると、クーポン、っていうのが今の流行りなんです」
「相変わらず都市は独特みたいだね」
それはそうとして。
「勇者、なにか異変を感じなかったかい?」
「異変? 特には……あ、なんか森の方に反応がありますね。……軽いけど、これって変異な気がします。エトさん勇者並みの超感覚でも持ってるんですか?」
「……いや、ちょっと言ってみただけだよ」
……『彼』は勇者よりも早く異変に気付いていたようだ。いったい、どんな技術を使ったんだろう?
僕は『彼』のことをなにも知らない。どこで生まれたのか、目的はなにか、年齢すらも。
でも、『彼』は僕を救ってくれたもののひとりであり、今でも修練に付き合ってくれる恩師だ。
直接言ったことはないが、『彼』のことを最も信頼できる友だとも思っている。こんど、なにか聞いてみてもいいかもしれない。
「念のため潰しておきますか。エトさんも来ます?」
「そうだね。放っておけば村に危害が加わるかもしれないし、僕も行くよ」
「ここから歩くの、地味に面倒ですねー」
そう勇者が言った時だった。
荷車を引いた婦人が通りかかる。ヴァルフレアの報告をデュースさんにしたひとであり、走ることをなによりも尊ぶ変わった人だ。おまけに全く体が疲れない。
一応、普段はおしとやかなひとだ。走っている姿を見た後だと信じてくれないひとも多いが。
僕は手を振って婦人を呼ぶ。
「おば……おねえさーん」
「おば?」
「ごめんなさい」
「おほほ、許してあげましょう」
まあ、少し怖い人でもある。僕は好きだけど。
「お姉さん、ちょっと荷車に乗せてってくれませんか? 森の方に行きたいんです」
そういうと勇者が僕のことを頭がおかしいやつだとでもいうかのような視線を向けてきた。
言いたいことはわかる。この細腕の婦人が一生懸命荷車を引いているのに、男二人を乗せようだなどと普通に考えれば鬼畜でしかない。勇者はこの婦人の能力を知らないのだろう。
……事情があるのだ。どうかわかってほしい。
「乗りなさい」とかっこよく言ってくれる婦人。
僕は荷車にのり、勇者はその前で立ち止まった。
「エトさん、俺、乗れませんよ。こんな婦人にさらなる重荷を乗せるなんて間違ってます」
「あ、えっと、この人は大丈夫なんだ。この人は――」
しろもどろになる。
そうしていると婦人が親指を荷車に向けて言った。
「坊やは私のことなんてなにも心配しなくていいのよ! さっ、私に任せてさっさとお乗りなさいな」
謎のカッコよさだった。
やや納得がいかないような顔をしていたが、仕方がないと勇者が乗る。
荷車が動き出す。
「疾風怒涛と呼ばれた私の足、見せてあげましょう」
婦人は張り切っている。
「安全運転でお願いしますね」と僕は言ったが、もう彼女の耳には聞こえていなかった。
急発進、慣性が働いて引っ張られる感触。
思わず自分の表情が歪む。めちゃくちゃ早い。
婦人が引っ張る荷車はデュースさんの家へとつながる道にすぐに到着し、森への最短ルートを走る。
がたごとと荷車が揺れている。特別製のものじゃなかったら、絶対壊れている。
荷車は大きな道に入ってさらに加速した。風が横切る感触。声を出せばおいて行かれそうな、そんな感じの。
「うおおおおお! エトさん! はやい! めっちゃはやい!」
「う、うん……」
「ご婦人ご婦人! 前世は競馬だったりしました?」
「馬顔だっていいたいの!?」
「いえ、綺麗なお顔です!」
「ふっ、わかってるじゃない」
勇者がシティーボーイな発言をしている。
勇者という立場上、彼はとてもモテそうだ。同い年ぐらいの女の子には何人も言い寄られたりしたのではないだろうか? そんな雰囲気を感じさせる、自然な言い方だった。
「たのしー! 楽しいですよエトさん! 今俺は生まれて一番風に近い!」
「うん……うん……」
「大丈夫ですか? 顔色悪そうですが」
「白い顔って、とらえ方によっては健康的に見えない?」
「今にも死にそうですね」
「こんなところで死んでられないよ。未来で楽しいことをいっぱいしなくちゃならないんだから……うっぷ」
「わかった! わかったからもう喋らないでください! 危険ですから!」
そんな僕らの会話を聞いて婦人は笑っている。
恨んでいるのだろうか? おばさん、と言い間違えそうになったことを。
たぶん、忘れられない失敗の記憶になりそうだ。
「エトさん! 聞こえますか! 前の方を見てください、そうしてると酔いにくくなるって聞いたことあります!」
「うん……うん……ううっ」
「頑張って!」
そうして爆走劇は終わりを遂げる。
森に着くと同時に荷車から降りる。
驚いたことに、森の前にはアリアとデュースさんがいた。それに加えて、勇者の連れのイブノアも。
どうやら彼女らも異変に気付いて森に来たらしい。
「エト、大丈夫?」とアリアが僕の背中をさすってくれる。
……なんなんだろう。この、妙に優しさを感じる感覚は。吐きかけて辛い時にこう優しくされると……なんというか、すごく心が温かくなる。
なんなんだろう……なんなんだろう……。
「ありがとうアリア。君がこの世に生まれてきてくれてよかった」
「そんなにいうほど? お父さんだって私が生まれてきたときにしかいわなそうな言葉なんだけど」
「そういいたい気分なんだ」
「人生そういうこと言いたくなる日もあるよね」
「そうそう」
勇者が僕らを見て「お幸せに……」と呟く。別にそういう関係じゃない。
そうやって僕の気分が収まるまで待ち、各々がどうしてここに来たのかを説明する。
デュースとアリア、イブノアは一緒にいたらしい。アリアによれば「仲良くなったよー!」と嬉しそうにイブノアに抱き着いていた。本人もまんざらではない様子。
森の異変はデュースさんが気づいたらしい。妙な魔力の流れがあるだとか。彼は世界でも最高峰の魔術師(自称だが)だから、比較的早い段階で気づいたようだ。まあ、距離的にもデュースさんの家と森が近いのもあるのだが。
僕と勇者はデュースさんとアリアに変異について話した。それは、とても危険なものの種となるかもしれないのだ、と。
デュースさんとアリアは頷き、僕らに協力してくれると言ってくれた。
「気配は二方向にありますね」と勇者。
そういうことで、二手に分かれていくことになった。
勇者と僕は前衛。その他は後衛なので自然とペアは決まってくる。ちなみに、イブノアは結構魔法が使えるらしい。控えめな言い方ではあったが、本人はそこそこ自信がありそうだ。
組み合わせは、僕とアリア。勇者とイブノア。
問題は、デュースさんがどちらに入るかだった。
「私のお師匠様なんだから私のところに入るに決まってる!」
「アリアさんは長年デュースさんと過ごしてきたんだからいいだろ! ここは新人にふれあいの機会を与えるべきだ!」
「甘いね。お師匠様は老人なんだから楽できる方につくべきだよ! そうなると、エトの方について行った方がいいに決まってる!」
「いやだ! じゃあ勇者特権を発動する! デュースさんは俺のものだ!」
「卑怯だ! 権力の横暴だ!」
「わかった! じゃあじゃんけんで決めよう!」
それを見てデュースさんは長い白髭を撫でている。
隣には僕がいる。
ぼそり、とデュースさんが呟く。
「そもそも老人を森に引きずりこまないという選択肢はないのかのう。もっとこの老体を労わってほしいのじゃ」
「まあ、見る感じ二人ともデュースさんに来てほしいみたいですね」
「つまり?」
「人気者ですね」
「まあ、仕方ないのう。わしは頼られるといやとは言えぬ性分でな。それが曲がり曲がって今のように頼られてしまう状況を作ってしまったのかもしれない」
「因果応報ですね」
「まったく、この老体が役に立ちすぎるとは、難儀なことよ」
僕らは無意味な会話していた。
「いえーい! 勝ったー!」
勇者の声が聞こえてくる。どうやらデュースさんを獲得したのは勇者チームらしい。
「じゃあの、エトよ。わしは若者のじゃんけんで売られてしまう存在だったのじゃ」
「世の中世知辛いですね」
「わしの無事を祈っておってくれ……」
デュースさんが引き取られていく。
次に僕の隣に来たのはアリアだ。
「お師匠様奪われちゃった」
「人気者は獲得争いが起きるものだからね」
「まあ、エトと二人っきりなのも、いずれ行く冒険の予行演習だと思えば結構嬉しいんだけどね」
「デュースさんも浮かばれないね」
僕は西の方、勇者は東の方向を目指す。
生きて帰ろう、と大した危険があるわけでもないのに言い合う僕ら。
まあ、そんなものだろう。
歩いていく勇者一行を見送る。
勇者から聞いた話だが、イブノアは本物の王位継承権をもったお姫様らしい。第三位という立場で微妙な立ち位置。それで、勇者についてきた、とのこと。
しかし、仮にもお姫様という立場にいるひとが、わざわざ危険な冒険に出るだろうか? 反対されたはずだ。きっと、周りから。
それでもイブノアは今、勇者の隣にいる。
――勇者と魔王の物語では、旅の道連れとして姫が付き添うことは多々ある。
しかし、現実的に言えばそれは簡単なことではない。姫という存在は政略的にも大切なものであるし、生きて帰ってこられるかわからない冒険に出すのは非効率的だ。それなら侍女をつれていくとか、そっちのほうがいい。
現実的な話をすれば、姫が勇者の冒険についていくなどありえない。むしろ姫は、城で勇者の帰りを待つべき存在だ。
それでもイブノアが勇者の隣にいるのは、きっとそれなりの決意があったはずで。
勇者がイブノアの手をぎゅっと握りしめるのが見えた。
「あんまり前に出るなよ。お前は安全なところにいればいいから」
「……ユーシャはいつも私を子供扱いする」
「してないしてない。まあともかく、危なそうなときはデュースさんを盾にしてもいいからな」
「なんじゃと!?」
「わかったわ」
「なんじゃと!?」
「デュースさん、女の子を守るのって、カッコよくないですか?」
「百理あるのう。仕方ない」
楽しそうな会話。
でもその隅々から、勇者がイブノアを守ろうとしているのが伝わってくる。とても、大切にされていることが。
「二人の冒険、うまくいくといいね」
そう言ったのはアリアだった。
じっと勇者たちを見つめている。
同じようなことを考えていたのが意外で、おもわず彼女の方を見る。
「さっ、いこっか」
「うん、そうだね」
僕らは、異変がとぐろを巻く、森の中へ。




