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エトワール二

 僕はあれから力をつけた。

 おじいちゃんの言葉を守りつつ、強くなって、そして孤独でない強者になった。田舎である村を離れ、都市で自らを鍛える。

 そして――今、僕は七年ぶりの帰郷をしていた。


「エト、起きてー」


 目を開けば、自分の家の天井が見える。

 僕を呼ぶ声が、かすかに聞こえる。

 だから起きなきゃな、とゆっくり身を起こした。


「ちょっと待ってて、アリア!」


 家の外に待っているであろう幼馴染を待たせないために、僕は素早く身支度を整える。

 自分の武器を探して、ああそんなものもういらないんだっけか、と苦笑。どうにも昔の癖が抜けていない。


 テキパキと着替えを終え、扉の前に立つ。開けば彼女が目の前にいる。

 ささやかな日常風景。そんなものに幸福感を感じ、穏やかに息を吐いた。

 さて、扉を開けるとしよう。


「どーん!」


 そういったのは僕ではない。

 声と同時に開け放たれる扉。どや顔で仁王立ちの彼女。

 道場破りでもするかのように元気よく扉を開け放ってきた彼女はこう言った。


「びっくりした?」

「いい目覚ましだったよ」

「へへへ、お寝坊さんにはちょうど良かったかも」


 さ、いこっ、と笑顔で彼女が言う。

 その場でくるりと、反転。その性格を象徴しているかのように飛び跳ねた亜麻色の髪が、甘い匂いを運んでくる。

 ごほん、と僕は咳払い。


「こんな朝早くからデュースさんのところにいくのって迷惑じゃない?」

「いいのいいの。お師匠様はお歳がおじいちゃんだから、早起きしてるって」

「その理論を信じていいの?」


 老魔術師のデュースさんは目の前の彼女の師だ。

 なんでもものすごく魔道に長けていて、もう物凄いのだとか(彼女がそう言っていた)。


 ……実際、僕の目から見ても彼はすごい人だし、年齢のせいもあってか博識だ。とてもおだやかなひとで、そういうところが僕のおじいちゃんと似ていて……結構好きだったりする。


 僕らはおだやかな村の道を歩いていく。

 デュースさんの家は村民から離れた場所にある。魔術師はひとが寄り付かないところに住むものだ、というのが彼の意見だ。


「お、アリアちゃん、また魔術師様のところかい?」


 その道中、声をかけられる。


「あ、おじさん! パンちょうだい!」


 当然のように彼女は手を差し出した。


 へへへ、その言葉を待ってたぜ、とおじさんは晴れやかに言う。

 彼は火の魔法を使ってパンを作る、パン職人だ。なんでもその火は普通のものとは異質でことなるのだとか。この村はわりと変わった魔法のようなものを使える人が多い。戦闘に使いにくい、特殊な魔法だ。例えば歌うと植物の成長が少し早まっていい実がなる……なんてものは、この村の魔法の代表例だろう。


「おじさんありがとー」

「へへへ、どういたしましてだぜ。今回のは自信作だ! 頭ぶっ飛ぶぐらいうまいぞ!」


 僕は軽く会釈。


「お? エトもうここに慣れたか?」


 とおじさんは笑顔で言ってくる。


 凶悪な面構えだ。目つき悪いし、口元なんて悪魔が獲物を狙う表情のそれだ。

 パン屋のおじさんは子供が苦手なことで有名だ。理由は顔が怖すぎて、子供によく泣かれるからなんだとか。彼自身は気のよい中年なのだが、たしかにインパクトはある。


 今の笑顔は印象を変えようと努力した証で、昔はあまり笑わない性格だったようだ。おかげで物覚えがある程度ついた年齢層からの受けはいい。笑ってるんだなあ、と認識することはできるから。ただし、代償に子供相手にはますます怖がられるようになったそうだ。

 怪談デビューしたぜ、なんてことをおじさんは言っていた。


「おかげさまで馴染めてます」

「それはいいことだな! そんなラッキーボーイには俺の作ったパンをやろう!」


 もうなにを言ってもパンをくれそうな彼は、僕にはパンをおしつけ、元気よく去っていった。


 パンをほおばりながら僕は言う。


「嵐のような人だったね」

「使う属性は炎だけどね」


 たしかに。


「空が私の心を映しているかのように晴れやかだ!」


 パンをもらえて機嫌がよさそうな彼女。


「この分だと曇るのはずいぶんと先になりそうだね」

「さっき嵐のようなおじさんが来てくれたからねー」

「人生楽しそうでなによりだよ」

「もっと褒めるがよい」


 一定して快晴の心をもつ彼女は、ひとの好意を素直に受け取りやすい気質だ。嬉しいことがあれば嬉しそうにする。そういう反応が見ていて爽快だし、なんとなくこちらも影響されてしまう。心地よく引っ張られるみたいに。


「あ、デュースさんの家が見えたよ」

「見えたね」

「競争だ!」

「え?」


 短くなったパンを口に詰め込み、彼女は突然走り出した。彼女の前世は少年かなにかなのだと思う。

 僕も彼女を追うためにパンを口に詰め、一気に地を駆ける。


 すぐに追いつく。並んで目が合う。

 もぐもぐと食べたあとに飲み込み、口を開く彼女。


「食べながら走っちゃいけないって教わらなかったの!」

「立ち食いはだめって教わったけど、走りながらはだめって特に言われなかったよ!」

「卑怯だ! 解釈の曲解だ!」

「そういう君もね!」


 そんなことをしながらデュースさんの家にたどり着いた。

 先に着いたのは僕だ。


 二人でふう、と一息をつく。

 なんで子供みたいに躍起になってこんなに疲れているんだろうと思ったが、それは彼女のせいということにしておこう。


「ふうー、エトもなかなかやるねー。私だって冒険にでれるように体は鍛えたつもりなんだけど」

「都市にいって修行してきた時間は無駄じゃなかったってことさ」

「ずいぶんたくましくなったもんね、雰囲気はいまだにおとなしそうだけど」

「身長も君を追い越したしね」

「なんだと!?」


 文句が来そうな雰囲気を避けるべく、僕は家の扉をたたく。


「あと二、三年で追い越こしてやる!」と隣で彼女が言っているが、残念ながら十六という歳ではほぼ不可能だと思うし、女の子としてはそのぐらいの身長でちょうどいいので伸びる必要はないと思う。


 扉の向こうから人の気配。

 待っていると、まさに魔術師、といった風貌の白いひげのおじいさんが現れた。デュースさんだ。


「おお、お二人さん朝から早いのお。……なんでだか、疲れてはおらんか?」

「はい、実は――」

「まてまて! 当てて見せよう!」


 額に指をあて、考え込む彼は、さながら探偵のよう。

 しかし、お互い十六にもなる男女が何の目的もなく競争をして走ってきたからという理由はどうにも当てづらそうだ。


 ふむ……そうじゃな、とデュースさんがアリアを見る。


「考えるに、二人はわしのことが大好きだから先についたほうが――」

「はいはい、違うから中はいるねー」


 さー、と彼女はデュースさんの家に入っていく。

 さすがは弟子というべきが、無駄のない身のこなしだった。


「……最近の若者は年寄りをいたわる気持ちが足りんと思うのじゃ」

「五十歩百歩です」

「そうかの?」

「そうですよ」


 計算が間違っていると思うのじゃが、とデュースさんは静かに言う。

 彼がいうに、計算は魔術師の専売特許のようなので、真面目なときはいうことをちゃんと聞いておいたほうがよさそうではある。


 ◇


「はいコーヒー」


 アリアが机の上に三つコップを置いてくれる。僕とデュースさんと、彼女自身の分だ。


「それで、アリアはいつから弟子になったんですか?」


 と話の続きを促す。今、アリアについて聞いている最中だ。


「ふーむ、おぬしが都市に武者修行しにいったのが十の頃だったかの? その一年後ぐらいにわしが村に住み着いて、そのまた一年後に弟子になったかのう? たしか十二の頃だったはずじゃ」

「なるほど」

「アリアはいつか冒険をしてみたかったらしいからのう。エトも腕が立つようだし、いっしょに付き添ってやってくれんか?」

「ん、お師匠様が珍しくお師匠様っぽいこといってる」

「意外性はわしの魅力の一つだと考えておるよ」


 そんな申し出を受けて、彼女のほうを見る。

 どうする? と瞳で訴えかけると、彼女はこくこくと頷いた。

 願ってもない話らしい。


「僕は大丈夫ですよ」

「……やった」


 小さく彼女がガッツポーズ。

 僕も小さく笑った。


 一人旅は寂しいし、ひとりで彼女を行かせるのは心配でもある。もうここで一生過ごし、骨を埋めるつもりだったが、こういうのも悪くないかもしれない。


「わしのおかげじゃな」とデュースさんがどや顔。


「これもきっとわしの人望がなせる――」

「はいはい、おじいちゃんさっきも同じこといったでしょ」

「言ってないんじゃが?」


 確かに言っていない。


 ――と、その時、どんどん、と扉が叩かれた。


「来客のようじゃ」とデュースさん。


 家主であるデュースさんが立ち上がり、その扉を開いた。


 そこにはひとりの女性が立っていた。どこにでもいそうな婦人。


「デュースさんデュースさん!」

「どうした、なにかあったのか」

「どうしたもこうもないですよ! ついに咲いたんです! ヴァルフレアの花が!」

「……なんじゃと?」


 ヴァルフレアは伝説の薬草と呼ばれるものだ。未だに人為的に育成することには成功しておらず、森の奥の秘境でもごくたまにしか見つけられないため、たいへん貴重なものだったりする。

 おまけに大変美しい。


「まったく、それでわしに直接みにいけと?」

「そうです! ぜひいらしてください!」


 しょうがないのう、とデュースさんは嬉しげに言った。


「わざわざ呼ばれるなんて人気者ですね」と僕はデュースさんに言っておく。


「そうじゃのう。人気者じゃからな」

「羨ましいです」

「まったく、けしからんことじゃよ。こんな老体に鞭打って、わざわざ外に出向かねばならんとはのう」


 深々とした白いひげを撫でる。

 そんなことを言っているデュースのさんの口は、白いひげの上からでもわかるほど、口角が上がっていた。


「ヴァルフレアがわしを呼んでいる……。エト、アリア。わしはこのご婦人についていく。留守は頼むぞ!」


 喜色満面といった様子で、家の近くにつないであった馬にのる。

 こうしてまだまだ馬にのるのが平気なあたり、老体がどうだのとよくいっているがかなりアクティブなおじいちゃんだ。


「ゆくぞ!」

「ええ!」


 そう言ってご婦人とともに駆けていった。


 ついでにご婦人は肉体がやけに疲れにくいという特殊な体質を持っている。趣味は走ることだ。馬と並んで一緒に疾走するご婦人の姿は、かなりシュールに見えるだろう。


「……お師匠様行っちゃったね」

「うん、行っちゃった」


 優雅にコーヒーをアリアが啜る。


「お師匠様の家で二人っきり……お師匠様がいない」

「う、うん」

「ついにこの時が来てしまった……」

「……来てしまったね?」

「家探しの時が!」

「そうだよ! う、うん?」


 なにが起こるかと思ったがなにも起こらなかった。

 いや、起こってはいるのだが。


「お師匠様って、あんまり私に魔術道具を見せてくれなかったんだよねー」

「それなのにそんなことしていいの?」

「もちろん! だから楽しいんじゃん!」

「……」

「うそうそ冗談。この前ちらっと見せてくれたやつが気になってて、それを見てみたいの」

「まあ……それぐらいならいい……のか?」

「じっくり鑑賞するだけだしへーきへーき」


 そういう彼女についていくと、ひとつ隣の部屋の棚をどけ、その下にある隠し扉っぽいものを開けた。

 常習犯の手口だ。


「ポーミラル」


 彼女があかりの呪文を唱える。先は暗い通路。僕は魔法が使えないので非常に助かる。


「……あれ、つかない」

「あ、ごめんごめん。ちょっとまって」

「……?」

「もう大丈夫だよ」

「ポーミラル」


 ぼわあ、と彼女の手のひらに青白いあかりの玉が浮かぶ。


「あ、ついた。エト、私になんかした?」

「してないしてない」

「ならいいけど」


 そういって二人で暗い通路に降りる。

 鉄コンクリートで固めてあるその通路にはいくつもの部屋があった。むしろ家そのものよりも規模は広いぐらいだ。どうやって作ったんだろう。


 彼女はまっすぐ目的地へと向かい、扉の前に。

 僕がちゃんとついてきているか確認するかのように後ろを振り返る。

 そしてぷぷっと笑った。


「エトの顔、青白くてお化けみたい」

「君も妖怪みたいだよ」


 扉を開ける。

 中にはずらりと本棚があった。机と椅子が少し並んだ、都市の図書館を小規模にしたような風景。

 ほこりがすごいだろうなと思ったが、そんなこともない。しょっちゅう手入れされているようだ。


 たたっ、と彼女が一目散にかけていく。

 そして目当てのものを見つけたようで、机の上にあった筒のようなものを手に取って、目を当てていた。


「なにそれ?」

「これ? よくわかんないけど、覗くとキラキラしてて、ずっと見てても飽きないんだよねー。おまけにこれを回すとキラキラの反射が変わって楽しいの!」


 よくわからないが、都市にありそうなおもちゃだ。

 なにか特異な魔法がかけられていて、ランダムに光のパターンを演出しているのかもしれない。


『違うよ』と声。


 これは内から聞こえるものだ。


 最初、『彼』は僕のもう一つの人格なのかと思っていた。

 しかし、それは本当にはじめのみ。意志ある存在だと気づくのに、そう時間はかからなかった。


『彼』は僕と同じ灰色の髪を持ち、同じ色の瞳を持ち、しかし、その圧倒的なまでの存在感と、重くのし掛かるような陰湿さが、僕とは違う人物だということを強く感じさせた。


 そして、決定的に思考が違う。


 子供の頃、おじいちゃんが亡くなったころにその存在を知覚し、鍛え上げてもらった。それが僕と彼との関係だ。


 《あれは万華鏡と呼ばれるものだ。発想と技術の産物で、魔法とは違う》

『そうなの?』

 《僕のいたところではそう呼ばれていた》


 この会話は僕の心の中で行われているので彼女には聞こえていない。

 もしこの会話が『彼』からの一方通行で、僕は現実で言葉をしゃべらなければならなかったら、ひとりごとを喋っている変人だの、気が狂っただのと周りに言われそうだ。

 もしこんなことになったら、『彼』のことを場合によっては無視せざる負えなくなるし、申し訳ない。


 楽しむアリアを横目に、こちらも周囲をうかがってみる。


 ずらりと並ぶ本。

 なかには魔術に関することや、ヴァルフレアなどが載っている世界の珍しい薬草、他にもオカルト的な本までおかれていた。

 ジャンルによって分けられており、家主の几帳面さがよくわかる。


 そういったものを手に取り、読んでいると、途中で『彼』が強く反応した。

 なにごとだ? と思って聞いてみるも、反応はない。

 今僕が開いているのは、神、に関する本だ。


 本当はそこまで興味がなかったのだが、『彼』の反応が気になってその本を読んでみる。


 神は、僕らの世界では人間に力を分け与える上位者として存在している。信じる神によって人々は特殊な奇跡を授かり、また、傷を癒した。

 しかし、ある日突然、力を分け与えてくれる神の存在が消滅してしまった。


 三百年前のことだ。突然断ち切られてしまった繋がりを修復すべく、何人もの聖職者が接触を試みたが叶わなかった。

 治安は荒れに荒れ、人は神に見放されたと、神聖断絶の時代が始まった。

 それを収めたのはその時代で最も高名とされる聖職者『フューティス』だ。

 彼は神のいない時代において、唯一、人を癒せる者だった。

 しかし、なぜ彼だけがそんなことができたのだろう?


「私は生まれてこの方、神を信じたことがない」とフューティスは言った。

 加えて、「私が信じるのは自分のみ。自らを信じ、ひとを救うことが善い行いだと、自らの神聖を引き出して、私は人を治癒しているのだ」と発表した。


 ――人が、神を超える時代。


 自らの善性を信じ、人を癒す。

 そうして人は神に頼らずとも、再び安定した世の中を取り戻した。

 まあ、神がいた時代よりもは、性能が劣るようではあるが……。


 そのようなことが書かれていた。


 《神は》と『彼』が言う。


 《なにものも、神、となるものを、信じてはならない》

『どうして?』


 今現在、神とされる存在はひとつだけだ。

 神聖断絶の時代が過ぎてから、発見された神。その神は人間に力を与えていない。ただ存在するだけで、たまに大きな災害があるときに信託を与える。その程度のことだけをする。


 《神を名乗るもの、すべてを信用してはならない》

『すべてっていうけど、今はひとりしか神はいないじゃないか』

 《すべて、だ。僕は君に忠告をする。これ以上はなにも言わないし、なにも答えない》


 スーっと『彼』の気配が遠ざかる。彼が適当な知識を気ままに与えてくれるのはいつものことだ。


 ちょうど、その時僕が開いているページを見てみる。


 ――『破滅のエトワール』と書いてある項目だった。


 別名、破滅神エトワール。消滅と悪逆の神であり、神のなかでももっとも大きな力を持つ。


 《やめろ》


 強い警告の口調。

 びくりとして本を落とす。

 本は、閉じられる。


 《神について調べるな。危険だ》

『それってどういう――』


「ちょっ、エト! エト!」


 アリアの声。

 なんだなんだ、と思って振り返ると、彼女は緑色の容器を指さしていた。

 その中には人間の、腕。

 培養液の中にルーンが刻み込まれた腕が、その紋章が、光っている。


「……アリア」


 どうしてこんなものがあるんだろう。

 ここはデュースさんの家。ならばなにかの目的で作られた、そういうものなんだろうか?


 その腕から並々ならぬ力の波動を感じる。

 今までで経験した中でも一、二を争うかもしれない。

 ……かつて対面した、竜の帝と、同じぐらいに。


「戻ろう」

「うん」


 アリアが万華鏡を机の上に戻す。

 何も見なかったことにして、僕らは地下室を抜けた。

 アリアの明かりを頼りに、また来た道を戻る。

 くぐってきた床の隠し扉を開け、家の中へ。


 地下室ではそこそこの時間を過ごしたが、まだデュースさんは帰ってきていない。

 地下室で見た物のせいでか、否が応でも、家の小物小物が気になってくる。

 アリアと二人で座り、きょろょろと周囲を見渡す。


 ――小さな肖像画。


 写っている男性は、デュースさんの若い頃だろうか? 優しげな目元が似ている気がする。そしてその隣に写っている女のひとは……。


 どん! と扉が開く。

 デュースさんが帰ってきた。


「ヴァルフレアが咲いておったぞ! これで研究が進む! ふははは!」


 全身で喜びを表現するデュースさんも横目に、僕らは盛り上がれないでいる。


「……む? どうした二人とも。あまり元気ではなさそうじゃが?」


 訝しむ様子。

 もう、思い切って聞いてみることにした。


「デュースさん。あの、僕たち、地下室にこっそり入ったんですが……」


 なんと、と眉間に皺が寄る。


「その、そこで人間の腕を見つけたんです。あれってなんですか?」

「む、あれのことか。あれはわしの腕じゃな」

「デュースさんの?」

「ほれ、わしの腕を触ってみなされ」


 差し出される腕にこわごわと触れる。


「じじいは今セクハラをされておるな」など言ってくるがまったく和まない。


 アリアも参加した。二人そろってデュースさんの腕をもむ、珍妙な風景。


「わかったかの?」

「これ……義手ですか? そのわりにはずいぶんと本物と違わない」

「わしもそこらの魔術師には負けないと自負しておってな。これは正真正銘義手じゃ。錬金術による技術の結晶じゃな。そして地下にあったのは非常事態に備えてわしの腕に魔力を込めておるものじゃ。別に誰かの腕を奪って解剖しているわけではないぞ?」


 それを聞いてほっとする。

 人の体の一部が培養液に浮いていると……どうしようもなく、禁忌感を感じてしまうのだ。たぶん、この感覚は一般的なものだと思うし、アリアも似たようなことを思っただろう。


「それはいいとしてじゃ、アリア」

「は、はい」

「地下室は危険なものがあるから入ってはならぬとわしは言ったはずじゃな?」

「ご、ごめんなさい……」


 しゅん、と子供のように頭を垂れるアリア。

 よくよく考えてみれば僕たちの行動は無礼だったと思う。


「すみませんデュースさん。僕もその……」

「どうせアリアに引っ張られてついていったんじゃろ。まあ、いい。今度からこういうことがなければわしとしてはいいし、おぬしらは無傷で帰ってきたからのう。なにかが起こってからでは遅いのじゃ」


 どこまでも優しい口調に罪悪感を感じる。

 軽い気持ちで入ってしまったが、想像以上に危険な場所だったらしい。


「それはそうとしてじゃ!」


 パン! とデュースさんが手を叩く。暗い雰囲気は終わりだとでもいうかのように。


「二人は付き合っておるのか?」


 にやにやと好々爺のような表情が飛び出す。

 いたずらを考えるときの子供みたいな。


 僕とアリアは顔を見合わせる。

 そしてお互い困ったような顔をした。


「いえ、まったくそんな感じではないです」

「長付き合いの友人って感じだもんね~」


 そんな感じだ。僕らはお互いをもっとも信用にたる人物と認定している。

 悩み事があれば助け合うし、そんな気の置けない関係だ。

 ……ただ、僕の場合は小さい頃に彼女にたすけてもらったという思いがあるから、親愛の幅が大きいとは思うが。


「本当なのかのう~?」


 嘘なんぞ通じないぞ、とでもいうように笑いながらデュースさんが言ってくる。

 僕らは困った顔をした。


「なんじゃ、くそつまらんの。それでも若い男女か」

「そもそも僕たち、六年間出会ってなくて、つい一週間前に再会したばかりですし」

「一日目から始まる恋もある」

「なんかそういう目で見れなくて……」


 ふん、と鼻息を荒くする。

 くそつまらん! という顔だ。


 そもそも! わしはアリアがエトのことを好きなのかと思って一緒に冒険したらどうなのかと聞いたのに、とんだ空回りじゃったのか、なんてことをくどくどと言った。


 幼馴染のような関係なので仕方がない。仲良しという関係がちょうどいいのだ。

 もし彼女が男と結婚するようなことがあれば……彼女のお父さんと一緒に泣くとは思うけど。


 そんなこんなでドタバタは終わる。

 ふとさっき見た小さな肖像画が気になって、そちらを見やると「気になるかの?」とデュースさんが聞いてきた。


 こくり、と僕は頷く。


「これはわしの若いころのやつじゃな」

「じゃあ、こっちの女の人は?」

「わしの妹じゃ。お兄ちゃん大好き! が口癖じゃったな。これは嘘じゃが」

「ははは」

「まあ、かわいい妹じゃったよ」


 じゃあ、今はどこにいるんですか? と聞こうとして、やめた。

 あまり、これ以上喋りたくなさそうだった。

 辛そうな、表情をしていた。

 たぶん、踏み込むべきではない話題だった。


「そろそろ僕、帰りますね」

「おお、また来るがよい」

「じゃあねー! エトー!」


 僕は、デュースさんの家をあとへ。

 扉を開いて、ただっぴろい野原を見渡す。そこに、ポツンと赤茶色の人物。


 少年だった。その赤茶色の少年がゆっくりとこちらまで歩いてくる。


 なんだろう、と思って声をかけようとしたがなんとなくためらわれる。

 そしてついにその少年は僕の目の前立った。気の強そうな、目つきをしていた。

 じっ、とこちらを観察するように見つめてくる。


 そしてぎらりと目を輝かせ、こう言った。


「――ついに見つけた」



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