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剣鬼バルハーデの物語

あらすじ

荒れた世の中はなにかしらによる調律が望まれている。そのひとつが英雄だ。これは剣に生きたものが戦い、そして真なる望みを見つけるための物語である。

 


 時代は荒れていた。


 不正が飛び交い、国に仕えるものが賄賂を受け取るのは当たり前。

 弱いものは搾取され、貴族は笑う。


 一度悪い方向にねじ曲がった世の中は強引ななにかによってしか変えることができない。そう、例えば……。


「のうバルハーデ。おぬし、英雄にならんか?」

「私が、ですか?」


 栄誉あるソルティケイ闘王国、第一道場『剣の集う墓』。

 そこで、そんな話が行われていた。


 そこには、くっきりとした多くの皺を蓄えた老人と、若い風貌の男が見える。

 両者は共に、常人とは一画をなす鋭い気を纏い、座敷の上で腰を落ち着けていた。


「象徴が必要なのだ。世の悪意を断ち切らねばならない。鋭い刃で膿を切り落とし、世を変革する、逸品、そういう存在だ。救世主が現れねば飢える人々は増えるだろう」

「その役目を私が負えと? 剣しか知らぬ無学なこの身が、役に立つとは思いません」

「なにもしなくていい。『象徴』であればいいのだ。人が憧れるような」

「……」

「英雄になれば多くのものが手に入るぞ。地位や名誉はもちろん、金、抱きたい女、すべての願望はよりどりみどりじゃ」


 その誘惑は、ひどく甘い。

 その手に乗ればきっと、なにもかもが簡単に手に入る。

 老人は地位がとても高い者だった。

 類まれな頭脳だって持っている。きっと、なにかしら高い勝算がある、そうに違いない。


「しかし」と若者――バルハーデが言う。


「私は剣に身を誓ったのです。そんなものはいりません」

「ならばひとびとを救うために、英雄になってくれ」

「できません」

「なぜ?」

「私よりも適任がいるからです」


 そうバルハーデは断言した。

 英雄とは、人が憧れる存在。

 明るく、欠点がない、非の打ち所がない存在でなくてはならない。

 そしてもうひとつ、『象徴』としての強さがなくてはならない。


 バルハーデは強さ以外、なにも持っていなかった。


「カーンがその地位にはふさわしいでしょう」

「しかし、奴はそこまで強くない。二番手である奴と、お前では、差がありすぎる」

「そんなことを知っているものは、多くはおりません」

「……欲しくないのか、ありとあらゆるものが叶う地位を」


 バルハーデは笑った。


「剣を振る機会が減るでしょう?」

「……そうかもしれぬ」

「実質的に戦うことはなくなります。地位に縛られてしまうんです。責任はどうにも性分にあわない」


 老人が残念そうにため息をつく。

 本当に期待していたことが、裏切られたかのように。


「結局、お前はそういう存在なのだな」

「あなたがそう育てたんです」

「そうかもしれぬが尖りすぎじゃ」


 若者と老人、二人が握手を交わす。

 あくまでそれは信頼の形のひとつ。しかし、その行動には別の意味もあった。


『自分は政治的なことにはかかわらない。これで話は終わりだ』


「ここからはあなたの道です。我が師よ」

「うむ、任された」

「では、さようなら。……本当の父のように、思っていました」


 バルハーデは英雄にならないか? という話を持ち掛けられた。

 しかしそれはきっと、戦いから遠ざけるための父性のために、言われただけかもしれない。


 ◇



 民衆の不満をそらすには、『象徴』を置くよりも簡単で最悪なものがあった。

 それは戦争だ。

 それは起こる寸前のところまで来ている。堕落したソルティケイ闘王国は神を信仰する国と、敵対していた。


 人々の救済を謳う『神聖ユクシッド王国』。

 代々の王は神を崇拝し、その血を王政に結び付けて発展してきた国だ。


 今の世の人間は誰であれ、規模に違いはあれど魔法を使うことができる。

 しかし、自分の中に奇跡を見たせいか、『神』を信じる者は極端に少なくなった。

 むしろ神を信じる者は異端であり、忌まれる。よって神聖ユクシッド王国は排斥される神信仰者にとって救いの地であり、それがゆえに独善的な風紀が先行した国であった。


「アックス、ブレイブ、ジルゴ、敵の様子は?」


 バルハーデが部下の名を呼ぶ。


 バルハーデは騎士として、国境に配置されてる。

 そして彼の下につく顔見知りの部下。

 バルハーデを含む彼らは特殊な騎士であり、一般指揮系統から外れた遊撃部隊。

 戦争の幕引き前に行われる前哨戦において、重要な立ち位置を持っていた。


「どこもひどいもんですぜ隊長」


 部下のうちの一人、アックスがバルハーデの言葉に反応する。

 彼は今、いくつかの村の視察を見終えたばかりであった。


「略奪が横行してる。やつら、神を信仰しないものは異端だのなんだのいって容赦がねえ。戦って死んだ若者の死体が数え切れねえぐらいあった」


 商品となる女子供は連れ去られ、食料貴重品はなにもかもが、村から巻き上げられる。

 犯され、汚され、淘汰される弱者の集落。

 人の血が残るその場所で、なにかを守ろうとして死んでいった者の死体が積み上げられていたのを何度も見る羽目になった。


 他の部下も似たような報告をバルハーデに行う。


 戦線布告前の前哨戦。そこでは小競り合いとして小さな村がいくつも落とされていた。

 むろん、こんなことをしてただで済むはずがない。


 今この瞬間、大規模な戦争が起きていないのは、手続きやらなにやらで、情報が正式なものとして受け取られているのが遅れているだけであり、その小さな隙間としての期間が、国境での戦いを引き起こしているのだ。


「隊長、支持を」


 アックスがそう言う。

 その真紅の目には怒りが灯っていた。

 国民を殺され、蹂躙されたことへの憎しみを、雄弁に物語っていた。


 バルハーデがゆっくり口を開く。


「これより、我々第零部隊は敵の精鋭を叩く。公式には残らない戦いだ。捕虜はいらない。敵対する者すべてを殺せ」



 ◇


「ジルコ探知魔法を」

「わかりました」


 隊きっての魔法の使い手、ジルコが魔術を展開する。

 青い魔力の波が、あたりに広がっていった。


 一行はひとつの小さな村に潜入していた。

 そこは敵の兵隊に占拠され、酒盛りが行われている真っ最中。

 瓦礫として存在する家の多さは、ひっそりと機をうかがうには適している。


「敵の数は二十。逆探知はありません。我々四人で容易い敵かと」

「よし。では、各自散開。三十分後丁度に、同時多発的に攻撃を行う」


 第零部隊のメンバーが手持ちの機械仕掛け時計を三、という数字に合わせる。

 針がゼロに戻るときが、戦闘の開始だ。


 赤い髪を持つアックスは敵を憎々しげに見つめた。

 青い瞳を持つジルコは冷静に敵を観察していた。

 そして、


「ブレイブ、どうかしたのか?」


 バルハーデが声をかける。

 バルハーデと同じ黒い髪に黒い瞳を持つ青年、ブレイブ。

 彼にはなんとなく、危うさのようなものがあった。


 責任を背負うことが苦手なバルハーデは彼を苦手としていた。

 彼は達観したような態度を取り、すべてを諦めたような持論を持つ男で、ひとり、塞がりがちな男であった。


「いえ、俺たちがこんなことをして意味があるのかと思って」

「意味だと? やつらは我々にとって侵略者だ」

「そういう意味じゃないんですよ。こいつらは雑魚だ。いくら倒したって意味がない。……隊長、俺たちは国きっての実力者です。俺たちは敵の最高戦力を叩くべきだ。なんでこんなところで時間をつぶしているんです?」

「我々の力が足りないからだ」

「嘘ですね。隊長は俺と違って力がある。ジルコの魔術のサポートがあれば、敵の指揮官だって殺せるはずだ」


 ブレイブはせせら笑う。


「なにを恐れるんです? 死ぬ確率は高いかもしれない。でもできなくはないはずだ。なんでわざわざ安全な道を選ぶんだ?」


「おい」と怒声を帯びた声。


 アックスがブレイブの肩に手をかけていた。


「お前が命を語るんじゃねえ。隊長の命を危険にさらすなんて、もってのほかだ」

「バカは黙れ」

「なっ……!」


 彼らは大人だ。

 敵が目と鼻の先にある状況で、声を荒げたりはしない。

 とはいえ、アックスは気の長い人間とは言い難かったので、バルハーデは二人を止めた。


「止めろ。その話はここをかたずけた後でいい。ブレイブ、お前の言いたいことはよく分かった。お前が敵のことを許せないってこともな」

「……! そんなんじゃない……! 俺をそんな正義漢みたい語るなよ隊長。俺は腹が立つから、自分のために怒ってるだけなんだよ」


 ブレイブはまるで同じ人間を見ていないかのような目で、バルハーデを見た。


「アンタは『剣の守護者ジーク』に育てられたからな。普通のやつとは感性がずれてるんだよ。見下して理解した気になって、合理的な判断をして――」

「――ブレイブ」


 穏やかな声。

 それは、ジルコの声だった。


「あなたの言いたいことはわかります。しかし、後にしましょう。これが終われば時間はいくらでもあるのですから」

「……お前がそういうなら」


 たったそれだけで、その場は収まった。

 ジルコになだめられてすぐに静まるブレイブのことを、アックスは白けた目で見ていた。


 しかし、とバルハーデは思う。

 彼らはまだ、二十にもなっていないのだ。修羅場をくぐった数が違う。いくら優秀な騎士とはいえ、こう感情がさざ波立つのも仕方のないことだろう。


 実際、バルハーデ自身も二十二という年齢で彼らとそう違いはなかったが、経験の差が彼の感覚をそのように定めていた。

 そうやって一歩引いた目線で見ていることは、たしかにブレイブの言っていることに沿っているかもしれない。


 そうして、各自、持ち場に散る。


 略奪品で宴を開く侵略者たちを眺めながら、彼らは各々の時間を過ごす。

 それを見てなにを思うのか。

 それは彼らひとりひとりによって思うことは違った。

 しかし、愛国心がゆえに侵略者たちを一人残らず消してやろうという気持ちは、全員同じだった。


 ――時間だ。


 雷撃が炸裂する。


 ユクシッドの兵隊たちは二十は、その途端に酔っていたことも忘れ、武器を取った。

 しかし、何人かは死んだ。

 仲間が黒焦げになっていく様を見ながら、何人かは嘔吐し、何人かはそれでも周囲を見渡した。


 四か所で騒音がなる。


 一人、『斧の破壊者アックス』


 二人、『一撃必殺の槍ブレイブ』


 三人、『付与魔剣士のジルコ』


 そして、


「剣鬼だ! ソルティケイの騎士どもが攻めてきたぞ!」


 ユクシッドの兵士のひとりが叫ぶ。


『剣鬼バルハーデ』


 それは、知るものにとっては悪夢ような名前だった。


 その長すぎる太刀はどんな魔法も薙ぎ払い、見えない剣閃によってひとり、ひとりと死んでいく。そういう噂。

 いくつかの誇張されたと思われる話もあった。

 単身、上位ドラゴンを切り殺したとか、剣の通らない伝説の『命延のスライム』を再生しなくなるまでバラバラにしたとか、そういう噂だ。


 ユクシッドの兵士たちは最初は動揺したものの、優秀な指揮官がいたためか、すぐに態勢を立て直した。

 敵がどれだけいるのか、どんな装備をしているのか。それはまだわからない。

 しかし、最も高名な『剣鬼バルハーデ』を殺せば勢いがそげるだろうと指揮官は考えた。


「黒い髪の悪鬼は魔法が使えないはずだ! 距離があるうちに集中して魔法を放て!」


 詠唱が始まる。


 彼らはあくまで一般兵。優秀な魔術師ではないが、国として最低限教育された魔法は戦いにおいて最適化されている。

 彼らはあまり多くの魔法を扱えない。しかし、軍に叩き込まれた優秀な魔術がある――。


 ファイアーボール。

 ライトニングアロー。

 ウインドエッジ。


 詠唱の短さの割にはそこそこの威力がある魔法が、バルハーデに飛来する。

 その数はとてもひとり向けられるものではない。


 過剰すぎたか、と指揮官は思った。


 しかし、確実に殺せるだろう。魔術師の援護もないまま、魔力の才がないものなど無謀もいいところだ。

 その名が高すぎるためにおごったか。


 そんな風に、ついさっきまでは考えていた。


 ――いくつも描かれる剣閃。


 切断され、散っていく魔力の欠片。

 炎も風も雷も、すべてが剣圧によって無効化された。


「――は?」


 それはあまりにも非常識すぎて、幻かと思うほどだった。

 しかし、剣鬼は依然として立っており、続いて聞こえる部下の悲鳴が、現実なのだ知らしめていた。


 剣鬼が祈るように、長すぎる太刀を鞘に収めたまま構える。


 それはソルティケイに伝わる剣術。

 本来魔法に遅れて見向きもされなくなるはずだった剣術を変えた、かつての英雄が編み出した魔法とは異質の奇跡。


「――斬刻」


 激しく剣鬼の姿がぶれたと思ったら、その姿は鞘に納められた剣を構えているままだった。


 そのはずだった。しかし、部下が三人切り裂かれていた。


 とても、現実的ではない。


 あたりではなにかを砕くような破壊音が聞こえた。

 それは魔法ではなく、単純な物理による斧の被害だ。


 音もなく、ひと突きで心臓に穴があけられた死体が倒れていた。

 性格無慈悲な、槍による一撃だった。


 報告が上がってくる。


 やれ、誰だれが殺された。

 あいつは人間じゃない筋肉の塊だ。あんな斧をもっているくせに早すぎる。

 槍を持っているあいつになにもできずにみんな殺されている。

 剣に炎を纏う騎士がこちらに向かってくる――。


「な、なんなのだ」


 指揮官は慌てて逃げ出そうとした。

 しかし、ひとり、ひとりと味方が減っていく中で、なにもすることができなかった。


 黒い髪の剣鬼が歩いてくる。


 ただ平然と歩いているように見えるのに、こちらに近づいてくる速度は異様に速い。


 二人の兵士が立ちふさがった。

 神聖ユクシッド王国、第一段剣術保持者。

 隊のなかでもっとも腕の立つ、二人組。


「ひとを殺す悪鬼め」

「われらが神も、お前を地獄で許さぬだろう」


 その実力もあってか、自信は十分。

 それまでの圧倒的であった剣鬼に怯えることなく、一歩も引かず、むしろ二人組は笑っている。


 剣鬼が近づいてくる。


 そしてまだ間合いに入らぬうちに剣を祈るように構えた。


「神がなにかは知らぬ。しかし、少なくともお前たちは我が国民を大勢殺した」


 ――我は剣。


 ひしひしと伝わる突き刺さるような剣気。


 二人組のひとりがもうひとりに話しかける。


「いいか、やつの剣撃は目に見えないほどに早い。しかし、方向は決まっている。死ぬ確率は五分だ。その次が勝負だ。天に祈って賭けようか」

「神への祈りは届くに決まってるな」


 命が失われるかもしれなくても、二人はその場で余裕を見せる。

 剣撃の方向を二択に絞って防げる可能性に賭ける。

 そんなことをして、死が目の前に見えていても笑っていられるのは、彼らが本気で神を信じているからだ。

 ああ、慈悲深き神は光の戦士たる我らを救ってくださる。なぜなら我々は神のために戦い、死んだのだから!


 ――死ぬことを恐れぬ狂信者は、とても強い。


「ソル式剣術発剣」とバルハーデが呟く。


 太刀の刃が鞘からわずかに覗き、日の反射に煌めいた。


 ――その一歩は、決して早いものではなかった。


 しかし、気づけば接近されていた。

 剣鬼が二人組の近くにまで躍り出る。剣の間合いの中。


 遠くから剣撃が放たれると思っていただけに、わずかに反応が遅れた。


「――燕二連」


 剣技の発動。


 高速で放たれる二連撃は、二人の体を真っ二つに切り裂いた。


「ぐ……あっああ……」


 一人は即死し、一人はわずかに息が残る。

 胴体が分かれていたのに即死しなかったのは今まで鍛えてきたおかげなのか、それとも神の奇跡なのか。

 少なくとも確実なのは、そいつはもうすぐ死ぬということだった。


「歩法……見えない速さではない。……魔術でも使って――」

「ただの技術だ」


 ぐさり、と口を動かす死に損ないに太刀を突き刺す。

 剣鬼はユクシッド王国の指揮官を見つめた。


「神に懺悔でもしてるのか?」

「わ、私は――」


 つかつかと歩く剣鬼。


 あたりを見渡せば、ソルティケイの残りの騎士が自分の周りを囲っていた。

 逃げ場は、どこにもない。


「せめて」とバルハーデは言う。


 弱いものから奪うべきではなかった。他者の悲鳴は心地よかったか? 快楽をむさぼって虐げて上に立った愚か者。それならば、おまえが奪われるのは世の摂理。


 そんなことを淡々と言った。


「ま、まて」


 返事はない。


「違うんだ。教皇が、やれと命じたから言われ通りにしただけなんだ!!」


 返事はない。


「待ってくれよ。待って……待ってください……。人殺しはよくない、神が見ておられる。そんなことをしたら――」


「我々は神など知らぬ」


 ゆっくりと太刀の刃が覗く。


 指揮官は絶望した。

 死ぬのは怖い。いくら神がいても、無能を救ってくれるとは限らない。

 いや、そもそも本当にそんな存在はいるのか――?


「狂信者め」と剣鬼は吐き捨てるように言った。


 それは、ひとを殺すことなどにためらいのない目つきだった。


 結局、騎士とは人を殺めるもの。

 その本質が「守るため」だったとしても、それは攻撃的な防衛だ。

 騎士は剣を握り、人を悪から守る。綺麗なイメージが人々の中にはうっすらとある。

 だが現実で言えば、容赦はなく、悪のために悪に染まらんとも守り続けるのが真の姿だ。

 人殺しは確かに良いものではない。だがそれでも、正義のために戦うものは、その姿が基本となる。


「ま――」


 その言葉の先は、存在しなかった。

 振りぬかれた太刀が、その結末を物語っていた。


















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