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犠牲の都市五

 犠牲の都市五



 あれから二か月、彼女が僕の日常から消えてから三か月たった。

 組織が手放そうとは思わないほどの人材には、なれている気がする。

 人心掌握。処世術。人間関係。

 すべて順調だった。現実的に可能な完璧に、限りなく近い、と思う。

 組織もまた、動いていた。六十年以上、表立った活動をしていなかった反社会組織だが、なにやら大がかりなことをするらしい。政府への反発として、地表の捜査、魔法の探求などの様々なことだ。確かに、これらのことに関して民衆からの疑問はあった。政府はなぜ新たな探求に手を伸ばさなかったのだろうか? もともと、市民からも声が上がっていた問題だ。

 政府の回答は「今の社会は完璧ではない、その努力を欠かさなかったことはないが、問題がある状態で多くに手を伸ばすことはできない」とのことだった。

 多くの者は納得した。僕だってそうだ。よりよい社会を目指す政府が、余計なことをして、新たな問題が発生したらどうなる? 少なくとも、今の政府は間違っちゃいない。そんな結論だ。

 異論を唱える奴もいた。新たな探求の結果は富裕へとつながり、今ある多くの問題を解決に導くかもしれない、と。だが確実な手ではない以上、多くの民衆からは支持されることはなかった。

 ……そういう意味では、このレジスタンスは実に反社会的で、抵抗的だともいえる。汲み取られなかったわずかな意思。そういったものを拾い上げるつまはじきもの。だからこそのレジスタンスだ。

 魔法は、地表と関係している。だから組織は、それを重要視していた。だが、魔法とは犠牲を除けば役に立たないものだ。ほとんどの人間は、かがり火程度の火を灯すことができる。けれど、結果として待つのは、成果に見合わない体力の消耗だ。五十メートルを全力疾走するほどのそれは、はっきり言って役に立たない。場合によっては死にさえも至る、欠陥品だ。

 だが……犠牲に選ばれるほどの魔力を持つ人は、どうなのだろう? 魔法は皆が使えるが、体力の消耗の多さから、危険だとされ、一般的には使用を禁止されていた。でも……内緒で、秘密の場所で、僕らは禁を破ったことがある。今の法を遵守するような僕からしたら、考えられないようなことだけども。

 組織の魔法の研究はまるで進んでいなかった。体力の消耗の大きさからいっても、材料が無さすぎるのだ。だからこそ彼女は、組織としては価値があるはすだ。

 やれるだけのことはやった。彼女のいる場所も偵察してきた。助けに来る実例がほとんどないからだろうか。警備は存外緩く、様々な考察の結果、二割程度の確率で、救出は成功しそうだ。決して高い数字ではなかった。だが現実的な数字ではあった。

 失敗すれば、見せしめの処刑が待っている。

 死ぬのだ。だけど。

 ――命を懸けるだけの理由はある。

 すぺてすぺて、可能な限りにおいて、完璧な行動をとった。すべて順調だった。

 そんなある日のことだった。

「祐樹君、君はボスに呼ばれたようだ」

 照の声。

「どういう理由ですか?」

「重要な理由だよ。とても重要な、ね」

 照は意味深にそう言う。少したりとも、笑ってはいなかった。

「……そうですか」

「なあ、祐樹君」

 照は笑ってはいない。目も口も、何もかも。

「我らがボスはご多忙だ。少し、時間つぶしに話さないか?」



 ◇



「それで、話ってなんですか?」

「なに、くだらない話だよ。くだらない、くだらない話だ」

 照は絡みつくような物言いでそう言った。

 なにかが起きる。そんな予感がする。どちらにせよ、彼女が消えて三か月だ。僕は、そろそろ行動を起こす必要があった。

「君はずっとこう思っていたはずだ。『なぜ照はこんなにも自分のことを好くのだろう』と」

 それは、思っていなかったといえば嘘になる。だがそれは重要なことではなかった。

 人心掌握。処世術。人間関係。

 相手の望む言葉には、その相手が不快になる言葉もある。だがそれを悟って嘘をつけば、失うのは信用だ。結果が重要なのだ。そこに僕の意思、真実は、関係がない。

「そうですね。変だとはずっと思っていました」

「私はね、勝手に君と私が同類だと、思っていたんだ。……まあ、そういうわけではなかったようだけど」

 ――嫌な予感がする。

「私と君はかなり似ている……そんな仲間意識をもっていたんだよ」

「はは。そこまでとは、思ってもいませんでしたよ」

 照は人との距離をうまく保つ。踏み込みすぎず、されど支えられる位置にはいる、そんな男。

 僕は初対面のこともあって、そこまで照のことを好かなかったが、実は組織での照の評判は低くない。その人の好さそうな顔と、トレンドマークである髪のない頭が、まるでお坊さんのような雰囲気を生み出していて、話していなくても、勝手に好印象を持たれるのだ。事実、組織の構成員が、彼に悩み事を相談しに来たりするらしい。話がうまく、敵愾心を感じさせない彼は、非の打ちどころのない優秀な幹部だった。

「『人が目指すは完璧という高見。見えず、届かずともいえど、それを目指すということには意味がある』こんな言葉を、知っているかい」

「いえ……」

「ははは」

 照が笑い声をあげる。何がどうおかしいのか、まるで判断がつかなかった。

「この組織にある昔の本さ。『星堕ち』以前に書かれた小説で、私はその本のファンなんだよ」

「……」

「君は、知らない、と言ったね、でもこの言葉と同じようなことを、考えた事があるはずだ」

 確信したような口調。

 こういった考えを持つものは一定数存在するだろう。当てはまりやすい事象をかまかけで聞いているだけだ。

「完璧な人になりたかった」と照は言う。

 その言葉は。そしてそれに対する僕の反応は。照に『なにか』を確信させたように見えた。

「私はね、ずっとそんなことを、子供のころから、思っていたんだよ。ちっぽけな自分が嫌でたまらなかった。こんな自分は自分じゃないと、憎んですらいた。君もそうだろう?」

 引きずり出された。そんな気がした。

 なにもかも見抜く、一歩手前の状態。

 照は訴えかけている。本心を話せと。真実をさらせと。

「そうですよ。それが……それがどうしたっていうんです?」

 照は笑っている。

「人は大きすぎた失敗を前に、その原因を求める習性がある。それは根本的で、絶対的な原因だ。

 不完全な世界のせいにする奴。

 特定の誰かのせいにする奴。

 ……そして、自分の能力のなさにせいにする奴。

 何も恨まず、なんて風にはいられない。はけ口を求めているんだよ。理由が欲しいんだ。『なにか』がなくてはやっていけないんだよ」

 無意味さには耐えられない。物事がうまくいかない。じゃあそれはなぜだろうか。

 きっとそれは……。

「そういう風に、何かに負荷をかける。一つに原因を集中するんだ。わかりやすくかみ砕いて、定義を置いておくんだよ」

 もっと能力があればいいのに、と思ったんだ。全部、自分のせいにしたんだよ。運とか奇跡を信用していなくて、世界というのはむしろ敵対者で、だから全部、自分で完結させたんだ。

 そういう意味で、君は僕に似ているんじゃないかな?

「なにかを信じるのがばかばかしかったんだ。そんなものより自分を信じるほうが現実的だった。私はね、なにもかも信用していなくて、世界の全てが大嫌いだったから失敗を全て自分のせいにしたんだよ。でも、君は違ったようだ」

「……」

 たしかに。照の言っていることは僕に一定の共感を与えた。しかし、決定的な部分が違っていた。

「そういうことですか。だから照さんは僕を似ている、というくくりでとどめた。同類とは見なさなかった」

 まるで、照は……照は『彼女がいなかったら』なっていたかもしれない、僕だった。

「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。

 照は黙ってそれを見ていた。

 世界は絶対に救われるべきで、けれど救われないのが現実で。

 それは、もとはといえば、彼女の受け売りの考えで、僕の考えではなかった。優しすぎた彼女は僕にそれを分け与えた。影響された。決して不満はなかった。例え自分を苦しめる考えだとしても、それでもこの考えは正しいと信じていた。

 そんなことを思っていたから、僕は失敗を自分のせいにした。

 しかし、照は違う。

「至った結論は同じでも、原点がまるで違う。一瞬見ただけではわからない。そういうことなんでしょう」


「世界は素晴らしくあるべきで、救われるべきだと信じていた」と僕は言う。

「世界とは救いようがない敵対者で、決して信用できなかった」と照は言う。


 つまりはそういうことだった。彼はむしろ、最初は僕に対して同族嫌悪を抱いてさえ、いたかもしれない。でも違った。まるで僕らは、別物だった。

 照が力なく微笑む。

「私はね、力ない自分が嫌だった。可能なら世界を思うがままに操りたかったんだ。でも、現実的にそれは無理だった。だから、届かないと知っていても努力したんだよ。間違えない人間に、失敗を修正できる人間に。それで、今の私があるわけだ。組織の幹部。ちっぽけでは終わらない、世界にとっての重要人物。副産物としてついてきた対人関係は、今でも役に立っている」

 汚い考え方だった。他人のことなんて見向きもしなかった。結果的には私は組織の人間からいいやつ、として扱われているし、実際に何人も助けた。

 それでも、それでも私はこう思うんだよ。

「君は……よくぞそこまで綺麗な考えでいられたものだ。そりゃそうだ。積極的に人の不幸を願う奴なんていない。そんな奴は自分が世界で一番不幸だと信じている奴だけだ。でも、そんな奴でも、不幸じゃなかったのなら人の幸福を願うんだよ。……私は、君のような考えをもってこの場に居たかった。君のようで、ありたかった」

 幾度となく聞いてきた照の称賛。だがそれは、決して偽物ではない、そういうものだった。

 だが、僕の考えは違った。

 綺麗な考え? それがなんになる?

 まただ。幾度となく湧き上がる自己否定。

『お前は優しいな』と父はよく言っていた。今にして思えば、それは慰めなどの建前の言葉じゃなかったのかもしれない。本気でそう思い、わが子を誇りに思い、褒めていた。

 それを聞いていた当時の僕は、今も変わらず、嫌でたまらなかった。

 なぜかって?

「照さん、それは違いますよ。隣の芝が青く見えるように、それでそんなことを思っているだけです」

 わかりきったことだ。

「僕は少したりとも結果をだしていない。だから、あなたのほうが素晴らしい人なんですよ」

 あまりにも単純明快な、それだけのことだった。

 究極的結果主義。

 どういうところで今までの行動を正当化するのか。いままでの悪事があったとしても、それが自分を成長させ、その悪事以上に人を救い、自分が幸せなら、なにも咎められる要素はないはずだ。そうじゃない、という人もいる。けれど、他人が他人をどこまで詳しく見る? 見ることができるのは切り抜かれた、現在という枠組みだけだ。さらけ出さなければ他人は他人のことなど気にしない。

 照は、最初はそれを聞いて、呆れてさえいた。けれどそれは長くは続かなかった。

「……本気でそう思っているのかい?」

「目に見えるものが現実(、、)です」

 そういうものだ。

「過程を汲み取ろうとする人だって」と照は言った。

 だが次には表情を歪ませていた。失言ではないのに、間違えてしまったかのような表情。

 なんとなく、照はもう気づいているはずだ。彼がこういったことを考えたことがないはずがない。

 きっとそれは、絶対に正しくて、綺麗な考えだ。

 けれども、

「ほんとうはそうあるべきなんです。でもそれはどちらかと言えば明らかに少ない。――だって現実はそういうものだから」

 人は何かに捌け口をもとめると、照は言った。

 僕も照も、自分にそれを向けた。

 誰がどう認めても、『自分だけは』認めることができない。よりよい結果を求めるから、満足はできない。人の欲望にはきりがないように、理想には果てがない。

 人の称賛はひどく耳障りだ。嬉しくないわけじゃない。でもどこか納得できない自分がいる。そういった思いが大きくなるのは、決まって物事がうまくいっていない時だ。彼女を救える見通しはたった。

 けれど、されど、その確率はいまだに――とてもとても、現実的じゃない。

「完璧な人になりたかったんです」と僕は言う。

 照は――




 ◇




「学力試験第一位、佐藤祐樹」

 それは、なにもかもを破壊する魔法の呪文のようだった。

 照は濁りきった瞳でそれを発した。

 動揺と、諦念と、何かに対する失望。

 組織の調査能力を甘く見ていたわけではなかった。だが組織に余力は、あまりない。だから志望者を詳しくなど調べない。特に末端はそうだ。裏切りはその地帯を切り離すことによって対処される。同時多発的な裏切りは組織の壊滅だ。政府が取れない手段じゃない。常々思っていたことがある。反社会的な抵抗組織はかえって法に対する市民の結束を強めている。全力をだせばつぶせないことはない組織を、なせ政府は潰さない?

 半分、泳がされている、侮っている、そこまでの余裕はない、なにかしら考え付かない事情がある。

 そんなことを推測した。だから自分の身元に関しては調べられたとしても、そこまではないと、そう判断した。

 だがそれは賭けだった。防ぎようがないから、臭いものに蓋をするように見ないようにした。

 消去法的選択。

 でもこれしか、やれることはなかった、だから。

「それが……?」

 強がりだった。それがなんだと。だからどうしたといわんばかりに、平静を保った。

 声は震えていた。

「幼馴染の近藤雪は今年選ばれた犠牲者である」

 ――すべて終わった。

 いやまだだ。最初からバレていたなら僕はここに入れてはいなかっただろう。つまり気づいたのはあとからだ。今や僕は組織として非常に欲しい人材になったはずだ。まだ芽はある。

『祐樹君、君はボスに呼ばれたようだ』

 照が最初に言った言葉だ。予感がある。だがそれでも、最良の選択肢を取り続けるという選択は間違ってはいないはずだ。

「そうですよ、ちょうどよかった。その件についてずっとボスに話そうと思ってたんです。ボスは時間がなかなか時間が取れない人だから」

 自分の言葉がどこまでもしらじらしく聞こえる。

 落ち着け、と強く念じる。

 焦ったところでいいことはなにもない。いつものように最善を選べばいい。やることはいつだって同じだ。

「なにをするつもりなのか、私にはわからない。だがこれは、確実にウチに来た理由にかかわってるんだろうね。君は社会を変えたい、と言った。けど普通、少なくともウチにくる前に、その学力をもってなにかをやろうとするだろう」

 冷汗が背をつたうのを感じていた。

 だがそれでも、平然としたなりを装って僕はこう言う。

「それがなんだっていうんです?」

 照は、長い、長い溜息を吐いた。

「助けるつもりかな?」

「ええ。組織に迷惑はかけません。僕が自分――」

「諦めたほうがいい」

 ――なぜ。

「そうかもしれませんね。でも一度、ボスに相談しようと思ってるんですよ」

 照の判断は関係ない。ボスの指示で全てが動くのだ。有利となる材料はいくつかある。照はやり過ごせれば、それでいい。

「それはやめたほうがいい。絶対に成功しない」

「……理由を聞いても?」

 照はただ首を振った。

「君のためを思って言っているんだよ。理由は言えない。でも絶対、止めたほうがいい。諦めるんだ」

「それは僕が選びます」

 今更、選択肢がほかにあるとは思わない。

 照は痛みを抱えたような表情をしていた。僕に対しての悪感情は感じられなかった。ただただ、同情していた。

「今の君を見ると胸が痛むよ。私が言えることじゃないが、自分を責めずに、もっと楽に生きたほうがいい。私はね、君の生き方を尊敬してるんだよ。信じられないことかもしれないけど、君には幸せになってほしい。君みたいなひとが報われるべきなんだ」

 それはひどく矛盾した言葉だった。

 照は本心でそう言っているのだろう。でもやはり、それは僕にとって関係がないことだった。

「なあ、君のいうことはわかる。わかるんだよ。でも私は、感情的にそれは嫌なんだよ。君は自分を絶対に許さないだろう。でも時間が解決してくれるさ。バカみたいなことをいうけど、それだって感情的な愚かな行動だ。私が君に言う資格がある言葉はなに一つとしてない。だけど……」

 そうだ。それらすべては照が正しく、もう想定の終えた結論だ。僕は間違っている。それでもやり遂げる必要がある。

 それは経験や思い出、人生と目標において、必要なことだから。

「もう一度言う。君は――」

「――なんでですか!」

 その大声は、照を黙らせた。

 彼は何も言わない。言えないのだろう。きっとその情報はボスから話される。彼にはその権利がない。……今、彼が言っている言葉だって、おそらくは逸脱した行為なのだろう。

 照は天を仰ぐ。何かを誤魔化すみたいに、きまり悪く笑う。

「ああ、自分らしくないことをしたなあ。嫌になるぐらい感情的な行動だ。なあ、祐樹君?」

 扉に指を指す。

「行ってきなさい。私は全てを知っているから君を止めた。でも土台、無理な話だったんだと分かったよ。自分で何とかするといい」

 なんともできないと、暗に言っている。

「言われなくても」

 扉に手を掛ける。

「なあ、最後に聞くけど、考えを改める気はないかい?」

 沈黙をもって、その言葉に答えた。

 照の最後の一言は、僕を苛立たせただけだった。



 ◇



「よう、小僧……じゃなくて祐樹。最近、首尾はどうだ」

「上々ですよ。現実的に可能な限りにおいて、ですが」

 からからと、ボスは笑う。

 僕はゆっくりと息を吸う。照に言われた言葉がわずかに余韻を残していた。それはこれからのことに邪魔になる。必要な要素だけ抜き取り、使うのだ。ただただ、最善を選ぶ。今まで通りに、同じことをすればいい。

「それで、話とは何ですか?」

 不用意なことは決して喋らない。相手の出方に合わせ、対応する必要がある。

「ああ、そうだったな。俺はおまえに話があるんだよ」

 狭い個室。机と椅子と、湯気の立つコーヒー。

 ボスはそれに口をつける。ボスが好む、あの苦さと甘さを混同したコーヒーだろう。僕はそれに触れなかった。

「苦いな。なのにわけもわからんぐらいに甘い。良いことと悪いこと、どっちから先に聞きたい?」

「ボスが好きなように」

「ははは、つれない奴だな。堅物すぎると人生損だぞ? もっと楽に生きろ」

 まるで、照のようなことを言う。だがまるで意味の違う言葉だ。込められた意味が、感情が、厳しさが、そういうものがない。

「では、おめでとう祐樹君。君は晴れて我がレジスタンスの幹部候補になったのだ! 嬉しいか?」

 わざと場を盛り上げるような演技がかった仕草。

「……そうですね。早すぎる気もします。悪い点を聞いてから判断したいです」

「いや、お前が嫌がらないなら特にない」

「なら、嬉しいんじゃないでしょうか?」

 それは組織が僕の価値を認めたようなものだ。僕にとっては得になる。だが、それにしても早すぎる。幹部候補? 入ってたった三か月程度の子供を? 無論、本物の幹部になるには時間がかかるだろうが、そういう問題を差し引いてもおかしい。組織は人材が不足しているとは思っていたが、ここまでではないはずだ。

「いろいろ照に教えてもらえ。羅門は武闘派だからおまえとはそこまでかかわりがなくなるな。それで――」

「――待ってください」

「なんだ?」

「なぜ僕なんですか? 不満があるわけじゃないんです。でも、早すぎませんか?」

「知りたいか」

「はい」

「……どうしてもか?」

「……はい」

 はあ、とボスは溜息をついた。

「教える気はなかったんだがな。今教えとかないと後が怖そうだ。まあ、どっちでもよかったんだが、仕方ない。あのな、祐樹。おまえは……」

 俺の後継者になるんだよ。

「…………は?」

 はじめは、幻聴かと思った。だがボスの真剣な顔や、何も次に喋らないことから、本当なのだと分かった。

 これは夢か? あまりにもうまくいきすぎている。もし夢でないのなら、彼女を助けられる確率はぐんと伸びる。本来、僕単独で、卓也さえなしに彼女を助けようと思っていた。彼がいようといまいと、見つかったら守衛に警戒される。そうなれば終わりだ。つまり、卓也はいてもいなくてもそこまで救出の確率は変わらない。だが、組織の手があるなら話は違う。何事もなく、長い間安全すぎた犠牲者の収容所は、僕単独での救出成功率が二割ほどある。ならば、プロに任せれば九割……いや、ほぼ確実に成功する。

 胸が高鳴る。現実的だ。これならできる。彼女を助けられる!

 ……落ち着かなくては。まだやるべきことは残っている。

「驚いたか?」

「そりゃ……そうですよ」

「おまえのことだ、きっと理由を知りたいだろう」

「お願いします」

「まず、後継役の問題は深刻だった。照も羅門も、最終まとめ役には向かないからな。それで、人材が欲しかった。客観的に物事を見れる奴。冷静でいられる奴。自分を機械にでもするかのような、そんな奴」

「……」

「自分自身を歯車に徹底しようとするような奴だ。何かを遂行するためには、感情は邪魔でしかない。冷静に冷徹に、組織柄、そういうことができなければならない。だがそれでも、俺たちは人間で、支配しなければならないのも人間だ。単純な機械じゃだめなんだ。組織の頂点は人に裏切られにくい、人の気持ちがわかって、場合によっては汲み取れなくてはならない。……再度いうが、組織柄上、な」

 なるほど、と思った。

 レジスタンスは危うい組織だ。それこそ、こんなに存続できたのが不思議なぐらいに。五百年の歴史を誇るこの都市で、レジスタンスは実に二百年もの存続を続けている。都市の歴史の半分ぐらいだ。これだけの期間、そこそこの被害を、与えているのにも関わらず。

「わかるか? 要するに『機械を目指す人間』が欲しかったんだ。なれないと知っていながら、完璧を目指す。そういう人間はなにかしらで能力を発揮する。それがボス、という存在に適役かは置いといてだが。照は適役ではなかったタイプだが、能力の高さは発揮している」

 並びたてられていく言葉の数々。

 それは、やや過剰な称賛とも言えた。僕が精密な機械を目指す、ミスをしないことを目指す、完璧な人を目指している、というのはあながち間違いではない。

 人心掌握。処世術。人間関係。

 ボスの言っていることに、いくつかの心当たりはある。僕がどういう目的で、人との付き合いを円滑にしたのかとか、そういうことは、あまり関係がないのだろう。結果はすでに出ている。それが自分に嘘をついた仮初の姿だったとしても、三か月の期間、演じ続けられたのなら、これからもできる。『能力がある』そういうことだ。

「照にお前の観察を頼んだ。お前がどういう人間か、どういう考えをするのか、どういうことができるのか、そういうことを。照はな、心理学を極めた男なんだ。あいつは感情なんかじゃなく、経験と理論で人を理解できる。知ってるか? 人間の表情っていうのは面白いもので、ある物事に対する反応が約0、1秒の間、顔にそのままでるらしい。どんなに取り繕っても無駄で、嘘はつけない。時間の短さから、その分野を極めたわずかな人間しかできないが……照にはそれができる」

 ボスはじっと僕の顔を見る。どういう感情が浮かんでいるのか、さっき言った方法で確かめるみたいに。

 ……照は、だからこんなにも僕のことを見通し、理解していたのだろう。嘘を見通すのではないかというあの感覚。それは間違いではなかった。真実だった。ただの勘と感覚で、それを感じ取っていた。

「十分に時間をかけた。はりぼてかどうかは、関係ないぐらいには。おまえは適役だった。ならばもう、教育は早いほうがいい。理由は、こんなところだ」

 ボスの言葉には、違和感がなかった。筋道は通っている。自分を過大評価するわけではないが、確かに、僕みたいな人間はあまりいない。この思考と考えは、ただ重くて苦しい。おまけに救いようがない。

 自分の行動を考え、周りの人間を見てきたからわかる。

 簡単に人を否定する奴。

 いわなくてもいい悪口で、争いを始める奴。

 自分の行動がどれだけ人を傷つけるのか、考えた事のない奴。

 それらすべてが、最終的に自分に返ってくるかもしれないことが分かっていない奴。

 これらは、軽率な行動と言え、しかし細かすぎて絶対に自分に返ってくるとは言い切れないものだ。人を傷つけたり、自分を誇示することによって、周りに強い自分の印象を与える。発言力の上昇と、声の大きい者に付き従う人種の列が、さらに強化を生み出す。暗にスクールカーストのようなものができあがる。

 だがこれらには代償が存在する。強さは誇示するがための行動は、結局、人を不快にさせることが多い。大きなミスからその立場は危うくなり、影で失敗を笑われる。

 無論、そういうことにならないことだって多くある。要するに致命的なことをしなければ、その立場は続いていくことが多い。メリットとデメリットをどれだけ天秤に乗せるかだ。致命の時に仲間がいなくなるかもしれない。影で何かを言われるかもしれない。だが優位性による通常時の満足感は得られる。

 最終的な結果なんて、運と行動いかんによって変わる。ただ自分はそういうリスクを負いたくなかっただけで……。

 良い人間であろうとした。人の悪口で盛り上がらないように気を付けた。その場の空気というのもあるし、愚痴のようなことは言ったかもしれない。だがそうであることを望んだ。そうなりたいと目指した。努力した。そういう届かない高みを見つめていた。完璧な人で、人には優しくあれることを望んだ。

 きっとそれはいきすぎた行動で、無意味な葛藤と苦しみだ。自分にとってを考えれば、もっと楽に生きたほうが都合がいいと、僕だって思う。

 でも、もしかしたら、苦しんだかいがあったのかもしれない。全ては最終的な結果で語られる。この葛藤が、考えが、苦悩が、もし彼女を救うために役に立ったのなら……願ったり叶ったりだ。

「祐樹」とポスが僕の名を呼ぶ。

「ここが境界線だ。了承の選択をすれば引き下がれない。その前に、なにかいうことはあるか?」

 ――熱のこもった、おどろおどろしい気迫。

 きっと第三者から見れば、なにも不自然な雰囲気はなかった。

 僕だけに向けられた、そういう気迫。最初にボスにあったときのことを思い出す。

 ――ただものではない、なにかを背負っている。

 僅かに怯む。

 予感がある。

 このままでは終わらない、いいことだけで終わらない、予定調和めいた不幸。

 なにを? なんてことを聞くのは無粋だった。ついさっきまで、浮かれていた。

 引き戻された。頭の中にあった絶望を、言葉を、思い出した。

『諦めるんだ。それは絶対に成功しない』

 照の言葉。

 それは僕がこの先、有利に動かすための言葉だ。だがそこに『彼女』は入ってない。ただ僕一点のみの有利。未来の行動の制止。

『諦めたほうがいい』

 そうすれば、僕だけは有利になる。そういう情報。

「……ボス、言わなければいけないことがあります」

 そう、ここでいわなくてはならない。

 僕が助かってなんになる? 決意の日以来、もう自分の中にそういう選択肢は存在しない。

 当然、ボスだって僕が彼女を救おうとしているなど、知っているはずだ。照が報告したのは間違いない。照はボスに逆らわない。でもその中で、僕を助けようとした。

 もしかしたら、ボスは『救う』なんてことは知らないかもしれない――はずがない。

 そういう人種だと、わかっている。

 試されている。きっと最後の。言わなければならないこととして。

 ここを境界線だとボスは言った。匂わせた。次はない、と。

「僕は今回選ばれた犠牲者、近藤雪を助けたい」

 言った。どうなるかはわからない。だがそれは、彼女を諦めないという選択を取るなら、最善のはずだった。

「そうか」とボスは短く言った。

 沈黙は続く。僕のコーヒーは満たされていた。ボスのコーヒーは空だった。コーヒーは暗く、濁っていた。

「知っていた。照から聞いた。俺に会う前、照に会っただろ? どうせ言わなくていいことをアイツは言ったんだろうな」

 乾いた笑い声。やはり、照は組織にとって余計なことをしていた。だが、ボスは見通している。照すらも、見通している。ぞっとする。なにもかも利用して、てのひらのなかだ。

「テストだったんだよ。俺の独断でなにもかもを謀った。お前がそれを言ったのは今この場までは正解だ。そして言うことがある」

 続く言葉は、わかっていた。

「諦めろ」

 照は、あくまで僕に心の準備と、諦めるという選択肢を濃厚に示しただけだった。救いはなかった。

 これになんと答えるか、それは決まっている。だがなんと答えるのか、どう説得するのか。

 予感があった。予定調和めいた不幸。

 諦めれば、僕の人生は決まる。だが諦めなければどうなる? ただ、ろくなことにならないのは確定していた。

 ――予感がある。

 たぶん、殺されるか、飼い殺しか。結末が顔を覗く。うすら寒い。

 ――だがそれでも。

「無理です」

 嫌だとか、どうしてだとか、そういうことは言わなかった。

 断定の一言。愚かしい、そういう行動。だがそれでも、やるしか、ないのだ。

「――諦めろ」

 命令形。最終通告。

 けれど決して、揺らぐことはない。ばかばかしい気さえする。結果はなかば、わかっている。なのになぜこんなことをするんだろう?

「――無理です」

 ボスは目を閉じた。そして開く。諦めと失望。

「やはりか。俺自身がおまえを見てきたわけじゃない。だがやはり、そういうやつなんだな」

 悟ったような、諦めたような、そして――ただただ残念だという声音。それが全てを体現していた。結果だった。

「さっきまでの話はなしだ。おまえは一生平で、もう外に出すわけにはいかない」

 殺しはしない。せめてもの、温情ってやつだ。どうせ個人じゃどうにもできないしな。ボスはそう言った。

「いいえボス。彼女を助けるのはぽく一人です。組織には一切負担をかけることもなく、連れてきます。その後は忠義を誓います。身を捧げます。それでなにもかも、あなたの思がままに。だから一度でいいんです。チャンスを下さい」

 なにもかも、材料をぶちまけた。出せる手札全てだった。しかし、ボスはそれらに大した反応はしない。どうでもいい、とばかりに。

「教えてやるよ。この組織のことを。そうすればおまえは納得するだろう。諦めがつけば道もわかれるかもしれない、だから」

 ボスには、僕の言葉欠片ほども届いていなかった。

「なあ、考えた事はないか? なんでこんな社会の害になる組織がこんなにも長い間続いてるのかって」

 なにかを刺激するような声音。

「おまえは思ったことがあるはずだ。この組織の存在は、むしろ結果論でいえば、市民の団結と法の統治を補助している、と」

 まさか。

「ああ、さっき言った表情を見分ける術を使わなくてもわかる。驚いただろ? そして理解したはずだ」

 バカな。

俺たち(レジスタンス)は政府とグルだ。不穏な存在、社会に対する敵対者は、人々の結束を促す。その結果、多少の死人は仕方ない」

 そんな。

「――我らが住まうは、犠牲の都市だ」



 ◇



「嘘だ」

「目をそらすな。わかっているんだろう?」

 そう。嫌になるぐらいに。

 考えた事はあった。だがあまりにも突拍子で、ありえない可能性と、切り捨てた。

「組織の多くは知らない。知っているのはほんの少しの、信頼できる上層部のみだ」

 そうだ。僕がおかしいと思ったのだ。ボスや照が思わないはずがない。無意味な行動を、二人がするはずがない。つまり、絶対の保証と、根拠があったはずなのだ。

「ほとんどは不満をもったごろつきだ。第一、こんな組織が普通持つはずがないだろう? ほかに犯行組織がほとんどないのも変だ。この都市の統治は完璧に近いんだ。まだなにか、言ったほうがいいか?」

「……もう、いいです」

 つじつま合わせの答え合わせ。そうだ、考えれば考えるほど不自然だ。だがそんなもの、よほど注意深く見ないと見えてこない。ほかに考えることなんていくらでもあった。それになにより、組織は現実として存在していた。目の前にあるコップは実は机だなんて、いったい誰が思う?

「そういうことだ。俺たちは政府の犬だ。おまえに絶対に協力しない」

 絶対。

 全てつながってくる。照の言葉も、なぜ僕の言葉にボスがたいして耳を傾けなかったのかも。

「なんで……なんでボスがそんなことをしているんです? 政府の犬、だなんて。あなたはそういう人に見えない……照だって! 自分が小さくないことを望んだ! 世界にとっての重要人物に、なろうとした!」

 とてもとても、認められない。ボスも照も、なにかを自分で変えることを望んだ。はかりしれない存在だった。それゆえに小さなところに居られない、そのはずだ。

 現実? 現実的に不可能だから?

 噛み合わない。納得できない。

「ここが小さいか、そう見えるか。確かにそういう味方もある。おまえの言う通り、照も俺も、世界の変革者でありたかった。だがそんな場所は、な? 現実に存在しないんだ。政府にたてついて、人を殺して……それでなんになる? 個が巨大な組織に敵うことはない。俺一人がなにをやったって、所詮無意味だ。消去法的選択。だから一番重要な位置に、俺はいるんだ」

「重要? ここが?」

「ああ、お前も見ただろう。ここはそんなにうまく回っているわけじゃない。完璧とは程遠い。だが反逆者役を誰かがやらなくてはならない。そんなことができる奴なんて、世界中探しても、俺ぐらいだ。俺にしか、できないんだよ」

 そういうボスの言葉は。

 自信にあふれていて、疑いを知らず、黒を黒だと、当たり前のことを言っている口調で。

 だから、なのだ。自分にしかできない。俺は世界にとって、必要な重要人物だ。だから。

「照も同じだ」

「そんな……こんな……」

 こんな話がある。

 奴隷の実情。

 遠い昔、旅人がいた。旅人はその旅路の途中で女の奴隷を見つけた。そしてかわいそうだと思い、救ってやろうとしたのだ。しかし、奴隷は拒否した。旅人は、強引に奴隷を助けた。その奴隷の主人は死んだ。血だまりの中、女の奴隷の一言で物語は終わる。「愛していました」と。

 誰にとって、彼にとって、正義の定義が違う。歪んでいるように見えても、価値観が違うだけだということもあり得る。

 僕は社会の反逆者であるこの組織が、もし政府の見方だとしたら、犠牲を許容しているのなら、と考えたとき、それを正義ということはできない。なぜなら人が死んでいるのだ。殺しているのだ。だがこれも所詮、僕の価値観でしかない。

 もし反論した時のボスの言い分も予想できる。数でいえばこれだけの期間で百も死んでない。何十万も生活しているこの都市で、反乱が起きればきっとこれ以上の死人は出る。反乱で起きる死人だけじゃない。政治の不安定化で死ぬ人数は、見過ごせないものになる。

 きっとこんなことをいうのだろう。

 組織の大半が本物のごろつきというのもカモフラージュのために仕方がない。そもそも現実問題、こんなことをやりたがる人の数も知れている。組織を保つための最低人数。それが被害を及ぼしたとしてもやはり……それでもこの組織はなくてはならない。

 僕は完璧を目指すが故に認められなかった。しかし、そういう正義もあるのだと、理解することはできた。決めつけと独善はしないように、そういうことも僕の完璧、なことに入っていた。

 ボスに何かを言おうとした。乾いた喉は、音を発さない。

 何も、言えなかった。

「どうだ?」

「……」

「お前のここまでの行動、姿勢、照から聞かされたときは感動すら覚えたぞ。いきなりスーパーマンみたいなことをするわけでもなく、現実的に、できることだけをおまえは選択してきた。それはすなわち、英雄的な行動に酔っていないことの証拠だ。本気で助けようと思っていたんだろう。並みの人間ができることじゃない。しかし、運が悪かったな」

 ボスは笑わない。誤魔化すことはしなかった。

「この社会構造的に、おまえはなにをやっても無理だったんだ。仕方がないんだよ(、、、、、、、)だから、いい加減、諦めろ」

「……」

 なにも、言い返すことはできなかった。

 なにかを考える。僕はここから、なにをすればいい?

 取れる手段は、なにもかもが潰れていた。どこにも逃げ切れる場所がない。もう、どうしようもない。スラムに逃げたっていずれ捕まる。その期間で、ほかの犠牲者が選ばれ、彼女の犠牲は止められるかもしれない。だがそんなことをしたって、政府は例外を許さない。きっと僕らは晒し者として殺されるのだろう。あの、いつかの娘を救おうとした父親のように。そして巻き込まれた、ほかの血筋のものたちのように。

 だから、レジスタンスはどうしても必要だった。しかし、ここは逃げ場所ではなかった。

「俺は『機械を目指す人間が欲しい』と言ったな。あれは本当だ。今回のことがなければおまえは後継者になる予定だったんだ。……今後の行動によっては、まだわからないがな」

 ボスはささやいている。諦めろ、と。そしてそうすればおまえにはこういう立場が用意されている、と。

「おまえは人のことを思うことができるやつだ。きっと組織をうまく導く。さらにおまえが頭になれば俺たちの行動による『犠牲』をうまく減らせるだろう」

 きっと、どんな人だって僕がなにをすればいいかなんてわかる。彼女も同じことをいうだろう。

 だって。

 彼女のことを諦めるのだ。不可能なことだと、仕方がないと。彼女は犠牲になる。ならせめて、彼女の意思を継ぎ、誰かのためになることをしなければならない。優しくあらねば。

 結局、組織を継ぐことは影の中でしか見えないとはいえ、英雄的行動には違いないのだ。

 英雄。超人。完璧者。

 僕の目指したものの一つの形とも言える。

 そのかわり何かを諦めている。だがそれがいかにも、現実的だ。

「僕は――」

 ――もう、選択肢は一つしか存在していなかった。

 いやだいやだ、と心の中で悲痛な声がする。

 まだ諦められない。

 必死で考える。なにもない。バカげた妄想が頭に浮かぶ。僕は英雄のように、強大な力をもって彼女を救う。歯向かうものは皆殺し。強い強い、そういう魔法のような。

 嫌になる。

 なにもかも。

 何もできないことが。

 なにもできなかったことが。

「僕は――」

 いつだって思い出す。

 秘密の場所。薄暗い空間。風の舞う感触。

 甘い匂いが鼻腔をくすぐる。

 ――彼女の後姿が頭によぎる。

 今に振り返る、そんな一瞬の写真のような思い出。

 泣きそうになる。彼女のことがどこまでも大切だった。

 ――きっと。

 どこかでは告白して、付き合って、キスをする。一緒に子供を育てる。「幸せだね」なんていう彼女の笑顔を見て、余韻に浸る。

 ――そんな未来を信じていた。

 きみさえいてくれれば、僕は幸せでいられる。きみじゃないと嫌なんだ。

 落ち着いた雰囲気で一緒にいられること。たまにだけどふざけあうこと。

 どうしても、どうしても――。

「ひとつだけ、お願いしたいんです」

「なんだ?」

 ――だからどうしても、僕は。

 諦める、ということはできなかった。

 だから今から、僕は自分でも笑いそうなことをする。

「地表調査に行かせてください。僕の数少ない夢なんです」

 魔法。

 奇跡の力でしか、もう彼女を救うことはできない。そして地表とは星が堕ちた場所であり、魔法と関係している。そして……もうすぐこの組織は、調査のために人員を出す。

 絶望している体で『夢』と言って同情を誘う。賭けではある。

 自分のやっていることがばかばかしくなる。

 つまりは……幽霊を信じるようなものだ。そういうものを頼るという、もはや死んだような選択。

「……む? 諦めるんだな? ならいいが」

「はい、諦めます」

 諦めない。

 しかし、それは形だけに近い。

 僕はうつむく。ボスになにかを悟らせないために。そしてこれは不自然ではない。なにしろボスから見た僕は、全てを失ったに近い状態なのだから。

「そうか、いいだろう」

 ボスの声からは同情が感じ取れた。ボスもまた、『機械を目指した人間』だ。感情を抑制することができる。しかし、人を思いやることもできる。ボスの口調からは僕のことを理解している言葉が出てきた。きっと照と同じく、多少の感情移入があるのだろう。

 警戒心はなかった。なにしろ彼女の救出とはあまりにも関係がない。

 うまくいった。だが同時にこうも思った。

 だったらどうした?

 どうせ彼女は救えない。自分を納得させるためだけの、それだけのエゴでしかない、そういうことをしている。

 愚かとしか思えなかった。さっさと諦めるのが正しい。一時の感情に流されている。ボスの言う通り、感情など行動のためには邪魔でしかない。なにしろ生き延びれば、どうせ彼女のことの記憶は薄れていくのだから。

 けど、諦めたところでどうする?

 それでたまに思い出して泣くのか? 何の意味もなく、まるで自分は被害者だというように?

 結局、納得できない。

 だからと言ってこまま魔法なんかを、奇跡なんかを信じて行動するのか? ろくに信じてもいないくせに?

 地表の探索は控えめにいっても死ぬか寿命が縮まる可能性が高い。きっとこうやって、僕は死んでいく。

 なにを選んでも、なにをしても、納得のいく結果は存在しなかった。

 なにもかもいやになる。

 それでも、やるぺきことをしなければならなかった。



 ◇



 卓也と出会った。話してはいけなかったが、組織の真実の姿についても話した。ボスから、信頼されていたのを、裏切った。しかし、そんなことはどうだっていい。仮に噂として広まってもバカにされるのがオチだ。

 そして僕は彼に諦めるように言った。さらに僕は最後の夢として地表の調査に行くと言った。

 彼は何も言わなかった。ショックをうけたような顔をしていた。

 僕も彼も、なにもいわずに立ち去った。なにもできなかった。



 ◇




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