没案
◇
一年前。
戦いが起きていた。
辺りには魔獣の群れ。奮戦する人間たち。
魔術の塔に所属する魔術師戦闘部隊、『光の使徒』。
彼らの魔術が展開され、魔獣どもを焼き尽くす。うめつくすような雷閃が肉を焼く。
その魔法の行使の時間稼ぎのため、騎士たちが光の使徒たちを守っている。
ひとり、ひとりと爪で引き裂かれ、漏れる苦悶。
そうやって何重にも守られている中心に、僕はいた。
敵は魔獣の王。災害の帝龍。
そいつを倒せば人類の滅亡は回避される。こいつだけは、絶対に倒さなくてはならない、そういう状況。
徐々に減っていく人間たち。
戦いの音。鋼の落ちる、人が死んでいく、音。
「剣閃殿をお守りしろ!」
そう言った勇猛な騎士は次の瞬間には物言わぬ肉塊になっていた。
全身をメタル化させた特殊なトロールが、のっそりと棍棒をどける。
「放てぇ!」
強力な魔術の応酬が、死んでいった騎士の復讐を果たすようにトロールを貫く。
氷の槍と、拡散する雷。身にまとう鋼すら貫通して、トロールは動かなくなった。
「剣閃様……剣閃様……」
すがるような声が僕の脳裏を震わす。
周囲から期待されていることはわかっていた。
僕が唯一、帝龍を屠れるのだと、自覚していた。
――大地を震わす、おどろおどろしい気。
そいつは突然現れた。
巨大な図体のくせに、さっきまでいなかったような空間にぽつんと立っている。
押し寄せる龍の恐怖。
精神の弱いものはそれだけで発狂し、戦意を失う。
「あ、ああ……あああああああ」
膝をついたやつから魔物に襲われて死んでいった。
それでも人間はまだ百はいる。それも数を減らしていく。
「怯むな! 命を捧げよ!」
濃い血の匂いが残る中で、血の吐くような叫びが響く。
うつろのなかで魔術師は呪文を唱える。
光の使徒の、神域魔法。
相対するのは帝龍のプレスだった。
開かれた顎から、まがまがしい魔力が感じられる。なにもかもを滅ぼす、終末の炎。
距離は大して遠くなかった。
互いが射程を引き付ける、そんな攻防。
だが、きっとみんな結果はわかってた。
呪文の詠唱が止まる。帝龍の魔力も、最大のものへと達していた。
――光と闇の衝突。
なにもかもを埋め尽くしたのは黒だった。
声すら上げられずに死んでいく人々。
僕だけが消えず、闇の奔流に逆らって走り始める。
周囲の人々を犠牲にして、僕だけが最後の戦いへと歩を進める。
ここまで来るのに積まれていく屍の声を聞いていた。
僕に縋り、希望を託すといった人々の声が、脳裏に響いていた。
僕の方が、彼らよりも圧倒的に強かった。
しかし僕は、そんな彼らを盾にして、前に進んでいて。
どんな魔法も通さなかったこの破滅の衣も、この時ばかりはふせぎきることはなかった。
侵食していくような感覚を耐えながら、長く続く闇の奔流に逆らう。
前が見えない。
闇に包まれた視界を進み、ほんとうに前に進めているのかわからなくなって。
そして――。
のど元にしっかりと突き刺された剣。
驚愕の瞳が、僕を見つめる。
「ソウカ。お前のようナ、やつガ……」
帝龍が漏らすように呟く。魔獣が喋るのを生まれて初めて聞く。
「よりによっテ……にくい、憎いニクイ、憎い! にくい!」
握りつぶそうと迫る巨大な手のひらを無視して、首を掻っ切る。
それで、終わりだった。
魔獣たちが我を失ったかのように錯乱し、あらぬ方向へ逃げていく。
死んでいった人間たちの身体を、僕は眺めている。
『後悔、してるのかい?』
『彼』が僕にそう言った。
僕は黙って首を振る。
どちらにせよこんなやり方しかなかったのだ。魔法の効かない僕が龍のプレスをつっきり、それまで周りのものたちが耐え、死んでいく犠牲の方法しか。
僕が帝龍たどり着く、ただそのためだけに彼らは死んでいった。誰一人、息をしているものはいなかった。
「もしかしたら必要のない犠牲だったのかもしれない」
そんなことを呟くと、『彼』はこう答える。
『君だけではここまでたどり着けなかったさ』
「でもこんなにも人はいらなかった。どうせ死ぬってわかってるんだから、もっと人数を絞るべきだった」
『そうかもしれない。でもそうすれば今の君は腕がかけているかもしれない。いや、両手か? それとも首から上すべて?』
驕るなよ、と『彼』は言った。
『君は所詮人間だ。彼らよりはるかに強くとも、限界が存在する。すべてを守ろうだなんていうのは綺麗ごとに過ぎない』
「……わかっている。わかっているんだ」
例えば。
勇敢な騎士のひとりは妻子持ちだった。はにかむような笑顔の娘の写真を自慢げに見せびらかしていた。妻への愛の深さを、静かに語った。
なぜこの戦いに志願したんですか? と僕は聞いた。
彼は答えた。『人間のためだ』と。
『……泣いているのかい?』
魔獣の大災害。特殊な魔獣種の群れが、人間の小国をいくつも滅ぼした。
たくさん人が死んだ。だから、それを止めるために、命を懸けた人間たちがいた。
「僕はもっとうまく、やれなかったのかな?」
僕は圧倒的なまでに強かったのに。なのに彼らを守れずに、逆に守らせて、死なせて。
強いものが弱いものに守られる。本来は、逆であるべきはずなのに。
『優しいね。他人のために、わざわざそこまで思いつめるなんて。でもさ』
『彼』は僕に破滅の力を教え、剣を鍛えた。
ただの口上の助言だったけど、僕はおかげでここまで強くなった。
そんな中、彼は僕に何度も言った。他人のことなんて気にするなと。
『その優しさは、きっと自分を殺すよ?』
僕と声も姿もよく似ている他人。決してそろうことのない思想のずれ。
僕は荒廃した大地を眺める。
死んでいった人々。
英雄と呼ばれるようになった原因、功績。
でも僕は、そんなものが欲しいわけじゃなかった。
◇




