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没案

 零れ落ちるような生命の音。

 それにはきっと、魂が宿っていた。


 同じだ、と思う。


 魔獣の王。災害の帝龍。

 そいつと、同じだ。


『けっして気を抜かないことだ。まだ終わってない。たぶん、君にもわかるはずだ』


 ああ、と僕は答える。

 魔獣の大災害。その原因の究明には、いまだ至っていない。


 ねばつく血を剣から払い、周囲を睨む。

 怯んでいる魔獣が多数。だが、大した敵ではない。


 振りかざされる剣がなんども舞う。

 圧倒的な剣閃が周囲を埋め、有象無象をめちゃくちゃにした。

 そして、全滅。


 魂なき生き物の死体の山。

 返り血がかかった僕の姿はひどく気味が悪かろう。

 さて、どうするか。


 二人の人間の様子をうかがう。

 修羅のような姿に怯えられるのは戦場では常態に近かった。その恐怖した眼差しで見られるのは……なんど起ころうと、なれるものではない。


 片方の人間、少女が口を開く。


「……エト? エト、だよね?」


 確信のなかった口調は力強さを増していく。

 そこには微塵も恐れなどなかった。


「エトー! おーい! 私のこと覚えてるー?」



 ◇


 汚れを落とすためもあって、助けた人間の片割れ、その魔術師から住処へと招待を受けた。

 そこは僕の故郷の里だ。昔はこの老人は僕の里にはいなかった。今十七の僕がここを飛び出したのは十二の頃だから、この空白の五年間に老人は住み着いたことになる。

 彼は自らのことをデュースと名乗った。


 質素だが整った室内。

 いかにもという感じの瓶やコウモリなどのおいてある研究室。

 そこで僕らはくつろいでいる。


「助かったよ剣士どの。儂の弟子とは知り合いで?」

「そうですね。古い友人というか、なんというか。まあ、親しい間柄でした」

「ほう」


 厳格な魔術師然とした老体から、好々爺のような表情が飛び出す。

 どこまでも自分を律しそうな老人だが、微笑めばなかなかに優しげだ。


「気立ての良い娘でしょう。それに才能もあります。なかなか特殊な才覚の持ち主でしてね。自慢の弟子ですよ」


 アリア。それが彼女の名前だ。

 僕らの関係は一口で言えば幼馴染、というのが近いだろうか? 僕には『彼』がいたから、孤独は寂しいものではなかった。しかし、そんなひとりぼっちのように見えた僕に、声をかけたきた者がいた。


 ははは、と軽く笑う。


「たしかに、アリアはいい子ですよね。昔はほんとうに、救われた」


 力強く老魔術師は頷く。おおむね意見は合うらしい。


 ドタバタと騒がしい音。

 騒がしい彼女がこぼれそうなコーヒーを持って現れる。

 静かに語り合う姿を見つけ、指を突き付ける。


「ふたりとも、なんか話がじじ臭い」

「儂はほんとうにじじいなんだがのう」

「まだ若いのに……」


 じじ臭いらしい。


「ほら、久しぶりに会ったんだからさ。エトの話を聞かせてよ」


 目を輝かせてそう言う。そういえば彼女は昔から活発な性格で、冒険心に満ち溢れていた。


「そんなに面白い話でもないよ」と前置きをして話はじめる。


 僕は十二の頃に里を出て、王都に向かった。彼女には伏せるが、こんな無謀なことをできたのは『彼』のおかげだろう。

 一年は武者修行。

 二年目からは剣士としての仕事を請け負った。というものの、そのころから魔獣の活性化が進んでおり、戦闘職の需要過多が当時は起きていた。


「エトが十三の頃にそんな仕事が請け負えたの? 子供だからダメ! って言われなかった?」

「規定上はぎりぎり大丈夫だったけどね。舐められるから十七のフリをしていったよ。顔は隠して、無口キャラで喋らないようにした」

「うっわ手が込んでるねー。怪しまれなかったの?」

「そこそこ怪しまれたけど、幸い剣の腕はよかったからね。それでなんとか納得してもらった。最初の呼び名ははちび助剣士だったよ……」


 僕は『彼』から剣の教えを受け、当時、尋常ではない境地にまで達していた。これは僕がすごいとか、そういうことではなくて、『彼』の指導の賜物だろう。彼はおそらく、既存の戦士の誰より強いどころではなく、世界最強の剣士が束になっても叶わない別格。

 ひとりだけ次元の違うところにいる、人外めいた剣神。


「たしかに、さっきの戦闘でもエトめちゃくちゃ強かったよねー。世界一名乗れるんじゃない? ちび助剣士さん?」

「うーん、どうだろう」


 彼女のからかうような言葉を受け流して考える。

 たぶん、現代ならばそうなるかもしれない。だが『彼』の存在がある以上、なんだか自分が強いと言い張るのはおこがましい気がしてしまう。

『彼』は自分のことを一切話さない。与えるのは助言と、少しの雑談。


 僕の話は続いていく。

 十七という設定を一年過ぎても十七と言ってしまったため、永遠の十七歳とかそんなあだ名をつけられたとか。


 貴族のなかでもいい人はいて、自ら前線で傷を癒していたひとがいたとか。

 子供が大好きなのに、顔が怖すぎるせいで好かれないおもちゃ屋さんとか。


 ひさびさのアリアとの話は楽しく、日が暮れるまで続いた。

 彼女はとても表情豊かで、見ているこちらが楽しくなってくる。


「そろそろ時間じゃぞアリア」


 穏やかな老魔術師の声。


「あれ? もうこんな時間かー」


 残念そうにアリアが言う。

 元気よくはねた茶髪がうなだれる。


「エトや、お前さんはどうするのかね? これからこの里で静かに暮らすということだったが……寝泊りするところはあるのかな?」

「……そうですね、一応、野宿には慣れてるので大丈夫です」

「そんなのダメだよ!」


 アリアが断言するようにそう言った。


「ここまでエトは頑張って来たのに、それじゃあ疲れが取れないじゃん!」


 そこらへんは問題ないのだが、どういっても彼女は納得してくれなそうだ。


「すみませんデュースさん。一晩泊めてもらえませんか?」

「それは無理じゃな」


 強い口調で言われる。そのときばかりは本当に嫌そうだったので、彼にも都合があるのだろう。


「何言ってんのエト。君は私のとこにこればいいじゃん」


 そう言われるのは予想していた。だがいくら彼女の父母が家にいるとはいえ、若い男女が一つ同じ屋根のしたというのはどうも……。


 すがるようにデュースさんを見る。

 彼は首を振った。


「いっぱいお話しできるね!」


 嬉しそうな彼女をみて……まあいいか、と思った。


 ……いいんだろうか?


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