没案
別の話です。ご注意を。
あらすじ
遥か古代、とても強力な力を持った人間の集団がいた。理想に狂う『祈りの一族』。彼らは理想主義で、身の丈の合わない願望を持っていた。そんな中、彼らの一族は突然起きた魔力の爆発によって壊滅し、月日は流れる。少年『エト』は自分とよく似た人格が自分の中に住み着いているのを自覚した。『彼』は恐ろしく強く、この世の強者と呼ばれる剣士を束にしても打ち倒せてしまうほどだった。少年『エト』は『彼』に願う。この世の中をもっとよいものにしたいと。そのために、力を貸してくれ、と。
きっと僕は、もともとは大した才能の持ち主ではなかったのだと思う。
物心ついたときから、ずっとそばにいた存在がいた。
『彼』は僕そっくりで、しかし、その陰湿なまでの大人びた雰囲気が、僕とは違う人物であることをはっきりと示していた。
「力がほしいか?」と彼は問う。
僕はそれにうなづく。
そうなるよう、僕は望まれていた。世界は良い形にすべきだと、おじいちゃんは言っていた。
その意思を継ぎたいと、幼いながらも思っていた。
彼は剣と――特殊な力を、僕に教えた。
そういうわけで、僕は今、王の目の前に立っている。
王にとっては平民である僕が、対等に話している。
「此度の魔獣大災害、まことにご苦労であった」
深々と頭を下げる王。
一国の王が軽々しくしてはならない動作なので、慌てて止める。
だがそれは別として、誰にでも誠意を尽くそうとしてくれるこの王のことが、個人的には嫌いではなかった。
「いえ、人類の危機だったんです。手を貸せるなら貸す、当然のことですよ」
「……そなたは人類の英雄だよ。手を貸す、なんて軽いものじゃない。助かった。いままで、よく働いてくれた」
王の私室。
湯気の立つコーヒー。
それに手をつけ、一服。
「……それで、ほんとうに褒賞もなにもいらんのか? その仮面をはずして民衆の面に立てば、さぞやもてはやされるだろうに」
「いいんです。僕が欲しいのは、そんなものじゃないですから」
「まったく、なにか企んでいるのではないかと思うほどの謙虚っぷりだな。そなたでなければ、の話だが」
差し伸べられる手。
それをしっかりと握り、握手をかわす。
「また戻ってくるか?」
「どうでしょう。安定した世の中なら、もうこないかもしれません」
「そうか。パーティの招待状でも送ろうかと思ったが、ここまで表に立つのを避けるからには、やめたほうがいいか。年老いて、お互いの顔を忘れたころにまた来なさい。古い友人としてもてなそう」
頷いて手を放した。
久しぶりに、故郷に帰る時だ。
その時、どたどたという音。
「剣閃さまああああああああ!」
転がり込むように部屋に走りこんできた幼い少女。
そして扉の入り口に寄りかかっている若い男。
「アデュー」と男は言った。
王と僕は微妙な気持ちになった。
王がため息をつく。
「ジャック。おぬしには私の娘の子守を任せたはずだがな」
「おーとも。だがな爺さん。レディが剣閃殿に会いたいと言いなさるんだ。この幼い姫君の願いを叶えないのは、『ジャック』の名が廃るってもんだぜ」
ジャック。かつての伝説の盗賊の血筋を継承する者。
今回の大災害では力強い人類の味方だった。今ではすっかり王に信用され、姫君の子守までする子供好きな盗賊。
「警備はどうした? 通さないように言っておいたはずだが?」
「そこの姫君が全員倒した」
たぶん、兵士たちはかわいらしい姫君の懇願に押されて道を開けたことだろう。
ある意味ノックアウト。全員倒されている。
「剣閃様、また、会いに来てくれますか?」
祈るように手を組み、幼い姫君がそう言う。
僕はもうここにはこないはずだった。故郷に戻って、静かな暮らしを――。
「どーするよ、剣閃様?」
ジャックはからかうようにそう言う。
見れば王も面白そうにこちらを見ていた。
姫君の熱のこもった視線が突き刺さる。
「また来ますよ。いつか、たぶん」
逃げるように曖昧な答えを返した。
「やったあ!」
幼い姫君は大喜びだ。
……さっきの王との会話はなんだったのやら。
「意外と再会は近くなるかもしれんな」と王は言う。
つまりはそういうことらしい。
「次はその仮面を外してきてくれよ?『無名の剣閃』くん?」
「うむ、いつでも歓迎するからくるがよいぞ剣士どの」
彼らは口々にそういう。
「わかりましたよ。また、今度」
まあいいか、と思う。
こんなにも歓迎してくれるなら、悪くない。
『よかったじゃないか』
『彼』の声。僕と限りなくよく似た存在。僕にしか聞こえず、僕の頭の中に存在する者。
そうだね、と僕は答える。
なんだかこんな結末に『彼』は笑っている気がする。
僕はジャックと姫君、王に手を振る。
故郷に帰ったら楽しみがたくさんある。
まず、彼女にはなにから話そうか。
◇
『それだけの力があってなにも望まないのかい?』
「君からもらったような力だ。それはちょっとおこがましいかなって」
『僕はただ教えただけだよ。君の力は君だけのものだ』
『彼』は僕と同じような容姿で、同じような口調で、同じような喋り方をする。
違いがあるとすれば、にじみ出るような暗い雰囲気だけだ。
『聖人にでもなるつもりかい? 君のおじいちゃんの言葉に縛られて』
「そんなものじゃないよ。きっかけはおじいちゃんだったかもしれないけど、今は僕の意思だ。それに僕にだって欲望はあるよ。あそこにはなかっただけで」
『じゃあなにが』と彼は言った。
――目前に猛る土煙。
僕と彼の話は中断され、そこに焦点がうつる。
『魔獣だ。二人の人間が村を守るように戦っているようだ。数は三十。一匹やけに強い個体がいるな。二人の人間は手練れだけど、やられてしまうかも。どうする?』
「そんなの決まってる」
魔獣大災害。
そこで出会ったのはおびただしい有象無象と、特殊な魔法を使う強力な魔獣の群れ。
個体よっては単騎で国を壊滅するようなやつもいた。
そんな魔獣と比べれば、目の前の敵はとてもたやすい。
「いくよ」
『行ってらっしゃい』
足に力を込め、駆け抜ける。
一瞬一瞬で力を爆発させながらの歩法だ。細かなコントロールには不向きでも、長距離では役に立つ。
「下がって」
二人の人間が息を飲むのを感じた。
魔術師姿の少女と老人のようだが、あまり確認している暇はない。
「あの、それじゃあ、あなたは――」
言葉は最後まで続かなかった。
衝撃波に似た魔法の一撃が地面を抉ったからだ。
『彼』の言っていた唯一の強力な個体の、一撃だった。
『後ろ二人は無事だ。ほかはともかく、あいつだけは早めに決着をつけようか』
「わかった」
この距離からあんな攻撃ができるのはあいつぐらいだろう。
それにおそらく、あの攻撃は切り札だったようだ。消耗が目に見える。
だからこの二人に危害は加わる危険性は、今は無視していい。
「破滅の力、いくよ」
僕は魔法が使えない。
唯一の特殊な力はこの破滅の力だ。『彼』から教わった唯一無二の特殊な力。
魔法を放ってくる魔獣の群れに突っ込む。
近づけば近づくほど、弱い魔獣どもの魔法の数が多くなっていく。
だがそれらは破滅の力で通用しない。
本来僕は対多数は苦手だ。
防御手段はあらゆる魔法を問答無用で防ぐ破滅の衣、
攻撃手段は生涯をかけたこの剣ひとつ。
「――はっ」
一息で五匹をバラバラに。
強力な個体の前に立つ。
そいつと目が合う。
なぜだか人間味のある不思議な雰囲気。
魔獣はただ人間を殺戮する、理性のない魔物だというのに。
「終わりだよ」
のど元に突き刺さる剣。
なにかに焦がれるように手を伸ばしながら、倒れていく魔獣。
それは……なにかを悲しんでいるような、恨んでいるような。
『ほら、また始まったよ』
――錯覚かと思うほどの『彼』の一言が、耳の中に突き刺さる。




