封魔三十六
すうすうと寝息を立てる彼女を見つめていた。
犯しがたい神聖な場に足を踏み入れているような雰囲気。
ほんのりと桜色に染まった頬と、乾いた涙のあと。
幸せそうな、表情だった。
それで、なんだか胸にストン、と落ちるものがあるのだ。
あるべくところに落ち着いたみたいな、納得感みたいな。
ソラファの寝言を聞いていた。
悪夢を見ている感じではなさそうだ。
どこまでも安らかな寝息が、それを示している。
普段の彼女なら絶対に言わなそうな「むにゃ……ふにゃ」とか「ん……ふわぁ」とか、そういう寝息が聞こえた。
完璧で冷たい、そんないつものソラファからは決して想像できない寝言の連続だ。
思えば、ジャスミンから聞いた様子だと、彼女は俺に強い姿を見せたかったようだ。頼るのではなく、頼られるような、そんな存在に。
だからこそあんなにも冷たかったのかもしれない。決して動揺しない、完璧者みたいな振る舞い。でも、たまにそれは崩れていて、それは彼女の本来の性格で。
彼女はむしろ打たれ弱い。うまくなったのはそれを隠すこと。
なにかを言いあぐねていた雰囲気は何回かあった。たぶん、最後まで勇気をだせなかったのだろう。
無防備なソラファを見てどぎまぎしてくる。
警戒心なんて欠片もない、いちおう俺も男だというのに。
せめて、と思い、ソラファの頭を撫でようと手を伸ばす。
しかし、できなかった。
俺はヘタレだから。
「~っ!」
……人のこと、言えないな。
簡単にできるはずのことなのに、少し手を伸ばすことだってできやしない。
いざやろうとすると、いろんなことを考えてしまうのだ。
手が触れる直前に彼女が目覚めたらどうなる? それで見つめあって、場が静まり返って。
……無理だ。それは死んでしまう。
こういうのは勢いが大事なのだろう。最初に彼女の手を握ったように、無思考で本能的に行わなくては。考えた時点で、負けなのだ。
力が抜けた彼女の腕から、今は解放されていた。
それだけ触れていたはずなのに、自分からは、指一本ふれることさえできやしない。
とりあえず胸のなかで悶絶する。
三回ぐらい「あああああああ!」と心の中で叫ぶ。
少しスッキリした。
胸のなかの焦がれるような思いを自覚している。
しかし、もともと俺はコミュ障だ。圧倒的に他者とのコミュニケーションが足りない。ずっとひとりでいたわけだし。
ほんとに、許してほしい。
無理無理ほんとに無理だ。
ヘタレでいいじゃないか、時が来れば自然とそうなるさ。
……なにに許しを請うているのやら。たぶん、自分だろうけど。
邪な気持ちはもちろんある。
俺だって健全で純粋でパキリをかじることに定評のある青年だ。
抱きつかれるなら番人様よりソラファだし、もっと先のことだって考えたことがないわけじゃない。
だが、俺はヘタレだ。
なんて安心できる事実なんだ。
さすがは俺、なんてことを思う。
なぜだか、一周回って変な安心感を感じてきていた。
そんな俺の葛藤を知らずにソラファは眠り続ける。
気が付けば日が暮れ、そしてまた昇り始めていた。
もう、朝か。どれぐらい、こうしていたんだろう。
欠伸が出る。
このまま眠気のせいにしてソラファのベットに潜り込んでやろうか、と思う。
それを激しく自制する理性があった。
俺はヘタレだ、と呪文のような言葉が頭に回る。
それたけで落ち着いてきた。汎用性が高い。
理性が強すぎる。もうひとりの自分に勝てない。
まあ、それでいいんだけど。
――ドンドン、と扉を叩く音。
沈みかけていた意識が覚醒する。
番人様でも、ジャスミンでもない。
ここは高度な陰術を施された結界の中。
なら、いったい誰が?
扉の前へ向かう。
そして開けた。
その前にいたのは。
――知っている男だ。
覚えている。その嘲笑を。
ミーファ教官を嘲笑っていた。
終始俺のことを忌み子としてしか、見ていなかった。
「……星の……名門」
そんな言葉が出た。
そいつはそれだけの存在ではなかった。
封魔一族の中でもかなりの立場を確保する者。
星の名門の頂点。見下したような視線が印象的だった、傲慢な男。
――星の名門当主。ドレイク・スターレイ。
「なにをしている。ここはお前ごときがいていい場所ではない」
天から降ってくるような威圧のある声。
本能的にわかる。こいつは生まれついての強者だ。負けたことない、常に頂点に立ってきた、そういう存在。
星の名門は、鋼の名門、法の名門と比べてももっとも立場が強い。それよりも上となると長老や、封魔の頂点に立つ番人様ぐらいだ。
その背後におとなしく控えている存在があった。
よく知っている存在。特徴的な金色の瞳。父親の絶対強者的な雰囲気を受け継いだ、封魔一族でもっとも才溢れる無敗の神童。
――ヘクトール・スターレイ。
「だんまりか、忌み子」
ドレイクが俺を睨めつける。
当たり前のように俺を蔑称で呼ぶ。
「……そんなことより、なんであなたがここにいるんです? ここは普通は入れない、そういう場所のはずですが」
「勘違いしているようだな。お前が私に質問できる立場だと、本気で思っているのか?」
唇を歪ませ、嘲笑。
取るに足りないものを見ている、そういう雰囲気が伝わってくる。
「『そんなことより』」とドレイクが言う。
「若い男女が一つ屋根の下でいるのは節操がないな? 度し難いクズめ。歌姫はお前のような者が関わっていい存在ではない。身の程を知れ」
……この。
「……そうですか」
「そうだ」
傲慢に笑い、俺の横を通り抜けようとする。
しかし、
『い、や。いや……です……お父様……カルマに会わせて……会わせて……お願い……します』
ソラファが、悪夢にうなされていたこと。
それをよく、覚えている。
こいつをソラファに会わせてはならない。
こいつはソラファにとって逆らえない象徴であり、悪夢。
今の弱っているソラファをさらに追い詰めるわけにはいかない。
絶対に、なにがあっても。
「……どけ」
「……入る理由があるなら聞きますが?」
恐ろしい剣幕で睨みつけてくる。
俺は真正面からそれを受け止める。
「ソラファは私の娘だ。直系のな。だから使わせてもらう。歌姫はヘクトールの花嫁となる」
「……なんだと?」
血の気が引くのを感じた。
「子の権利は常に親にある。だからこれは当然の権利だ。もう十分か? 邪魔するなら、お前を殺すが?」
歌姫の価値。
代々、歌姫は番人の花嫁になってきた。決まりではないが、今までの歌姫は全員そうだ。
そうなると、歌姫を手に入れたものは番人になれる可能性が高くなってくる。自然と、周りがそう認める。
『使わせてもらう』とドレイクは言っていた。
――こいつは、ソラファを利用しようとしている。
おまけに、推測するにソラファとヘクトールは、血のつながった兄弟だ。
家の事情、名門事情。そんなもの、俺は知らない。
しかし、これはあまりにも――。
「彼女の意思はどうなる」
「意思? 決まりは決まりだ。現実の見えない感情論が得意なようだな、忌み子」
「……おまえ」
「邪魔だ。歌姫は我が星の名門のものだ」
――ぷつり、と何かが切れた音がした。
こいつは、そういうやつなんだ。
他者の意思は関係ない。
踏みにじって当然、くみ取らなくて当然。
常に下のものを見下す。従うのが当然だと思っている。
――こういうやつだ。
こういうやつが、いつだって理不尽を作る。
無駄に権力があって他者の痛みがわからない。どうでもいいとすら思ってる。
こういうやつがいるから、差別が生まれる。不条理が生まれる。
ひどく腹が立つ。
――こういうやつが、この世でもっとも嫌いだ。
「……いい加減にしろ。本当に殺すぞ」
相も変わらず、見下したようにドレイクは言った。
なにかが冷えていく。
それは恐怖ではない。
血が凍り、妙に頭がクリアになる。
腹が立って仕方がないはずなのに、実際にぶちぎれているのに心の中はいやに冷静だ。
自然と敵の隙を観察し、勝機の数を数え、並べ立て始める。
名門の当主という、圧倒的な格上。それでもつけいる隙はある。
「なあ、なんでそこまで傲慢になれるんだ?」
「……なんだと?」
「なんでそこまで他者を無視する。ソラファはお前の道具じゃない。……なんでソラファがおまえに従わなきゃならないんだ?」
「……貴様」
ソラファは弱っている。
そして、彼女にとって父親――こいつの存在は悪夢そのものだ。
決して逆らえない、そして、こいつはそれを知っている。
許せない? 自分勝手なこいつが?
正義感がそうやって俺にささやくのか?
違う。俺はこういうやつをみると腹が立つんだ。
他者の痛みを嘲笑する。どこまでも自分本位なやつ。
殺しても殺してもまだ足りないやつ。
俺はソラファのために怒っているわけじゃない。
少しはそれもあるかもしれない。
だが、主に占めるのはこいつの存在を認められないということだ。
俺の腹が立つ。こいつを殺してやりたいと思う、それを本気で望んでいる。
「帰れ」と俺は言った。
ドレイクの目が据わる。
どんどん血が冷えていく。
今や、うすら寒いぐらいに。
俺がこいつを殺したら、きっと封魔一族すべてに追われることになるだろう。
やはり忌み子が封魔一族を裏切った。そんな感じに。
だが、外の世界に逃げ出せばおそらく逃げ切れる。
外はあまりにも広いし、俺は隠れるのが得意だ。
そしてここで起こったことはしばらくバレることがない。ここには、高度な陰術の結界が張られているから。
何もかも捨ててでも、こいつを殺す価値があると思った。
ソラファを好き勝手しようとするのなら、そうなっても当然だと思った。
ドレイクが目を細める。
その手に虚空が渦巻く。
ソウルウェポンの現出の瞬間。
それが、起ころうとしている。
時が凍り付いたかのようだった。
俺はまっすぐに敵を見つめている。
――殺してやる、と胸の中で呟く。
「――殺してやる」
のぼせ上がるような殺気。
おぞましいほどの集中力。
妄執に近い執念。
全身全霊で立ち上るそれを見て、ドレイクの顔に――怯えが走った。
それを見て、俺は勝利を確信した。
ハーフ・ソウルウェポンが俺の手に渦巻く。
一人殺せば動揺して、ヘクトールは使い物にならなくなる。それも確信がある。
ドレイクの心に確かな隙間が生まれている。そこに潜り込めば、確実に殺せる。
そんなことを思って俺は――俺はたぶん、笑った。
「――待ってください」
鈴が鳴るかのような声。
それがかろうじて俺の怪物のようななにかを止めた。
「私に用があるみたいですが、お父様」
――ソラファが立っていた。
凛として立ち、俺の前に躍り出る。
まず、ヘクトールがそれを見てお辞儀をした。
ソラファもお辞儀を返す。
「歌姫様、お久しぶりです」
「元気そう、ですね。ヘクトール」
儀礼的な会話。
そしてその次にドレイクへと視線が移っていく。
「お前は星の名門だ。ヘクトールの花嫁になってもらう。一緒にこい」
そう言って腕を掴む。
思わず自分が殺気立つのを感じた。
なにさまのつもりだと、そう思った。
「お父……様……」
ここからでも、ソラファが小さく震えているのがわかった。
怯えている、最大のトラウマと向き合って、怖がっている。
「私を、失望させるな。お前には、期待してるんだぞ」
なんら感情をたたえない声で、ドレイクはそう言った。
有無を言わせない、そういう言い方だった。
きっとソラファは逆らえない。
もう、猶予はなかった。
それならば俺がこいつを殺して、終わらせてしまえばいい。
ソラファに軽蔑されるかもしれない。恐れられるかもしれない。
――関係ない。
それでもやらなければ、そう思った。
が、
ドレイクの手はソラファを離していた。
驚愕の表情が見える。理解できないという表情。
おそらく、自分で意図的に行ったものでは、ない。
それは、彼女の技術だ。
「なにをして――」
「――申し訳ありませんが」
かぶせるように彼女はそう言う。
どこまでも冷たい彼女。
完璧で、動揺なんて一ミリもない。
いつの間にか震えは止まっていて、声はとても、落ち着いていた。
「その縁談、断らせていただきます」
「なんの権利があって――」
「――権利? 星の名門当主ドレイク・スターレイ。私は次期歌姫であり、残念ながら、あなたにそこまでの権利はありません」
「逆らうのか? 子供が親に。お前が、この私に」
それを聞いて、ソラファは儀礼的な笑みを浮かべた。
「いいえ。私の名はソラファ・ローレライ。次期歌姫です。ソラファ・スターレイはもういません。星の名門だった私は、存在していないんです」
「――残念だな、そこまで愚かだったとは。それなら力で、教えるだけだ。親が子供を叱るように、な」
その瞬間、剣閃が光った。
ソラファが手に握るのは美しい剣だ。
ソウルウェポン。
『月の剣クォータム』
首筋に突き付けられて、ドレイクは動けない。
ここは、彼女の領域だった。
「なんの、真似だ」
その声に初めて動揺が走った。
生殺与奪権が彼女の手に握られ、少しでも動けば終わり、そんな状況。
ヘクトールが小さく動きを見せた。
それを俺が目で牽制する。
構えているぞ、と。
それでヘクトールは動けなくなった。
「星の名門当主様。あなたの行動はあまりにも越権行為です」
冷たくソラファが言い放つ。
首筋に剣を突き付け、微動だに、しないまま。
「帰っていただきましょう。そしてもう二度とここには来ないように。次期歌姫の名を持って、あなたに命令します」
「貴様……貴様……!」
ドレイクは怒りに震えていた。
しかし、暴れるようなことはしない。
彼女はこの場にいる誰よりも強い。そのことを怒りながらも認め、理解していた。
せざるを、得なかった。
ゆっくりとソラファがドレイクから離れる。
ドレイクは自分の首に手をやった。剣が突き付けられていた辺り。
そして下がる。憎々しげな目で見つめ、殺意を込めて。
「……帰るぞ、ヘクトール」
「わかりました、父上」
ドレイクが背を向ける。
それにヘクトールも続いた。
しかし、ヘクトールの方はふと途中で立ち止まった。
「ヘクトール!」と怒鳴り声。
それを無視して、彼は俺のことを見つめていた。
「カルマ、お前、力を隠していたんだな」
「……なにが?」
「気づかないと思ったか? 俺の父親を本気で殺そうとしただろう。その時の星装気、明らかに以前戦ったものとは違っていた」
「それがどうした」
「……手を抜いていたのか? 俺と、戦った時」
声からは、にじむような怒りが伝わってくる。
俺の星装気の封印は自然解けていた。
それに今、気づいた。
気がかりなのは番人様になんと弁明するかだ。
しかし、今回ばかりは叱られる気はしない。
いや、叱られるとは思うが、見捨てられるかもしれない、といったものにはならない、そんな確信があった。
「抜いていたのかもしれないし、抜いていなかったかもしれない」
「舐めているのか? この俺を!」
「どうでもいいよ。そんなこと」
どうでもいい。
あまりにも状況が強烈で、今はそんなことに気を使っていられない。
だが彼はそうでもないようで、今まで見せたことのないような怒りを、全身から放っていた。
「第二次成長期がお互い過ぎた頃が楽しみだな。ズタボロにしてやるよ、カルマ!」
「そうか。俺も頑張るよ」
そんな気のない返答に、強烈な憎しみを注がれる。
なんとなく、自覚はしていた。
俺はそこまでヘクトールを脅威に見ていないのだ。
去っていく。
父親とともに。
ヘクトールは振り返らなかった。
ドレイクは策略めいた表情で俺を凝視していた。
これは少しまずいかも、なんて思う。
残された二人。
ソラファと俺は立ち去っていく親子を眺めていた。
見えなくなる。
はあ、という彼女のため息が、空気を動かした。
ソラファがぐったりと家の壁にもたれかかる。
荒い息遣い。
思わず駆け寄る。
なんだか今までのをすべて忘れてしまった。
彼女が辛そうな表情でいて、きっと、まだ風邪が治りきっていないのに飛び出してきたんだと思って。
そんな状況だったのに、彼女は過去のトラウマに、父親に打ち勝った。
彼女は、とても、強くなった。
抱きかかえる。
伝わってくる小さな震え。
「変わってませんよね、カルマって」
そんなことを言われる。
そうなのだろうか?
「……そう?」
「はい。ずーっと、最初に出会った時から変わってませんよ」
弱っている彼女を抱きかかえる。
こういうときばかりは大胆になれるもので、お姫様抱っこだ。
秘境のお姫様、と彼女が呼ばれていたことを、なんとなく思い出す。
彼女は小さくしがみついてきた。
その震えは、今だに止まっていない。
「……すごく、怖かったです」
「うん、わかってるよ」
「褒めてくれますか?」
「すごいすごい」
「もっと丁寧なのがいいです」
そう言われると困る。
どうしろというのだろう。
「丁寧なのがいいです!」
気づく。
これ、あの時の甘えるモードだ、と。
普通に慌てる。
平常心が戻ってくるのを感じた。
そもそもヘタレでコミュ障な俺にとれる選択肢はあまり、多くない。
「頭を、撫でてください」
潤んだ瞳でそう言われる。
今の状況、お姫様抱っこで顔を合わせているこの状況は、とても危険だ。
なんといっても破壊力がある。逆らえないというか、有無を言わせないというか。
ソラファをベットの上におろす。
彼女は「まだですか?」と言わんばかりにこちらを見つめている。
ごほん、と咳払い。
決断の時が迫られているのだろう。そう思った。
決心して手を伸ばす。
「い、いくぞっ!」
「変な掛け声ですね」
耳に痛いブーイングだ。
若干、心が折れそうになりながらもゆっくり手を伸ばしていく。
近くなっていく、近くなっていく。
俺はヘタレだ、という呪文が頭の中で響く。
しかし、男にはやらねばならぬときがあると、俺は思った。
そして触れる。
柔らかい絹のような金髪が揺れている。
手触りがいい。
ああ、気持ちいい……っと思うがなんだか変態みたいなので無心で撫でることにする。
ソラファは心地よさそうに目を閉じた。
「……んっ」と、そんな感じに。
なんでそんな声を出すんだろうか?
誘っているのか? 誘ってるんだよな?
落ち着け、と念じる。
ホトケになる必要がある。
神様ではなくて番人様が見ていると思えばいい。
しかし、よくよく考えてみると番人様がこの状況をみていたら、いろいろアウトだった。
めちゃくちゃからかわれる、悲惨な未来が待つことになるだろう、確実に。
そんな感じに余計なことを考えて務めて意識しないように工夫した。
そして気づいたら頭におかしな感触があった。
手。白くてほっそりとした、綺麗な、手。
状況を整理する必要があるのかもしれない。
この混乱した頭ではなにかを考えるのはとても困難だ。
「撫であいっこです」
そう言ってソラファがほほ笑む。
どうしようもなく、心臓の鼓動は言うことをきいてくれない。
「おそろい、ですね」
おそろいの意味はそれであっているのだろうか?
なにはともあれ、俺の頭は爆発寸前だった。
心の中で「あああああああ!」叫ぶ。
それでも落ち着かない。
「カルマ、私のしたこと、怒ってますか?」
「え、え!? なになに!?」
「大丈夫そうですね」
大丈夫だ。
「そのですね。あなたの境遇、考えてなかったことです。私が旅している間、あなたはずっとひとりぼっちだった」
「それか。いや、ほんとに平気……ではなかったけどさ。でも、いいんだ。そんなこと気にしたって仕方ないし、なにより君に対して、恨めしい気持ちはとっくの昔に消えてるから」
「そうですか?」
「むしろ俺が謝りたい。あの時、その……」
「やめましょうか。今となっては、お互いにお互いが理解できてるみたいですし。……謝られると私の心が痛いです」
「お互いに、痛くなるな、たぶん」
軽く、どういうことだったのかを話しておく。
ごめん、は言わなかった。言ったとしても軽いもので、重くないものだ。
それで、俺たちにとっては十分だった。
ソラファの目が閉じ始める。
また、眠くなってきたようだ。
「寝ても大丈夫だよ。疲れたでしょ」
「はい。とても」
いまだに俺たちの撫であいは続いていた。
無駄に強靭な封魔一族の腕は疲れを感じさせることはない。
「一緒に、いてくれますか?」
見入られそうなぐらい深い翡翠の瞳が、俺を見つめる。
とても、そらすことができない。
捕えられているのだ、と思う。
そして、それを自分自身が望んでいる。
俺は頷く。
「もちろん」
手が止まる。
ソラファがゆっくり目を閉じる。
「おやすみなさい」と俺は言った。
「おやすみなさい」と綺麗な声。
確かに、俺たちはなにかを乗り越えた。
たぶん、もう大丈夫だ。
こんなこと、あってもいいんだろうか。
大丈夫なのだろうか。
あとでこっぴどい結末が待っていないか。
俺は激しく頭を振る。
現実が、信じられなくて。
狂おしいほどの熱い何かか、胸を駆け巡る。
昔、彼女の手を握りしめたこと。
そんなことを、思い出していた。




