封魔三十四
気配を感じ、振り向く。
「……カルマ」
ジャスミンだった。
忍び寄るように近寄り、俺の肩に手を置こうとした素振り。
「成長、したね。昔は気づかれなかったのに」
「まあ、これだけ時間が経てば多少は」
得意分野でもある。
だが、第二次成長期前に気づけるようになったのは大きいだろう。
しかし、様子がおかしい。
いつものジャスミンは常に、底抜けの明るさを振りまいている。
だが、今はそれが、ない。
「昨日、なにがあったの?」
静かな声。
怒っているような、なにかを抑えているような、そんな感じの。
「……俺がいうことじゃ、ありません」
「でもソラファだって何も言わない」
「……なら、なおさら、俺が言っちゃダメでしょう」
拳を固めているのが見えた。
感情的な行動。
思えば、ジャスミンは冷静だとか、そういうタイプではない。いつも明るいから、マイナスなイメージがないってだけで。
「……ソラファは悪くないの」
「そうかもしれません」
「じゃあ、なんで?」
なぜか。
そんなもの、ひとことでは表せない。
でも、会いに来てほしかったんだ。ただ、それだけだった。
「……ソラファが熱を出して寝込んでるの」
静かにそう言う。
俺を見つめる若草色の瞳。
「お見舞い、いかない?」
「……いけません」
「なんで! 行きなよ!」
さすがにいらいらしてくる。
でも、俺はこんなことに対して怒りたくもないし、怒るのが正しいとは思わない。
「俺にはいく資格がない」
「行きなよ! ソラファが待ってる!」
「待ってなんか、ない」
少し、強い口調になってしまった。
俺はゆっくり目を閉じる。
待っては、いないだろう。
それでジャスミンは怒ったように俺の肩をつかんできた。
強い拒絶感を感じて振り払う。そして――。
ジャスミンが俺の顔を覗き込む。
そして怯んだ。なにか致命的なことをしてしまったみたいに。
「そ、その……ごめんなさい……カルマ」
なぜだか、彼女の大きな瞳から涙がこぼれた。
俺は今の自分の表情がわからない。
怒っているのか、悲しんでいるのか。
でも、ひどい顔をしていたんだろう。
その事実が吐き気がするほど嫌だった。
俺の態度がジャスミンに俺の気持ちを知らせ、同情を引き出した。
俺の気持ちを察したのはジャスミンだからこそだ。
――こんなやり方。
弱い自分を見せること。
それで意思をくみ取ってもらうこと。
それは卑怯だ。そんなこと、望んでない。
かわいそうに見えるから優しくしてもらえるって?
絶対に嫌だ。そんな欠点をさらけ出して、同情してもらうなんて。
俺にはコンプレックスや劣等感がたしかにある。
でも、それを認めてしまうことは、絶対にやってはならないことだ。
だから俺は背を向ける。
顔を見られたくない。
「ごめん……ね。八つ当たりみたいなこと……して」
――さめざめと泣き始める。感情的に。
「ごめんね、カルマのこと考えてあげられなくて……でも……でもね、ソラファは……ソラファはほんとに悪く……ないの」
「……」
「ねえ、お願い。すれ違わないでよ。……二人は明らかに好きあってるじゃない。話せばわかるよ。だから、だから……」
「じゃあ、なんでソラファは……俺に会いに来なかったんです?」
「そ、それは……」
しゃくりあげる。手で涙をぬぐう。
ジャスミンは言葉を止めた。
やっぱり、と思う。
どうせ、大した理由なんて、ない。
俺は立ち去ろうとした。
結局は、これはジャスミンの感情的な行動に過ぎず、正当性はない。
泣かしてしまったのは申し訳ないと思うけど、そこまで責任は取れない。
しかし、次に呟かれ言葉が俺の足を止めた。
重い、言葉だった。
「――私が……私が嘘をついたの」
「……嘘?」
どういうことだ、と思う。
嘘をつく? なんの理由があって?
「私が……カルマは元気だって言った。なんの心配もいらないって。ソラファはずっと心配してた。でも、会ったら甘えちゃうから、カルマが元気ならそれでいいって……それで、会わなかった」
「どういう……?」
「私が、私が悪いの。嘘をついて会わせないようにして、誘導して。誤解させて、すれ違わせて」
依然としてジャスミンは泣いている。
しかし、なぜ――。
「なんで、嘘なんか」
茫然と呟く。
それなら、俺の疎外感や拒絶感はなんだったのだ?
見当違いの妄想で、彼女を遠ざけただけではないか。
ソラファは反論してくれなかった。
しかし、それは俺の言葉に傷ついて、なにも言えなかっただけということもありうる。
恨みが籠っていた、棘のある、そういう言い方を、俺はしてしまっていた。
じゃあ、俺は――。
「どういう、ことなんです」
ジャスミンは黙っている。
怯えたような目。
それは俺を見ていない。
「ジャスミン!」
「……言えない」
「なに?」
「必要なことだったからそうした。あなたは孤独の中で強くならなきゃ、ならなかったから」
「孤独……?」
「……ごめんなさい」
聞き覚えのあるフレーズ。
頭を刺激するような、妙な、なにか。
だが、ともかくジャスミンは謝ってくれた。
なにか理由があったのかもしれない。
今は少なくとも、全身全霊で詫びているように見える。
最初は怒りの涙だった。しかし、今は謝罪のための、そのためのものになっている。
俺には、わからない。
でもなにもわからない以上、もう気にすることではないのかもしれない。
そんなことより、ソラファに関することで頭がいっぱいだった。
頭がこんがらがってまともな思考が働いていないのかもしれない。
でも、俺はジャスミンを嫌うことができなかった。
彼女は、なんだかんだで俺によくしてくていたから。
飲み込む。いろんな感情を。
これで、いいのだろうか?
たぶん、これでいいはずだ。
多少の理不尽なんか慣れっこだ。
議会での悪魔呼ばわりや、忌み子としての扱いを思い出せば、ましな方だ。
そう思うと、不思議と気分が落ち着くのを感じた。
せめて、身近な大切なひとのことは、許すべきだと、そう思った。
「ジャスミン、大丈夫だよ」
「ほんとうに?」
「うん、だから、もう全部忘れる」
できる限り穏やかにそういうと、またさめざめと彼女は泣き始めた。
「ごめんね、ごめんね」と繰り返す。
俺は彼女が落ち着くのを待った。
そうして少し時間が経ち、彼女が口を開く。
「……カルマ、ソラファのところに行ってあげて」
「うん。わかってる」
ソラファを傷つけてしまった。
誤解や、すれ違い、そう言ったものはあったけど、やったのは俺だ。
俺はソラファの住んでいるところへと走り出す。




