封魔三十三
「お前には期待していない、と言ったな」
天にそびえる様な、父の声が聞こえました。
それは威圧的で恐ろしく、到底逆らえないものでした。
「忌み子と、関わるな。お前には期待してない。だが、失望まで、させるな」
射殺すような、目。
私は抵抗というものを知らずに生き、いつも受動的でした。
けれど、この時だけは、カルマに会えなくなることがどうしても嫌で、私は生まれて初めての口答えをしました。
「いや……です」
「なんだと?」
「わ、わたし、は……」
怒り心頭。見下したような目つき。
そんなものが降り注いできます。
はあ、とため息。そして、父は私にこう言いました。
「忌み子がなんなのか知らないようだな。アレは潜在的な裏切り者だ。我らが封魔を殺す、クズだ」
「そんな、こと」
「お前は何も知らない。なのに逆らうのか? いいご身分だな」
冷たい、目。
「何度も言わせるな。お前には期待していない。だが、せめて、失望まではさせてくれるな」
言い放たれた言葉は、どうしても私の心を傷つけました。
父は私になにかを与えてくれたわけではありません。
しかし、それでも彼は私にとっての父で、数少ない、絆でした。
「お父様、お願いです。カルマは、優しいんです。そんなことしないんです。だから、だから……」
私は言葉を知りません。
説き伏せ方を知りません。
だから懇願しました。
それしか、できることはなかったから。
「ダメだ」と一言。
そして、扉の閉まる音。
◇
「なんだと!」
怒声が鳴り響く音。
「ある子には才能があるから、私がもらうわ」
「子を奪い取ろうというのか? 歌姫ごときに、そんな権限があるとでも?」
「じゃあみんな大好き番人様でも呼んでこようかしら? 結果はどうせ同じこと。観念して引き渡してよ」
「……貴様」
「第一、ぼ軟禁状態じゃないのー。名門のお家事情なんて私は知らないけど、使わないのならもらってもいいわよね?」
「……どこでそれを」
「バンは何でも知ってるんだから! 情報は暁の執行者の専門よ?」
「……連れていけ」
「はいはい、素直でよろしい♪」
◇
「あなたには才能があるよ♪」
そう言って私を連れ出したのは、この里の歌姫。ジャスミンと呼ばれる、番人様の伴侶でした。
若草色の髪の彼女は、よく笑い、常にご機嫌な明るい方です。
「旋律を読み取ることかあ。能力が偏ってるわね~。ここまでの希少種は聞いたことがないわ」
「あの、私は」
「ん? ああ、これから私についてきてもらうわ。そこでいろいろなことを学ぶのよ。 どう、楽しみ?」
柔らかな微笑み。
悪意や冷酷さとはどこまでもかけ離れた、陽気な声。
「でも、私は」
「どうしたの?」
「……カルマは?」
「あなたがよく遊んでいた男の子? それがどうしたの?」
「……会いたいんです。あなたについていくなら、一度ぐらい」
勇気を振り絞って言ったひとこと。
ジャスミンの明るさがあったから、だから意思表示が行えたのかもしれません。
情けないことですが、これが私にとっての精一杯でした。
「会わなければいいじゃない。約束、したんでしょ? なら、心配しなくても大丈夫!」
「でも、でも……」
彼女は笑って、しかし、考え込むように少し黙ります。
そして、言いました。
「それって、あなたのわがままじゃない?」
邪気のないそのひとことは、どこまでも強烈でした。
わがまま、わがまま。
確かに、私は彼に頼ってばかりでした。手を引いてくれるのはいつも彼の方で、私は自分の言いたいこと、したいことを言わず、カルマがそれをくみ取ってくれてばかり。
すべてがそうというわけではありませんでした。
しかし、私が彼に頼りすぎていたのは、事実。
「どう、すれば」
泣きたくなります。
重荷だったのかもしれない。邪魔だったかもしれない。
誰にも望まれていない私と一緒にいてくれたのは、彼だけでした。
なのにそんな好意に縋って、それで……。
「強くなろう!」
明るい、単純な答え。
それが、ジャスミンの答えでした。
「つよく……?」
「カルマとは会わず、あなたが逆に助けれる立場になるように、強くなればいい! できる?」
茶茶目っ気のあるウインク。
私はまだ子供で、単純でした。
だからそんな風に言われると、うまく乗せられるというか、背中を押されてしまうというか。
「できます!」
力強く、答えました。
それで解決するのなら、問題ないと思ったから。
「決まりね♪」
彼女は明るく笑います。
なにもできなかったこと。
暗がりでひとりでいたとき、手を伸ばしてくれた男の子がいたこと。
それが、私の起源でした。
◇
私は十二歳になりました。
外の世界と里に戻ることを行き来し、順調に力を蓄えました。
体は相変わらずもろく、すぐに疲れてしまうけど、幸いなことに、私には才能がありました。
「すごーい! ソラちゃん、武術の才能あるじゃない!」
褒められて嬉しくなります。
いつも手放しに明るく褒めてくれるジャスミンのことが、私は好きでした。
彼女は私の親であり、友人。師であり、私を導いてくれる目標のようなもの。
「もじもじしちゃって! かわいい~♪」
そう言って抱き着いてきます。
好意を現し、スキンシップを取ってくる彼女。
私からはそういうことはしませんでしたが、嫌なわけではありませんでした。
「その、ジャスミン。カルマはどうしてますか」」
「カルマ?」
彼女は私に抱き着いているので、その顔は見えません。
――息が詰まるような錯覚を覚えました。
でも、それは本当に一瞬で、たぶん、ただの錯覚で。
「元気にやってるよー♪ まじめに修行もしてて、順調順調♪」
「そうですか。よかったです」
それを聞いて、ほっとします。
同時に、少し残念でもありました。
こんなことを思うのは性格が悪いけれど、彼になにかあったのなら、私には会う理由になりました。しかし、なにも問題ないのなら、彼に会いたいというのは私のわがままです。なぜなら――。
「カルマに会わないの? せっかく里に久しぶり帰って来たのに」
「……たぶん、ダメなんです。会ってしまったら、甘えてしまうと思うんです」
まだまだ、足りない。
平和を好むとか、気性が穏やかと言えば聞こえはいいですが、私はなにかに抵抗したり、打ち負かすことが苦手でした。
それは心の弱さ。甘えてしまう、そういう情けなさで、なくさなければならないもの。
たぶん、カルマに会えば私は昔のように戻ってしまいます。
だから、理由がない以上、彼には会うことができません。
「なるほどねー。でもいいの? これから四年、『剣鬼』のところで修行だよ? もう里にはしばらく戻れない」
「……」
迷う心。会いたいという気持ち。
でも、これこそが私の弱さだと、思いました。
これは所詮葛藤。選び取るべき選択は決まっていて、でも、感情は許さなくて。
だからこそ、私は『会わない』という選択をしなければなりませんでした。
たぶん、ここが昔の私と決別する転換点だと思ったから。
「行きます」
「そっかあ」
珍しく、ジャスミンは私のことに賛成も反対もしませんでした。
もしかしたら、私の葛藤を汲み取ってくれたのかもしれません。
「それにしても、よくカルマのことなんて覚えてるねー」
「私の、最初の理由でしたから」
「というと?」
「ひとりぼっちで、本当に辛かったときに手を差し伸べてくれたんです。それだけかもしれませんけど、私にとって、それで十分なんです」
「ロマンチストだねー」
「そうですか?」
「すごい歌姫っぽい!」
そうなんでしょうか?
まあ、ともかく、私は人間の国にしばらく行くことになりました。
ジャスミンも一緒です。
カルマには会えないし、会わない。
でも、ずっと、ずーっと覚えてるんです。
最初に、手を差し伸べてくれたことを。
私は遠くの人間の国の方を見ようと目を凝らします。
もちろん、見えなかったけれど、自分的には、意味はあるつもりです。
そんな中、横目でジャスミンの顔が見えました。
珍しく暗い雰囲気で、ちょっとうつむいていて、それで。
「ごめんね」と口が動いている気がしました。




