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封魔三十一

 ――草原に風が吹く。


 ひとりの少女が、小さな岩の上に座っていた。


「~♪」


 とても綺麗な歌声。

 まさに歌姫と呼ぶに相応しい、ビブラートとソプラノの調和。


 彼女のそばにはたくさんの生物がいた。

 鳥とか、遠くからこちらを見つめている鹿とか、もぐらなんかも土の中からひょっこりと顔を出している。

 みんな彼女に惹かれている。

 その美しさに、混じりけのない純粋さに。


 よく見れば彼女の姿はいつもと違った。

 俺と戦うときの動きやすい恰好ではなく、ひらひらとした衣装。


 彼女は戦いのとき、軽やかに跳ねながら移動する。

 華奢ではあるが、強すぎるがゆえにあまり弱さは感じられない、そんな冷たい美貌の彼女。

 しかし、今の女性らしい恰好を見ると、少し意識してしまう。


 可憐で美しく、冷たい。まるで、作り物みたいに。

 しかし、その桜色の唇と、歌声を聞けば、間違いなく生物だとわかる。


 そんな姿を遠くから眺めていた。

 のぼせあがるのは、コンプレックスのようなものだ。


 俺は彼女とは違う。

 彼女は誰からも好かれるだろう。

 俺は、違う。誰からも嫌われ、孤独でいた。

 ずっとひとりでいた。強制的に、そうなった。

 なぜなら、俺の隣に、彼女はいなかったから。


 自分の欠点をネガティブに思う、嫌な思考だ。

 失くさなければならないとは思っているけれど、別世界にいる彼女を見るとどうしても思ってしまう。

 たぶん、彼女に対する執着を捨てれば、すべて解決するのだ。

 でも、思い出がそれを邪魔する。消えてしまえ、と念じてみるけれど、本心からそうは思えなくて。


 歌声が途切れる。

 彼女がこちらを振りむけば、鳥は飛び去り、他の動物たちも去っていった。


 こちらを見つめる翡翠の瞳。

 魅入られそうなぐらいに、まっすぐで、綺麗な目。


「カルマ?」とソラファは言った。


 ◇


 何だか覗きがばれたかのような、バツの悪い心境。

 たぶん、気にすることではないのだろう。

 だが声をかけれず、見入ってしまったことが、気恥ずかしい。


「えっと、その服どうしたの?」


 と、切り出してみる。


「これですか? 今日はあまり動かない予定なのでいつもの恰好で来ました」

「おお、なるほど」


 なんだか適当な返事だったかな、と思ってしまう。


「それでその……」とソラファが言った。


 珍しく口をきつく結び、なにかを言いかけている。

 しかし、諦めたようで、すぐに口元は元に戻った。


「今日は槍術を教えます。基本的なフォームを教えるので、それができるまでは基礎練習です」

「槍術……?」

「ほら、カルマの大鎌にも槍の穂先がついているでしょう?」

「ああー、これか。……飾りだと思ってた」

「そんなわけないじゃないですか」


 ソラファが虚空から槍を現出させる。

 ソウルウェポン『礼槍ディストリア』。


 俺も虚空からハーフ・ソウルウェポンを取り出す。

 こちらは無銘の大鎌だ。


「ハーフ・ソウルウェポンを手に入れたことは非常に大きいですね。本来、大鎌の刃の重さが邪魔になって槍として使おうとすると『まっすぐ突く』ということが難しくなるんです。ですが、ソウルウェポンとしての特性がその問題を解決してくれます」


 なるほど、と思う。

 ソウルウェポンは体の一部のような扱いをすることができる。魂との同化のおかげだ。

 獣がその爪に引きずられることがないように、体の一部と化したソウルウェポンは、重さを半分無視できる。

 よっていままではできなかった槍の練習が、今はできるようになったらしい。


「とりあえず、大鎌を槍だと思って使う練習をします。構えてください」


 そう言われたので構えてみる。

 槍のイメージと言えばライルだ。彼の真似をし、左手を添えるような体勢を取る。


「なかなかいいですね。では、突いてみてください」


 こくり、と頷く。


「やあっ」と掛け声をあげながら鋭い突き。自分ではそのつもりだ。


「……悪くはないですよ。たぶん」


 微妙らしい。


「足運びと体重の移動が重要なんです。これをこうして……」


 そう言いながら俺の背後に回り、フォームを直してくれる。

 そうなると自然と密着状態になる。

 いい匂いがする。なんだか安らぐような。


 顔が熱くなってくる。

 なに興奮してるんだ俺は。

 動揺は敵だ。そもそも教えてもらってるのにそういうことを考えてはダメだろう。


 そう思ったけれど、心臓がばくばくする。

 ソラファの息が首筋にかかる。

 綺麗な声が俺を指導している。

 音と匂いと、ほのかに伝わる体温が、どうしても俺を冷静にさせてくれない。


「聞いてましたか?」

「……! は、はいっ!」

「……もう一度ですね」


 こういう試練はほんとうに苦手だ。

 女の子と喋る機会なんて、ジャスミンとラタリアと、ソラファぐらいしかない。

 だから慣れていないのだ。いや、そもそも次期歌姫に密着されて平静でいられるやつなんてどんなやつなのだろう。


 番人様との痛い思いをする訓練の方がずっとましに思えてくる。

 いや、密着されるのは嫌じゃないし、むしろ嬉しい……煩悩が自然と浮かび上がってくるようだ。


 悟りの境地を開きたいところだが、この短い時間では難しい。

 俺はぎゅっと目を閉じたい気持ちに駆られながら、ソラファの説明を受けていた。べつに目を閉じたところでなにか解決するわけでもないが。


 同じフォームで正しい槍の突き方を、なんどもなんども繰り返す。

 突く瞬間に、純情で純粋な青少年である俺の口からはとても言えないアレが背中にあたる。ちょっと控えめだけど柔らかい……ええい!


 許してくれないか、となにかに祈る。

 なにに許しを請えばいいのかわからないけれど、とにかくそんなことを祈った。


「カルマ、その……大丈夫でしたか?」


 大丈夫じゃない。

 そう答えようとしたが、今の状況を指しているわけではないことにギリギリで気づいた。

 ……危うい。


「なにが?」

「その、悪魔の襲撃のことです。上級になりかけの悪魔が三体。とても手に負える相手じゃ、なかったでしょう?」


 心配、してくれてるのだろうか?


「うん。でも番人様が助けに来てくれたから、特に大きなケガはなかったよ」

「……よかったです」


 安堵のため息。

 彼女が感情を表に出すのは珍しい。こんなことを聞かれたのも意外なぐらいだ。

 彼女の感情は、いつも感じ取ることができない。

 しかし、今はできた。

 ……ほんとうに、珍しい。


「さて、そろそろフォームも安定してきましたし、ちょっとひとりでやってみてください」


 ソラファが離れる。

 名残惜しい感覚。


 足を踏み出し、体重の移動を意識して槍を突き出す。

 すぐに戻し、再び突く。


「うん。よくなりましたよ。才能あります」


 そう言って彼女は柔らかく微笑んだ。

 正面からそれを見たわけではないけれど、ドキッとさせられた。

 今日の彼女は妙だ。いつもはこんな風に笑わない。感情的ではない。


 ふう、と額の汗をぬぐう。

 結構集中した。主に煩悩とか、余計なもののせいもあるが、普通に疲れた。


「休憩しますか?」

「ん、大丈夫」


 俺は大鎌を槍のように持って突く。

 確かに、攻撃の選択肢が増えることは便利だ。これをものにするだけで結構な戦力になる。

 いつも、大鎌についた穂先は、倒れた敵を突き刺すために使っていた。でも、ソウルウェポンの特性があれば、槍としての戦術が増える。自動的な戦力の増強だ。ソウルウェポンは価値が高いのも当然だろう


 そのあとソラファに普通に大鎌を振るう動作も見てもらった。

 最適な動き方をアドバイスされ、それに合わせていく。


 軽く彼女と打ち合ったが、いまだに彼女の底が見えない。

 重さを無視できるようになったことで、俺の大鎌を振るう速度はかなり早くなったのだが、それでも彼女には通用しない。


 草原に身を横たえる。

 ほどよい運動をしたような、フレッシュさ。

 風が身に心地よい。


 まだまだ訓練の時間はある。

 少し休んだらまた、立ち上がろう。


「次はどうする?」


 そうソラファに聞いてみる。


 彼女は少し考え込んで、


「訓練、サボっちゃいませんか?」


 そんなことを言った。


「……ふぁ?」


 呆気に取られて、変な声が出る。


 彼女は慌てたように続ける。


「そ、そのですね。この時期は蛍がでるんです。綺麗なんです。あっちの山に生息してるみたいで……あ、川とかもありますよ!」


 そう言って東の方を指さす。

 封神龍樹とは真逆の方向。


 蛍がいるなら川があるのは当然だろう。

 しかし、珍しい。彼女がこんな動作を見せるとは、なにかあったのだろうか?


「……サボっちゃいませんか?」


 少し小さくなった声でそう言う。


 俺は、彼女のことを勘違いしていたのかもしれない。

 その口調から、生真面目で融通のきかない性格なのだと、勝手に思っていた。

 でも彼女は彼女で、蛍みたいなロマンチックなものが好きだし、息抜きをしたくなる時もある。

 彼女だって、普通の封魔一族で、女の子だ。


「うん、行こう」

「……ほんとですか?」

「俺は行きたい!」


 自然に触れること。

 木々に囲まれ、命の波動を感じ取ること。


 結構、俺はそういうことが好きだ。

 本当はもっと自分を鍛えたいけれど、ソラファには恩があるし、彼女が行きたいというなら行くべきだろう。


「行きま、しょうか」


 呟くような一言。

 ソラファが山を見つめている。こちらからは、その表情は見えない――。


 空を見れば太陽が沈みかけていた。

 夕暮れの瞬間。

 空がオレンジ色に染まっていく。


「もうすぐ、夜ですね」


 そういう彼女の頬は、ほんのりと赤くなっているように見えた。







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