封魔二十八
衝撃と動揺に脳を揺さぶられながら、俺は廊下を歩いていた。
道なんて聞ける状況じゃなかった。
強い恨みを持ち、そして、俺になにかを伝えようとしていた男。
『私は魂の武器になる』
その言葉が頭に焼き付いて離れない。
四肢が切断され、目をつぶされた若者。
しかし、完全な絶望はしていなかった。影は濃かったがかすかな希望を持っている。
そう、それはまるで、死に向かうような試練を覚悟しているような……。
「あ」
そんなことを考えていたら案内人を見つけた。
若い容貌の彼女は俺を見ると一礼。「こちらです」と導いてくれる。
「お、カルマ。来たな」
そんな感じで彼女についていけば、ライルがいた。ディンやラタリアもだ。
俺がいたところよりも広い部屋。ここには何もないけれど、とにかく広い。
案内人の女がこう言った。
「では、皆さんは疲れていると思うので、ここでまた一日、楽にしていてください。また、呼びに来ますので」
お辞儀をして去っていく。
顔を合わせた俺たちはなにがあったかを話し始めた。
「みんな魂の審判室、どうだった?」
「しんどかったぜ」
「なんかやけに辛かったです」
「死ぬかと思ったわ」
各自の反応はこうだ。
……ふむ。俺は特に不便はなかったが、一応試練に近い形ではあったらしい。
俺の部屋だけ手違いでもあったのだろうか? さすがにそれはないとは思うが……。
ふわぁー、とライルが欠伸をした。
「なんかあの部屋、やけに眠かったんだよな。辛いのと眠いのが合わさって……これ、寝たら俺、死ぬのかな? って思いながら頑張ってた。我ながら寝なかったのは奇跡だな……その目はなんだ?」
みんな疑わしそうな目でライルを見ていた。
この前ライルを見つけたとき、たった三十分程度の待ち時間で寝ていたのを、みんな覚えている。
「……五分だけ寝たかもしれない」
「……」
「がっつり寝たよばかやろう!」
俺とディンとラタリアは頷きあった。
「この信用のなさはなんなんだ」
「大丈夫だライル。そこ以外はみんなお前のことを信じてる」
「カルマ……。俺、喜んだらいいのか悲しんだらいいのかわからない……」
時に迷い、決断がつかない。
そういうこともある。
俺は真面目ぶった表情のままライルに頷き、ディンを見る。
「ディンはどうだったんだ?」
「そうですね。変な圧迫感を常に感じました。息が詰まるというか、胸が押しつぶされる感覚が続いていたんです」
「恋してるみたいだな」
「おそらく、魂の影響なんでしょうね。魂の在り処は頭か心臓か、どちらかにあるかは意見がわかれますが、心臓部分にあるのかもしれません」
俺の一言を華麗に無視するディン。
「なるほど」と俺は何事もなかったかのように呟く。
「あ、それと、もうひとつありました」
「なに?」
「やけに勉学が恋しくなったんですよね。知的欲求の高まりというか、なにかに没入したくなりました。こんなことを意識するのはあまりありませんね」
ディンがディンみたいなことを言っている。
確かに彼は、見た目からして勉強が得意ではある。そして実際、それは事実なのだろう。
しかし、魂の審判室で勉強したい、なんて思うとは。
俺からしてみれば考えられないことだ。
「私も似たようなものね。追い詰められたような感覚がまとわりついてきて不安だったわ」
「まあ、なんか魂の耐久度かなにかを試されてたのかな?」
「そうなんじゃないかしら。寝て過ごして耐えたっていうのは、ありなのかわからないけど」
ぎくり、とする影が二つ。俺とライルだ。
……暇だから、俺も結構な時間寝て過ごしてたからな。
ディンの目が光る。俺とライルはわざとらしく目を逸らした。
やれやれ、という素振りがかえってくる。
「それと、やけにあの森で見た鹿の姿が浮かび上がってきたわよ」
「鹿? なんで?」
「さあ……あんまり関係ないのかもね」
ライルは眠くなり、ディンは知的欲求が上昇し、ラタリアは鹿を見た、か。
まるで共通点がない話だ。
あまり意味はないのかもしれない。
そう思ったがディンが手を挙げた。
「もしかしてこれ、自分が好きなものとかを強く意識させる作用があるのではないでしょうか。走馬燈に近い感じで」
なおも彼は言う。
ライルは眠ることが好きだし、自分は勉学が嫌いではない。
そしてラタリアは……。
「な、なによ。……別に鹿なんて好きじゃない、し」
そんな彼女に、
「ほんとうは?」
と、突っ込んでみた。
ラタリアの顔が赤くなった。
ライルが下種な笑みを見せた。
弱みを見つけた顔だ。
「なんなのよ! 悪い!?」
まあまあ、とライルが言う。
「俺は鹿好きだぞ。肉になってるとより好感度が増す」
「この鬼畜……」
なんて空気が読めない奴なんだ、と思う。
まあ、わざとおちゃらけてるだけなんだろうけど。
ラタリアがライルを見た。
ゴミを見る目。
ライルは普通に傷ついていた。
普通に自業自得だった。
ディンが空気を変える様に俺に話を振る。
「それで、カルマはなにか浮かび上がってきたもの、あったんですか?」
「そうだなー」
その時のことを考える。
ひたすら退屈だった気がする。それで番人様が来て、ソラファのことで悩んで……。
そこで気づく。
――俺が、考えていたこと。
「覚えてないや」
「もしかして欲がないとか?」
「いやいや、そんなことはないと思うけど」
とてもとても、話せない。
そもそもソラファの、次期歌姫の存在は秘匿されている。時期が来れば明かされるが、俺の口から話すわけにはいかない。
「でもちょっと……」
「ちょっと?」
「ごめん、なんでもない」
「そうですか」
――ずっと一緒にいようね。
そのことを、思い出していた。
……いや、俺はなにも考えちゃいない。すべては錯覚だ。例え俺のその思考が事実だとしても、どうすることもできないのなら、意味のないことだ。
なにかあるのを察してくれたようで、ディンは何も聞かないでくれている。
ありがたい。だが、申し訳なさを感じてしまう。
「おーい」
ライルがなにやら大きい箱を運んでくる。
どすん、と床に置き、中身を広げ始めた。
なんだなんだ、と皆が目を向ける。
「ボードゲームがあった」
「どっから取って来たんです?」
「あそこの押し入れ。ほかにもいろいろあったし、退屈な時間は遊んでいいってことなんだろう」
確かに案内人は「楽にしていてください」と言っていた。
たぶん、これを使って遊んでも大丈夫だろう。
「やりたいやりたい!」とラタリア。
彼女は結構こういったものが好きらしい。
俺はライルの持っているものを覗き込んだ。
「なにをするゲームなんだ?」
「ルーレットを回して出た数だけ先に進む。で、ゴールしたら勝ちだ。名前を『到達する者』という。まあ、すごろくだな」
「おお、なんかカッコいいな!」
思わず気合が入る。それにこのゲーム、結構面白そうだ。
各自自分の駒を取る。俺は黒色のやつだ。
じゃんけんでルーレットを回す順番を決める。
ライル、ディン、ラタリア、俺の順番になった。
このゲームは止まったマスによって追加効果があるらしい。
ここに止まったらニマス進むとか、一マス戻るとか、そんなやつだ。
ゲームを始めていく。
ライルのルーレットの成績は無難だった。だいたい五とか、真ん中に近い数字を出しつ続けている。
四がでる。止まったマスの効果で一回休み。
六がでる。止まったマスの効果で一回休み。
三がでる。止まったマスの効果で一回休み。
「なんかい休ませるつもりだ!」
ライルは文句を言っていた。
一方、ディンは計算高くルーレットを回しているようだ。
力の調節によってでる場所をおよそ三から八に固定。そこからでる確率がどうとか、そういうことをぶつぶつ言いながら進めていった。
その試みは途中まではうまくいった。しかし、中盤で彼はなぜか進みが遅くなった。
三がでる。止まったマスの効果で四マス戻る。
七が出る。一マス戻る。
「まあ、こういうこともあります」
そう言って彼はルーレットを回した。
五が出る。十マス戻る
「……これ難易度高くありません?」
確かに、と俺は思った。
だが俺の成績は優秀だった。
というか、最強だった。
十。十。十。
「ふはははは! トリプル十のカルマと呼んでくれ!」
俺は調子に乗った。
ルーレットを回す。十がでる。
なんだか怖いぐらいだ。こんなに十がでる確率ってどれぐらいなんだろう?
俺は十マス自分の駒を進める。その駒にはこう言った効果があった。
『スタート地点に戻る』
「うわああああああああああ!」
頭を抱えた。
ライルがガッツポーズを取る。
ディンが邪悪にほくそ笑んだ。
人の不幸を喜ぶ奴はいつか地獄に落ちるに違いない。
「あ、私上がった」
そんな男たちの醜い争いが繰り広げられる中、ラタリアが地味にゴールしていた。
まじか、と思う。
俺たちは顔を見合わせる。
「罰ゲーム作ろうぜ」とライル。
その方がいいよな、とラタリアに同意を求める様に彼は言った。
もはや罰ゲームを受けることがない彼女はもちろん頷いた。
ディンも賛成している。
「なあ、そんな無益なことはやめないか? そんなことをしたら誰かが悲しむかもしれないじゃないか」
俺はスタート地点にある自分の駒を見ながらそう言った。
「緊張感は必要だろ?」
「やだよ。お前俺を食い物にする気まんまんじゃんか」
「お? 勝負から逃げるのか?」
「……あとでほえ面かくなよ!」
俺は単純なやつだった。
「じゃあ罰ゲームは一位がドベに命令するってやつで」
「わかった。ラタリア。俺が負けたら罰を軽くしてくれ。かわりにライルが負けたらめっちゃきついのにしていいから」
困ったようにラタリアは頷く。
「ずるいぞ!」とライル。
知らんな。
勝負は白熱した。
ディンはなんだかんだでゴールした。ルーレットを回した回数は二十回ぐらいだ。相当遅々とした進みだったが、これで彼は上がりだ。
このゲームのルールブックによれば、平均プレイ回数は十二回で、それだけ回せばだいたいゴールできるそうだ。それに比べればディンは遅い方だったが、それでも彼がドベにならなかったのは理由がある。
すごろくはゴールの地点でぴったり駒を止めれないとあがりにならないため、ライルがそこで悪戦苦闘している。
俺が追いつき始め、焦ったように彼はルーレットを回した。
「奇跡よ! こい!」
彼の願ったささやかな奇跡は叶えられなかった。
『スタート地点に戻る』
「こんちくちょおおおおおお!」
絶叫。
とりあえず悔しそうな彼に挑発しておく。
「俺がそのマスに止まった時ガッツポーズしてたよな? 人の不幸を笑う奴は地獄に落ちるんだよ! ふははははは!」
そしてルーレットを回した。
十が出る。
この勝負もらったな、と思い、駒を進める。
『スタート地点に戻る』
茫然とした。なんだこれは。
二回目のリセットだった。これはないだろう、と本気で思った。
ポンポン、とライルが俺の肩を叩く。
「えーと、人の不幸を笑うやつはなんだって?」
「……」
神妙な気分になった。
隣ではそんな様子を見て、ラタリアとディンが話している。
「低レベルな戦いですね」
「ほんとね」
「そろそろ罰ゲームの内容を考えておいたらどうでしょう。ドベになった方をはらはらさせるのはよくありませんし」
「確かにね……でも、どうしよう」
「ビンタとかどうですか?」
そんな会話は隠そうとしているわけではないので自然と耳に入ってくる。
よからぬ会話だった。ディンがラタリアに強烈なものを吹き込んでいた。
調子に乗りやがって……!
しかし、俺もあまり他者のことは言えない。
そうしてリスタート同士の戦いが始まり、接戦で、そして――。
俺は負けた。
「……」
「どんまい!」
ライルは嬉しそうだった。
接戦のすえに勝ちとった勝利だ。さぞや嬉しいだろう。
「ラタリア。カルマが負けましたよ。なにしても大丈夫です」
「えーと、えーと」
ラタリアがもじもじしている。
なににするか決めかねているようだ。
俺は真剣にラタリアを見つめる。
軽いやつにしてくれ、という願いを込めて。
目が合う。
見つめあい。
少し照れる。
さっ、と顔を隠しながらラタリアが目を逸らした。
疲れているかのように顔が赤い。
「……ライルが決めていいから」
それを聞いて俺は。
「……え?」
「よっしゃあ! ちょっと待ってろ! 五分で戻る!」
「なるほど。ライルに任せるというのはいい判断ですね」
各自の反応はこんな感じだった。
俺は死刑執行を待つ囚人のような気持ちになった。
ライルが喜びいさんで、罰ゲームを用意している。
なにをやっているんだろう。
普通に、怖い。
ライルはすぐに戻ってきた。
手にはもちもちと、粉の入った瓶。
「この粉はムーチャって言ってな。香辛料だ」
「それはわかる。それを一気に飲めばいいのか?」
「いやいや、そんなひどいことするわけないだろ。死ぬぞそれ。まあ、これをもちもちに練りこんで食べるんだ。それが罰ゲーム」
「……それだけ?」
「そけだけ」
なんだ楽勝じゃないか、と思った。
食べ物を食べて終わり。香辛料なんだからかけたらくそまずくなる、みたいなこともないだろう。
ライルがもちもちにムーチャを振りかけ、ごねごねとこねる。
手は洗った状態らしいから、安心して食べれる。
まんべんなくムーチャを練りこみ、完成。
白いもちもちが桜色に染まって、なんだかおいしそうだ。
「はいカルマ」
そう言ってライルがムーチャもちもちを差し出してくる。
俺は手で受け取らずにそのまま食べた。一気に。
「え、まじ?」とライルが驚いている。
舌がすこしざわざわするが問題ない。
というより、もちもちおいしい。
そんな楽観的な感想を抱いていた。その時だった。
頭のてっぺんから突き抜ける様な感覚。
熱が顔だけにたまり、衝撃が暴れまわっている。
「うげぇ!」
思わず吐き出した。
目がちかちかする。なんだこれは。辛い。死ぬほど辛い。
桜色のものは辛いというイメージがなかった。
「きったねえ!」
ライルが俺の吐き出したもちもちを飛びのいてかわそうとするも、足に当たる。
カルマプレスだ。カッコいい技名。
実際はただの吐瀉物だ。
ライルが悲鳴を上げている。
ラタリアがほうきを持ってきてくれた。
かたづけ用具を持ってきてくれるとは気が利く。
舌がじんじんする。そのままラタリアからほうきを受け取り、俺の吐き出したもちもちを片付けた。
「華麗なる復讐だったな」とライルが言った。
「予想外だっただろう?」
そんなことを俺は言い放って見せる。
たまたまなんだけど。
「次からは吐瀉物のカルマって呼んでやる」
「じゃあ俺はゲロ付着のライルって呼ぶ」
「やめようか」
「そうだな」
無意味な戦いだったので休戦した。
はあ、とラタリアがため息をつく。
「なんだかこのやりとりも慣れたわね」
「この二人の争い事ってたいてい茶番ですよね」
ディンとラタリアの仲が良さそうでなによりだ。
そうしてゲームが一段落したのでもう一度最初から始める。
そうして寝る時間になるまで過ごした。




