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封魔二十七

 

 報告することは特にないが、しいていうなら俺の叫び声が番人様を墜落させたことを言っておこかねばなるまい。

 番人様は実はまだ部屋にいた。ということで、振り返った俺はびっくりしたのだが、俺の魂の叫び声はそれ以上に番人様を驚かせたらしい。


 頭から落ちた番人様を見て、俺はニヤリ笑った。


 窮地に追いやられた俺は眠れる才能を呼び起こしたのだ。


 叫び声で番人様を地に落としたのだ。

 カルマプレスだ。

 やったぜ。


 ……これも奇行の一種でしかない。


 結局、俺の奇行に次ぐ奇行を番人様はからかい、部屋を出て行ったのだった。


 ……ひとり部屋で笑い出し、ピースのポーズ。黒歴史だ。


 そのあと部屋に番人様が潜んでいないか慎重に確認し、俺は眠りについた。

 ちょっと神経過敏だったかもしれない。


 そうして目を覚まし、今に至る。


 置いて行かれた砂時計の砂が、すべて下に落ちていた。

『魂の審判室』をクリアしたと考えていいだろう。

 まさか寝ていたからダメ、ということはあるまい。たぶん、だけど。


 いや、体に不調は感じないし、おそらく大丈夫だろ。

 むしろ快調なぐらいだ。


 迎えがくる気配はない。

 仕方がないから、こちらから行こうかと部屋をでる。


 廊下は基本的に質素だったが、たまに豪奢な絵が飾られていた。

 こんな質素な廊下だから、余計に飾られた絵が目立つ。


 基本的に封魔一族が称えられている絵が多かった。


 大勢の悪魔と対峙する封魔一族。

 屍の上で大鎌を掲げ、勝利に吠える封魔一族。


 他にも人族や龍に関しての絵があった。


 圧倒的な帝龍がひとの都市を滅ぼす悪夢の再現。


 煌びやから衣装を纏い、地に剣を突き付ける英雄騎士ソル。


 大きな球体が地面に落ち、それをあがめている人々。


 高い塔のそばでひとりたたずみ、空を見上げる、始まりの賢者。


 全部、有名なおとぎ話で、出てくるものだ。

 封魔一族なら誰でも知っている。こう言った神秘的な話は、どうも一族柄、引き付けられるらしい。封魔一族のなんとなくカッコいいものが好き、というセンサーに引っかかっているのだろうか。

 これに関する授業は、居眠り常習犯であるライルですらまじめに聞いていた。


 俺は楽しくなって絵に熱中する。

 そして迷った。

 ……ここはどこだ?


 …………。


 絵に熱中しすぎた。

 誰がこんなものを置いたのだろうか。

 完全な責任転嫁だが、おかげでここがどこだかわからない。


 気配を探し、一番近い封魔の者を察知する。

 とりあえず一人見つけた。

 気配がある程度固まっているところにライルたちはいるはずだから、たぶんこれは違う人だが、道を聞いてみよう。


 俺は来た道を振り返る。

 まるで迷路だった。戻れる気がしなかった。

 ……地図とか、置いてないんだろうか。


 気配の元へ。

 部屋の前でノックをする。

「どうぞ」と向こうからの声。


「あのー……」


 そうして開けてみると、俺は思わず絶句した。


 若者がいた。

 両目には何重もの包帯が巻かれ、四肢のすべてが、ない。


「だ、大丈夫ですか?」


 気が動転し、そんな声がでた。

 そんな慌てた様子に、若者は笑った。


「優しいね。まずはそういうことを言えるタイプなのか」

「えっと、その……」

「暇だったんだ。少し話し相手になったくれないかい?」


 こくこくと頷くが、それが相手から見えないことに気づいて「はい」と言った。

 見れば見るほど悲惨な光景だった。


 立つことも、掴むことも、できない。

 二度と光を見ることはない。ずっと暗闇の中。


「まあ、そんなに心を痛めなくていい。別に君が悪いわけじゃないんだから」


 まるで俺のことが見えているかのように、若者はそう言った。


「……そうですけど」


 気分が暗くなってくる。

 こんなのはあんまりだと思った。この人はこれからどうやって生きていけばいいんだろう。

 たぶん、こうなったのは最近のことだと、なんとなく、感じ取れる。


「愚痴を、聞いてくれるかい?」

「……どうぞ」

「私は冒険者志望の者でね。華やかな冒険の途中で手足を食いちぎられたんだ。手足がまだあったら活性化の部屋でなんとかなったけど、ぐちゃぐちゃになってしまったから、もう治らない」

「……」

「人間は怖いよ。魔獣すらも操る術を身に着けている。私の手足や、はぎとられたマントは人間の市場で取引されているかもしれない。大半は番人様が取り返してくれたけど、全部じゃない」


 目のない若者が俺を方に顔を向ける。

 見つめている、そんな気がする。


「少年よ。人族は欲深い。注意することだ。あくなき野望の果てに、我々は飲み込まれて死んでしまうかもしれないから」

「……人間に、やられたんですか? そんなやつらだったんですか?」

「人間全員というわけではない。我々封魔一族と違って、奴らには悪人が混ざる。他者を傷つけることを喜びとし、稼ぐようなやつがいる」


 それを聞いて怒りの感情が沸き立つ。

 俺が今ここで怒ったところで、この人の手足が戻らないのはわかっている。

 しかし、そんな極悪非道なやつらがこの世に存在する者なのだろうか。

 悪魔より悪魔らしい。そう言った悪鬼のようなやつら。


「正義感が強いんだね」と若者は笑う。


 普通の封魔一族なら誰だって憤りを覚えるだろう。

 こんな悲惨な彼の姿を見て、彼から恨みの籠った話を聞けば。


「少し楽になったよ。ありがとう」

「いえ、こんな俺でよかったらいくらでも」


 また、若者は笑う。

 無理をしているようにも見える。

 何も楽しくないのに、無理して笑っているような。


「話を変えようか。私はいろいろ失ったせいか、ほかの器官が鋭くなってね。目が見えなくなった者の聴力が上がった話を、知っているかい?」

「知ってます。使わなくなった分を少しでも補おうとするとか、なんとか」


 失った機能をほかのもので補おうとする、生存本能。

 それは命の奇跡なのか、はたまた最初からそういう風に作られたのか。


「人族も封魔一族も、エルフもドワーフも。みんなそういう特性を持っている。その中でも封魔一族は特殊でね。――魂を感じ取ることができるようになる」

「魂?」

「ああ、魂だ。私は驚いてるんだよ。君の魂を覗いて見えた、その莫大な容量にね」


 俺の魂。

 それはたぶん、俺にとって良い情報なはずだ。

 魂の容量はソウルウェポンを契約する個数に関係する。

 こうも言われているということは、きっと二つの契約が可能な魂なのだろう。


「君はなにものだ? まともじゃない。歪んで見えるがやけに強い。入り組みすぎてる。……本当に封魔一族か? 生物かすら怪しいよ。……すまない、失礼だったな」


 ……少し不安になる。


 たぶん大丈夫だろう。なんだか人格破綻者の評価を受けてるみたいではあるが。


「えーと、一応、業魔を飼ってます」


 そう言ってみる。

 いっそのこと忌み子と言った方がわかりやすかったかもしれないが、俺が自分にそんな言葉を使いたくないのでそう言った。


「業魔、業魔か。面白いな。歴代の業魔はみんなこうだったのか。それならポテンシャル的に前番人もろとも精鋭を皆殺しにしたのも頷けるな」


 ……いま、なんて。


「どういうことです?」

「ん? ……ああ、企業秘密だが、まあいいか。冥土の土産を送るのも悪くないし。いいか、君は忌み子だ。なぜここまで憎まれる? 嫌われる? 要素を取り出してみろ。君は外見はなんら普通の封魔一族と変わらない。なのに、なぜ?」


 それは、歴代の忌み子が封魔一族を裏切ったからだ。

 六人のうち三人は人族と手を組み、残りの三人は自殺した。


「歴史と能力。そして不安定な力がゆえの暴走、ですかね」

「そうだ。だが考えてもみるといい。歴史が欠如されれば、やっかいなのは暴走でしかない。その程度、封魔一族ならば、その時だけ拘束するなりで防げるはずだ」

「裏切りの性格が問題されているのでは?」

「君は封魔一族を裏切るのか?」

「まさか」

「歴代の忌み子は裏切ったぞ」

「……」

「忌み子は裏切りものなんかじゃない。ただの歪な魔だ。封魔の枷から逃れた思考を持ち、反逆を考えられる超越者だ」

「枷から、逃れた……?」

「番人様から聞いた話だから絶対とは言えない。しかし、信じてもいいだろう。君は、封魔一族を裏切らないはずだ」


 ……そうなのだろうか。

 そう信じたい、しかし――。


 思い当たることがある。

 枷から逃れた思考。

 悪魔に対する同情。


 ――これのことではないか?


 悪魔を傷つける悪魔みたいな封魔一族。そう、思ってしまったことがある。

 忌み子は悪魔に同情し、手を組み、反逆した、そういう推測。


 封魔一族の倫理観は間違っている、それで――。


 俺は思うのだ。

 封魔一族は他の種族に対して残虐だ。

 それは悪魔以外の種族に対しても発揮される。

 かわりにやけに内輪では『いい奴』だ。


 いいやつなのか、残虐非道のやつなのか。


 要素を見比べるだけでは判断がつかない。

 ならば――。


 たぶん、俺が封魔一族を裏切る可能性はゼロではない。

 おそらくではあるが、俺の倫理観は封魔一族以外の種族、人族やエルフ、ドワーフに近いものだ。


 わからない。目の前の男は俺が裏切らないと言ってくれているが――本当はわからない。


「忌み子は裏切り者じゃない。それが、真実なんですか?」

「そうだ。それは仕組まれたものではしかないんだ。どうやら君は、番人様から教えてもらっていないようだから、たぶん、これから先も知ることはなかったんだろう。私は番人様に逆らっていることになるな」


 それを聞いて――ぞっとした。


 ――番人様に逆らっている?


 だめだ。そんなことは許されない。

 見捨てられる。それだけは、耐えられない。


 ――失望したような、目。


 思い出すのはいつもそれだ。


 俺の意思がくじけたとき。

 諦めたとき。

 投げ出そうとしたとき。


「どうした?」

「もう、いいです」

「……孤高に立つ独立の意思。まだ、はやいか」


 わけのわからない言葉。

 しかし、聞きたくなかった。

 どうだっていい。


 とにかく、ここから離れなくてはならない。

 ひどく、めまいがする。


「もう、いっていいですか?」

「ああ、今の君にはひどく負担だっだろう。お疲れさま」


 足早に去ろうとして、振り返る。

 心臓が早鐘を打っていた。

 ひどく苦しかった。


 しかし、このひとは苦しんでいるのだ。

 それを置いて行って、それでいいのだろうか?


「……あなたは、これからどうなるんですか?」

「辛いだろうに。よく私のことを心配できるものだ」


 感心したような物言い。やけに俺のことを知っているような、そんなような。


 俺は首を振る。


「俺は、大丈夫です。でも、あなたは?」

「大丈夫かもしれないし、大丈夫じゃないかもしれない。まあ、さらに禁を破ることになるけど、心優しき少年に感服して、秘密を教えてあげよう」


 囁くように、声を落とす。


「私の肉体は消えてなくなる。手足は戻らないけど、運が良ければまた光が見える。もしかしたら君と共に在れもかもしれない」


 私は。


「魂の武器となる」


 魂の武器ソウルウェポン

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