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封魔二十五

 


 ◆◆◆◆



 やりたくもないことだが、俺は番人としてこの場に立っていた。

 仮面を被るのは冷酷さが必要とされるときだ。容赦や、穏やかさと言ったものはいらない。いつもの間延びした口調も何もかも、ここでは不要だ。


 魂の祠の最深部。そこで第二長老がカルマについて話すのを聞いていた。

 はあ、と第二長老がため息をつく。


「業魔を飼うもの。いや、彼自身が業魔か」


 そして彼は言葉を続ける。


「番人様。あなたの言う通り、あの少年は普通の封魔一族ですな。悪魔とは違う。彼には一般的な情がある」


 俺は思わず笑う。

 それはそうだ。カルマは歪だが封魔一族であることは間違いない。

 それがわからないのは歴代の忌み子の裏切りのせいで、あいつは正常なのだ。


「わざわざその子供を連れ込んでカルマの正常性を測ったわけか」

「そうですね。忌み子は異常者。そういうわけではなさそうです」


 その言葉に、少しくるものがある。しかし、表情には出さない。


 ――まさか、あのことを忘れたわけではあるまい。


 ぬけぬけとよく言えるものだ。

 忌み子の真実は――。


「――儂にはこれが正しいのかわかりませんな。あなたのやり方はあんまりだと言わせてもらいましょう。しかし、従います。それ以外の方法はないのですから」


 恨みがましい物言い。

 手元で眠っている子供をいとおしそうに、守るように抱く。

 彼の行動の理由。従わなければならない弱点。


「そうだな。文句はわかる。不満もわかる。しかし、従ってもらうよ。証拠も何もないけれど、俺は防がなくてはならないから」

「封魔一族の滅亡、ですか」


 ため息を吐くように第二長老は言う。

 彼が信じられないのも無理はない。

 俺には証拠を差し出すことも、根拠を示すこともできない。


 それはルールに縛られた者から差し出された情報であるし、本来、俺だって知りえなかったことだ。


 ――理から外れ、強さと超越のための代償は高くついた。


 呪いのような誓約を立てられた。どんなに残酷なことでも必要ならばしなければならなかった。。

 俺はそういう道を歩んでいる。


「それで、貴き長老があなたに従わなければどうするのですか? 殺すんですか?」

「必要ならば」


 俺は短く答えた。


「あの方は従わないでしょう。あの方には信念がある。確実な推論のもとに動けないのならば、拒否するでしょう」

「そうだ。やつの保守的で頑固な考え方は邪魔だ。優秀だからこそ邪魔になる。仕方がないことだ」


 第二長老の顔が暗くなる。

 このままでは貴き長老の死が確定的だと、そう思って。


「……あなたが進むのは狂気の道だ。儂に対して、封魔一族が滅ぶ、という根拠も理由も言えない? 世界のルールに縛られている? ばかばかしいとしか思えませんな。そんなものがあるはずがない。あなたの本当の狙いはなんなんです? あなたこそが封魔一族を滅ぼそうとしているのではありませんか?」

「……」

「ルール、ルールとは! やめていただきたいものです。たしかにあの件は儂らに非があった。しかし、これほどまで権力を固めるのはなぜなのです? もしあなたが封魔一族の滅亡を願うならやめていただきたい。子供にまでは罪はないのですから」


 その口調は叱っているようでもあり、怯えているようでもあった。きっと彼自身は命を捨てる覚悟はできている。しかし、抱いている子供を失う勇気はない。

 いや、それを勇気と言ってしまえば狂人か。


 悪意すら感じるその言い方に俺だって言いたいことがある。


 確執は永遠だ。

 こいつらがやってきたことが誰を苦しめ、誰を殺したか。

 もっとも身近にいた俺は知っている。


 ……あまり怒らせないで欲しかった。俺はこいつらを殺しても確執のせいで心は痛まないし、実際そうすることもできる。

 それをしないのはくだらない同情かなんなのか。


 きっと、真に非情になりきるならばこいつは殺すべきなのだろう。

 いつ裏切るともわからない不穏分子だ。

 単純に殺さないのは、臆病な俺の弱さでしかない。


「それで?」

「……あまり舐めないでいただきたい。あなたが封魔一族を滅ぼすというのなら、私はこの子の命を犠牲にしてでも逆らいましょう。たとえ――」

「言っておくが、暁の執行者含む人材関係ではこちらが有利だ。逆らう? どうやって? 俺は全封魔一族から殺戮対象にされてもお前の手のもの全員を殺すことができる。いいか、たとえ俺が封魔一族滅ぶすなら、おまえが逆らうというのなら、今お前らが全員死ぬか、あとで死ぬかだ」


 さらに俺は言う。


「頑張って周囲に俺への疑心を植え付けるか? その代償は子供の肉体にしておこうか。お前は俺へのささやかな反撃ができる。しかし、その子供の四肢は一本一本削れていくぞ」

「……悪魔め」

「お前にだけは言われたくないね」


 どんぐりの背くらべでしかない。

 深いこの恨みを、忘れることはない。


 ひとりを犠牲にして多数の利益をとる。そうしたほうがいいのは概ね同意ではある。

 しかし、こいつらは不必要に犠牲を出しすぎた。減らすことができたのに減らさなかった。


 睨めつける。

 殺されても殺されてもまだ足りないクズ。

 それは所詮、昔のこと? 何百年単位で続けていなければそうかもしれない。


 怯える様に身をすくませる第二長老。

 恐怖を隠しているつもりだろうが隠せていない。それでも反抗はしてくるのはこいつの勇気だろうか?

 まあいい。


「……安心しろよ。信じはしないと思うが、貴き長老は死なない。手段はある。おまえの、俺が封魔一族を滅ぼそうとしている、というのも否定しておこう。例えお前が信じなかったとしてもな」

「そうですか。では、せめて、根拠と理由を教えていただきたい。なぜ封魔一族が滅ぶのか。なぜ業魔だけがそれを止めれるのか」

「ルールだ。話せない」


 その表情が怒りに染まるのを見て少し考え直す。

 こいつは信用できないし、力で従えてしまえばいいと思っていた。

 しかし、思った以上に子供を大事にしているようだし、自力で真理にたどり着くなら裏切る可能性も少なくなる。


 俺は言葉を舌に乗せ、転がす。

 それが誓約に引っかかっていないか確かめ、大丈夫だと確信し、言い放つ。


「ルールなんかに縛られるのはおとぎ話に近いやつらばかりだ。順番に探っていけば選択は絞れる。その気になれば断片ぐらいは見えるはずだ。そこからも推測が必要ではあるが」

「それが言えるすべてだと?」

「ああ。結局、俺はこのことについてなにも口に出すことができないんだ。ならば俺が話すのは、俺に誓約を押し付けた存在の手がかりのみ」


 こいつはなにを思うだろうか。

 おとぎ話の存在。


 英雄騎士ソル。

 最初のソウルウェポン、クリシュナ。

 神話の創造の神。

 帝龍の災厄夜。

 始まりから記録する賢者。

 封魔一族の起源。

 祈りの昇華。

 魔力の根源。

 星堕ちからの再生。


 たどり着くのは至難だが不可能ではない。

 到達を切に望むが、どうなるやら。


 さて、これからの俺の道はどうなるのだろうか。

 運命に飲まれるか、罪に溺れるか、途中でいしころでつまずくか。


 やってることが残酷すぎて自分でも震えるな。

 まあ、こんなことを思えるうちは大丈夫か。


 突然痛む胸を抑える。幻肢痛のようなものだ。大した実害はない。


 俺の時間よりも滅びが先にくるだろう。

 しかし、不測の事態でいつ死んでもおかしくない。

 こんな歪で不安定な存在じゃ、いつぽっくり逝くかもわからない。


 だから、と俺は思う。

 運命を変える保険がある。

 可能ならば俺一人でやり遂げる。

 しかし、おそらく、俺は魂の消耗に耐え切れずに途中で力尽きるだろう。


 だから、例えどれだけ苦めてしまうとしても、代行人に任せるしかない。


 ――すまないな、カルマ。


 きっとその心の謝罪も、俺の自己満足でしかない。


 俺の最優先事項は『奴との約束』だからだ。


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