封魔二十三
「はあ……はあっ」
番人様が悪魔たちを片付けたのを見て、思わず膝をついた。
体が鉛のように重い。緊張を支えとしていた体は、支えがなくなると同時にいうことを聞かなくなった。
震えそうになる手足を抑える。わけもわからない感情が頭の中で暴れる。
自分の中の星装気が引いていった。
鎖で縛られた封印状態へ、自動で戻る。
「よかった……ほんとうに、よかった……」
泣きそうになる。助かったみんな無事だ。
俺は死んでない。なにもかも、失っていない。
地面に水滴が垂れているのを見て、涙が出ていたことに気づいた。
だが、こんなところで泣いてたまるか、という気持ちになる。
なにも悲しくはない。
むしろ嬉しいのだ。
ならば笑え。
それが、正しいんだ。
「大丈夫かい~」
間延びした口調。
ソウルウェポンである大鎌を虚空へしまい、番人様が歩いてくる。
ディンが気絶したライルの頬を叩いている。
結局番人様が助けに来たんだから無駄なことをしちゃったな、と若干の罪悪感。
「か、かる、ま……あ?」
ライルが目を覚ます。
それを番人様、俺、ディン、ラタリアで覗き込んでいた。
そろーりとライルの視線が番人様に移動する。
番人様がにっこりと笑った。
ライルが飛び起きる。俺の鼻づらに頭突きが炸裂。
「っ~~!」
思わずうずくまるが、ライルには大したダメージがなかったらしく、こう叫んだ。
「ば、ば、番人様!?」
「驚きすぎ~」
「あ、ば? ば、ばばば。……?」
すごく間抜けに見える。
「というよりカルマ! お前死んだんじゃなかったのか!」
「勝手に殺さないでくれ」
「たしかに葬式をやったんだがなあ」
絶対夢だろう、それは。
「どんな葬式?」
「うーん……なんだったっけ?」
夢ならよくあることだ。
わりとこれが起きた! というのはあるがそれがなんだったのか、詳細が思い出せなかったりする。
「ていうか、俺だけ状況がつかめてない?」
「うん」
「どうなってるんだ……」
俺はライルに状況を説明した。
ライルが気絶した後、番人様が助けに来たこと、悪魔は全員死んだこと。
「ああーつまり、助かったのか」
「うん、そういうこと」
「よかったあ……」
安堵のため息。それについてはみんな同じような思いだろう。
ライルが俺の足を見つめている。幽霊かどうか見極めているのだろう。
まあいいや、と放置。
普段と同じように番人様に話しかけようとして気づいた。
俺と番人様の関係は議会しか知らない。
ここで教えておくべきだろうか。
……いや、面倒ごとになりそうな気がする。もう少し後になって教えておくか。
「あの、番人様、どうしてここへ?」
そう聞いてみる。
「魂の祠で待ってたんだけど、嫌な気配が来たからね~。すっ飛んで来たんだ~」
何でもないことのようにそう言った。
だがそれは、俺たちが三日はかかる距離をこの四時間程度で飛んできたというわけだ。そもそも、そんなところから探知能力が効くというところがおかしい。
ディンが番人様に話しかける。
「そこから気配を感じ取れたんですか?」
思うところは同じらしい。
「うん~。俺はこの里全域の気配を探れるからね~。隠れられるとさすがに無理だど、派手に動いてる奴なら見つけれるよ。どんな敵が来ても、俺が守って見せる~!」
朗らかにそう言った。
……ばかげた能力だ。圧倒的なものだとは知っていたが、規格外にも程がある。
これも番人になった後の施術のおかげか、それともソウルウェポンの能力の向上か、はたまたその両方か。
明らかに驚いた様子の俺たちを目に、番人様はこう言う。
「まっ、この広~い探知能力も、この里限定だけどね。そりゃ普通の封魔一族にはどんな場所でも負けないけど、この場所では特別なんだよ~」
そう言えばそんな話をしていた気もする。
この『封魔の森』では星装気の回復が少し早くなったりする。番人に限らず、すべての封魔一族が受けられる恩恵だ。番人だとそれに付け加え、探査能力の恩恵があるのだろう。
それにしても里の全域……全域かあ。凄まじい、の一言だ。
そう言えば、とディンが言う。
「助けられておいてお礼を言うのが忘れていました。ほんとうに、ありがとうございます」
それに俺たちもならう。
次々に頭を下げ、感謝の意を述べる。
「そんなかしこまらなくても大丈夫だよ~」
しかし、番人様からは堅苦しさが感じられない。
子供に好かれやすいとかなんとか言ってたけど、こういうところが関係しているのかもしれない。
「まあ、君たちはよく頑張った。怖かったろ? もう、大丈夫だからね」
優しげな声。
番人様がライルの頭を撫でる。
一見子供扱いといえばそうだが、番人様にやられると、封魔一族の子供にとって光栄でしかないだろう。
嬉しそうにライルは、はにかむ。子供みたいに。
ディンも撫でられた。
不思議そうな顔をしている。
そして、苦笑交じりの、そんな笑みを見せた。
ラタリアも撫でられた。
長い髪を激しすぎないように撫で、ゆっくりと。
ラタリアの目はうるんでいた。普通の子供と同じように、番人様に対する憧れがひときわ強いのかもしれない。
そして……俺? 俺の番だというのか。
……恥ずかしい。
絶対に嫌だ……!
いや、そもそも俺はいつも番人様と過ごしているんだ。別にスル―で構わない。
と、なるわけもなく。
番人様の手が伸びてくる。
その微笑もなんだか暗黒味があるような気がしてきた。
まるで俺の葛藤を読み取って喜んでいる気がしてならない。
逃げたいけど逃げられない。
実際逃げたら……非常にまずいだろう。
雰囲気がぶち壊しになってしまう。
だから、俺は立ち向かわなくてはならないのだろう、たぶん。
番人様の手が俺の頭の上に乗る。
なでなで、と手が動く。
むずかゆくて、恥ずかしくて、俺は心の中で叫ぶ。
ぎゃあああああ! 恥ずかしいいい!
しかし、内心はそうでも、実際の外見は可愛らしく恥じらう子供の姿だ。
死にたかった。
と、番人様が俺に声をかけてくる。
「お前ひとりで仲間を守ろうとしてたろ? よくやったな。えらいぞ~」
そう言えばそうだな、と思い出す。
すっかり忘れていた、と周囲も思っているような反応を見せた。
あの決死の覚悟が忘れられてたのか―と思うと微妙な気持ちだが、実際俺も忘れていたので文句は言えない。
というより、番人様の存在感が大きすぎるのだ。
俺に対する称賛。番人様が、褒めてくれたこと。
その声には、やけに力強さが感じられた。
本気で俺のことを褒めてくれている。立派だと言ってくれる。
仲間を守ろうとした勇気。それが無駄じゃなかったんだと、いまさら気づいた。
……なんだか暖かい気持ちになってくる。
やり切った感があるというか、なんというか。
「ごめんね」とラタリアが言う。
なんだなんだ、と思うと、彼女は泣いていた。
助けてくれ番人様! と思うが彼はいつの間にか消えていた。
そう言えば「泣いている女の子は手に負えない」と番人様から聞いたことがある。俺も概ねその意見には同意だった。
……逃げたか。
「ごめんね、今まで強く当たって本当にごめんね」
ラタリアが抱き着いてくる。
あわあわ、と動揺する。
どうしたらいいんだ。俺の能力では手に負えない。
助けを求めて見渡すとライルと目があった。
見つめあう。
ひゅーひゅーとはやし立てるような顔をしてきた。
……あとでぶっ殺す!
「その、ラタリア、別に気にしてないから大丈夫だよ」
「嘘よ。私が冷たくすると傷ついた顔してたじゃない! ……私はそれに気づいてたのに、やめなかった」
なるほど、と思う。
意外と感情というのは顔に出るらしい。感情を抑えよう、と思っているときは大丈夫でも、不意打ちめいた一撃は顔にでてしまうのだろう。
ぎゅう、と抱きしめられる。
なにがとは言わないが当たっている。
そう言えばラタリアって女の子じゃん、なんてことを思う。
……ただの現実逃避だ。
どうしようかと、もぞもぞと体を動かす。
突き飛ばしてしまえば傷つけてしまうような気がして俺は動くことができない。
思わずディンに目線で助けを求める。
そらされた。
あとで恨み言を百回はいうことを誓った。
どうしようか、と思い俺は話し始める。
「えーと、だ。ラ、ラタリアは今は俺のこと嫌ってないだろ?」
……大丈夫だよな?
幸い、「うん」とラタリアは答えてくれた。
ひとつの門を超えたみたいで安心する。
「それならいいんだよ。いつかまた俺のことを嫌いになるかもしれないけど、今は少なくともそうじゃないんだ。俺は十分それで幸せだよ」
そう言うと、ラタリアの腕にさらに力が籠った。
「そんなに自分を卑下しないでよ。私がこれから先アンタのことを嫌うわけ、ないじゃない! むしろ、私はアンタのこと……」
その瞬間、ラタリアが離れる。
顔が真っ赤だ。
その手で表情を隠し、頭をぶんぶん振っている。
「死にたい……」とラタリアが呟く。
その言葉はたぶん、俺に聞かせるつもりがなかった言葉だ。
しかし、封魔一族の特性上、この距離だと自然と聞こえてしまう。
それで思わず、「お、五分前の俺とおんなじこと思ってるなあ。気が合うじゃん」なんてことをいいそうになるが……。さすがにこういうことに疎い俺でも、言ってはならないことぐらいはわかる。
しかし、口が滑りそうになったので、俺は結構危ういやつなのかもしれない。
「終わったか?」とライルが言う。
傍観者の立場って気楽でいいよな、と思った。
俺は頷いてライルの問いに答える。
そしてこう言った。
「これからどうしようか」
番人様はもういない。あの隙に逃げて……たぶん、今も見張っているだろう。
そう言えばラタリアに抱き着かれているところも見られていたのか。
……あとで絶対からかわれるな。
悪魔はいない。魔獣もおそらく大丈夫だ。
そういうわけで「どうしようか?」と聞いてみたのだが、みんなは俺を見ている。
俺に決定権があるらしい。
俺は少し考えてからこう言う。
「寝るか!」
そう言えばそうか、とみんなが頷く。
忘れそうになるが、みんな疲れているのだ。
妙な納得感があたりを覆った。




