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封魔十九

 

「レジューデは?」


 ヘクト―ルがネコ目の少女に聞く。

 少女はこう答えた。


「やられたみたい。まったく、気配も隠さずに暴れまわって、あげくやられるなんてバカだよねぇ」

「あいつらしいな」


 ほかにも影が現れる。

 眼鏡をかけた少女。いわずとも、法の名門だろう。


「ボク、あいつきらい」

「そういうな、仲間だろう?」


 くっくと、ヘクトールは笑った。


「さて、カルマ、と言ったか」


 俺を見つめる金色の瞳。魅入られそうなほどの瞳力は、ソラファに少し似ている。


「逃げなくていいのか?」

「なにを。そっちこそいいのか? ひとり足りないようだが? ついでにそのひとりは俺が倒したんだがな」

「……そうか、評価を改めておこう。星装気が低いとベイルは言っていたが、ほかになにか、突出した能力があるらしい。やはり業魔を飼うというのはなにかしら特殊なのだろうな?」


 ベイル、ヘクトールの弟。

 やはり彼から俺のことは聞いていたらしい。レジューデは「ヘクトールがおまえのことを気にしている」と言った。

 それはここで真実であったことが証明され、嬉しいような、困ったような気持ちになる。


 まあ、やることは変わらない。


「ライル、ディン、ラタリア。リーダー格のあいつ、俺がやっていいか?」

「まかせた」

「まあ、カルマが言うならいいですよ」

「絶対勝ちなさいよ」


 ずいぶんと信頼されたものだ。

 いろんな意味で、負けるわけにはいかない。

 番人様にかけられた、星装気の封印も、本当なら解いてしまいたいところだ。

 だがこれは、俺が力を振りまき、驕らないための鎖。

 ほどくわけにはいかない。


 だからといって負けるつもりもない。

 戦闘は星装気だけで決まるわけじゃない。将来でもヘクトールと俺の間に、星装気の差があるなら、今の状況だって同じことだ。


「全員でかかってきてもいいんだぞ?」


 ヘクトールは見下したように言う。

 たぶん、それはこいつにとって事実のなのだ。レジューデによればヘクトールには敗北の経験がないらしい。常に勝利し、優秀だともてはやされた天才。


 ……俺とはずいぶん違う境遇だ。

 だがうらやましいとは思わない。俺には友達がいる、番人様がいる。

 最後に証明する必要があるのは、どちらが強いかという問題だけでしかない。

 さて、


「そっちこそひとりで大丈夫か?」


 ――戦いの瞬間。


 誰もが気を引き締めた。

 周囲に気を払い、集中へと至るこの瞬間。


 そこに流れ込み、影として消える。

 それは、陰術の真髄。


 ヘクトールの目からは俺と言う物体が確かに見えていたはずだ。しかし、認識できない、対応できない。


 風がそこにあるように、当たり前に存在するものとして脳の中では処理される。


 ――認識妨害。


 それを可能にする死神の歩法。


 ――死神の足音は遅れて聞こえる。


 大鎌を振りかぶり、背後へ回る。

 信じられないことに、ヘクトールは反応していた。

 しかし、それはかろうじて、と言ったところだ。

 全力の星装気をまき散らし、強引に大鎌を振るう。


 ――キィン。


 お互いの武器がはじかれ、宙を飛んでいく。あの体勢から俺の武器をはじくとはよくやるものだ。


 しかし、今、お互いの状況は徒手空拳。おまけにヘクトールは深く体勢を崩している。


「はっ!」


 蹴りの一撃。

 腕での攻撃は苦手だが、これはかなり得意だ。

 番人様仕込みの蹴術。それが深く、ヘクトールのみぞおちに突き刺さる。


 勢いよく吹き飛んだ。木にぶち当たり、ミシミシと倒れる大木。


「ぐ、はっ」


 武器の一撃でなければ戦いは終わりにならない。

 封魔一族の回復力なら、肉体による攻撃は死亡となることがあまりないからだ。

 当然、あまりにもダメージを負ったなら途中で降参すべきだし、攻撃側も中断しなくてはならい。

 それぐらいのダメージは与えた。そう思った。


「……やるな」


 しかし、ヘクトールはむくりと起き上がった。

 派手さに比べ、あまりダメージはないらしい。


「しかし、星装気が低いのは同情するよ。せめて平均ぐらいあれば決まっていただろうに」


 ヘクトールが手首を返す。

 するとそこには鎖が括り付けられていて、大鎌が彼の手元に戻った。ただやられたわけではない、そういうことだ。

 そして一方、俺の手元に大鎌はない。


「くっ!」


 急いで大鎌を取りに戻る。

 そこには先ほどのネコ目の少女がおり、からかうように俺の大鎌をぶらつかせていた。


 それにヘクトールが吠える。


「邪魔をするな!」


 ネコ目の少女は怯んだように身をすくませ、大鎌を俺に放った。

 そしてその場から飛びのく。追従するように伸び、捕まえようとする鎖。

 おそらくディンのものだ。


 俺は正面からヘクトールを見つめる。

 大鎌は手に入った。しかし、気にくわない。

 本当ならこれは敵に奪われていた。それを使うのはどうも、しっくりとこない。


 そういうことで、俺は大鎌を遠くに投げた。


「……は? どういうつもりだ」

「なにが?」

「舐めてるのか? 武器なしで俺に勝つつもりか? ……ふざけるなよ?」


 武器がない。確かに、武器があった方がいろいろと便利だろう。

 だがそんなものがなくても、勝つ手段なんていくらでもある。


 大鎌がないなら蹴りで、蹴りで足りないなら鎖で。


「なくても勝てるよ。さっきの蹴りをおもいっきりくらってた感じだとな」


 それに場を利用するというのもある。

 明らかに武器なしの俺に、ヘクトールは腹を立てている。

 ならばその怒りを利用しない手はない。


「……後悔するなよ!」


 ヘクトールが矢のように飛び出す。

 恐ろしいスピードだ。バカみたいな量の星装気を用いた加速。

 第二次成長期になれば、番人として強化された番人様にも、届くかもしれない。


 俺はゆっくりと息を吸う。

 発動するのは、もう伝わっている者には伝わっている技だ。

 まともに使えるのは、暁の執行者のなかでも一握りしかいない。番人様の生み出した、特殊な技。


 俺は片手を前に突き出す。

 てのひらに星装気を集め、集中させていく。


「絶魔!」

「……!」


 緑の優しい光。粒子のように消えていく、残光。

 いつもどおりの不発だった。

 当然だった。


 ……しかし、ヘクトールは驚いている。

 その驚異的な速度が、鈍っている。


 にやり、と俺は笑う。


「だまされる方が悪い」


 鎖を放つ。

 それはいつもと違う種類のものだ。

 通常使うのは丈夫で使い勝手がいい『縛鎖の鎖』。

 ほかにも悪魔を封じるための『封印の鎖』などがあるが……俺が使うものは相手の力を吸い取るものだ。


「吸魔の鎖」


 ヘクトールの右手、右足に絡みつく二本の鎖。

 魔力、星装気。そう言ったもの吸い取り、弱体化させる鎖だ。

 あまり強度はないため、ほかの仲間と連携で使い、弱らせるようにして使われることが多い。


 当然、ヘクトールもこの鎖の特性を知っている。

 だからさっさと鎖を引きちぎろうとしていた。

 しかし、近くには俺がいるのだ。


 顎を蹴り上げようと、風の切る音とともに蹴りつける。

 ヘクトールは腕で防いだ。

 しかし、


「足元がお留守だ」


 足払い。

 転倒しかけるも大鎌を杖にして持ちこたえる。

 さらに追撃をかけようとするも、ヘクトールは俺の首元を掴み、体を捻りながら俺を投げあげた。


 俺は鎖を分離させ、置き土産として置いておく。結構な勢いで宙を飛んでいる。

 スリルを感じるぐらいの空中遊泳。


 そんな感じで勢いはあったが華麗に木の上に着地。


 ヘクトールは吸魔の鎖を振りほどいていた。引きちぎられ、消えていく、星装気で作られた吸魔の鎖。


 とんだバカ力だ、と思う。

 優位には立てているが、あと一歩と言うところで立て直してくる。

 毎度毎度、それだ。


 しかし、今のヘクトールは吸魔の鎖で消耗しているはずだ。

 そもそも、あんな量の星装気は長時間維持できないはず。その強さの代償に、スタミナの面は優秀ではない可能性が高い。


 軽く息を切らしているのが見える。しかし、まだまだやれそうな気配に、思わずため息がこぼれた。

 なにもかもがうまくいくわけではないようだ。


 確実に削っている。だがこのままいけば勝てるか? と言われればそうでもない。

 気を抜けば持っていかれる。

 しかし、


「この程度ならなんとかなるか」


 決して軽視しているわけではない。

 だが、今の状態なら、星装気の上昇の前の第一次成長期同士なら、俺が勝つ。


「……貴様」


 金色の眼光が俺を貫く。

 いっそう強い星装気が彼の身に纏われた。

 いまだに底がしれないとは、意外だ。

 なんだか嬉しくて、笑えてくる。


 そんな時だった。


「優秀な君たち! ボーナスゲームだよー!」


 元気はつらつとした声。

 邪魔な存在感。


 そいつは大人だった。なぜ子供の試験会場にいるのかわからない、不穏分子。


「ルールを説明しよう。私は暁の執行隊に所属するものだ! そんな強い私から逃げきれれば布を三つ差し上げよう。倒せたら三十だ! なに、たった一発当てれれば勝負は決まりだからね。もしかしたら私に勝てるかもしれない」


 なんだこいつは、と思う。

 せっかくヘクトールとの戦いが盛り上がって来たのに、水を差された気分だ。

 まあ、きっと学園側のイベントなのだろう。きっと全力では戦いにこないはず。


「はっはっはっは! はーはっはっはー!」


 ……この高笑いで、少し気づいたことがある。

 俺の知っている人物だ。

 かかわったことはすくないが、番人様の部下の中で三番目に強い人物。

 鋼の名門、タラン・メチストス。


「じゃまな、ひと」


 気づけばヘクトールのつれていた眼鏡の少女がタランを睨んでいた。

 放たれる鎖の数々。五本もの鎖は、第一次成長期の出せるものとしてはなかなか速度が速い。


 そんな攻撃はタランの背後から放たれた。

 しかし、それは虚空から出現した剣によってすべて切断された。

 優秀な選ばれた者だけが持てる特殊兵装。

 ソウルウェポン。


「しっかりと背後から攻撃をしてくるのは非常に素晴らしいよ。しかし、強大な敵が現れた時は複数でかかるべきだ。ひとりやふたりなんかじゃ、私は決して倒せない……ってうん?」


 ヘクト―ルが疾走していた。

 思い切り振るわれる大鎌。

 それはなんなく弾かれ、ヘクト―ルは素早く後方に戻る。


 ヘクト―ルと俺の目が合った。

 この時ばかりは、お互いの意思が通じた気がした。いや、完全に通じた。


 俺とヘクト―ルは同時にスタートを切る。

 振りかざされる二対の大鎌は、相手の逃げ道を塞いだ。


『邪魔だああああ!』


 同時に叫ぶ。

 お互いのことなんてまったく知らない。大して話したことなんてなかったけど、自然とそうなった。



 ◇



「ひとりやふたりじゃダメだって」


 激しくその身がぶれる。

 その場での回転。それで引き起こされた剣圧が、俺とヘクト―ルを打ち払う。


「ちっ」

「この……!」


 俺とヘクト―ルは同時に体勢を立て直した。

 ちっちっちっ、と暁の執行隊タランは指を振る。


「困るなあ。そもそも学園側からは、複数であたる討伐の化け物役になれって言われてるんだ。君たちは怪獣やドラゴンに二人で立ち向かうのかい? まったくもってナンセンスだ」


 やけにその言い方は気に障る。

 ヘクト―ルが仲間の少女二人に言う。


「おい、俺とカルマでこいつを倒す。手を出すなよ」


 ヘクト―ルも俺と似たような感想を抱いたようだ。

 しかし、しれっと俺が共に戦うことになっている。


「よーし! ぶったおせー! カルマー!」


 ライルの声援。彼はすっかりその気らしい。

 俺がやられたらパーティとして困らないのか? と思ったがディンもラタリアも、止める気配がまるでない。

 なんだろう、やったほうがいいのか? たぶん、そうなんだろう。


 今、俺とヘクト―ルでタランを挟み込んでいる。そういう位置関係。


「あのなあ、君たちは――」


 呆れるように言うタランを無視して、ヘクトールが突っ込んだ。


 冷静に構えられた剣がそれを受け止める。


 俺はその背後から襲い掛かる。

 ヘクト―ルがタランを抑えている、その隙に。


「よっと」


 しかし、タランはヘクト―ルを受け流した。

 ちょうど俺が狙おうとした位置に、ヘクト―ルが飛び出してきてしまった形となる。

 ここで戸惑えばきっとタランの剣でやられるだろう。

 だからといってこのままヘクト―ルごとぶった切るわけにもいかない。


 俺はヘクト―ルと体が接触すると同時に回転。その運動の力でヘクト―ルを受け流しつつ、遠心力の力が乗った一撃をお見舞いする。


「おお、やるねえ」


 嬉しげなタランがあっさりと受け止める。

 それなりの威力の籠った一撃だったが、暁の執行者第三位となると通用しないか。


 また、仕切り直しに。お互いに距離を取り、今、隣にはヘクト―ルがいる。


「あっさりとやられてたなヘクト―ル」

「あれはわざとだ。もう少しでうまくいきそうだっただろう?」


 まあ、完全にわざとというわけではないのだが、受け流される直前、ヘクト―ルがなにか伝えようとしてくれていて、それで俺の対応が間に合ったのは事実だ。

 俺たちは互いに減らず口を叩く。


「ヘクト―ル。俺が番人になったらお前はいい部下になってくれそうだ」

「抜かせ。立場が逆なら肯定してやらんこともないがな」


 気を引き締める。

 次はやられてしまうだろうか? 相手してみて、これは敵う相手ではないな、と感じた。実力差がありすぎる。

 やはり、大人か子供か、第二次成長期か否かという壁は大きい。


 そんなことを思っていた。

 タランがやれやれと首を振る。


「まあ、やめなよ君たち。もう私は下がるから」


 そんなことを言った。


「そもそもねえ! さっきから言ってるけど、実力がとびぬけて上の相手を複数で倒す課題として私は参加してるんだよ! こっちの意図を汲んでくれないかな!?」


 そういう雰囲気じゃなかったのだ。仕方ない。

 その場の雰囲気には合わせるのは封魔一族の使命みたいなものだ。

 それに、あまりにもタイミングが良くなかったと思う。


「ということで私はもうやめる。だいたい明らかに成績優秀者な君たちを私がつぶしたらこの試験、ちょっとおかしくなるしね。じゃあ、追ってこないように!」


 ちょっと追ってほしそうに、タランはそう言った。

 当然そんなことをせず、俺たちは暁の執行者タランを見送る。


「さて続きをやるか」


 そう言ったのはヘクト―ルだ。しかし、その声には疲労が濃く表れている。

 先ほどから全力で戦っていたのだ。第二次成長期になればましだろうが、第一次成長期のなかであんな膨大な星装気を纏い続けていれば、消耗して当然だ。


「やめとくよ。そんな疲れてる相手を倒してもすっきりしない」

「俺がお前に、負けると思うか?」


 きっと彼は、本気で言っているのだろう。本気で自分の勝利を信じている。

 ずっと負けたことのない、周囲から期待され続ける無敗の天才。


 さっきタランと戦ったのは敗北というよりただの教育だ。

 勝ち負けというものは、あまりにも実力差がある相手においては意識することはない。


「俺が疲れてるお前に勝ったとして、俺が嬉しくないんだよ。だから、やめとく」

「だから……」

「じゃあお前の勝ちでいいよ。ほら」


 そういうとさすがにヘクト―ルも考え込んだ。

 納得いかないようすだったが「わかった」と言う。


 俺は仲間の元へと戻った。


「見事でしたよ」とディンが言ってくれる。


 思わず頬が緩む。


「まあ、結局誰も倒せてないけどね」とラタリアが言った。


 俺はしょげた。


 ライルが俺の背中を叩く。


「まあこの調子でいこうぜ。なんかさっきの大人の言い方的に俺たち成績優秀者になれそうだしな」


 たしかに、タランは俺たちをそう認めたようだった。

 もしかしたらもう布を取らなくても成績優秀者認定をされるかもしれない。

 ……いや、さすがにこれは甘いか。


 そうして俺たちは戦いを重ねていく。

 四人が集まれば、どんな相手も大した敵ではなかった。

 そうして、鐘がもう一度鳴り、つつがなく試験は終わった。



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